(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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99話 《紫の騎神》

 

「パテル=マテルッ!」

 

 レンは叫ぶと大鎌を高く頭上に投げる。

 戦技によって一時的に鎌は巨大化し、装甲が剥げ落ちた《パテル=マテル》がそれを受け取る。

 巨大化した鎌を器用に構え、《パテル=マテル》は青の神機を一閃した。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 金の魔剣から繰り出された一撃が白の神機を一刀両断する。

 

「フフ……流石レーヴェね」

 

 無茶な戦技を使った反動に息を整えるレンはレーヴェが倒した二体の神機を見て呟く。

 レンが《青》と戦っている間にレーヴェは二体の神機を同時に相手取り、撃破した。

 しかもかなりの苦戦をしたレンに対して、レーヴェは特に消耗した素振りはなかった。

 そのことが少しだけ悔しく感じていると、《博士》の呟きが聞こえて来た。

 

「ふむ、どうやらここまでのようだねえ」

 

 破壊された白の神機の胸部ユニットから光となって現れたノバルティスはレーヴェとレンの存在など気に掛けず、無防備な背中をさらして神機に向き直る。

 

「うーむ……まさかグレタレゴンⅡ合金をここまであっさりと切り裂くとは……」

 

 ブツブツと独り言を呟き始めるノバルティスにレーヴェとレンは肩を竦める。

 《影の国》から解放されることを示す光に包まれてもなお、考察することに余念がないノバルティスは最後の言葉を交わすこともなく消え去った。

 

「やれやれ、マッドサイエンティストぶりは相変わらずか」

 

「フフ……仕方ないわよ。だって《博士》なんだもの」

 

 その説明で事足りてしまう人柄にレーヴェはもう一度肩を竦め、振り返る。

 

「できることなら、このままヨシュア達に合流したかったが」

 

 城を背中に振り返った先には《博士》が消えたにも関わらず残った人形兵器の軍団がおびただしい土煙を上げて進軍する光景が目に入る。

 

「パテル=マテル、もういいわ。ゆっくり休んでちょうだい」

 

 レンは傷付いた《パテル=マテル》を送還してレーヴェの横に降り立つ。

 

「ねえ、レーヴェ。レーヴェのドラギオンを貸してもらえないかしら?」

 

「ああ、好きに――」

 

 レンの申し出にレーヴェは頷く――その瞬間、数え切れない人形兵器の軍団は一瞬で焔に飲み込まれ、薙ぎ払われた。

 

「っ!?」

 

 焔の熱波から守る様にレンの前に立ったレーヴェはその《劫炎》に目を見張る。

 

「よう」

 

 燃え盛る焔の中から現れた男はまるで散歩の最中に知り合いにあったかのような気安さでレーヴェに言葉をかける。

 

「マクバーンか……お前は《影の王》が手に負えないと闘技場に縛り付けられていたはずだが?」

 

「ああ、聖女がカンパネルラの奴に協力してもらってその縛りを解いた時に俺も一度消えたんだがな、《教授》に呼び直された」

 

 気だるげな物腰で《劫炎》のマクバーンは簡単に自分の事情を説明する。

 しかし、やる気のなさそうな態度に反して、その目には抑え切れない戦意に満ちていた。

 

「ったく……生きていたならそう言っておけってんだ。柄にもなく浸っちまったじゃねえか」

 

「フ……何を言っている。俺達《執行者》にそんな馴れ合いはなかったと思っていたが?」

 

「ま、否定はしないがな」

 

「ここに現れたということは《教授》に強制されたからか? 《影の王》の時と同じでお前なら強制力など跳ね除けられるはずだが」

 

「ああ、確かに《教授》の強制力は俺には効かねえが……相手がお前なら話は別だ」

 

 そう言うとマクバーンの髪が白く、眼が赤黒く染まって全身に紋様が浮かび上がる。

 

「クク……この時が来るのを待ちわびていたぜ」

 

 その高ぶりを抑え切れないのか、マクバーンの周囲には黒い焔が踊り始める。

 

「いつものらりくらりと袖にされていたが、この状況ならお前も俺と戦うしかないだろ?」

 

「そのために《教授》の誘いに乗ったのか?」

 

「シュバルツァーの方でも良かったんだが、あいつと今やりあってもな……

 その点ではお前とは前から一度、本気でやりたいと思っていたんだぜ」

 

 熱烈な言葉にレーヴェは肩を竦める。

 

「お誂え向きに周りには何もない……ここなら気にせず“ぜんぶ”出しても構わないとお墨付きまで出ている……なら、やらない理由はねえよな?」

 

 戦闘は避けられないと察してレーヴェはレンを振り返る。

 

「レン、お前はすぐにこの場から離脱しろ」

 

「レーヴェ……でも……」

 

「俺のことは気にするな……お前はお前の希望を守れ」

 

 レーヴェの言葉にレンは少しだけ迷って小さく頷くと、漆黒のドラギオンに飛び乗る。

 後ろ髪を引かれながらこの場を離脱するレン。

 十分に距離が離れたのを確認して、マクバーンは黒い焔を燃え上がらせる。

 

「さあ、どこまで俺を“アツく”してくれるか、試させてもらおうかっ!」

 

「試す、か……悪いがお前の要望に付き合うつもりはない」

 

「つれないこと言ってんじゃ――ねえよっ!」

 

 問答無用でマクバーンは挨拶代わりに黒い焔を凝縮した火球を放つ。

 

「――《拘束術式解放》」

 

 当たれば灰も残らないだろう焔にレーヴェは一言呟いて、剣を振った。

 無造作に振られた剣閃が火球を切り払う。

 その事実にマクバーンは歓喜するよりも、手足に金の紋様が浮かび上がったレーヴェの姿に目を剥いた。

 

「レーヴェ……てめえ……“混ざった”のか?」

 

「ああ……《環》の力で瀕死の重傷を負ったせいで、この体にはその力がわずかに残り、《呪いの種》と結びついたとヴィータが言っていたが……

 お前やシュバルツァーと比べれば微々たる力でしかないがな」

 

「は、抜かせ……その微々たるものでも至宝だぞ、その意味が分かっているのか?」

 

「さあな、俺自身まだこの力を扱い切れていない……ヴィータの《拘束術式》がなければ力加減もうまくできない厄介なものだ……だが――」

 

 レーヴェは魔剣《ケルンバイター》を構えて不敵な笑みを浮かべる。

 

「シュバルツァーでは試しきれなかったこの力、お前になら全力で試してもいいんだろ?」

 

 《試す》のはこちらの方だというレーヴェの言葉にマクバーンは面を食らう。

 

「おいおいおい……」

 

 顔を手で押さえてマクバーンは嗤う。

 

「何の冗談だ、それは……」

 

 剣技。その一点で十分に歯応えを感じていた《剣帝》が《劫炎》と同じように《異能》を得た。

 さらにはその力に応えるように《魔剣》は金の光を強く讃えている。

 

「レーヴェ……てめえは最高だっ!」

 

 マクバーンは空間の歪みに手を入れて、魔剣《アングバール》を引き抜く。

 黒の魔剣は瞬く間に黒い焔に飲み込まれ、異形の剣と化す。

 条件は同じ。

 かつてない高揚に胸を高鳴らせ、《劫炎》と《剣帝》、《No.Ⅰ》と《No.Ⅱ》の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 広間を突き破り、場所を変えた《灰》と《紫》の騎神の戦いは《灰》の方が優勢を取っていた。

 

「はは、あの時から随分と腕を上げたみたいだな」

 

 攻め立てながらも、それを感じさせない陽気な声で《紫》は話しかけてくる。

 

「あの時?」

 

 油断なく太刀を正眼に構えながらリィンは聞き返す。

 

「覚えてないか? ま、無理もないか。あの時のお前は《鬼の力》とやらを暴走させていたからな……

 《怪盗紳士》がハーケン門の武器をボースにばらまいた時に雇われた猟兵が俺達だ」

 

「あの時の……」

 

 そう言われて、ようやく第六星層の試練で出て来た二人の猟兵を思い出す。

 確か彼らも彼と同じ黒いジャケットと胸に蒼い鷲の紋章をつけていた。

 

「どうやらあの後にいろいろ派手にやったみたいだな……《赤い星座》に《リベールの異変》では猟兵の百人斬り……

 あの時の坊主がこんなに立派になるとはな……若いっていうのは羨ましいぜ」

 

「悪いが悠長におしゃべりをしているつもりはない」

 

「つれないな……」

 

 《紫》は肩を竦めて拳を構える。

 リィンは呼吸を整え、改めて目の前の《紫》を見る。

 《黒》と《銀》とはまた違った造りの騎士人形。

 武装はなく無手ではあること。そして騎神の扱いに慣れていないのか、《銀》と比べれば遥かに動きが鈍い。

 現にこれまでの戦闘もリィンが優勢に事を運び、《紫》の装甲にはいくつもの刃傷が刻まれている。

 しかし、有利に戦えているはずなのに、リィンは言いようのない不安を感じていた。

 

「だが名乗りくらいさせてもらおうか。《西風の旅団》団長ルトガー・クラウゼルだ。……こんな所に呼び出されちまったが、一応現実では死んだことになっている」

 

「死んだことになっている?」

 

「ま、そこら辺は俺もまだちゃんと把握し切れてないからうまく説明はできないから聞いてくれるな」

 

 疑問はあるが、リィンも似たようなものだと割り切る。

 

「さて……このままだとジリ貧で俺の負けだな……だがガキ共と同じようにあっさり負けるのは親として情けないから一発デカいのを入れさせてもらうぞ」

 

「っ……望むところだっ!」

 

 《紫》は拳を構え、その身に闘気に連動した膨大な霊力を漲らせる。

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

 雄叫びを上げ、真っ直ぐ突っ込んでくる《紫》にリィンは全神経を集中して備える。

 太刀の間合いまであと五歩。

 《紫》は怪しい素振りを見せず、むしろ無防備で隙だらけ。握り締めた左右の拳のどちらを使うつもりなのかはまだ分からない。

 あと――四歩。

 まだ動かない。拳だけではなく、足技も警戒する。

 あと――三歩。

 まだ攻撃の態勢を取らない《紫》に、ルトガーの狙いがカウンターのカウンターだと当たりをつける。

 あと――二歩。

 我慢比べの覚悟を決める。《紫》の一挙手一投足に細心の注意を払う。

 あと――一歩。

 秒にも満たない刹那にリィンは焦れる思いを押さえつける。

 そして――《紫》は太刀の間合いに踏み込んだ。

 無手にも関わらず、《紫》は無防備な頭をさらしたまま速度を緩めもしなければ、速めもしない突撃にリィンは不信を感じる。

 

 ――何かある……

 

 無謀な突撃だからこそ、相手が高位の猟兵だからこそリィンは警戒をさらに強め――致命的にミスを犯した。

 

「――まさか……」

 

 気付いた時には遅かった。

 《紫》は両手を横に構え無防備をさらしたまま、太刀を構える《灰》に正面から体当たりを敢行した。

 

「ぐっ……」

 

 太刀の刃が《紫》の装甲に押し当てられて食い込むのも構わず、《紫》は加速の勢いを《灰》に全身で叩き付ける。

 それをリィンは何とか踏ん張って耐えて叫ぶ。

 

「馬鹿かあんたはっ!?」

 

「ははは! 驚いたか? 《無策もまた策なり》ってな」

 

 リィンの叫びに楽しそうな声が返ってくる。

 その図太い神経にリィンは言葉を失う。

 もしもリィンの判断が少しでも違えば、あっさりとやられていたというのに躊躇わず命を賭ける胆力は流石というべきなのかもしれない。

 

「じゃあ行くぜ」

 

「……え?」

 

 そして密着していた《紫》は《灰》の腰に腕を回す。

 

「オオオオオオオオオオッ!」

 

 二度目の雄叫びを上げ、力を漲らせた《紫》は《灰》を持ち上げ、仰け反る。

 

「な、な……何を――」

 

 最後まで言い切ることは出来ず、《灰》は背中から倒れる《紫》に巻き込まれるように頭から床石に叩きつけられた。

 

「がっ――」

 

 脳天に響く衝撃と、機体を揺らす衝撃にリィンの意識が飛びかける。

 

「もう一丁」

 

 素早く身を起こした《紫》は頭を下に《灰》を背中から抱え込み――跳ぶ。

二体の騎神の重量を載せて《灰》はもう一度頭から叩きつけられ――

 

「これで終いだ」

 

 《紫》は《灰》の足を抱え、その場で回転する。

 一回転、二回転、三回転。十分な速度が出たところで《紫》は《灰》の足を放して壁に投げつける。

 壁を砕き瓦礫に埋もれる《灰》にルトガーは息を吐き、肩に食い込んだままの太刀を抜く。

 

「ほう……まだ意識が残っていたか見掛けによらずタフだな」

 

 瓦礫から這い出ようとする《灰》だが、最後の回転投げが効いて俊敏な動きですぐに立ち上がることはできず、狂った平衡感覚のせいで膝を着く。

 

「ま、悪く思うなよ」

 

 そんな《灰》に《紫》は太刀を振り下ろした。

 《紫》の装甲を難なく斬り裂いていた刃が《灰》の首を捉え――

 

「何っ!?」

 

 あれだけの鋭さを誇っていた太刀は《灰》の首にわずかにも傷を刻むことなく弾かれた。

 その反動に《紫》の腕が大きく後ろに回る。

 それを見逃さず、《灰》は膝を着いたまま《紫》の足を取ると引きずり倒す。

 

「ちっ」

 

 《紫》は態勢を立て直そうとするが、一瞬早く《灰》は《紫》の背後から顎と頭を掴み――

 

「――は?」

 

 次の瞬間、ルトガーが見ていた視界は逆さまになり、《紫》の頭を捩じ切られた。

 

「があっ!?」

 

 騎神にとって重要なのは《核》であるため、頭部の損傷は致命的にはならない。

 それでも騎神と同調している起動者にとってはその痛みは筆舌にできない程の激痛だった――それこそ最強の猟兵でさえも悲鳴を押し殺すことができないほどに。

 痛みに悶えのた打ち回る《紫》を尻目に、《灰》は立ち上がって《紫》の頭を投げ捨て拳を握る。そして――

 

「破甲拳っ!」

 

 躊躇いなく《紫》の胸を打ち砕いた。

 

 

 




ありえないIF

「初めまして《銀の騎神》のアルグレオンです……
 《相克》で勝ったと思ったら生身の人間に打ち倒されて帳消しにされてしまいました……
 あんな子供がいるなんて、今の時代はどんな魔境になっているのでしょうか?
 またその後から私の起動者は第二形態を超えた第三形態を模索するようになりました……
 私はいったいどうすればいいんでしょう?」

「《紫の騎神》ゼクトールだ……
 実は無手で《相克》に挑むことになったんだが、俺の起動者はあろうことか騎神でプロレス技を使いやがった……
 その後一瞬の隙を突かれて、首を捩じ切られた……
 八百年の戦いの中で、あんな壊され方をしたのは初めてなんだが、俺の起動者といい、《灰》の起動者といい、今のゼムリア大陸はいったいどうなっているんだ?
 あと、乗り気ではなかった起動者が積極的になってくれたのはいいんだが、何だか追加武装をつけるとか、飾りの突起は邪魔だから外せないかと相談された……
 俺はいったいどうすればいいのだろうか?」

「《灰の騎神》ヴァリマールだ……
 よく分からない方法で起動者になった子供が《影》を何度も呼んで、その度に深刻なダメージを内部に残していくんだがどうすればいいのだろうか?」

はがき三枚
「「「教えてくださいミスティさん」」」

 ………………
 …………
 ……

ヴィータ
「――という夢を見たのよ」

クロウ
「何だかよく分からないが、疲れているんじゃねえか?」


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