私がここに来る前は、北方の、最前線の鎮守府に居たんだ。2年位前までだったかな。
毎日のように怪我人が出て、時に、送り出した部隊が壊滅したこともあるくらいには、激しい戦地だったと思うよ。まあ、私はそこにはほとんど参加してなかったんだけどね。
そこでの私は、はっきり言って、落ちこぼれのような存在だった。周辺海域が既に危険海域だったために遠征の難易度も高くて、私は、実戦も経験せずにただ、後方支援の補佐をしていたんだ。
私の前の姉妹――つまりは先代の暁、雷、電だね。あの三人は駆逐戦力の主力だったんだ。自慢の姉であり、妹だったよ。私は落ちこぼれだったから、多少悪口を叩かれたりしたけど、事実だったし、暁型四人で居られればそれでよかったんだ。
「響ー、私は遠征に行ってくるから、電が帰ってきたらお世話お願いね」
「ああ、任せてくれ」
それが、雷と交わした最期の言葉。報告によると、遠征から帰投する際に、待ち伏せていた潜水艦隊に攻撃されたらしい。雷は運悪く機関部に被弾してそのまま燃料庫に引火。大爆発して吹っ飛んだんだってさ。
丁度その時に私の改二改装をロシアの技術提供で行うという話を聞いたんだっけ。私は怖かったんだ。雷一人を喪っただけでも、心にたとえようのない穴が開いてしまったのに、独りになってしまったら私という存在は消えてなくなってしまうんじゃないか、ってね。
「悪いな響、これは命令なんだ」
あの時の司令官は何の感情もなく、そう言って退けたんだ。当時深海棲艦に対抗するための戦力を密かに整えていたロシアは、自分たちの技術が深海棲艦にどれだけ通用するのかを知りたがっていたんだ。
そこで選ばれたのが私というわけさ。主力駆逐艦を戦列から離すのには気が引けるし、なによりロシアに囲い込まれて帰ってこない可能性もある。私達だってベースは人間だからね。演習ばかりで練度だけ無駄に高かった私は、戦力にはならないけど、最前線の鎮守府に居たという箔がつくんだ。大本営的には、戦力を削らずに、ロシアへの面目も保てる。ほら、これが最善だろう?
「私が弱いから、向こうに送られる……なら、強くなれば、主力になれば問題はないはずだよね」
こう言って、私は鎮守府を出たんだ。無断出撃というヤツさ。おかしな話だよね、姉妹で一緒に居たいという願いを叶えるためにとった方法が、姉妹から離れて一人で戦うなんて。私は戦いながら練度を上げて、無人島で仮眠をとるという生活をしていたんだ。
「あか、つき? なんで……」
「響のばかっ! 一人で出撃したらダメでしょッ!」
そんな生活は私の大破撤退という結果を迎えた。悲しいことに、暁率いる救出部隊によって、ね。多分、私にまだ利用価値があったから生かされたんだと思う。何もなかったら、暁に妹殺しをさせるところだった。
鎮守府に連れ戻された私は地下牢に幽閉されることになったんだ。ロシアへ派遣されるまでの処分として。
それから一週間。ロシアへの派遣を翌週に控えたその日、事件が起こったんだ。地下牢にまで響く爆発音と地響き。深海棲艦が大挙して鎮守府に奇襲をかけたんだ。戦う術を持たない私はただ地面に伏せてこの時が過ぎ去るのを待っていた。
どのくらい時間がたったかわからないけど、しばらくして音が完全に止んだ。あたりを見渡すと、地下牢の天井がへしゃげて一部が破壊されていたんだ。私はそこを通って脱出したんだけど。
「……電?」
地下牢の扉の前で、電に出くわしてしまったんだ。背中に鉄の棒が突き刺さったまま死んでた。地面には血の痕が点々と続いていたよ。悲しむより先に、何かが麻痺して、まるで夢を見ているような、そんな気分になった。
外の様子はそれはもう悲惨だった。木々は折れてたり焼けてたりして煙を燻ぶらせていたし、鎮守府は半壊してた。鎮守府の近くには敵か味方かもわからない死体が散らばってた。
電の血痕を追っていくと、やがて暁型の部屋に辿り着いた。家財道具とかが吹き飛んでて、部屋の形を成してなかったけど、暁の帽子だけが斜めになった棚の下に落ちてたんだ。2組ある鉄パイプで組まれた二段ベッドは一つが黒焦げになってた。
多分、敵の艦砲射撃がベッドに直撃したんだろうね。上で寝ていた暁は即死、電も致命傷を負った。電はね、末っ子というのもあって、こんな私のことも頼ってくれる子だった。そこで気がづいたよ。
最期まで電は私のことをちゃんと姉としてみてくれてたんだって。
「すまない、みんな……出来の悪い私じゃ、みんなを助けられないんだ……」
ほんと、無力。麻痺してた現実感は、冷たい事実によって呼び起こされてしまった。私はまた、独りになってしまったんだ。
その後、私は食糧庫から拝借したもので食いつなぎつつ、地下牢に籠り続けた。そして、頃合いを見計らって鎮守府を脱出したんだ。
本土では、既に戦力が全滅したと考えていたらしくてね。生きて帰ってきた私をまるで英雄のように祭り上げながら、報告書には「戦略的撤退」と記していたんだ。司令官も資料で知ってるとは思うけど。
ロシア派遣の件が混乱の中で有耶無耶になっていたけど、もう私にはどうでもいいことだった。
まあ、そんな感じで、半年前にこの鎮守府に配属されるまで、私は大本営に保護されて死んだように生き続けたってことさ。