俺たちの世界は間違っている。   作:ゆきわぎ

37 / 42
生の意味、死の価値

新堂加恋と名乗った女は、真っ直ぐに立っていた。頭のおかしい爆弾魔とは思えないような確かさで。

 

「爆弾はどこだ。」

「さあ?でもすぐに見つかるでしょう。肝心なのは閃きですよ?」

 

俺は爆弾の在り処を問うが、はぐらかされる。

 

苛立ちがつのる。ここで、ここだけでは爆弾を起爆させるわけにはいかない。

 

「なら、喋りたくするまでだ。」

「あら。可愛がってくれるんですか?さて、私はあまりの幸福に不確かなことを喋ってしまうかもしれません。」

「クソマゾ野郎が、どっちみちお前はここで捕らえる。」

「ああ、それは遠慮したいですね。私も最後は見たいので。あ!爆弾の在り処は言えませんが、起爆の方法だけは教えて差し上げましょう。」

 

すっと、女はマタニティドレスのポケットから小さいリモコンを出す。

 

「このスイッチが押されるか、私が死亡すると起爆する仕組みです。もちろん自殺用のカプセルも歯に仕込んであります。なんだか、私が小さい頃の映画みたいですね。」

 

俺は表情にこそ出さないが、内心舌打ちする。

 

手が、出せない。リモコンを撃つ?いや、どっちみち自殺されれば終わりだ。

 

どうする。いや、緑の心臓が爆弾を発見して解体すれば、この女が死のうとどうとでもなる。

 

俺のやるべき事は、こいつを引きつける事。無駄に刺激してはいけない。

 

「お前らの目的はなんだ。禁断の愛っつーのは誰なんだ。」

「あら?いやに話が変わりましたね。もしかして中で爆弾を探して回ってる方々をあてにしてらっしゃいますか?だとしたらそれは無駄でしょう。爆弾を見つけられるのは、貴方だけです。」

 

内心を見透かされた焦りと、意味不明の発言。どういう意味かと俺が言いかけた時、女の言葉を裏付ける様に無線に恵理さんの声が入る。

 

「影喰らいさん、現在緑の心臓が肝要な箇所を捜索していますが、それらしいものは無いと…。」

 

な…に?いや、まさかこの建物じゃ無い?品川みたいに、ここにこいつがいるのはただの陽動?

 

まさか、違う。こいつは、間違いなくこの建物にしかけてる。それだけは、根拠はないが断言できる。

 

「兎に角、引き続き捜索させます。」

 

無線が切れる、俺から返答するわけにはいかない。

 

そんな俺の顔を、女は何か、見下す様な、慈しむ様な目で見る。

 

「影喰らいさん、死ぬとは、どういう事だと思いますか?人は死んだら、どうなると思いますか?」

 

女は唐突に、そんな事を聞いてくる。

 

「…あ?俺がどう言おうが、てめぇらはてめぇらの信じる禁断の愛とかの為に死んで、死んだら魂は救われてヴァルハラにでも行くとか言いてぇんだろ。」

「いいえ?ラバーズの信仰に、そんな言葉はありません。ただ、好きなように生きるというだけ。」

 

「影喰らいさん。人の生きる価値とはなんだと思いますか?生きる意味とは。」

 

「私達は平和な国に生まれ、何不自由なく生きてきました。」

「だからこそでしょう。生きる意味など、愚かな事を考え始めたのは。」

 

「今下にいて、このビルの創業を祝う人達も、幸せそうな笑みを、新たな風に期待を寄せている彼らも。大なり小なり考えた事だと思います。」

 

「生きる無意味さに絶望し、死の後にくる不確かさに恐怖した事でしょう。」

 

「しかしそれも、ほんの一時期だけ。今はもう忘れたか、彼らなりの意味を見つけたのでしょうね。」

 

「影喰らいさん。人の命に、いえ、全生命に本質的な意味や価値などないのです。」

 

「そもそも、余裕のある人間以外、考えようともしない。」

 

「自分の生に意味を問うなど、贅沢な思考は他の生物にはないでしょう。」

 

「所詮は人間で始まり、人間で終わる非生産的な禅問答です。ならば、生命に価値などないこと、そこらの無機物と本質的には同列と分かるでしょう。」

 

「そしてまた、人間自身、その個人個人にとっても、他の人間の決めた命の価値など、何の意味も持ちません。」

 

「禁断の愛はおっしゃったのです。自分の決めた命の意味に従って生きなさいと。」

 

「そうして生きた先にも結局は何も残らず、骨になり、私が生きた痕跡は、土に還るか、人間社会に情報として還元していくでしょう。」

 

「それでもいい。生きたことに満足できればいい。死ぬ事に納得出来ればいい。」

 

「ねぇ、影喰らいさん。人間は死んだら、どうなると思いますか?」

 

「天国や地獄はあるのでしょうか。先に死んでいった方々に出会えるでしょうか。」

 

「死んだ先にも、魂の世界が、社会があるのでしょうか。」

 

「死んでそのままの魂達が、善に悪に分けられ、死後の世界でその二つのどちらかによっていく先が変わったりするのでしょうか。」

 

「それとも、魂は輪廻し、迷いの答えを得るまで、あらゆる生物を経験しなければならないのでしょうか。」

 

「私は、そうは思いません。」

 

「だって、ありえないじゃないですか。死んだら肉体という他者とを隔てる壁を超え、死んでいった魂と一つになるなんて。生前に犯したどうこうを、裁く役柄の魂がいるなんて。」

 

「かと言って、死後の世界は無でもないと思うのです。」

 

「こんなに複雑な生命が、こんなにも、恐ろしいほど緻密に作られた頭脳が、壊れたぐらいで、ぐちゃぐちゃになるぐらいでその機能の全てを失うなんて事あるのでしょうか。」

 

「私はこう思うのです。死とは、その人以外の人にとっては明確に死んでいても。その人の魂は、死なずに、死んだ瞬間に囚われるんじゃないかって。」

 

「死ぬ瞬間まで、機能してなかった脳の全てを、死ぬ瞬間にやっと知覚できるとしたら?」

 

「140年分、一分一秒、漏らさず記憶できる脳の機能を、死ぬ瞬間の刹那に見て回ることができるでしょうか。」

 

「ねぇ、そうは思いませんか?脳が、死ぬときになってやっと全てを見せてくれるんです。」

 

「死が来たその時、死んだ瞬間を永遠に感じ続けるんです。」

 

「ああ、そう。ずっと覚めない夢を見るんです。」

 

「夢とは、起きる寸前の少しの時間で見ているそうです。体感では、とても長い時間を経験したはずなのに。」

 

「死ぬ瞬間もそれが起きるのです。脳が、夢を見せてくれるんです。死ぬ時、その人が一番強く思っている事を土台に。」

 

「人生を幸福に生きた人は、何の悔いもなく。美しい夢を。」

 

「沢山の罪を犯した人は、その罪の意識に苛まれ、責められる夢を。」

 

「それこそが、天国と地獄の正体だと思うのです。」

「…なら、お前は地獄の夢を見るんだな。」

 

「さて、どうでしょう。それこそが私の、私達の目的でもあります。」

 

「…あ?」

 

「私達は、死のために生きる。生きているかぎり死ななければならず、いつか死ぬために生きなければならない。」

 

「生と死は隣り合い、決して切れない繋がりを持つ。」

 

「私達にとって価値のある死があってこそ!生が価値あるものだったと言えるのです!」

 

「お前は…、何を…。」

 

「産まれ方を選べなかった私達が!生き方を決められなかった私達が!」

 

「生まれ落ちた瞬間に!死ぬ運命を押し付けられた私達が!」

 

女は何かを押しとどめる様に、堪え切れない何かを飲み込み戻そうとする様に胸を抑える。

 

「死を受け入れ、幸せだったと笑って爆ぜる。そして、永遠にその幸福感を繰り返すのです!それって、ああ、それはそれは素晴らしい事だと思いませんか?」

 

すぅっと、女は表情を戻しながら上体を起こしながら俺を見る。

 

その目は、何の揺らぎもなく。俺を真っ直ぐに見据えた。

 

「お前は、お前らは。何でそうやって生き急ぐ!なんで他人を巻き込もうとする!お前らの信仰なぞ知ったことか!幸せに死にたいなら勝手にすれば良い!俺は!お前らの考えで!結果を他人に押し付けるなと言っている!」

 

「下に生きる人々に価値などないでしょう?貴方となんの関係も無いはずです。貴方は何故。そうまでして他人の命に必死になれるのですか?」

 

「俺は、お前らみてぇな独りよがりのクソ野郎どもに、いちいち誰かが苦しめられるのを見てられねぇだけだ!」

 

「あぁ、素晴らしい信念です。あの方が貴方のことを救世主になりうると言っていたのはこういうことだったのですね。なら、早く独りよがりのクソ野郎どもの信仰を叩き折って下さいませ。さあ、爆弾を見つけなければ、下にいる貴方のお友達も死にますよ?」

 

…っ!?こいつ…!

 

「お前、どこで…!」

「ほら、もう直ぐテープが切られます。時間がありませんよ?早く、見つけなくては。」

 

緑の心臓は未だに爆弾を見つけられてない。

 

まさか会場にあるのか?

 

いや、待て。こいつは、こいつらは死にたがってる。自分で吹っ飛ぶ事に価値を見出してる。

 

なら、こいつも?

 

だけど、こいつが着てるのは身体のラインが出るマタニティドレス。

 

隠せるところがあるとは思えない。

 

"不自然な膨らみなんて"…。

 

…え?

 

いや、まさか。そんなわけない。

 

だって、そんなの。人間に出来る事じゃないーー!

 

しかし、俺の心とは裏腹に、俺の表情の変化を捉えた女は、にたりと、笑みを、深める。

 

ーああ。やっとわかったんですね?

 

「そう、そうです。その通りです!今私のお腹には、私達の可愛い可愛い傑作が入ってるんです!」

 

「そんなわけ…、だって、皮膚だって、そんな簡単には…。」

「ええ、ですから本当に妊娠して、一昨日堕胎して爆弾を入れてきたんです。」

 

その言葉に、今度こそ俺は閉口する。

 

「…お前らは。お前らは狂ってる!」

俺の叫びに女はやはり笑みを崩さず、愛おしげに腹を撫ぜる。

 

「えぇ、私達は狂っているのでしょうね。私の中に新しい命が芽生え、計画の為だと思いながらも、愛が育つのを感じました。」

 

「じゃあ…、なんでお前は…!」

 

「でもいきなり、どうでもよくなったんです。今までも、全てにおいてそうでした。価値を感じなくなったんです。」

 

「ふざけんな!そんな、そんなことでお前は!」

 

「ずっと早くこんな下らない自分を卒業したいと思っていました。」

 

「ああ、なんて素晴らしい最期なんでしょうか!たくさんの命と、未来の救世主のどちらかを道連れにしていいだなんて!」

 

「さあ!選んで下さい比企ヶ谷八幡さん!ここで私を撃って下の人々の身代わりになるか!私を見過ごし下の人々を見殺しにするか!逃げ場はありません。私に背を向けた時点で私は飛び降り、転落死と同時に起爆します!」

 

「さあ、貴方の生に価値はあるでしょうか?」




しょうき
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。