私の兄は世界で一番強くてかっこいい。
ちょっと目は腐ってて心が捻くれてるけど、誰より優しくて、間違ってることを許せない人なんだ。
お兄ちゃんが小学校六年生の時に珍しく怪我をして帰って来た時、お父さんとお母さんはとっても怒った。
もちろんお兄ちゃんに対してじゃなく、お兄ちゃんをそんな目に遭わせた人に対して。
いつもはお兄ちゃんのことをほったらかしてる両親だったけど、ほんとはちゃんと、心からお兄ちゃんのこと愛してた。
”私”は、なんとなくお兄ちゃんが誰かの為に頑張ったんだって分かった。
ほんとにしょうがないお兄ちゃんだ、きっと最後まで逃げなかったんだろう。
その日の食卓はいつも以上に幸せだった。
”私”の一番大切な家族。きっと誰にも奪われないと思ってた。
思ってた。
”私”が中学に上がって少し経ったある日。
学校の生活も順風満帆。お兄ちゃんと違って”私”は人付き合いがうまい。
いつものように家に帰れば、家族が待っている。両親ともに少し帰りが遅いし、お兄ちゃんもたまに帰りが遅かったり、どっかに泊まったりするけど、その日はちゃんと帰ってくるって言ってた。
今日は先生から”なぜか”早退して良いと言われた。
私は理由がわからなかったが、まあ早く帰れるに越したことは無いだろう。
さあ。お兄ちゃんにご飯を作ってあげなくては。最近は、料理をどんどん突き詰めていて、化学にまで手を出している。
家に帰るのは楽しみな筈なのに、なぜか、足が重かった。
嫌な予感がしてた。
玄関を開けてはいけない気がしてしまった。
知らずにいれたなら、昨日と同じ記憶なら、それまでと変わらない日常をおくれたのだろうか。
まあ、”今”となってはそんな事を望みはしないけど。
玄関を開け、リビングに向かった。
お兄ちゃんがいる。
真ん中の食卓に座っていて、背中を丸めて、両手で顔を覆っていた。
「お兄ちゃん?ただいま。えと、お腹空いてる…?」
なんだか、とても声を掛けてはいけないような気がしたけど。その背中を見ていられなくて”私”はそう言った。
するとお兄ちゃんはびっくりしたのかちょっとだけ肩を揺らして、ゆっくりと振り返った。
「…小町、父さんと母さんが、死んだ。今日からは、俺と二人だけだ。」
お兄ちゃんは、とても、とても辛そうに。すごく、すごく言いにくそうにそう言った。
言われても、どこか”私”は実感出来なくて。なんと言うか、ふわふわした。地に足がつかない感じ。
死んだ?誰が?お父さんとお母さんが?なんで?いつ?会えないの?もうずっと?
地球を何周しても。宇宙を何億年旅しても、ずっと。
ふわふわしてた体は、みるみる”私”の意識を離れていく。
ずっしりと、ずぶずぶと、身体だけがどこかへ沈む。
でも、心は、お兄ちゃんを見て目を離さなかった。
体を離れてしまった私の心は、お兄ちゃんに手を伸ばす。
縋るのか、お兄ちゃんも辛いのに。私は甘えるのか。
私は、”私”は。
お兄ちゃんが立ち上がった。
こっちに歩いてくる。
そして手を広げて、私を抱きしめた。
「大丈夫だ。俺が、お兄ちゃんがずっと居てやるからな。」
私は泣いたのだろうか。前が見えなくなって、全部の境目が無くなっていく。
私の最愛の家族はたった一人になってしまった。
絶対に失うわけにはいかない。
誰にも、誰にも渡すものか。
〜
「なるほど!お二人は、その奉仕部?って言う部活の仲間なんですねー!そしてお兄ちゃんに友達まで出来るとは!しかも女の人!全員美人!いやー、小町は嬉しいような、寂しいような。」
ファミレスでたまたま会った小町に雪ノ下達との関係を根掘り葉堀り聞かれた。もちろん嘘偽りなく最初から最後まで詳しく話したとも。海老名さんのこと以外。
それを聞いた小町はなんかテンションがあがっている。
席順は左側に奥から俺と奉仕部、右側には海老名さん小町なぞのクソ野郎である。
「仲間と言う表現は正しくないわね。あくまで比企谷君は依頼で来た人格に問題のある学生、更生させる目的で仮として奉仕部に置いているだけだわ。」
ひどくない?まあざっくり言うとそうなんだけどさ。もうちょっと言い方って言うかなんていうかさ。
「私は友達であってるかなー。数少ない趣味を同じくする同志だよ。」
「ひ、姫名!?え、えと、ヒッキーはやめといた方がいいよ!?ほらあの、目とかアレだし!」
「そうよ海老名さん、この男は本当にやめておいた方がいいわよ。なまじ格闘技をやっているから力づくで来ないとも限らないわ。」
おうおうボロクソ言ってくれるじゃねえかお二人さん、喧嘩か?喧嘩大バーゲンか?買い叩いてやるよおら。あるだけ寄越せこら。
「えー、見た目ほど悪い人じゃないよー?本当に、意外なくらい。」
そう言って海老名さんはまた意味ありげに俺を見る。やめてくんないかなそう言うの、誤解されかねないから。
由比ヶ浜もなんかめっちゃ海老名さんと俺見比べて唸ってるし。心配してくれてるんだよきっと。ほら、やっぱ俺より同性の友達の方が良いって。
雪ノ下もやっぱなんか毒舌吐いてる。もう内容あんま聞いてないけどそろそろ止めないと、小町の前でこれはちょっとまずいかも知れない。
「まあ、皆さんとの関係とかなんでも良いんですけど。」
あっ。
「兄の事悪く言うのやめてもらって良いですか?」
ニコニコしてたはずの小町の顔から、表情が抜け落ちる。
「なんか勘違いしてるみたいですけど。兄はお二人が軽く見て良いような人間じゃないですよ?世界で一番強くてかっこいい私の兄です。なんですか?笑って許すと思ったんですか?目の前で家族を悪くいわれて?愚兄がすいませんとでも?」
小町は、真っ直ぐに雪ノ下と由比ヶ浜を見る。
やばいな、ちょっとここでキレられると手がつけられない。
「小町、落ち着け。こいつらも本気で言ってるわけじゃ…。」
「本気とか建前だとか関係ないよね。ねえ、兄がお二人に何かしました?ご迷惑でもお掛けしましたか。」
どうしよう。結構キてるらしい。
ちらと横目で二人を見る。完全に固まって、そして怯えてしまっている。
どうしよう、こうなったとき俺の話も全然聞いてくれなくなるしな。力ずくで行くしかないか?
と、場の空気がどんどん張り詰めていった時。
「まあまあ。ごめんね?小町ちゃん、ちょっと二人とも素直じゃ無いからさ、口ではああ言ってるけどヒキタニ君の事そこまで悪く思ってるわけじゃないし。でも、二人も悪いからちゃんと謝らないとだよ?」
と、意外にも海老名さんからフォローが入る。
それを聞いた小町は少しだけ視線を海老名さんに向け、また二人に目を戻す。
海老名さんはアイコンタクトで二人に喋るように促す。
「…こめんなさい、小町さん。あまりにも失礼だったわ。」
「わ、私もごめんなさい。ヒッキーも、えと、ごめんね?」
二人はそう言って頭を下げる。
なんか俺も居た堪れない気持ちになる。ほら、あの、学級会で先生に比企谷君にごめんなさいしなさいって感じて教壇に連れて来られるやつ。あんな感じ。
でも今回はそのおかげで助かったらしい。小町ははあとため息をついて気持ちを切り替えるように口をひらいた。
「いえ、すいません。小町もちょっと過剰に反応してしまいました。でも、小町の前でお兄ちゃんをそういう風に言うのはやめて下さい。絶対に。」
最後の部分だけ強調して小町はそう言った。
最近はかなり安定していたが、やはりこう言う場面では危ないらしい。気をつけてやらなければ。
今回は海老名さんに助けられた。彼女がフォローをいれてくれなければやばかったかも知れない。兄としてもう少し小町の手綱を握ってあげなければ。
そして小町の隣の男子中学生は小町がキレかけた段階からずっと顔を青ざめさせて微動だにしない。ちょっと小町の雰囲気に圧倒されてしまったらしい。
「因みに小町ちゃん達はどうしてここに?そっちの子は友達?」
海老名さんはまたも雰囲気を壊すように話題を変えてくれる。
この人もしかして良い人なんじゃないだろうか。チョロいな俺。そして小町の事に関し何も出来てない自分が情けなく感じる。
「あ!えーとですね、ちょっとこの川崎大志君の人生相談を受けるためにですね。なんかお姉さんが不良化したとかで。」
小町もぱっと切り替えるように表情を明るくする。
名前を呼ばれた隣の男子中学生は、はっと再起動するように身体を跳ねさせる。
「え!?あ!川崎大志っす!そ、そうなんですよ。ちょっと総武に行った自分の姉が、なんか最近不良化したっていうか、朝帰りとかが多くなって心配というか!」
と、男子中学生は口早に喋りだした。
ふーん、大志君って言うんだー。俺の妹とはどう言う関係かな?ちょっと俺とお話しない?大丈夫大丈夫、ちょっと椅子に座っててくれればすぐ済むから。
と、そこで小町は何か思いついようにあっと言って手を叩く。
「そうだ!奉仕部ってお悩み相談とかして下さるんですよね!ちょうど川崎君のお姉さんも総武ですし、ちょっと相談に乗って頂けないでしょうか。」
雪ノ下と由比ヶ浜はえ、とびっくりした様な表情になる。
海老名さんはお?なんか面白い展開だぞ?とでも言う様に笑みを深める。
「お兄ちゃんも、どうかな?」
小町はそう言って可愛らしく笑った。
小町って大志君のことなんて呼んでましたっけ。