プツッと音と画面が切れた携帯を見ながら俺は考えを巡らせる。
海老名さんと別れてから10分も経ってない。まだそう遠くない筈だ、出た方向だけは見ていたが目的地しかわからない。
だが恐らくは人通りが少なく、ある程度道路の幅があるところだろう。公園の近くか?
携帯でそれらしい場所を探すが、そもそもがオフィス街なので休日のこの時間では候補が多すぎる。無駄に広い場所や、人の来ない所が多いのだ。
虱潰しにしている時間は無い。
一分一秒で、あの人は。
気が焦る。いや、助ける意味あるのか?敵だぞ?
浮かんだ考えを振り払う。
ちがう、俺はそんな考えで今までやって来たのでは無い。
海老名さんは由比ヶ浜の友達でもある。行かない理由なんかない。
連絡先からある人物をだす。
「あれ?ハチくん?どう…したの?えへへ。連絡くれるなんて珍しいね。」
調べ屋である。あの人ならば、どこかで見ていてもおかしくはない。
「砂上さん、千葉市でたった今起きたタクシージャックの場所って分かりますか。」
「…なにそれ?」
砂上さんはどこかムッとしたように返事をする。挨拶すらしなかったのが気に障ったのかもしれないが、今はそんなことを気にしてはいられない。
「すんません、時間がないんです。駅からあまり遠くはないと思います。」
「…ああ、蜘蛛ちゃんが襲われてるみたいだね。これがどうかした?」
いや、どうかした?じゃなくて。
「その場所を教えて下さい。」
「…なんで?」
砂上さんは嫌味なんかじゃなく。本当に分からないという声でそう言った。
「助けに行くに決まってるでしょ。敵だとかどうでもいいから早く教えて下さい!」
そして、砂上さんは沈黙する。何を考えているんだろうか。
苛立ちが募る。
「…やっぱりヒーローみたいだねー。あれ、"救世主"だっけ。」
「だからぁ、わけわかんないこと言ってねぇで。とっとと教えろって言ってー」
そして砂上さんは俺の言葉を遮るように言った。
「ああ、さっきのなんでっていうのはね。なんで助けようとするのかって意味じゃなくてー。
君が行くまでもないよって意味だよ。」
〜
狭いタクシーの車内で私はぐらぐらする視界の中にいる無駄にでかいそいつを見ていた。
既に運転手さんは左の側頭部から頭の中身をだらしなくぶら下げて絶命していた。
私がやったのではないが、とても申し訳なく思う。
まあどうでもいいか。
「わりぃな。結構っつうかかなりいてえかも知んねえけどよぉ。まあ俺の後にちゃんと日本人サイズの奴らが可愛がってくれっから安心しろや。」
そういってそいつは私の脚に手を這わせるようにして私の下着に手を伸ばす。
私は今、殴られてシートの部分に横たわっている状態だ。頭は助手席側。男はニヤニヤ笑いながら私の身体をジロジロ舐めるように見回している。
さて、今日はどんなのを履いて来ていただろうか。よく覚えていないが確か気に入っていたやつだった気がする。
となれば、触られるわけにもいかないか。
それにしても、色々とがっかりである。
雑というより慢心が過ぎる。
女は抵抗なぞ出来ない。もししても簡単にへし折れると思っているのだろう。
女を性玩具としか思ってない。好みか否かでしでか判断しないのだろう。
だが、それがいい。そういう奴がいい。
私が殺すならそういう奴でなければ。
「…あ?お前何笑ってやがる。」
笑っていたかな。まあ笑えもするだろう。体がデカイのにこんなに狭い車内で襲おうとする。私の手さえしばらない。
何より。私の上に跨った辺りから。死にかけているのが分からないのだから。
「別に?」
私はそう言って左手を握りながら軽く引く。
すると、男の首の左側がぱくっと裂けて血が噴き出した。
〜
俺は砂上さんに場所を教えてもらい、タクシーを捕まえた。
タクシーの車内で、俺は海老名さんの戦い方について考察する。
全体的に筋肉が付いていて、基礎体力も高いのだろう。
しかし、注目すべきは、服装である。彼女は必ず長袖を着ている。恐らくは腕につけた武器を隠すためだろう。
彼女が体操服を着ているのも見たので勿論怪我や傷を隠す為の長袖ではない。そしてその時に腕を見たが、手首のと肘にかすかにバンドか何かの跡があった。
おそらく彼女の凶器はワイヤー。あのバンドは糸のリールと巻き取り用のモーターをつけるためのものだろう。巻き取りとワイヤーを出すのの切り替え用のスイッチも何処かにつけてるはずだ。
漫画とかであるようにワイヤーでスパスパ人切ったりとかはまず無理である。どこかにセットしてトラップとして使えば可能性もあるかも知れんが、格闘戦でそんなことをしている余裕はない。
まあ、彼女自身が室内や"狭い車内"などで待って戦うのなら、有利なんてものではないだろう。そして、"夜や夕方"など、糸の見えにくい時間帯を狙えばなおさら。初見ではまず対応できない。
勿論それでも切断は容易ではない。だが別に無理して切り離そうとしなくてもいい。戦闘不能にさせられさえすればいい。
ワイヤーで首を絞めあげれば、肉に食い込んで外すのは難しくなるし、ワイヤーの表面をわざと少しだけ粗く作れば、首に引っ掛けてワイヤーの片方を思いっきり巻き取るだけで、全く力を込めずともワイヤーは皮膚と肉を裂き、血管を傷つけ、上手くやれば失血死も狙えるだろう。
問題があるとすれば、袖が汚れることと、絡まると大変なとこだろうか。
彼女は仕草で誘ったのだろう。バーであの男を。
〜
「が、ああああ!?」
ゴールデンライアンは唐突に吹き出した血に驚き、傷口に手を当てながら軽く仰け反った。
それに合わせて私は思いっきり上体を起こし、男の鼻っ柱に肘打ちを入れる。
さらに態勢を崩したところで男の左腕を引き足をかけてひっくり返しながらシートの足場に落とす。
男は背中が付いたとともに肩を浮かせて右腕で下から私を殴ろうとするが(腕も長いので座席に膝立ちしている私の顔にも届きそうだ。)、私は当たる前に腕を止める。
遠くから見たら、もしかしたら私が超能力でも使っているように見えるかもしれない。だがなんのことはない。タネも仕掛けもあるただの技術だ。
私が上になった時点で袖から出したワイヤーを助手席と後部座席の頭の部分に引っ掛けておき、それの先を腕に巻きつけて巻き取って締め上げたのだ。両側の輪っかの先を重ねて円のようにしてある。糸をめり込ませているので引くことも押すこともできないだろう。
「申し訳ないんだけど今日はちょっと太めのやつだからさ、結構、というか多分かなり痛いけど頑張ってね。」
「な、やめ…!」
私は手を軽く握り糸の片側を巻き取る。
キュイイイイと音を立てて糸が回りながら肉に食い込んでいく。
「ぎ?があああああああああ!?!??」
「うんうん、痛いねー。」
私は足下でジタバタしている男を見下ろす。多分私は今笑っているのだろう。
「そろそろ骨だよー。舌を噛んだりしないようにね?」
「が、あが、ぎゃああああああああああああああ!!」
がりがりと、骨を削る感覚が糸を伝ってくる。さてさて、骨を直接削られるってどんな感じなんだろう。
やがて、ぼきりと、腕が落っこちた。
「ぎい、ひ、ああああ。」
男はさっきまでの威勢はどこへやら。情けなく腕を押さえている。
「ゴールデンライアンさん。実はねー。わたしのところに貴方を殺すよう依頼が来たんだよね。"見ててつまんないから殺せ"ってさ。」
「…はあ…はあ、は?」
男は息も絶え絶えに聞き返す。
「まあ、貴方はそこそこ強いけど、やってることがはっきりいって小物だし。まあいらないなって思われたんだろうね。」
「なん、何を。」
私は目を細めて男を見る。
男は何かを思い出したかのように口を開く。
「まさか、お前、"愛人達の蜘蛛"…」
「せいかーい。貴方が殺される番が来たんだねー。」
私は基本的にラバーズのすごく上の方からの依頼を受ける。その内容は、今回のような仲間内の粛清が多い。
「ねえゴールデンライアンさん。私がなんでこんな仕事してるかわかる?」
「何、言って。」
「私はね、貴方みたいに自分が強いって勘違いしてる人を殺しちゃうのが大好きなんだ。圧倒的弱者のはずの女でこどもな私に。」
男は何を言ってるのか分からないと言う表情で私をみる。明らかな怯えと、混乱に満ちた貌。
「そうそれだよ。その表情が見たかったんだ。辛いかな、痛いかな、怖いかな、憎いかな。貴方は私に殺される。なんのことはなしに、ゴミみたいにこともなく。」
ああ、ぞくぞくしてしまう。この満足感が、私の生きる意味なのだ。
「可哀想にね。でももう大丈夫。」
私はそこで言葉を区切る。
男は自分が何をされるのかわかったのだろう。抵抗しようにも彼はもはや助からない。
「それじゃあ、終わろっか。」
私は糸をかける。耳障りな音が、静かな車内を満たしていく。。
〜
車を出た私を出迎えたのは表情のない、痩せすぎな男たちだった。
「お疲れ様。中にあるから持ってって。」
彼らはやはり無表情のまま体をいれる袋を持って車に向かう。
彼らは"地底人と言われる人たちだ。死体の処理や現場の片付け、後は拷問もやったりする。人間の底の住人。だから地底人。
ふと、人の気配を感じて道の先を見ると、そこには影喰らいが立っていた。
「あれ?比企ヶ谷君。来たんだね。うれしいなぁ、心配してくれたの?」
まあ、襲われるタイミングで電話をかけたのもあるが。
「顔、大丈夫か。」
彼は少し目を逸らしながらぶっきらぼうにそう言った。
私は一瞬言葉に詰まる。まさか、本当に心配していたのか。私を?
「大丈夫大丈夫。まあ、週明けは学校休むけど、腫れが引いたらメイクで誤魔化して学校行くよ。」
勉強会も行きたいしね。と私は続ける。
そうかと彼が言った時、比企ヶ谷君の後ろに黒いバンが止まった。
中からぞろぞろと4人の男が降りてくる。
「あれ?これどういう状況?」
「あれがライアンさんの言ってた女?」
「結構可愛いくね?」
「ドレス着てるし。」
頭がラリってるのだろうか。私に付いた返り血が処女貫通の血にでも見えるのか。
男達は、今度は手前にいた比企ヶ谷君に注目する。
「何こいつ。」
「お前もライアンさんに呼ばれた奴?」
「なんかヒョロくね?」
「つーかキモくね?」
男の1人が比企ヶ谷君の左肩に右手を置く。
比企ヶ谷君は無表情だった。
真っ暗な目で、ただ前を見ていた。
「おい、こっち向ー」
言い終わる前に、彼は男に背を向けたままいつのまにか左手に握っていたナイフで男の首を刺した。
ぶえ、と血の混じったうめき声。男はきょとんとした顔で止まった後、思い出したかのように空気を求めて口をぱくぱくさせる。
後ろの男達は丁度影になって見えないのだろう。しかし、何か感じたらしく、訝しげに比企ヶ谷君を見ていた。
やがてぐらりと体が傾き、ゆっくりと男は左側に倒れこむ。
倒れるのに合わせ、比企ヶ谷君はナイフを抜き、そのまま立っていた。
ナイフから血が滴る。真っ赤なそれだけが、暗くなった道で街灯の光を反射していた。
「なっ、何やってんだてめえ!」
男が比企ヶ谷君に向かって行く。
ああ、可哀想に。プロに立ち向かうにはあまりに無防備で、あまりに遅い。
比企ヶ谷君はゆっくりと振り向いて、腕は構えずに、自然にぶら下げている。
男が右手で殴りかかる。比企ヶ谷君は目で追えない速さで左手を右手に逸らせて振り上げた。
ぱくっと男の右腕の皮膚が縦に裂ける。
男は焦って腕を庇い下がろうとするが、比企ヶ谷君の右手の指が男の左目に刺さっていた。
ぎぃぃと男が呻く。比企ヶ谷君が右手を引くと、男の頭がついてきた。
えげつない。中で指を曲げて骨に引っ掛けたんだろう。痛みだけで気を失うレベルだが、逆に痛すぎてすぐに覚醒する。
「あぎゃあああああ!!!!」
私ですら反射的に耳を押さえそうになるような声をあげて、前屈みになる。
そのまま比企ヶ谷君は左手のナイフで腹を突き刺す。
ばたりと男が倒れる。
残りの2人は明らかに怯えた顔になって足をすくませている。
左にいた男が意を決して比企ヶ谷君に蹴りかかる。
彼は何のこともなくするっと避け、首に何かをかける。
比企ヶ谷君が男の背中に自分の背中をあて、腰を使って勢いよく背負いあげる。
ぐえ、という声を最後に男の首がごろっととれる。
…影喰らいもワイヤー持ってるんだ…。
お株を早くも奪われた気分だ。見せても無いのに。もしかして看過されてた?
彼が使ったのは今日私が持ってたのよりかなり細いらしい。細ければ私だって切り落とすぐらいならできる。
最後の1人は流石に戦意を喪失したらしい。車に戻ろう土佐を向ける。
どっと音がしたかと思ったら、背中にナイフの柄を生やして倒れ込んだ。
「…え、えーと。いやー、助かっちゃったなー。ありがとね、影喰らいさん。」
とりあえず私は彼に声をかける。
彼は何も言わずナイフを取りに行く。
もしかして、怒っているのだろうか。
なんのために?
まさか、私のために?
その時、私の後ろから、がっと音がした。
私が振り返ると、そこには意外、ゴールデンライアンが立っていた。
顔を腫らし、なくなった腕はベルトで止血が施されており、首はどうしようもなかったのか血は垂れ流しである。
「ありゃー、生きてたかー。流石の生命力だね。死んだふりしてたの?」
さっきの地底人の姿はない。殺されたか。彼ら悲鳴もあげないからなぁ。
「ごろじでやる。」
血の混じった声でライアンはそう言った。
あーあ、見てられない。さっさと殺してあげなければ。
私からライアンまでは4メートル。少し引きつけてさっくりいこう。
私が袖から糸を出そうとした時、唐突に視界が遮られた。
は?何?と思ったら。
それは影喰らいの背中だった。
「ちょっ、影喰らい君?何を…」
彼は何も言わない。
右手にナイフをぶら下げたまま、軽く体重を落として脱力した立ち方をしていた。
「じゃまずんな!!」
ゴールデンライアンが私を遮って立つ比企ヶ谷君を殺そうと前に体重をかけたと思ったら比企ヶ谷君がゴールデンライアンの懐にいて右手のナイフを左に振り抜いていた。
「え?」
と呟いたのは私だったかライアンか。
目の前にいた彼が、ライアンが動こうとするタイミングで、一瞬で距離を詰めたのか。
ほとんど瞬間移動じゃん。
ライアンの赤かった首に、新しい赤い横線が入る。
ライアンは驚いたような顔をして。その顔は、顔だけでゆっくりと上を向き。そのまま反対側に折れこんだ。
首の断面からぴゅーっと血を吹き出して。やがて身体もゆっくりと後ろに倒れていった。
どさっと音がする。
早すぎた。目で追えない。
学校で観ていた分には、そこそこ強そうぐらいにしか思わなかったが。彼はどうやら無意識にスイッチを入れ替えているらしい。
最後のあの速度を初見で出されたら、私は反応出来なかったかも知れない。
しかし彼は私の武器に気づいていたようだった。
思っていたより彼は強いらしい。付け入るところがあるとすれば、情に流されやすいところか。
「海老名さん。」
「蜘蛛って呼んで。何かな?」
彼は静かに私を呼んだ。その声の中にある感情はあまりにも複雑で、私は読むことができなかった。
「やめようとか、思わねえのか。」
彼はそう続けた。
やめようとか、か。
答えは決まっている。
「思わないね。」
私は即答する。
「心配してくれてありがとう。変に巻き込んじゃってごめんね。私の代わりにそいつらのことを倒してくれたのもありがとう。」
彼は何も言わず、私を見ていた。
「きっと貴方から見たら私は不幸に見えるのかもね。こんな風に戦うことに、殺すことに取り憑かれた私が。ああいう奴らがいる中で、女一人で戦ってる私が。」
彼は何も言わない。
「でもね。私は、私自身は満足してる。そりゃそこそこ危ないことも、痛いことも経験したけど。私は私のやりたいことをやれることに満足してる。もしどこかで失敗したって、私は別にいいんだ。」
「私は投げやりに生きてる訳じゃない。たまたまやりたい事が人殺しだっただけだよ。」
彼はそこで手元のナイフに目を落とす。
「なら、あんたから見たら俺は不幸か。」
私は笑ってこう答えた。
「これ以上無くね。」
ゴールデエエエエエン