俺たちの世界は間違っている。   作:ゆきわぎ

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とれーにんぐ

「さて八幡。はじめに、お前はまだ小学生だ。ガチガチに身体を鍛えれば成長に悪影響が出てしまう。よって、筋トレは少なめ、走り多め、技術マシマシで行く。」

トレーニング内容を説明すると、師匠が切り出したのは、 そう言った内容だった。

 

「具体的には、ランニング4キロ、腕立て伏せ30回を3セット、腹筋を35回を3セット、背筋35回を3セット、懸垂3回を3セットだ。」

 

なんだか、すごいんだかすごく無いんだかわからない数字だ。

 

「まあ、やってみな。」

 

そう言って師匠は、いつもの様に笑った。

 

 

「ふんっ…、ぐぐぐぐ…」

「おらおらー、まだ1セット目だぞー」

 

そして、訓練は、始まった。

 

「あとじゅっかーい。」

「うぐ…、がああああ!」

 

ランニングはまだ良かった、確かにきつかったが、ペースも落としてくれたので、ヘロヘロになりながらも走りきった。

しかし腕立て伏せが鬼門だった。手を肩幅に開き、顎が地面につくギリギリまで下げて、肘が入るまで上げる。これを、しっかりやると、驚く程腕に来る。

 

「うっ、がっ!」

「ありゃ、」

 

あと8回のところで腕に力がはいらなくなった。走ったのもあって、腕に血が回ってる気がしない。

 

「かはははは。まあ、最初はこんなもんだろー。さあ、2分休んで次は腹筋だ。」

 

そっから、腹筋とかもしたが、懸垂で死んだ、一回も出来なかった。

 

 

「まあ、落ち込むな。最初はみんなこんなもんだ、今日のは体力テストみたいなもんだしな。」

「見込みなしですか…。」

「いや、除名処分とかにはしないから。元気出せって。」

 

見た目完全にアウトローなのにいやに優しいな師匠。

 

「ほら、次はいよいよ格闘技だぜ!」

 

師匠は、そう俺を元気づける様に言った。十分休憩を貰ったので、所々痛いが身体は動く様になっていたので、頑張って立ち上がると、師匠は、満足そうに笑って。

「よし、んじゃあまずは、序の序、拳の作り方だ。刃牙でもやってたろ?まず小指からおりたたんで…、次は人差し指からにぎりこんでいって、最後は親指で締める。」

俺の手に師匠の手が添えられ、拳の形を作る。

 

「因みに刃牙ってなに?」

「む、刃牙を知らんのか、強くなりたくば読め、だ。」

 

刃牙については、よくわからなかった。漫画なのかな。

 

「ん、そうだ。これが拳。あらゆる格闘技の基礎だ。でもまだ、完成形じゃない。作り方だけ知ってたって、今のまんま殴ったら怪我をしてしまう。」

 

師匠がジャージの袖をまくり、拳を作って見せた。

 

「これが、それなりに鍛えた拳だ。触ってみてもいーぜ。」

 

言われて俺は、触ってみる。

 

前腕は見るからに筋肉が発達していて、大小様々な傷がいたるところにあった。俺には名前は分からないが、保健の先生とかなら、ひとつひとつ指をさして筋肉の名称を言えるだろう。それくらいに、たくさんの筋肉が盛り上がり、たくさんの筋を作っていた、決して太くはないが、高密度に圧縮され、鍛え上げられた、武闘家の腕だった。

手首も硬く、ビクともしない。拳自体は、腕よりもさらに傷だらけで、ゴツゴツしていた。これまで見てきた大人達にこんな腕の人は当然だが一人もいなかった。この人はどんな人生を歩んで来たのか。どう生きたらこうなるのか。色々感じたことはあったが、俺の中に確かにあったのは、こうなってみたいという、憧れだった。

 

「俺の拳と、お前の拳の一番の違いは、相手に当たる接地面だ。俺の方が平たいだろ?あとは、手首の筋肉だな、親指の付け根の更にしたの手首らへんにボコっとした筋肉があんだろ?これが、しっかり手首を固めてくれるんだ。この二つは拳で腕立て伏せしたり、普通に色々殴ってると出来てくる。毎日の積み重ねだぜ。」

 

あの腕立てを。拳で…?

俺が目の前を覆う絶望に戦慄していると。

 

「心配すんな、すぐできるさ。」

 

やはり、師匠は軽快に笑った。

 

「さて、八幡。こっから更に大事なとこだ、拳っつーのは、手っていう万能な器官が、殴るっていう、たった一つの機能以外全部捨て去った形態だ。」

 

「拳には、殴る以外の用途がない、一見単純に感じるが、意外とそうでもない。なんせ、何百年と人類は、人を殴る事に頭を悩ませて来た。どう殴るのがいいか、早ければ早いほどいいのか、タイミングは?当てる角度は?どこに力を入れる?腰から打つか、目線の高さから打つか。場面によっても殴り方は多種多様だ、素早く打つ、重く打つ、まっすぐ打つ、カーブさせて打つ。」

 

「いいか八幡、これから教えるのはただの基礎だ、常に考えろ、どう殴るのが最適か、基礎をどうやって応用するか。この先お前が習う技の全ては、殴ることを前提にする。殴らない技ももちろんあるが、これが一番単純で、わかりやすく。それでいて突き詰めやすい命題だ。

どう殴る。お前の武術家としての人生に、こいつはいつまでもついてくる命題なのさ。」

そこまで言って師匠は俺に正対する。

 

「八幡、足を肩幅にひらけ、そんで足先は平行。そうだ。次は右脚を引け、少し引きすぎ、そう、そこだ。んで膝を軽く内側に絞りながら腰を落とす。そしてほんの少しだけ踵を浮かす。少しだ、紙が一枚入るくらい。今度は手だ、拳を作れ。うん、そう。左拳の頭が左目の前右拳は、右の顎の下だ。脇を締めて、少し首をすぼめる感じだ。」

 

師匠は、はっきりと、それでいて語りかける様な声で俺に構えの説明をする。師匠は説明しながら、自分でも構えを作っている。

 

俺と師匠は向き合っていた。俺は精一杯真似したが、到底届かなかった。師匠の構えは完璧で、戦うために向き合ってる訳じゃないけど、絶対に勝てないと、理解できた。

 

この日のこの瞬間。昨日の様に赤くなった景色。この場所で師匠に初めて教わった構えが、この先の俺の戦い方の、原点となる。

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