月曜の放課後俺は千川さんに指定されたカフェに来ていた。
奉仕部は今日から始まった勉強会で人口密度が激増し、しかも全員女子なので肩身がせまい。海老名さんは学校を欠席。あの怪我では仕方ないだろう。
そう言えば小町も昨日の夜に帰ってから部屋に閉じこもっている。今まではあまりなかったことで、何かあったのかと聴いても部屋にもいれてくれなかった。
正直言ってかなり心配である。小町に何かあったらマジでやった奴ら一族郎等皆殺しである。
だが何か小町には暗いものを感じる。俺には馴染み深い何かー
「ようハチ公、こっちだ。」
と、低い声が聞こえてはっとする。声のした方を見ると、喫煙席に千川さんが座っていた。
「…どもっす。」
「ああ。座ってくれ。」
促され、俺はテーブルの対面に座る。
「なんか好きなの頼んでいいぞ。奢ってやる。」
俺が座ったのを見て、千川さんはメニューをテーブルに置いた。
「いや、俺も財布持ってきてるんで。」
「遠慮すんな。あんだけ啖呵切っといて結局ゴールデンライアンをお前に任せた詫びの分もある。」
「いや、俺も仕事ですし。」
「いーから頼めってんだ。」
歯を剥かれて威嚇され、俺は取り敢えずとコーヒーを頼む。
「…あざす。」
「…ん。」
そうして千川さんは無言になる。
…早く要件言ってくれませんかねぇ…。
やがてコーヒーが来て、俺はそれに角砂糖を打ち込みまくる。
なんかオシャレなカフェの角砂糖っておいしいよね。
「いや、入れ過ぎだろ。」
「そうすかね。」
やがてコーヒーがあとコイン一枚で溢れるぐらいになる。別に脱脂綿で表面張力を調整したりはしない。
ずずずっと口をつける。
千川さんはそれを引いた目で見ながらタバコに火をつけた。
ふーっと煙を吐く。
あれ?マジでなんで呼ばれたの俺。
そして、千川さんが口を開く。
「レオンはな。俺のダチだったんだ。」
俺は千川さんの顔を見る。多分割と驚いてたと思う。
「彼奴は、前は、つってももうかなり前だが。初めて会ったときゃあんな感じじゃなかった。」
「愛国心が強く、真面目で勤勉。自分に厳しく。仲間に甘かった。」
「海兵隊に入隊して、三年後にシールズに志願した。俺と彼奴は同年代でな。俺が特殊作戦群にいた時、シールズとの合同訓練で彼奴にあった。格闘訓練でも俺達は外部の奴らが居るとこじゃマスクを外せなかったんだが。レオンと二人きりでスパーリングしてた時に取れてな。殴り合って意気投合して、まあいっかと思って、んで飲みにも行った。」
「まあ、軟派な野郎ではあった。酔ったら直ぐ女に声かけに行って、成功したりひっぱたかれたり。」
「だが、彼奴はちゃんとわきまえてた。」
「そうこうあって、三年くらいたった頃か。彼奴から、よく分かんねえ姉妹に会ったっつーのを聞いたころから様子がおかしくなった。」
「俺達は洗脳とか、言いくるめに対抗する訓練もやってる。拷問にだって耐えられるんだ。」
「だが、あれはなんかが違った。どっちかというと宗教みたいな。」
「彼奴にはな。ちょっとした、本当に小さいコンプレックスがあった。」
「彼奴はメキシコの血が混じってて。純粋なアメリカ人じゃねえ。」
「彼奴が育ったとこは、特に人種に対する敷居が高い。メキシコからの移民が多く入って来てたのもあるが。」
「彼奴自身はアメリカを愛してた。アメリカという国を、文化をな。」
「だから軍にも入った。国を守る為に。」
「それはもしかしたら、劣等感を紛らわせる為だったのかも知れん。」
「彼奴は少しずつ、アメリカ人以外を憎むようになった。」
「憎むってより。人間とすら思わないような。」
「子供の頃、彼奴は母親を殺されてる。アメリカ人にな。理由はメキシコ人だったから、だ。」
「レイプされ、ゴミみたいに捨てられてたって言ってた。」
「普通ならアメリカ人を憎むだろ?だが、彼奴にとっても、もしかしたら、自分の不遇をどこかで母親のせいだと思ってたのかもしれん。」
「もちろん彼奴からその話を聞いた時は、彼奴は犯人達を憎んでた。絶対許さんとも。」
「だが、心の何処かで、純粋ではなかったことを苦しんでた。」
「誰かが彼奴のそういうところを引き出した。」
「ほんの少しつつかれただけだったのかもしれんが」
「彼奴はゆっくり変わっていった。」
「それから少しして、俺からの連絡を拒否するようになった。」
「そこから彼奴が除隊処分になったってのを聞くのは、あんまり期間が無かったと思う。」
「南米で再会した時、彼奴はどうしようもねえ奴になっちまってた。他人種を、発展途上国を何処までも軽んじる、軽蔑するような男だった。」
「レオンじゃなく。ゴールデンライアンなんかアホみてぇな名前を名乗って。」
「こんな話しても、お前に嫌な気分させるだけなのは分かってる。」
「だが、彼奴は、あの時の彼奴は。」
「悪い奴じゃ、なかったんだ。」
喋り終わった千川さんは、結局一口しか吸わなかった煙草を灰皿に捨て、コーヒーを口に運ぶ。
「俺は、彼奴を殺した事を後悔してません。」
「当たり前だ。ただ謝りたかった。」
そう言って千川さんは頭を下げる。
「本当なら俺がケリをつけてやるべきだった。何度もチャンスはあった筈だったが、俺は殺せなかったんだ。お前の知り合いが巻き込まれたってのも聞いた。本当にすまんかった。」
俺はその言葉に応えられなかった。俺があの男に思うことは特になかったからだ。
俺が今まで殺して来た人間の中にも、誰かの友人や、家族はいたと思う。
だからと言って、殺す殺さないの判断はそこではつかない。
ただ、この人が自分の友達だったあの男を終わらせてやりたかったのだろう。
あの男は俺と海老名さんに簡単に殺された。
特にドラマもなく、何の言葉も残さなかった。
ゴールデンライアンの過去は、俺や、そして千川さんも何度も見てきたありふれた悲劇、よくあるトラウマだったのだろう。
誰にだってそういうことは起こりうる。過去を断ち切ったつもりでも、何かの拍子に、誰かの悪意で呼び覚まされる。
「貴方が謝るようなことじゃない。過去にどんな人間だったとしても、あの時殺されるべきだったから殺したんです。」
「…ああ、そうだな。」
千川さんは力なくそう言って。それから俺達は少しだけ今後のことを話して別れた。
〜
一人で帰りの電車を待っている間に、千川さんとの会話を思い出していた。
もし俺の周りのやつが、俺の敵として現れたら。
今一番可能性があるのは海老名さんか。
ゴールデンライアンの時は成り行きで庇ったが、彼女は一応敵である。これから殺し合わないとも限らない。
だが、まあ、殺さなければならない状況になれば殺す。
ーいいか八幡、死ぬべき人間なんていねえ。死んだほうがいい人間は山ほどいるけどなー
…なぜ今、師匠の言ったことを思い出したのだろう。
俺には結局、その二つがどう違うのかわからなかった。
師匠つづけて言っていた。
「死んだほうがいいやつらは、別に生きててもいいんだ。本質的に死ぬべき奴ら、つまり死ななければいけないやつなんかいない。殺さなければいけない状況はあってもな。死んだほうがいい奴らはな、生きてると誰かに迷惑をかけたり、不幸にしたりする。だがもしかしたら、救われる道もあるかもしれん。生まれた瞬間から悪いやつはいない。みんな人生のどっかで悪い奴になる。そして同じくらい、いい奴になったりもする。八幡、誰かを救うことを諦めんな。違う道も、お前にしかできない救い方もあるかもしれねぇんだぜ。」
ゴールデンライアンは、死ぬべき人間では無かったのだろうか。死んだほうがいい人間で、救われる道もあったのだろうか。
もしあの男に会ったのが、俺や海老名さんでは無く、千川さんだったら。
あの人はきっとかつての友を助けたかったのかもしれない。
俺は何故人を殺すのか。
人は死んだら二度と戻らない。殺す理由には十分である。
手段として殺人を選ぶだけ。
しょうがなく殺す。
殺すこと自体にはそこまで意味はないし、殺して快感を感じることもない。
殺すことは悪いことだろうか。
罪のない人間を殺すことは勿論悪い。
しかしそれは、罪のない人間の命を奪う、つまり終わらせてしまう事が罪なのであり、殺すこと自体が悪いということにはならないのではないか。
罪のある人間を殺すことは悪いことか。
悪いことをしていれば殺していい事になるのか。
命は平等か?
しかしその問いは、どこまでいっても人間だけのもので、答え合わせをする機会はない。
人を殺すことを正当化はしない。
しかし、殺すしかないことは、必ずあるのだ。
全員が改心するまで付き合うことはできない。
しかも、殺しても意味はないのだ。
何人殺しても何も変わらない。
とりあえず目先にある不幸を止めるために殺しているだけ。
それはあくまで自己満足で。
しかも人を殺して生活している。
つまり俺もあいつらもやっていることは変わらないのだろう。
自分の理由で人を殺す。
なんて卑しくて、救いのない話だろう。
もう俺は電車を降りて、帰路についていた。
少しだけ賑やかな駅前、いつもと何も変わらない。
今日もどこかで誰かが惨殺されていることなんて気にもしていないのだろう。
みんながみんな、自分の人生に夢中なのだろう。
少し遠くに、五人くらいの男に囲まれて路地に入っていく女子を見つけた。
…ありゃあうちの制服か?
本当に、本当に度し難い。
どいつもこいつも、なぜいちいち他人から奪おうとする?
命は平等か?
あいつらと、あの囲まれてる女の子が?
軽く走って路地に向かう。
そこには、先頭の男に肩を組まれた女の子と、その後ろに四人の男。
「あ?なんだお前。」
一人が俺に気づいて振り返る。
全員多少体は鍛えてるらしいが、武道はなし、喧嘩の経験はあるようだ。
脱力から踏み込んで間を詰める。手前にいた男に足刀蹴りを突き込んで蹴り飛ばす。後ろにいた男に当たると勢いを殺せずすっ転んだ。
「なっ、手前!」
左にいた男が焦って右のストレートを放つ、それを左手で受け、カウンターで右肘を顎に叩き込み、ふっとグラついたところで左のフックでもう一度顎。
すとんと膝から落ちていく。
男の下敷きからなんとか復帰してきた男が走ってくる。
手には、ナイフか?キレすぎだろ。
腹を狙って右手で突き出されたナイフを右手で掴む。
ぎりぎりと、力を込める。
「いっ!?だあああああああああ!??」
ぐんっと右にふり、上に上げて相手の体が返る。
そのまま手前に引き倒す。四方投げとか呼ばれてる奴である。もしくは片手投げ。
仰向けに倒れたところで顔を踏み蹴り、意識を刈り取る。
「な、いきなり何しやがんだ手前!」
残った男の片方が声をあげる。
何しやがんだ?
心当たりはないのだろうか。
「わかんねえか?本当にわかんねえのかお前は。」
俺は静かに言う。
男達は、気圧された様に引く、
さて、女子は未だに肩を組まれたまま、人質のつもりか?
そんな事に意味は無い。
秒で終わらせる。
と、俺が足を踏み込もうとした時。
「ごぉっ!?」
女子に肩を組んでいた男が唐突に前屈みになる。
腹を見ると、肘が刺さっていた。
…?え?誰の?いや俺のはここにあるし。
その肘の付け根を見ると。
「なっ?はっ?」
となりにいた男が動揺する。
肩を組まれていた女子は、突き刺していた右肘を引きながら、体を男の正面に回しながら左手で男の後襟を掴み、胸方向に引き込んで左ひざを腹に叩き込む。
ごほっと息を吐き出して男が倒れこむ。
「ちょっ、何やって…。」
と言ったもう一人の男が女子に手を伸ばす。
肩に伸ばされた右手を女子は左に軽く避け、またも右肘をその男の鼻っ柱を叩き込む。
ばきゃっと、音がする。多分折れたな。
よろよろと後ろに下がった男に、女子の美しい背面からの回し蹴りが側頭部をうちすえる。
ぱあああんと言う音ともに、男は横の壁に激突し、ずるずると倒れこむ。
さらりと、甘栗色の髪が流れる。
しぃんと、一瞬の沈黙。
ばっと女子が頭をあげる。
俺は反射的に構えを取ってしまう。
「危ないところをありがとうございました!」
え?危なかったの今?むしろなんかごめん。
「この人たちしつこくて困ったんですよねー。」
何に?始末に?
「あ!申し遅れました!総武高校一年の一色いろはです!」
「確か同じ学校の方ですよね!」
「よろしくお願いします!」
それが俺の。未来の相棒との出会いだった。
レオンだ、お前は?
ダイキだよ。
よろしくな、ダイキ、ところでいい女の集まるバーがあるんだが、今晩どうよ?
へぇ、お前の成功率は?
なぁに、過去のことなんか気にすんなよ。