「…あん?なんだおまえ。」
中は、薄汚くて、排泄物や、吐瀉物の匂いが鼻をつく。甘ったるい匂いは、麻薬だろうか。汗や性交の匂いも混ざり、立っているだけで正気を失いそうだった。中にいたのは男5の女1人。皆裸で、女性だけは脚を小屋の柱につながれている。よく見ると全身に痣があり、左手の指は、おかしな方向に曲がって腫れ上がっていた。その人は泣いていた。顔も腫れ元がどんな顔だったのかよくわからない。口に巻かれた布には血が滲んでいた。
その時の気分をなんと言いえば良いのだろう。
こんな景色が、今までの自分の人生と地続きになっていたのが信じられなかった。しんじたくなかった。
「こいつなに?」
「さあ?知らね、取り敢えず縛っとくか。」
そう言いながら男の1人が縄を持ってこちらに歩いてくる。
「わりーな、今取り込み中だからちょっと大人しくしといてくれや。」
「こいつで童貞捨てさせてやるか!」
「おー豚、一名追加だわ。死ぬんじゃねえぞ。」
限界だった。身体から力を抜き、ゆっくりと重心を下に落とす。”臨戦態勢になった事”をギリギリまで悟らせない。
男の手が俺の肩に触れた。
「ほら、手をだし…がっ⁉︎」
パキャッと、卵を落とした様な音がした。ノーモーションで出した金的蹴りは足先から伝わる感触で、期待した効果を与えたことを伝える。大きく前かがみになり、顎を突き出す体制になった男の喉を、腰から逆手で抜いたナイフで思いっきり切り裂く。ボクシングのフックの要領で振り抜けば、刃先の重いこのナイフは、驚くほど簡単に人を裂いてしまう。
「なっ、てめえ!」
仲間を殺された男達は、一斉に俺に向かってきた。
その時、俺は自分でも驚く程冷静だった。
まず左前から来た男の右ストレートを左手で外側に軽く逃す。そのままボディーブローの要領で鳩尾にナイフを突き入れる。次にその男の後ろから向かってくる男にぶつけるようにそいつを突き飛ばした。
唐突に来た仲間の身体を男は、手で押し止めてしまう。
今度はナイフを人差し指と中指ではさみ、さっきと同じ要領で首を裂く。もはや握るまでもなく。しなやかにふった腕から伝わる遠心力で、さっきよりさらに深く男の首が裂ける。
右から男が何か喚きながらバイブを振りかぶっていた。この状況でふざけらるとは、物凄い精神力だ。
俺はそれが投げられるより速くナイフを投擲した。ナイフは正確に男の眉間に命中する。それにしても、あの硬い頭蓋骨を簡単に貫通させるなんて、凄い切れ味である。
最後の奴は怯えた様に俺を見ていたが。俺に武器が無いのを見ると、意を決したのか構えをつくる。
男は、雄叫びをあげながら、腕を振りかぶって走ってくる。うるさい。
俺はそいつが間合いに入った瞬間、首に足刀蹴りを放つ、走って来たそいつと、俺の分の、ふたり分の体重が乗った渾身の一撃だ。
ゴキュッと面白い音がする。
男は喉を抑え、かひゅーっかひゅーっと変な呼吸を繰り返しながら後ずさる。やがて倒れて動かなくなった。
とても晴れやかな気分だった。
満足感だけが心を満たす。
雨の音は、もう聞こえなかった。
この日俺は、人殺しになった。
〜
「おい、てめえ、八幡に仕事任せたってどういうことだ。」
「あら啓介、はやかったじゃない。」
俺は携帯に入っていたメッセージをみて、書かれていた公園に来ていた。用事はもちろんこの魔女にメッセージの真意を聞くためだ。
「勝手にあいつを仕事に向かわせたのか!?しかも1人で!」
「貴方が面倒見た子でしょう?心配ないわ。」
「あいつには!まだ早かったろ!」
「あなたにしては甘い事を言うのね、その優しさをおねーさんにも向けてくれたらなー。」
カトリアはブランコに乗ったまま、おどけた様にそう言った。
「おちょくってんのかてめえ。」
「ふふ、そんなに怒らないで?あの子なら大丈夫よ。それにあなたもわかってるでしょ?済崎に関わったあの子には、もうあまり時間がない。自分を守る術を持っておかなきゃ、覚悟も含めてね。」
言いたいことはわかる。だが、あいつはまだ中学生だったのに。
「あらあら、思ったより気に入っちゃったのね?あの子、少し生意気で捻くれてるけど、いい子だったものねぇ?」
そう言ってこいつは覗き込むように首をかしげる。肩にかかっていた長い金色の髪が滑り落ちる。
「いじめや子供同士の喧嘩に勝たせたいなら普通の格闘技を教えれば良かったのに、あなたが教えたのは”戦闘術”でしょう?その中身を欲しがっている人はいっぱいいるわ。あなた1人ではあの子を守りきれない。」
「…お前はなんで八幡を気にかける。」
こいつは間違っても若者の育成に出張ってくるような奴じゃなかった。目的がわからない。
「決まってるでしょう?」
寧ろなぜわからない?とでも言いたそうにあいつはこう言った。
「面白そうだからよ。」
八幡がんばれ