EgoIst   作:がんもどきもどき

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『二年の渡辺先輩知ってる?』

『もっちろん! 知らないわけないじゃん!!』

『美人だし優しいし、聞いた話だと料理も裁縫もできるんだって!』

『はぁ〜、私告白して来ちゃおっかな〜』

『無理無理!あんたなんか相手にされないよ』

『そうそう! なんたって渡辺先輩は―――







飛び込みの大会で全国優勝して、統廃合から浦の星を救った人なんだから!』




第2話

 例えば楽しい時、友達と遊んでいるときは、もうこんな時間!?って思っちゃうほど早く感じるのに。

 勉強している時や授業を受けている時は、まだこんな時間!?って思っちゃうほど遅く感じる。

 

 体感時間っていうんだって、前に志満ねぇが教えてくれた。

 

 けれどあの日から、私にとっては、凄く辛くって苦しかったのに、気づいたらどんどんと時間が経っていた。きっと何時もより、考える時間が多かったからかな?

 

 あの日―――

 

 よーちゃんと私が、他人になった日。

 

 あの後、私は現実を受け止められなくて、学校に行くことができなかった。そのまま家に戻ると、家を出る所だった美渡ねぇに見つかったけど、美渡ねぇは凄くびっくりして、急いで私を部屋に連れていってくれた。

 後から聞いた話だけど、その時の私の顔は、顔面蒼白で目も虚ろで、酷い状態だったらしい。珍しく、美渡ねぇが心配してくれていたけど、今はそれどころじゃない。

「ちょっと体調が悪い」「少し寝てれば治る」

 半ば強引にへやに閉じこもって、急いでアルバムを取り出す。携帯には、曜ちゃんの連絡先どころか、今まで二人で撮って来た写真すらも全て消えていた。今は少しでも、曜ちゃんとの繋がりが欲しい。祈る思いで、おそるおそるアルバムを開く……

 

「……ない」

 

 ない。やっぱり、何処にもない。

 ショックを受けなかったと思えば嘘になる。けど、ある程度予想していたことだったから、そこまで驚きはしなかった。

 

 パソコンを取り出して、Aqoursの今までの動画も確認してみた。けど、結果は同じ。

 初めて講堂でしたライブも、町の人たちに協力してもらった動画も、ラブライブの予選も、まるで最初からそこにいなかった様に、最初から8人だったかのように、なんの違和感もなく、歌って踊っている。

 

 

 それから部屋中を探した。誕生日プレゼントのキーホルダーも、一時期二人ではまった交換日記も、「千歌ちゃんのおかげで、優勝できたんだよ!」って言われて貰ったトロフィーも……

 

 ない、全部が全部、何もかも。

 

 私と曜ちゃんが友達だったっていう証拠が、一つも、無くなっている。

 

 一瞬、ここは本当に自分の部屋なのか、なんて逃避をしてしまうほど、非現実的な現実に、私の頭は混乱しっぱなしだった。

 

 散らかった部屋の中心で、膝を抱えて蹲る。目を閉じて、ぎゅーって顔を膝に押し付けて、しばらくしたらまた目を開ける。そうしてれば、何かの拍子に、この悪い夢が終わってくれるような、気が、して……

 

「夢……?」

 

 自分で口に出して、違和感がした。私がいる「今」は、間違いなく現実で、それじゃあ、私と曜ちゃんが過ごして来た「今まで」はなんだったのか。そっちの方が、夢だったのか―――

 

「っ―――ぉえっ!」

 

 限界だった。バカな頭を急に働かせすぎたからなのかな。吐き気が込み上げきて、それは止めることができなかった。ビシャァッて不快な音を立てて、お気に入りの洋服の上に胃の中の物を全部吐き出す。

 

 こんな事なら、ちゃんと勉強しておけばよかったな。なんて事を思いながら、意識が朦朧としていって―――

 

 

 

 

 

 

 

「―――千歌!!」

 

 

「へっ―――?」

 

 ドンッ―――

 

 鈍い痛みと衝撃で体が大きく揺れる。視界の端で花丸が驚いた表情をしていた。ぶつかった。と、千歌は即座に理解した。ターンの最中で重心の乗った片足はバランスを保てず、花丸に覆いかぶさるようにして、二人でコンクリート製の地面に倒れる。間に花丸を挟んだ千歌はあまり痛みはない。

 

「いたっ……!!」

 

 しかし、花丸は別だ。転倒の衝撃と落下する千歌の体重をそのまま受け、コンクリートに肘を思い切りぶつけてしまい、痛みに顔を歪めている。

 

「ご、ごめんっ!花丸ちゃん大丈夫!?」

 

「う、うん。オラは平気ずら。ごめんね千歌ちゃん……」

 

 急いで体を退かす千歌に、花丸は申し訳無さそうにしながら、肘を抑えて立ち上がる。その優しさに、千歌の胸の奥が痛んだ。考え事をしていたのは千歌で、ぶつかったのも千歌だ。それなのに、後輩に怪我をさせるばかりでなく、気を遣わせてしまった。

 

「ごめん、本当にごめんね。千歌のせいで……」

 

「……千歌、今日はもういいから、帰ってゆっくり休みな」

 

 果南が、肩に手を置く。まるで病人を労わるように優しい口調なのに、千歌は叱られた子供のように肩が大きく跳ねる。

 

「な、なんで!? まだ始まったばっかじゃん!私はまだ―――」

 

「千歌さん」

 

 ぴしゃりと、千歌の言葉を遮ったのはダイヤだった。肌がピリッとする感覚に、千歌の体は強張る。別にダイヤは怒ってる訳ではない。語気も荒い訳でもなく、それどころか千歌を心配し、気遣っているように静かで優しかった。

 

「果南さんのいう通り、今日は休んだ方が賢明ですわ。顔色も悪いですし、きっと疲れているのです」

 

「そ、そうだよ千歌ちゃん!善子ちゃんだってここ最近風邪拗らせて学校休んでるし……調子が悪いときなんて誰にでもあるよ!」

 

「そうそう♪それでも続けるって言うのなら、理事長権限を使って強制的にholidayにしちゃうわよ」

 

「そ、それは流石にやりすぎじゃ……でも千歌ちゃん、せっかくだし、今日くらいゆっくり、ね」

 

 励ましの言葉を送るルビィも

 

 明るく冗談を言ってくれる鞠莉も

 

 優しく微笑んでくれる梨子も

 

 

 みんながみんな千歌を心配している。

 顔色が悪いから、調子が良くないから、体調が優れないから……

 

 

 千歌が―――

 

(私の様子が―――)

 

 最近、『おかしい』から―――

 

 

 あの日、部屋で倒れているところを志満が見つけ、すぐさま病院に運ばれた千歌は、お見舞いに来たAqoursのメンバーに曜の事について尋ねた。

 しかし、結果は無駄に終わった。梨子も、鞠莉も、花丸も、ルビィも、ダイヤも、一緒の幼馴染だった筈の果南も……『学校を統廃合から救った生徒』としての渡辺曜は知っていたが、誰もスクールアイドルとしての渡辺曜を覚えている者はいなかった。

 

 僅かな望みをかけて曜がAqoursにいた時のことを、記憶の残る限り話してみても、全員が顔をしかめ、苦笑いし、誰も本気にしてくれない。

 

「夢を見てた」と言われた。

「そんな訳がない」と否定された。

「疲れているのだ」と心配された―――

 

 

 

 

 

  なんで???

 

 

 

 

 

 

「千歌ちゃん」

「千歌さん」

「千歌っち」

 

 Aqoursは、千歌にとって大切な場所で、大好きな仲間で

 

 

「……て―――」

 

 

 その言葉に、何度も励まされ、何度も勇気をもらった。

 

「千歌ちゃん」

「千歌さん」

 

 だけど、だからこそ、信頼している仲間だからこそ

 今はみんなの好意が、みんなの気遣いが

 

 

「や、め………てよ―――」

 

 

 この世界において、1人だけ異常な事を、突きつけられているようで

 

「千歌ちゃん」

 

 そんなこと、みんなが思うはずがない。

 そんなこと、わかっているのに―――

 

 

「やめて―――」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――お前はおかしい。

 

 

 

 

 

 

「っ―――」

 

 そう、思われているようで―――

 

 

 

 

 

 

「―――おかしいのは、みんなの方じゃんっ!!!」

 

 

 

 

 

 胃袋が、爆発したのかと思った。体の奥から熱が急激に広がり、それは一気に千歌の脳内を満たす。今まで必死に抑え込んでいた思い、煮えたぎっていた失望や怒りが、言葉となって溢れ出る。

 

「みんなは違うって思ってたのに、なんで忘れちゃうの!? あんなに一緒に頑張って、一緒に笑い合って、あんなに、たくさんっ……!!」

 

「ち、千歌ちゃん……?」

 

「その程度の存在だったってこと? 本当に大切だって、仲間だって思ってないから、そんな簡単に忘れちゃうんだよ! 」

 

「千歌ちゃん!落ち着いて!」

 

「バカバカ!みんなバカばっかり!!ほんと最低!!なんで、なんで私だけ覚えてるの!?なんで私だけこんな目に合わなきゃいけないの!?

 」

 

「千歌!!」

 

「こんなことなら………、こんなことなら私だって―――」

 

 ―――ダメッ!!

 

 辛うじて残っていた理性が、ブレーキをかける。それを言ってしまったら、何かが、終わってしまうような気がした。すんでのところで出かけた言葉を飲み込み、顔を上げて全員の顔を見る。

 

 泣きそうな顔、怯えている顔、困惑している顔、戸惑っている顔、怒っている顔、焦っている顔

 

 そのどれもが、千歌に向けられていて、まるで自分が責められているように思えて、仕方なかった。

 自分の知っているみんなが、全く知らない人達だったような、言いようのない恐怖に駆られ、逃げるように千歌は屋上を駆け出した―――。

 

 ――――――

 

 無性に、曜ちゃんに会いたくなった。

 

 あれからまともに話したことはない、というより、私が曜ちゃんを避けてたんだ。『高海さん』って呼ばれるのが、嫌で、怖くて、気持ち悪くて……。

 

 もしかしたら、また『千歌ちゃん』って、いつもみたいに呼んでくれないかな。なんて淡い期待を持ちながらプールの方に行くけど、そこはたくさんの人でごった返していた。会話を聞いてみると、どうやら曜ちゃんを見にきたらしい。

 そう言えば、ここの曜ちゃんは廃校を救ったヒーローなんだっけ? あれ、女の子だからヒロインかな? それにしても、スクールアイドルをやってなくてもこんなにたくさんのファンを作っちゃうなんて、やっぱり曜ちゃんは凄いな……。

 

 そんな事を考えながら曜ちゃんの姿を探していると、一人の女の子と目が合った。その子は顔を顰めると「練習の邪魔です!」って怒鳴って、私を含むファンの子たちに向かってホースで水を撒き散らす。ビシャッと、冷たい水を正面から浴びてしまった私は、そのまま人波に流されるように、プールから離れてしまう。

 

 ファンの子が「今までこんなことなかったのに〜」って悪態を吐く。あぁ、運にまで見放されちゃったな。

 途方に暮れながら、帰り道を歩く。街をオレンジ色に染める夕日は、いつも通り私を暖かい光で包んでくれる。けど、今はこの光を綺麗とも、心地良いとも思わない。この光が真っ青で思いっきり冷たかったら、やっぱりこの世界は変だって思えるのに……

 

 俯きながら歩く私の横を、小学生の女の子が2人、楽しそうに笑いながら通り過ぎる。曜ちゃんがAqoursじゃなくっても、世界は知らんぷりで、何事も無いように時間が過ぎていく。なんの問題もなく、まわっている。

 

 

 異常なはずの日常は、みんなにとってはいつも通りで

 

 でも千歌だけが、正常なはずの私だけが、この世界にとっての異端で

 

 けど、もしも

 

 もともと、世界に異常なんて起きてないのだとしたら?

 

 異常なのは、千歌の方だとしたら?

 

 普通怪人な私は、完璧超人な曜ちゃん……渡辺曜に憧れて、ずっと仲良くなりたいって思ってて、それで、その欲望が叶った世界が、ただの夢で、妄想で―――

 

 

(なにそれ………気持ち悪すぎる)

 

 

 でも、

 

 そうだとすれば、辻褄があってしまう。

 

 都合が良くなってしまう。

 

 私が、それを受け入れれば。

 

 今までのことは、夢なんだと、私の妄想なんだ、と。

 

(そうだよ、そうすればこんな辛い思いはしなくってもいいんだ)

 

 そして、また曜ちゃんと……渡辺さんと、仲良くなれたら………

 

 

 

『よっしゃ!今日は千歌ちゃんのために一肌脱ぎますか!』

 

『私ね、小学校の頃からずぅっと思ってたんだ。千歌ちゃんと一緒に夢中で、何かやりたいなぁって……』

 

『全速前進!ヨーソロー!!』

 

 

 

 綺麗さっぱり、何もかも―――

 

 

 

『悔しく、ないの……?』

 

『デッキブラシと言えば甲板磨き!となれば、これです!』

 

『私、バカだ……バカ曜だっ………!』

 

 

 

 忘れ、ちゃえ、ば―――

 

 

 

『千歌ちゃん!』

 

『千歌ちゃん?』

 

 

 

 

『ちーかちゃん♪』

 

 

 

 

 

「やだよ」

 

 掠れた音が、喉から漏れ出た。

 

 なかったことにできるわけない。

 たとえ夢なのだとしても。

 私はこの記憶を嘘にすることができない。

 この世界を、受け入れることが、できない。

 

 

 曜ちゃんは

 

 私の大切な、大好きな、幼馴染なんだもん……!

 

 

 ―――ねぇ、神様。

 もしも、これが曜ちゃんを傷つけた罰なのだとしたら、私はどうすれば、許されますか?

 なんでもします。もう寝坊もしないし、好き嫌いもしません。勉強もたくさんするし、歌詞の締め切りもちゃんと守ります。我儘だって言わない。

 だから、お願いします。

 曜ちゃんを、返してくださいっ……!

 

 

 

「助けて」

 

 自分がこんな弱い人間だなんて、思いもしなかった。本当に、嫌気がさす。けど、もう限界なんだ。

 

 一人は怖いよ。一人は辛いよ。

 一人は苦しいよ。一人は寂しいよ。

 

「誰かぁ、助けてよぉ……!」

 

 頭を抑えて蹲る。

 どこまでも普通怪獣な私は、大切なもののために、一人でこの世界に立ち向かう勇気も、持ち合わせていなかった。

 

 本当に、私は、バカ千歌だ―――。

 

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