俺たちの世界は間違っている。   作:ゆきわぎ

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来る。来てる。

目黒にある高級マンションの一室で、1人の女性がパソコンに向かっていた。

 

ポンッと音がして、画面の端にハートのマークのついたメールのアイコンが出てくる。女性はそれにカーソルを合わせ、中身を確認する。

 

内容を読み切り、彼女は目を細める。

 

その時、デスクに置いていた携帯が震えた。ロック画面の連絡先表示を見て、彼女は緩く笑う。

 

「…もしもし”慧理ちゃん”?どうか、した?」

 

電話の相手はいつも通りの口調で喋り出す。

 

「…こんばんわ、詩織ちゃん。なんで私が電話なんかして来たか分かるよね?」

「さあ、わかんない、かな。」

 

電話口の声の温度が一気に下がる。

 

「しらばっくれるな。あなたがラバーズって事は”元から知っていました”。それでも私が放って置いたのは、あなたが本気で影喰らいさんを好きだったからと、あなたがどう頑張っても影喰らいさんを組み伏せられないと分かっていたからです。でも、敵に情報を流して影喰らいさんを殺そうとするなんて。どういうつもりなんですか。またいつもみたいに”死んでるのが見たい”とか言うつもりですか?」

 

彼女はその言葉に答えない。無表情で携帯を耳に当てている。

 

「…喋らないんですか?ああ、もしかして。成功したら影喰らいさんをやる、とか言われたんですか?うわ、気持ち悪。そんな理由で影喰らいさんに大怪我させたんですか。でも残念でしたね。彼は普通に帰ってきました。武闘派の”ファンタジー”も影喰らいさんにはまったく及びませんでしたし。あの人自身も”あなたがラバーズ”だと気付いているのでもう会いに来てくれないでしょうね。ざまあみろ。」

 

やはり、彼女は答えない。

 

「教えなさい。会社の内部にいるラバーズは誰ですか?これ以上影喰らいさんの負担を増やさないでください。協力者でいれば良かったのに、余計な事をしやがって。」

「…いつも以上によく喋るね、元ラバーズの”赤城慧理”さん?」

 

電話の声に一瞬の空白が生まれる。

 

「…だからなんですか?私が気にしてるとでも?」

「ハチくんに出会ってから活動しなくなったけど、現役だった頃の貴女はすごいね。私なんか足元にも及ばない。おんなじラバーズで活動してて尊敬してたもん。ハチくんのことで接触して来た時は、なにか目をつけられてて、とうとう殺されちゃうのかと思った。そしたら普通に友達になってくれちゃうからびっくりしたよ。」

 

今度は電話の相手が沈黙する。

 

「ハチくんに感化されて心を入れ替えたんだね。すごいなあ。馬鹿みたいだけど。」

 

「恵理ちゃん。勘違いしてるよ。確かに私はファンタジーくんに情報をあげたけど、大切なのは渡さなかった。ハチくんが行くっていうのも直前まで言わなかったしね。」

 

「影喰らいさんは結果的に死にかけてますけど。」

「あのぐらいじゃ死なないでしょ?ハチくんは強いもん。早い内からラバーズの誰かと戦っていて欲しかった。特にファンタジーくんはまともな方だしね。」

 

「…信じられませんね。」

「恵理ちゃんに信じてもらえなくても良いよ。ハチくんは分かってくれるから。」

「…あ?」

「それに、恵理ちゃんだって昔の事知られちゃったら幻滅されるよ?ハチくんは生きてたからいいじゃない。」

 

少しだけ、2人の間に沈黙が流れる。

 

「貴女は何がしたいんですか。」

 

絞り出すように、電話からそう問われる。

 

彼女はやはり笑いながらこう言った。

 

「幸せになりたいんだよ。ハチくんと2人でね。」

 

 

神奈川某所、セーフハウス

 

「情報を整理しましょう。とりあえず会社の内部にラバーズがいて、情報を流されてます。しかも、先ほど国内でのラバーズに関する件は影喰らいを主にあたらせるように、というふざけた命令が来ました。もちろん断りましたが、かなり上層部、というかぶっちゃけ”一番上”から来てるみたいで拒否権がありません。せめて内部の調査と、影喰らいさんの周りの監視は約束してもらいました。それから八幡さんの戦った男、島松晴人、通称”ファンタジー”の話に出てきた名前を調査しました。まあ、ほとんどわかんなかったんですけど。”禁忌の愛”は、おそらくラバーズ内の指導者のようなものであること、あとは日本に来ていると言う人達の中では、”蜂”は毒使い、”太刀屋”は結構有名な殺し屋ですね。文字どうり日本刀で殺しまくる殺し屋です。”蜘蛛”は、女性で高校生くらい、だそうです。」

 

無線から恵理さんがとりあえず分かる事をあげる。声は何か苛立っているようにも聞こえる。

 

「…?なんで蜘蛛だけ具体的なんですか?」

 

「殺し方からですよ。よくある色仕掛け的なやつです。JKだから、さくさく引っ掛けられるのかも。」

 

「なるほど、」

 

「ハチ公、俺の経験則だと、そういう奴は意外と”地味な眼鏡”が多いぜ、”自分は手頃だって思わせるために”な。気をつけとけ。」

 

「はあ、ありがとうございます。」

 

倉庫での戦闘のあと、俺は手当てを受けながら2人の話を聞いていた。

 

麻酔はしているが、普通に縫われている。腹に感じる不快感を抑えながら自分の頭でも情報を整理する。

倉庫で殺したあいつは”ファンタジー”と言うらしい。世界各地で武器を捌いたり麻薬を売ったりして、色んな界隈のパワーバランスをしっちゃかめっちゃかにしていた。本人もかなり強く、頭も良かったため、たくさん敵はいたが度々返り討ちにしていたそうだ。

 

「悪逆さんからは何か情報ありませんか?」

 

恵理さんが千川さんに話題を振る。

 

すると、千川さんは腕を組み、ふむと鼻から息を吐いた。

 

「…”ゴールデンライアン”なら知ってる。俺が中東で仕事してた時に何度か会った。見た目は俺を白人にした感じだな。筋骨隆々、髪は少し長いが顎髭もなかなかだ。まあ、手のつけられないクソ野郎だがな。」

 

千川さんは苦々しい表情をしている。思い出すのも嫌な相手なのだろうか。

 

「ハチ公。俺はもう少し日本にいる事にする。あいつも来てんなら俺が殺しときてえ。」

 

「まあ、多分会社も大丈夫ですし、私も悪逆さんがいるなら心強いですね。正直影喰らいさん1人ではどうにもなりません。」

 

確かに今回の件も、おそらく1人では逃げきれなかった。これから先ラバーズと本気で戦うなら居てくれるのはありがたい。

 

「俺も色々と調べてみます。おそらくすぐに接触してくると思いますし。」

「…影喰らいさん、やっぱり何も学校に行く事無いと思います。なんとでも会社から誤魔化せますし、怪我もあるのに危険です。」

 

俺の言葉に恵理さんが心配してそう言ってくれる。

 

まあ、正直腹痛いし、身体中ばきばきだしプリキュア見そこねてるから学校行きたくない。だが…。

 

「俺が居ない間に学校狙われても面倒なんで、普通に行きますよ。大丈夫、怪我も最悪な時よりかはまだ良いですし、なんとかなります。」

 

千川さんが横で大きなため息をつく。あれ、なんか機嫌損ねましたかね。

 

「…わかりました。いえ、まあわかってました。でも無理はしないで下さいね。”無綴兄弟”のお二人も日本に向かっています。協力してくれると思いますよ。」

 

あの2人か、無綴兄弟は見かけはかなりやばい、がかなり常識的でこの業界には珍しく、他人をいたわる人たちだ。千川さんにあの2人ならだいぶ安定するだろう。

 

「ラバーズはきっと直ぐに行動をはじめます。どうか、死なないで下さいね。影喰らいさんが死んだら多分私一生独身ですから。貰い手がない的な意味で。」

 

「いや、否定しにくいですが普通にお見合いとかしてて下さい。」

 

丁度傷の手当てが終わり、その日は解散となった。

 

 

次の日俺は痛み止めを飲みまくって登校したが、まあ、遅刻した。いや、普通に寝坊である。

いや、仕方なくない?寝る時間も遅かったし。むしろよくHRに間に合ったよ俺、すごい。

 

「重役出勤とは、随分頭が高いな?比企谷。おい、顔どうした?」

 

平塚先生との最初の会話、なんだか久しぶりに会った気がする。因みに最後のセリフは俺の顔がブサイクと言う意味ではなく、怪我してボコボコだったからだ。

階段から落ちましたといつもの言い訳をする。

 

誤魔化す為にちょっと失礼な事を言ってしまい、俺は腹に一発貰っていた。

 

油断した。いつもの感じで受けてしまい、腹に穴が空いているのを忘れていたのだ。

 

死ぬ、痛すぎる。万が一にも血が滲まないようにガーゼと包帯でぐるぐる巻きにしていたが、口から出そうである。

 

先生はふん、とどうせ効かんのだろうみたいな顔をしていたが。

 

「あ、あれ?比企谷、大丈夫か?変に入ったか?」

 

脂汗をかいて痛がる俺に異常を感じたらしい。焦ったように俺を心配する。

 

ふぐぐ、と俺が呻いていると、がらっと扉が開かれた音がした。

 

先生がそちらに顔を向ける。

 

「…川崎、君も重役出勤かね?」

「…すいません。」

 

ややハスキーな女子生徒の声が聞こえ、俺もそちらに首を向ける。

 

そこには、パンツがあった。

 

痛みが嘘のようだった。

心が晴れやかだ、今までの苦労はここに報われた。

 

健康的なすらりと伸びた脚、その皮膚には一点のシミもなく、陶器のように澄んでいた。

何よりそのふたつの天然の芸術作品が交わる部分、こちらは人の錬磨された技術による芸術品がある。

 

俺は、心を取り落としたように、呆然とそれを口にする。

 

「黒の、レース。だと…。」

 

すると川崎と呼ばれた少女はじろっと俺に冷めた目をむける。

 

「馬鹿じゃないの?」

 

全くもってその通りです。

 

 

HRが終わって、疲れてるのもあり寝ようとするが、前傾姿勢が辛すぎる。仕方なく身体を軽く反らすようにして死んだ目でぼーっとしていた。

 

遠くで由比ヶ浜が心配そうに俺を見ているのが分かる、声をかけるか迷っているのだろう。

まあ、そっとしていて欲しい。俺なんかと仲良さげにしていたら余計な反感を買うだろう。

 

うーんと心の中でうなされていると、天使に声を掛けられた。

 

「比企谷君、大丈夫?いっぱい怪我してるし…。」

「当たり前だろ、俺が倒れたら誰がお前を守るんだ。」

 

戸塚が、え。と表情を固める。

 

しまった、あまりの可愛さに割と本気で変なこと言ってしまった。

嫌われた。絶対キモがられただ。なんてことだ、俺は戸塚に嫌われたら一体なんのために今までー

 

俺は結構本気の絶望に包まれていた時。

 

「なにそれっ。でも、比企谷にならお願いしたいな。」

「…え?」

「でも、あんまり無理しないようにね。怪我してたらしっかり治るまでは安静にしないと。」

 

え、え、なに?何がおきてんの?奇跡?奇跡おきてんの?

 

「あ、そういえば。この前の比企谷君達のテニス見てた子たちが結構やる気になってくれてね。これからがんばろー!ってなったんだ!」

 

戸塚はぐっと拳を握ってそう言った。

 

「だから…、ありがとね。比企谷君。雪ノ下さん達にも、改めてお礼に行くから。」

「いや、俺は別になんもしてねえしな…。」

 

と、俺が返すと。そんなことないよー、と戸塚は笑った。

 

「トツハチ!来た!来てるよこれ!」

「姫名擬態しろし…。」

「テンション高いね姫名。」

 

と、そんな女子の会話が聞こえた。

 

「…」

「あれ?比企谷君どうかしたの?」

 

いきなり黙った俺に戸塚が首を傾げる。

 

「いや、何でもない。」

 

俺は何とかそう返す。

 

なぜ今まで気づかなかったのか。千川さんの助言がなかったらこれからも気づかずにいたかも知れない。

 

俺は昨日の会話を思い出していた。

 

ー意外にも”地味な眼鏡が多い”。ー

 

蜘蛛はクラスメートだ。

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