よくわからず伸びてしまったテニス編、完結です。
調子が良かったのは最初の一球だけ。サーブだけは上手く打てるが、返すとなるとなかなか難しい。みんなに淡い期待を抱かせてしまったのは申し訳ないが、由比ヶ浜も球に翻弄されるばかり(なんかやらしい)。一人ではコート全てカバーするのは無理だった。何とか点を取ることもあったが、1ゲーム目は結局取られてしまった。
「ふ、ふん。ちょっとはやるみたいだけど、やっぱ初心者じゃん。」
三浦は三浦で三下みたいな事を言ってる。作品が変わってくるな。
野次馬達の雰囲気もやはり三浦の勝利か…な感じになってる。そして材木座は始まる時は真ん中にいたのに、だいぶ三浦側に寄って腕を組んでいる。まじでぶっ飛ばすぞ。何あいつメーターかなんかなの?
2ゲーム目、俺は割と打ち返せるようになっていた。しかし、言っては何だが、やはりほぼ2対1のこの状況は分が悪い。
しかも、悪いことは続いてしまうものである。
「いっつ!」
「!由比ヶ浜、大丈夫か。」
きついコースにきたボールを追おうとした由比ヶ浜がすっころんだ。
「…ごめん、足くじいちゃった。」
由比ヶ浜は右足首をおさえている。まだ腫れは見えないが、続行は難しいだろう。
「由比ヶ浜、もういい、やめよう。」
正直歯痒いが、背に腹は変えられない。あいつらが引くぐらいの素晴らしい土下座でここに寄り付けないようにしてやろう。
「ヒッキー、でも…。」
由比ヶ浜が縋るように俺を見る。
できないこともない。土下座でも、こっから本気を出しても、だが、それは。
少しずつ、思考が切り替わるのを感じる。
やってしまおうか。よく考えたら何で俺がこんなことにつき合わなければならない。
いつものように、ぱっとやって終わりにしようか。
すっと目を細める。
まあ、この学校生活、唐突にキレる不良として生きるのも悪くない。目立てないとはいえ、そろそろ黙ってああいう奴らを見てるのもしんどくなってきたところだ。
「…ヒッキー?」
雨の音が聞こえる。ボロい小屋が頭に浮かぶ。
しょうがない、本当にしょうがない。
「…な、なに?なに睨んでんのよ…?」
「…ヒキタニ君?」
あいつらが少し怯えたように俺を見る。
外野は空気が変わったのを察したのか、緊張した顔で俺たちを見ていた。
確かに軽率に勝負を受けたのは俺たちだが、なにもこれ以上することはない。
大丈夫、由比ヶ浜はあいつらの友達だし、戸塚だっていい奴だ。野次馬どもも由比ヶ浜達と俺を同一視はしないだろう。
お前らは違うところでリア充やってりゃよかったんだ、勝手に踏み込んできたのが悪い。
他人を軽んじるな。自分達を驕るな。
ゆらっと立ち上がる。全部台無しにしてーー
「ーこれは一体何の騒ぎかしら?」
熱くなった俺の思考を冷やすように。
氷の女王、雪ノ下雪乃の声がコートに響いた。
「まったく、少し離れただけで良くこんな訳のわからない状況を起こせるわね。」
「…いや、俺悪くねえし。」
何であいつの中で俺がなんかした事になってるんですかねぇ…。
いや、これからなんかするつもりだったけど。
「まあ、大体何があったかは想像がつくわ。そこのヒステリックそうな人を見ればね。」
「…ちょっと、それあーしに言ってんの?!」
「あら、ごめんなさい。明言は避けたのだけれど、当てはまりそうなのはあなただけだものね。隠す意味なんてなかったわ。ヒステリックそうな三浦優美子さん。」
「…っ、あんたねえ!」
激昂する三浦を視界から外し、雪ノ下は由比ヶ浜のところまで近づいて行って持っていた救急箱を渡す。
「由比ヶ浜さん、向こうで怪我を手当てしておいて、後は私が引き継ぐわ。」
「引き継ぐって、…お前テニス出来んのかよ。」
そんな会話を聞いていた三浦は、歪めていた顔を、いつもの勝気な表情に無理矢理のように変えた。
「へ、へえ。今度は雪ノ下さんがやるの?悪いけど、初心者だからって手加減出来ないよ?顔とか当てちゃうかも。」
「あら、気遣ってくれるなんて優しいわね。お礼に手加減してあげるわ。顔は気にしなくていいから安心なさい。」
どこまでも舐めきった雪ノ下の言に、三浦はまたもや、顔を引攣らせる。
「すぐ戻るわ。」
と、雪ノ下は準備の為か、奥に引っ込んでいった。雪ノ下が通る所は、いちいち人がさあっと避けていく。
俺は、今一体何をしようとしたのか。こんな所で事を起こすなんてどうかしてる。三浦達は一般人だ、あいつらとは違う。
身体から嫌な汗が出る。もし、雪ノ下が来なかったら、俺は。
「比企谷君?なにをぼーっとしているの。」
雪ノ下の声ではっと意識を取り戻す。あれ?もう帰ってきた?
「まあ、少しぐらいならそのままでもいいわ。」
どう言う意味かを聞く前に、雪ノ下はさっさと後ろに行ってラケットを構える。
「ほら、いいわよ。打ってきなさい。」
挑発するように、雪ノ下がそう言った。
三浦はそんな雪ノ下を睨みながらボールを上に投げる。
ぱぁあん、と言う爆ぜる音とともにやはりうまいところにボールが行く、もちろん俺にも球は見えている。最初に比べれば目も慣れて追いついて打ち返すならば出来るだろう。
球に反応した俺が身体を切り返す。
「私が打つわ。」
後ろから聞こえた声に思わず身体を止める。
いや、打つって言っても…。
雪ノ下はもう球が来る場所にいた。
ラケットを引き切り、体重を落とし、完全に準備万端だった。
ぱかぁあん!と三浦の時より更に大きい音がする。
雪ノ下の打ち返した球は、三浦と葉山の間を抜け、後ろの金網にぶち当たった。
三浦は呆然と球を見ていた。葉山は苦々しい顔をしている、まるで予想通りと言うように。
ギャラリーも、本日何度目かの沈黙に包まれていた。
「言ってなかったかしら、私もテニスが得意なのよ。」
雪ノ下はいつものように、王者の顔でそう言った。
なんでも出来るなこいつ。
「お前、テニスもやってたのか。」
「ええ、3日だけね。」
え、短い。
「私、天才だから大体なんでも3日で出来るようになるのよ。」
えー、まじ?逆3日坊主とかほんとにあるんだ。
にしてもかなり本気だな。
俺が割とドン引きしていると。雪ノ下は目線をベンチの方にやった。由比ヶ浜が戸塚に手当てを受けている。因みに審判は違うテニス部になっている。
「…私にだって、怒る時もあるわ。」
…なるほど。まあ、あのことに関しては俺の不甲斐なさもある。結局手を抜いて、由比ヶ浜に無理をさせてしまった。
雪ノ下は、目線を三浦達に戻す。
「さあ。昼休みは長くないわ、早くしてもらえるかしら。」
激おこゆきのんである。
〜
雪ノ下は圧倒的だった。
ほぼ一人で球を打ち返し、どうしても届かない所には俺に声をかけ打ち返させる。
形勢は、一気に逆転。元のスペックは高いとはいえ、初心者である葉山も、足を引っ張る形となる。俺がそうならないのは、ひとえに雪ノ下の立ち回りのうまさだろう。
材木座もこっち側に寄ってきていて、圧倒的じゃないか我が軍はぁ!とか言ってる。うざい。
瞬く間に2ゲーム目を取り返す。すげぇな。アイシールド21の阿含かよ。
本当に俺やることないな。と、自分の無力さを噛み締めて、3ゲーム目も終盤と言う時。
三浦の打ち返したボールが雪ノ下の横を通って金網を揺らす。
雪ノ下は微動だにしない。
…?
「…おい?雪ノ下?」
「…比企谷君。私天才だから大体なんでも3日出来たのよ。」
「…いや、さっき聞いたけど。」
いや、普通にすごいと思うけど。
…まさか。なんでも3日以上したことがないって意味か?
それはつまり。
「私、体力の無さには自信があるの。」
そう言って雪ノ下は膝をついた。めっちゃやりきった表情である。
いや、確かに2ゲーム目を40-15だったのを巻き返し、3ゲーム目をほぼ一人で捌いていた雪ノ下は途中からミスが目立ちはじめ、点差はほぼ無い状況。むしろ今ので40-40、大ピンチである。
やばくない?
「聞こえてるんだけど?」
三浦も息を切らしながら、しかしまだ余裕のある表情でそう言った。
「どうする?降参する?」
どうするべきだ。もう変な行動に頼ろうとする考えなぞなかった。
こいつらはこいつらで、途中からただの勝負としてテニスをしていたのだ。
「…いいえ?降参なんていう選択肢はないわ。決着はこの男がつけるもの。」
まあ、最後はそうなるだろうな。
「…はっ、そいつが?無理っしょ。あーしも隼人もまだ体力十分だし。さっきまでのそいつの動き見てなかったの?」
「ええ、もうあとはこの男一人で十分だわ。」
雪ノ下は俺に目線を向ける。
「何をどうすればいいかはもう十分見たでしょう?私は疲れたから後は頼むわ。」
三浦がまた、顔いっぱいに怒りを表す。侮られていると思っているのだろう。
対して葉山は俺の一球目を覚えているのか警戒を緩めてはいない。
俺はラケットを握り直す。
今回俺はほぼ役に立っていない。
あまつさえ、手詰まりだと全てを投げかけた。
ずっと手を抜き、傍観に徹した俺は、依頼に対して、何よりこいつらに対してあまりにも失礼だったろう。
半端に強くなったからこその驕り。
ずっと戒め、憎み続けたはずのその態度を。俺は無意識にとっていたらしい。
雪ノ下と位置を交代し、ボールを受け取った。
確かめるようにボールを握る。
ゆっくりと、フォームをとる。
雪ノ下の言った通り、これまででレベルの高いやつらの動きを見れた。
所々打ち返すことで打ち方もわかった。
雪ノ下はこうなることを予想してたのだろう。
敵わないな、と。笑みを浮かべる。
脱力する。
イメージするのは、常に最強の自分!
ぱかぁあん!
一球目に勝るとも劣らない速度の球を打ち込む。
しかしこれはあらかじめ準備してい葉山にギリギリで拾われる。
緩く帰ってきたボールを、更に強く、反対側に打ち抜く。
今度は三浦が追いついた。葉山よりかはいい球だが、難なく俺は更に、更に強く真ん中に打ち込む。
「っつあぁ!」
これにも三浦が喰らいつく。
だが、俺の球の勢いに負け、ゆるゆると来る球は、チャンスボールでしかなかった。
ラケットを両手で握る、渾身の力を込め、全身の筋肉に力がこもる。
三浦が目を見開く、この球は抑えられないと分かるのだろう。
ずばん!と、テニスボールから出るとは思えないような音がでる。
間違いなく最速の球は、金網を大きく揺らし、ギャラリーから悲鳴があがる。
少し間を置いて、歓声があがる。逆転に次ぐ逆転。新展開に次ぐ新展開。場の雰囲気は最高潮である。
あと一点で俺たちの勝ちが決まる。
ガラにもなく熱くなっている。思えばこの一件は最初から随分と燃えていた。腑抜けてはいたが。
今更、スポーツなんかにかける時間は無いけれど。俺は青春とやらに憧れていたのか。
ボールを高めに投げる、ラケットを限界まで振りかぶる。
2人には悪いが、一球前より遅いことはあり得ない。
本気の、本気だ。勝ちは貰う。
この時俺は油断したのか。それとも。いつもの、”誰かにぶつける”と言うイメージがそうさせたのか。
とにかく、手元が狂ってしまったのだ。
俺は球が当たる寸前に、自分の球がどの方向に飛ぶかにようやく気づく。
やばい、三浦に当たる。
なぜ、そんなつもりは全く無かったのに。この身体は、なぜ。
当たれば間違いなく無傷では済まない。流石に球に追いつく技術はない。
「っ優美子ぉ!」
しかし、彼は間に合った。最初から、注意深く俺を見ていた彼は。
一度跳ねた球が当たる寸前、三浦は横から来たタックルに押し倒された。
「…ぐっ、優美子、怪我は?」
「はっはや、はややや。」
膝を擦りむいたらしい葉山は少し顔を歪めたがすぐに笑って三浦を気遣う。三浦は顔を真っ赤にしてあわあわしている。
まじか、追いつきやがった。
身体から力が抜ける。そしてすぐに謝ろうと駆け出す。
「…す、すまー」
「「おおおおおおおおおお!!!」」
と、大歓声が俺の声をかき消した。
今度はHA☆YA☆TOと葉山コールと共に胴上げが始まった。
しかもそれに混じり。
「ふっ、流石は鬼の比企谷と恐れられた男。侵略者に対しテニスで制裁を図るとは、あれぞ噂に名高い、”キラーボール”」
と言う声が聞こえた。
っ材木座ぁあああ‼︎‼︎‼︎(ガチギレ)
違う、わざとじゃない、本当にわざとじゃ無いんだ。
しかし、ギャラリーからはキラーボール、あれが…みたいな声があがる。定着すんな、受け入れんな。最低だな…と言う声も聞こえてくる。
死にたい。本当に死にたい。
そのままギャラリー達は葉山を胴上げしながら何処かへ行ってしまった。
誰もいなくなったコートに、コロコロと虚しくテニスボールが転がる。
「ひ、ヒッキーすごいよ!勝っちゃうなんて!最後のもわざとじゃなかったんでしょ?」
「そ、そうだよ比企谷君、僕の為にごめんね!?」
「勝負には勝っても戦いに敗れたわね、そういう星の元に生まれたのかしら。」
みんながやんわり慰めてくれる。いや、最後のは慰めてねえな、とどめ刺しに来てる。
ゆっくりと空を仰ぎみる。
青春の、ばかやろう。
〜
そのあと、戸塚にテニス部に誘われたり、雪ノ下と由比ヶ浜の着替えを見てしまったりした。
まあ、プラマイゼロと言うことで。
懐のケータイが震える。
恵理さんからか。
「どーもー、影喰らいさん。今日は大活躍だったそうですね!」
「…見てたんですか。」
「んふふ〜。見てたのは私じゃなく。”調べ屋”さんですけどね!あの人も貴方のファンですから、たまに貴方の生活とか報告してくれるんです!」
「…まじかよ。」
”調べ屋”砂上詩織、会社がちょくちょく頼る情報屋で、パソコンに異常に特化したヒキニートである。何度か会ったが、ぱっと見はただのダメ”女”。メンヘラ気味で元彼を何人か殺したらしい。まあ、殺された奴らも砂上にDVしていたクソ野郎どもだが。
初めて会いに行ったとき、たまたまその現場に居合わせ、うっかり俺が相手を殺してしまった。それ以来初めてまともな男を好きになったとかでちょくちょく接触を図ろうとしてくる。本人曰く、今まで付き合った中で殴ってこなかった奴はいないらしい。どうも私には男運が無いらしいとも。
「いやー、青春ですねえ!最後酷かったですけど!…影喰らいさん、今からでもそっちに行くのは遅くなー」
「仕事の話をしましょう。次はなんですか。」
恵理さんが何を言おうとしたかは大体分かる。だか、俺は足を洗うつもりはない。
「…わかりました。
今度の依頼は、またマフィア関連です。しかし直接彼らの所に行くのではなく。彼らに武器を流してる奴らを抑えてほしいと。」
恵理さんの声色が変わる。しかしいつもより緊張しているように感じる。
「なんかあるんですか。」
俺が続きを促す。
「…今回の件に噛んでいるのは、”ラバーズ”と呼ばれる組織です。
世界最大にして、最悪のテロ集団。色んな場所に関わっている彼らが、その武器の取引を請け負っています。」
てろる