ラバーズ。
おおよそ20年程前から活動をはじめたテロ集団である。未だに人数、信条、本拠地、具体的な構成、そしてリーダーも、何一つとしてよく分からない集団である。
活動も様々で、爆破テロや、発砲、毒ガスや人間を切り刻んで公道にばら撒いたりといった、過激で残忍なものから。建物や車を壊しまくったり、馬鹿でかい落書きを描いたりというイタズラみたいなものまで。彼らの活動には一貫性がなく、ただただそれぞれが好き勝手に暴れまくっているように思える。実際明確な組織としての形も認められておらず。”ラバーズ”と言う名前をいろんな奴らが勝手に名乗って暴れているだけだとも。
しかし近年、彼らの活動は一気に複雑に、そして集団性を持ちはじめた。一説には構成員が数十万にものぼると言われる彼らは、中には頭がキレて、社会的に高い地位を持つ者もいるらしく。そういう奴らがある程度活動をまとめたり、必要なものを揃えたりしているらしい。
武器の密輸、爆弾の作成、情報操作に人員の割り振り。曖昧模糊としていた彼らの体系は、急速に何らかの形を作ろうとしていた。
「彼らの一番恐ろしいところは思想の伝播です。信条やテロ行為に関する要求なんかは何もありませんでしたが、逮捕されたラバーズはみんなそろって”面白そうだったから”と言っていました。彼らの目的は人生を楽しむ事、だそうです。具体的にどう言う内容で勧誘されているのかは分かりませんが、SNSや実際に人が話に来たりで構成員を増やしてるらしいです。彼らの狂信はもはや洗脳の域です。昨日まで普通に生活して、普通に家族とご飯を食べて、普通に会社に出勤してたような人が、唐突に身体中に爆弾を括り付けて道のど真ん中で木っ端微塵になります。武器や爆弾もこれまでは現地調達で、質は悪いですが武器の流れでテロの予兆を察知する事が難しかったんです。」
彼らの思想は人間が誰しも持っている理性のタガを簡単に外してしまう。頭のネジを正確に、迅速に引っこ抜いて行ってしまうのだ。
「今回の依頼にはそいつらが絡んでいます。彼らの危険度はピンからキリまでですが、マフィアと絡んで武器を入れてくるような奴らです。ラバーズの中でも大きい集団だと思われます。
しかも、実はまだどこで取引が行われているか分からないんです。」
それは、つまり?
「…俺への依頼は取引場所を探す所からですか。」
「半分正解で半分間違いです。」
ん?じゃあどうすれば?
「…影喰らいさんには、先程話題に出た彼女の所に取引の場所を聞きにいっていただきます。」
「…いや、何で俺が。普通に会社が聞けばいいでしょう。」
「そうしたいのは山々なんですが、彼女が久しぶりに貴方に会いたいとぐずったらしく。変に長引かせても面倒なので影喰らいさんの任務に組み込まれたんです。」
まじかよ。あの人の所に?
砂上さんまじでちょくちょく頭おかしいから怖いんだよね。
「詩織ちゃんとは友達ですが、私も面と向かってとなると少し怖いですし…。
まあ、影喰らいさんなら大丈夫ですよね!」
いや、大丈夫じゃねえ。
〜
金曜の夜、俺は東京の目黒にある高級マンションに来ていた。ロビーの自動ドアは前に立っただけで何故か開かれる。彼女が開けてくれたのだろう。
彼女には世界の大体のものが見えている。人間性こそ崩壊しまくっているが、間違いなく世界最高峰のクラッカーだろう。
彼女なら、確かに会社の調査員でも見つけられない取引の現場を調べられるかも知れない。
地上18階。あらゆるものが下に見える部屋に彼女は居る。
俺はドアの前に立っていた。ノックしようと手を上げる。
「あ、えへ。ハチくん、来てくれたんだ…。久しぶり、だね…。」
と、ドアをノックする前に彼女は現れた。俺は最初の一回以来、このドアをノックできた事はない。
ドアを開けて出て来たのはいやに不健康そうな20代半ばぐらいの女性である。服装は、パンツにノーブラタンクトップ。正直目のやり場に困るが、ほとんと来客のない彼女にとっては何の問題もないらしい。俺が来ることを事前にわかるなら、ちゃんと上と下を着てほしい。
「えへ。男の人って、こういう格好、すき、でしょ?」
大好きです。いや、そうじゃなくて。耳につけた無線からガリガリと何かを引っ掻く音がする。怖い。
彼女は、赤みのかかった髪を首元でまとめており、眼の下にはクマがある。肌は相変わらず色が悪い。身体もその歳の他の女性と比べると痩せすぎている。しかしアンバランスに盛り上がる胸部が、彼女の女性らしさを強調する。
思わず目が吸い寄せられてしまう。
「えへ、さわる…?」
「…何で俺が来たかは知ってますよね。仕事の話をしましょう。」
俺は話を切り替えさせる。少し迷ったのは内緒だ。
砂上さんは残念そうに眉尻を下げ、パソコンの方に歩いていった。部屋が汚い、ゴミだらけだ。
パソコンを立ち上げながら彼女は俺に話しかける。
「あ、そう言えば…。珍しいね、ハチくんが学校で目立つのって。最後はちょっと酷かったけど…。」
「…俺の生活盗み見るのやめてもらえませんかねえ…。あと名前で呼ばないで下さい。」
「えへへ…、ごめんね…?気になっちゃって。仕事中だし影喰らいくんだね。
なんだか、学校でも女の子の友達できたんだね…?中学三年生以来かな。かおりちゃんも元気?高校の子は雪ノ下ちゃんと由比ヶ浜ちゃんだっけ?ふたりともかわいいね。由比ヶ浜ちゃんの家は普通だけど雪ノ下ちゃんの方はお父さんが県議会議員で、建設会社もしてるんだね。知ってる?もうすぐ千葉に建つ高層ビルの建設には、雪ノ下建設が大きく貢献してるんだって。」
砂上さんはつらつらと、他人紹介をする。
「由比ヶ浜ちゃんは一人っ子かー、お母さんも綺麗な人だね。雪ノ下ちゃんにはお姉さんがいるみたい、仲はあんまり良くないらしいよ?みんな美人だなー。」
「…あいつらには、関わんないでやって下さい。」
「え?うふふ。そんなことしないよー?えへ、かおりちゃんにも結局何もしなかったでしょ?」
この人は、危険だ。間違いなく。やってきた事がまだマシなだけで、本質は奴らと同じ、他人を簡単に地獄に落とせる人間だ。
俺が中学時代、唯一しゃべっていた奴と縁を切ったのはこの人が原因だ。
この人は、あいつを殺そうとした、間接的に、あくまで間接的にだが。
「うふふ。影喰らいくんは優しいね、今までの人と違って殴ってこないし、力ずくでセックスしようともしない。でも、したければしてもいいよ?痛いには痛いけど、そうされるのも嫌いじゃないよ?そうされた後、殺しちゃうのも好き。」
砂上さんは顔を赤らめ、目線を俺に向けたり手元に落としたり。手はいじいじと絡め、セリフさえ抜けばただの乙女に見えた。セリフさえ抜けば。
「…遠慮しときます。」
やはり、砂上詩織はサイコパスだ。
「あ、取引現場のことだけど、結構手間取っちゃった。ラバーズはすごいね、イメージと違って、とっても慎重だった。」
「最初はマフィアの事務所を出入りする車を追おうとしたけど、意外に毎日出入りが多くて、しかもほぼ海岸や空港に近寄らない。個人が密輸する分じゃ出回ってるのと計算が合わない。仕方ないから港の方を調べたんだけど。」
「いや、港も十分数多いでしょう。」
彼女はようやく調子が安定したのか、詰まらずに喋り出す。
「もちろん範囲は限定したよ。マフィアさんたちの本拠地のある神奈川を中心に調べたんだけど、どれもぱっと見は怪しいものはなかった。ぱっと見はね。」
「ある一つの魚介類を揚げてる倉庫がちょっとおかしかったんだよね。ほらここ。五つの似たような倉庫が並んでて、全部大体同じ作り、船から直接倉庫に荷物を揚げられる。この五つは、全部およそ均等に船が出入りして、それを受け取る食料品店の車だったり、運送会社のトラックだったりもその数に見合った台数出入りしてた。」
「ただ何週間かに一回だけ出入りがおかしくなるんだよね。昨日までそこの倉庫に入ってた漁船や車がとなりの倉庫に入ってる。代わりに今まではあんまり見なかった船と車がそこに入るの。
とても上手に偽装されてるけど、車番や乗ってる人も少しずつちがう。人種こそ日本人だけどね。」
「それで気になって、まず船の方を調べたら、日本の領海の外でオーストラリアから来た船と合流してる。夜中に海の上で何かを渡してたんだよね。海は隠せるものがない。天気さえ良ければよく見えるんだ。箱もしっかり偽装されてたけど、そのオーストラリアから来た船を追えば、何が入ってるかはすぐわかった。」
「車の方は、一回スーパーマーケットに入って荷を降ろしてる。今度はそのスーパーから3台のバンとか、トラックが出て来たね。それも実在する食料品店とかのにカモフラージュされてるけど、それぞれが別々の道を通って最後にはそれぞれがマフィアの事務所の近くの別の
民家に停車してる。とーっても普通そうなお家だけど、セキュリティだけがいやに硬い。その車はその家のガレージに入って、運転手は外に出て家の主人とにこやかに雑談してる。夜中にね。逆に目立たない?カモフラージュだとは思うけど。車はものの数分でガレージを出る。3台に分けたのは降ろし易くする目的もあったのかもね。」
と、一息にしゃべってしまった。
えーと、つまり見つかったってこと?
「…よく見つけましたね。」
「えへ、すごいでしょ?もうちょっと褒めてくれてもいいよ…?」
「これ、マフィア自体への受け渡しは…。」
「普通に車で何人かが取りに来てるね。今度は電気会社に偽装してる。検問とかにひっかからないのはちょこちょこ根回しが効いてるってことかな。」
なるほど。ともかく、これで場所は分かった。やはり砂上さんを頼ったのは正解だったらしい。
「にしても、何でこんな遠回りを…。」
「警察も一枚岩じゃないからね。捜査とかはある程度誤魔化せても、普通に見つかったら終わりなんだよ。特に最近は正義感の強い人が権力を持ったからね。」
はあん、なるほどなるほどなあ。
「因みに、次いつ取引があるとかわかりますか。」
「うんとね、明日の夜だね。」
「…え、」
「昨日の深夜に船がオーストラリアのと合流したから、大体そのくらい。」
まじ、かよ…!
「恵理さん。」
「はい、すぐ手配します。」
俺も出発の為に立ち上がる。
「…あれ、もういっちゃうの…?」
「すんません、ありがとうございました。」
手早くお礼を言って立ち去ろうとする。失礼だとは思うが、時間が惜しい。
「えー。じゃあ、せめてちゅうして?」
「…は?」
「私頑張ったから、ちゅう。」
え、まじで?いや、まてまて、唇に毒とか塗ってない?この人ならやりかねない、いやそうじゃなくて。
「ほら、んー。」
やばいスタンバイしてるいや実際この人すごい頑張ったしそのくらい別にお礼だからこれ頼まれてやってるからやましいこととかないからこれ
「その辺にしとけよ雌犬」
と、いやにドスの効いた声が俺の胸ポケットから聞こえる。
…携帯?
「…あれ、恵理ちゃんまだいたんだ…。」
「ええ?いましたよ?必要なことは全て終わらせましたから、後は影喰らいさんだけです。早く返してもらっていいですか?」
「恵理ちゃんのじゃ、ないよね。ハチくんも満更じゃなさそうだったし、合意だよ?」
「…へえ、そうなんですか?」
いやいや、まじ抵抗しましたから、侍ジャパンですから自分。
「だ、そうですよ?」
「…ふぅん、ハチくん、そんなこと言うんだ…。」
やばい、ほんとにやばい、どのくらいやばいかと言うと、割とやばい。
「…ああ、そうだ。影喰らいさん、今そちらに今回の任務のパートナーを送りました。」
「え、パートナーいるんですか。誰ですか。」
えー、やだな、1人が良いんだけど。
恵理さんは、たっぷりためて、その名前を口に出す。
「今回の人は、”悪逆”さんです。もうそちらに迎えにあがりましたよ。影喰らいさんが降りてこなかったら上まで来てしまうかも。」
「…ちっ」
砂上さんが舌打ちする。まじかよ、あいつか、砂上さんと”悪逆”はかなり仲が悪い、というより砂上さんが一方的に嫌っている。かく言う俺も、”あの”脳筋が得意なわけではない。むしろかなり苦手だ。
「…分かった、今回は諦める。でも、また来てね?ハチくん。」
と、顔が近づいて来たと思ったら、ほっぺにキスをされた。
え、ちょっと。
「唇は、君からしてくれるまでとっとくね…?」
と、彼女はいたずらっぽくわらった。
「…え、今なにしたんだおまえ。ちょっと?!影喰らいさん!何されたんですか!怒らないから教えてください!ねえってば!」
砂上さんはニコニコと笑っている。
彼女とは色々あったのに。
その笑顔に、不覚にもだいぶどきっとしてしまった。
〜
その後、部屋を出て、一階まで降りてマンションを出る。
まだ、頰にあの感触がーーー。
「よお!!久しぶりだなハチ公!相変わらず目ぇ死んでんな!ちゃんと飯食ってんのか!?」
俺がさっきキスをされたところをなぞりかけたかけた瞬間、2メートル近い大男に襟首を掴まれ持ち上げられた。
ぶっとい男の腕を根元にブラブラ揺れながら、この先の展開に絶望し、キスぐらいすれば良かったと後悔した。
らばーず