「そんなことが、あったんですね」
提督は渋い顔で、正面を見つめる。確かに、響のとった一連の行動は、決して褒められたものではない。しかし、自分の大事な物を守ろうとして、自分なりの行動に出た結果が、守ろうとした全てを失うなど、重すぎる罰ではないか。
提督はやるせない面持ちで、グラスを傾ける。今となっては、最早何の味もしない。
「でもまあ、過ぎたことだから、仕方ないよ。私は自分の行動に後悔はしてないし、なによりまた暁達と出会えたんだ。これ以上は望んでないさ」
「……しかし、それで過去が無くなったことにはなりません。それは今でも、響の心の中に燻っている筈です」
提督の言葉に響は意外そうな表情をする。しかし提督は響をまっすぐ見つめたまま視線を動かさない。やがて、響は照れ臭そうに頭をかきつつ口を開く。
「うーん、やっぱりお酒が入ると私って分かり易いかな?……実は、ちょっとだけ、自分の運命を呪ってたりしてる。また何もかもを失うんじゃないかって、不安なんだよね」
はは、と力なく笑う響。嫌なことを思い出させたかと申し訳無くなる提督だが、自分で話題を振って置いてそれを言うのは余りにも失礼なので、間違っても口には出さない。
「……私には、響の過去を救済する事も、それについてなにか発言する事も出来ません」
「うん。司令官だからね。能力的にも、立場的にも、それは無理だ」
「ええ、そうです。ですが、共に並んでこれからを歩く事は出来ます。上官としてではなく、その、ええと……1人の当事者として」
言葉選びにつまづいたのか、最後はなんとも頼りない形になってしまったが、響はそれが気に入ったらしく。
「当事者か、いいね、それ。仲間とか、友達とか、そういうチープなモノとは違う響きだ。権利とか、義務じゃない、自分で自分に課した意思。必要無いのに、それでは立ち行かない、そんな言葉だね」
提督は響の言っていることの半分も理解出来なかったが、ごく自然に湧いた疑問をその回答にぶつけることにした。
「……響は、友情や同胞は要らないと?」
「必要ないからね。私はみんなと同一の目的がないからね。目的の為に為に死んだように戦って生きる、多分それ以外の選択肢が無いんだよ」
提督は思った、それは違うと。世代交代で別人同然の暁達に再開できた事を喜んでいるなら、彼女には「今の居場所を守る」という目的がある筈だ。そうでなければ、あの時の響は涙を流したりはしない。
そこに生じる感情は、恐らく「愛情」。
でも、それすら致命的。響は与えられる愛を奪われたことによって、愛を与えるという選択肢しか持てなくなっている。有り体に言えば周りが見えていないのだ。
「……なるほど、そうですか。そうですね」
「あれ?司令官なら反論してくれると思ったんだけど」
今日の提督は余程響の予想から外れた行動をとるのか、響の表情がころころ変わる。それを提督は可笑しそうに、それでいて穏やかな表情で。
「いえ、響の事を考えていたら、自分の中にも、色々と気づきがありまして」
「よくわかんないけど、それは良かったね」
響のふにゃっとした笑顔を見て、提督は緊張に身体が強ばる。しかし、随分と酔いが回ってきたのか、すぐに力を緩めて、「ええ、本当に」とだけ答えた。
これはお互いを知る時間。傍から見れば成立していないように見える会話も、実は互いに情報の欠落を埋めて、それで納得する作業。
それは自分の気持ちも整理することと同義で。
提督はその時初めて、響に対して、友愛や親愛ではない、純粋な好意を抱いた。
今すぐにでもこの感情を伝えたい、という気持ちを、提督は水を飲む事で押し殺す。
「まあ、ゆっくりで良いでしょう。何せ、毎日のように顔を合わせるのですから」
「司令官?独り言が多過ぎて私には、何が何だかさっぱりだよ」
「すみません、随分と酔ってしまった様です。そろそろ、出ましょうか」
適当に誤魔化した提督に、響はさして疑う様子も見せず、「そうだね」と頷いた。
そうして二人はそれぞれに会計を済ませた後、連れ立って店を出る。両者とも飲み過ぎで若干ふらついているという、なんとも情けない姿ではあったが。