10
夕刻から夜へ向けて少しづつ暗くなっていく、それでもルーガンの摩天楼は輝きを増していくようにも見える。砂っぽさより寒さの原因の雪が積もっており、一面が真っ白に見える。
車の運転に集中している俺でも思うところがある。明楽は今にでも走って消えていきそうだ。
クレアは窓の外の景色にうっとりしており、摩天楼の周辺に広がるのはカジノなどの娯楽施設がひしめくように広がっている。網目のように広がる道路は車が何台も同時に走っている。
兄であるビスケットも外の景色を眺めて呆けている。
都市の中心へ向けて車を走らせようとするが、明楽は今すぐにでもカジノへと行きたいらしく、後ろから俺の座席をドカドカと叩いてくる。
仕方なしに車を路肩に止めてやると、明楽は急ぎ足で車から出ていく。続いてクレアも同じように降りていくのを確認すると俺は明楽の方へと警告を発する。
「いいな。遊ぶのもいいが、ちゃんとクレアの護衛もこなせよ?」
「分かっていますって!」
本当に分かっているんだろうな?浮かれておかしなことを起こさないといいが……。
明楽はクレアを連れて街蔭へと消えていくのを視線で確認すると、再び車を車線の中へと戻していく。兄は心配そうにしながら意識を切り替える。俺も車を操作しながらさらにルーガンの中心へと進めていく。
ルーガンの中心はセレブなどのリッチな人たちが暮らすタワーマンションの集まりでもあるのだ。俺たちが向かうのはその中でも特に有名な人物の元に行こうとしている。おそらくその人物こそがこのあたりの通信障害の原因を知っているかもしれないという理由で。
「マック・フェンサーさん。マハラジャ代表の個人的な友人らしいよ。頼っても問題ない人物かもしれないという人物……のはず………だけど」
話していくうちに自身がなくなっているのが少し面白く感じる。
実際俺達はそれがどんな人物なのか知らないのだ。豪快な人なのだろうか?それともさわやか系?それとも……卑屈な人間?そんな予想が俺たちの脳裏をよぎるし、同時に不安を駆り立てられる。
ルーガンの中でも人一倍大きな建物の近くで車を止めてタワーマンションの入り口前で立ち止まり、緊張と共に足を踏み入れる。
豪華という言葉が貧相に見えるくらいの豪華さ。三階まで突き抜けのロビーの明かりはダイヤでもついているんじゃないのかという明かりでは証明できないような輝きを放っている。地面も俺たちの軍用ブーツには全く似合わないくらいの大理石が加工された床。ソファやテーブルも高級素材がふんだんに使われていることがはっきりと理解できる。
兄に関してはドン引きする気持ちを表情に出さないようにと努力を続けている。
俺はマンションロビーの受付嬢へと話を通して、マック・フェンサーさんという人物へと話を通してもらう。マハラジャ・ダースリンの知り合いだと伝えてほしいと付け加えることを忘れない。
マックさんは意外と俺達に会う気になってくれたらしく。受付嬢はマックさんの部屋の前まで案内してくれた。
最上階を含めて上位三階はマックさんの居住区画になっているらしく、俺達はその入り口で待機していた。
ドアを二度ノックすると、中から豪快な声で「どうぞ」と呼ばれる。鍵が解除される音と共に俺たちは「お邪魔します」と声をはっきり放ち、家の中へと入っていく。とてもきれいにされている部屋でまっすぐ伸びている廊下の幅が人が五人分ぐらい歩けるのではないかと思わせるほどだ。
こんな幅で家全体の造りはどうなっているんだ?
突き当りの木造りのドアを開けると、三階まで突き抜けたただっぴろいリビングに足を踏み出す。リビングの端から端まで飾っている道具一つ一つに金がかかっているということがはっきりと理解できる。
そこで1,2秒ほど呆けていると、リビングの戸棚の上に飾っている小さなサボテンに水を与えているスーツ姿のりりしい女性が一人と、さらに奥のドア付近で立っているダボ付いた服を着た大男が立っている。
女性は凛々しいという言葉が似合うほどにスレンダーな体格をしており、黒髪と眼鏡がとってもよく似合う。
男性の方はこの家の家主というイメージが似合うぐらいの大柄だ。筋肉質な体だが、全体的に分厚く盛り上がった筋肉をしている。おそらく俺達に「どうぞ」と声をかけたのは彼だろう。
兄さんは男性の方に頭を下げようと声を放とうとするが、俺は女性の方に視線を外さないようにしている。女性は「クス」と少しだけ笑って見せた。
「そっちの太った坊やはともかく、細い坊やは随分勘が鋭いようね」
兄は不思議そうな顔をしながら俺の方に意見を求める。俺はため息交じりに答えを兄へと向ける。
「そっちの女性がマック・フェンサーさんだよ。多分そっちの男性は執事か何かだろう」
「!?ご、ごめんなさい!」
女性は霧吹きを戸棚の上へと置き、ソファへと腰を下ろす。
「気にしないで。私はだらしない恰好が嫌いなだけで、彼は息苦しい恰好が嫌いなだけ。それにこんな体格で暑苦しい恰好されたらたまらないわ。あなた達がマハラジャの関係者という言葉を完全に信用したわけじゃないけれど……そうね、話を聞かせてもらいましょうか」
俺たちは促されるように腰を床に落とす。
11
明楽がカジノの正面に辿り着いたのはサブレたちと別れて三十分の事だった。二人でスマフォと睨み合いながら歩いていくと、ようやくの思い出三つあるカジノのうちの一つドーム型の建物に辿り着いた。
クレアも目をキラキラと輝かせ期待に胸を膨らませていた。
正面のドーム状の建物の周囲は七つ色のライトが上に向けてまっすぐ明るく照らしている。
カジノのドアは開いており、真っ赤なカーペットが敷かれている床を歩いていく。ロビーを超え、コインに変えてそのままドアを開けてカジノの中に入っていく。
「「おお!!」」
クレアはスロット台に興味を抱くが、明楽の興味はトランプ台へと移っていく。すると、ポーカーの台で一人の男が大きな声を発しながらテーブルに突っ伏している。
「チクショー!また負けちまった!もう一回だ」
多少鍛えているであろう短めの金髪の男は五枚の手札をディーラーから渡され、相手の太った男も受け取る。どうやら大きな声を発したのは短めの金髪の男らしく。太った男は余裕そうにしながら手札を変えていく。
クレアも夢中になりながらその過程を眺めている。
しかし、明楽は太った男がイカサマをしていることに瞬時に気が付いた。
おそらくディーラーも気が付いているだろうが、ディーラーとしては相手が気が付かない限り口を出さないつもりだろう。
ポーカーを含めたトランプゲームなんて基本的にはイカサマが前提のゲームだと思っているのは明楽だけではない。
イカサマの方法や手段、どうやって見抜くのかはマハラジャが教えてくれた。
マハラジャはマックさんという人から教えてもらったと言っていたのをふと思い出す。
そして、案の定金髪の男は再び負けてしまった。
男は掛け金が無くなったらしく、悔しそうに席を立つ。太った男は偉そうにしながら踏ん反りかえる。その態度にムカッとしたらしいクレアは太った男の前に立つと大きな声を威嚇するように放つ。
「あなたのように人の金をむしり取るしかしない人が偉そうにするのですか?」
「なんだよお嬢さん。お前さんが今度は相手してくれるのかい?」
「いいえ、相手はあそこの黒髪の人がしてくれます」
(おや?俺が矢面に立たされてる?)
珍しいぐらいに面倒ごとに巻き込まれた明楽は、楽しくカジノを楽しもうとしていた矢先だったのでどうやって断ろうかと思案してしまう。
似合わない思案を続けている姿をどうとらえたのか、太った男は大笑いしながら大きな声を放つ。
「おいおい!冗談は顔だけにしておけよ。そんな間抜け面をしたチビのガキに負けるつもりはねぇぞ!」
ガキ、間抜け面、チビという発言にムカッとした明楽は手元のコインを増やし、全額を一気に掛け金として設定して席に座る。
周囲の男女も面白そうな顔をして誰しもが明楽の敗北を想像していた。
明楽と太った男が互いに手札を数枚交換し、太った男は勝ち誇った顔をしながら「コール」と叫び手札を公開する。
『ハートのストレートフラッシュ』
「坊主、降り立っていいんだぜ?」
周囲も大笑いしながら勝ちを確信するが、明楽は微笑み「コール」とつぶやいたのち手札を公開する。
『スペードのストレートフラッシュ』
太った男は真っ青になり顔を引きつらせ、周囲も唖然としているなか、明楽は内心(ざまーみろ!)と叫んだ。
その後も五回ほどポーカーを繰り返し、太った男の着ている服まで全て奪ってやると男は涙を流しながら逃げていった。
しかし、結果として手に入ったコインは少々多すぎる。というか、かなり多すぎるだろう。元々の軽く十倍以上は手に入ってしまった。
明楽の視線は後ろで感心しつつ、金がなくなった事を悔しそうにしている金髪の男に向ける。
「すいません。このコインの七割を現金に換えてもらって、残りを三つに分けてもらえますか?」
明楽の願い通り現金に変えてもらい、残りのコインをクレアと金髪の男で分けることにした明楽はコインを男へと手渡す。
「う、受け取れねぇよ……」
「いらないから受け取ってくれ」
譲るつもりのない明楽のコインを嬉しそうにしながら受け取り一緒にスロット台に移動して遊び始める。
「俺はファンだ!お前は?」
「俺は明楽!よろしく」
お互いに握手しながら笑顔で語り合った。
12
サブレと一緒にマックさんのマンションから出ていくと足元で何かがぶつかった事に気が付いた。
「どこ見て歩いてんだよ!?」
「ご、ごめんね」
足元では荒っぽいバサバサした金髪の男の子がキッと睨みつけられる。しかし、背が小さいせいかさほど迫力がない。正直に言えば謝っている今現在もこの子にどう接していいのかすら分からない。
「このデブ!ちゃんと見ろよな!」
そしてその後ろで仕方なさそうに立っている男は視線を俺からサブレへと移動していく。
革でできたジャケットにジーンズを着ており、片手はジーンズのポケットに入れている。男の髪は真っ黒のオールバックだ。目線も釣り目で少し怖い。というか雰囲気がサブレと似ているような気がする。
「大体、お前は……なんだよ?」
サブレが俺の前に立ち、殺気立たせる。や、やばい!あの顔は……。そう思っていると後ろに立っていた男が大きな声で場を制した。
「止めないか!デルマ!!」
デルマと呼ばれた少年は途端にオドオドしながら「だって……」と意気消沈してしまう。黒髪の男は頭を下げ、詫びを入れてきた。
「済まなかった。うちの連れが迷惑をかけた」
俺も慌てて頭を下げる。
「こっちも申し訳ありませんでした」
「いや、そもそもデルマがよそ見をしながら歩いていたことが原因だったからな」
デルマも仕方なさそうにしながら頭を下げ前を歩き出す。俺も歩き出そうとしているとサブレと黒髪の男は視線を外さないように一瞬だけ微笑む。
サブレと黒髪の男は反対方向へと歩き出し、少し歩いた頃に俺はマックさんの話を振り返る。
「マックさんがいい人で良かったね。まさかルーガンの端にあるドッグを使わせてくれるなんてね。でも……」
「ああ、マックさんでも通信障害の原因が分からないなんてな。しかし……」
サブレは意味深な思案顔をしていると、俺の胸ポケットに入っているスマフォが鳴り響く。
13
クレアと明楽は大金を抱えて歩いてくる姿に俺たちの背中は嫌な汗をかき始める。車に乗せる四人でマックさんが予約してくれたロイヤルホテルのVIPルームへと入っていく。
マックさんの部屋とまではいかないが、似たり寄ったりの部屋だと思う。
明楽側の話を一通り聞くと、これからどうするかいう方の話へと切り替わっていく。
「これから明日の朝一番にヴァルハラをドックに入れるから、その後に通信障害を起こしている問題を探さないといけないね」
俺がそういいだすとクレアさんが意見を出す。
「そういえばこのホテル代金もマックさんが出してくださっているんでしょうか?一度会ってみたいのですが……」
俺は手元のスマフォを開き、少し離れる。
クレアさんが会いたいというのならできることなら合わせてあげたい。そう願うことは決して悪いことではないはずだ。
「あ、マックさんですか?実は……」
マックさんと話をしていると、俺の隣を明楽と一緒に歩き出すサブレの姿を確認できた。
「出かけてくる。夜ご飯は各自食べるってことでいいよな?」
俺は黙ってうなずき、マックさんの話に耳を傾ける。サブレに引き連れながら歩く明楽はどこかふてくされていているように見える。
俺は再び部屋の中に入っていくとクレアさんにマックさんの言葉を届ける。
「マックさん。今用事でこのホテルにいるそうで、今からでよければ会うそうですよ。それで何ですが……」
「?どうかなさいました?」
「俺……おなかすいちゃって……」
クレアさんに笑われてしまうと「どうぞ」と促されるのを俺は苦笑いを浮かべながら歩き出す。正直に言えば、クレアさんがマックさんとどこか知り合いではないかという気はずっとしていたし、二人で話をさせてあげた方がいいのではないかと思ってはいた。
内心、外で売り出されていた出店の商品を悩みながらホテルを出ていく。
14
クレアがマックを待っていると、マックは意外とすぐに部屋まで姿を現した。「上のレストランで食べながら話をしましょう」と言われたクレアはそのままついていく。
エレベーターで最上階に辿り着くと、一面ガラス張りの部屋に豪華な椅子とテーブルが見えてくる。
マックが誘うがままに席に座るクレアだが、今更自分の服装が場にそぐわないものだと気が付く。多少の恥ずかしさがあるがそんなものを気にしている姿をマックは微笑み返してくる。
「気にしなくていいと思うわよ。私の姿も決して場にあっているとは言えないし。でも、そういうところは変わらないわね。テイワズと取引させてもらった時もそうだけれど。あなたは少々周囲を気づかいすぎる点があるわね。私の事を想ってのことだとは理解しているけれど、今はそんなことを考えずに食べましょう」
そういうと、マックは手元のメニュー表から適当な料理のコースを選んでくれる。
こういう本格的な食事はいったいいつ以来だろう?そう考えていると、マックはクレアを見ながら微笑みを絶やさない。そんな彼女の視線が少しだけ恥ずかしくなってくる。
「な、何か変でしょうか?」
「いいえ、少しだけ楽しそうだなって思ってね。彼らから少しあなたの事を聞いていたものだから。でも、よかったわ。ダーちゃんに預けていれば大丈夫そうね」
マックから放たれた言葉に耳を疑ってしまう。
ダーちゃん?ダースリンだからダーちゃんなのだろうか?そう思い尋ねようとするが、その気持ちは沸いてこない。しかし、ただ仲がいいからというわけではなさそうだ。
「ダーちゃんはね、あれで意外とモテるのよ。ただ、誠実にあろうとするから、付き合うまで行ったのは私を入れて三人だけだったけどね」
「お、お付き合いをしていたのですか?」
「ええ、ただ……彼がギャラルホルンに入るときに分かれたけれどね」
どこか懐かしそうに語るマックの横顔はどこか儚く見えた。眼鏡の奥にある目は今でも恋をしているように見える。
そんな姿も一瞬で終わり、マックはテーブルに置かれた料理を前にクレアにどうぞっと手を出す。
クレアはナイフとフォークをうまく使い料理を口へと運んでいく。おいしい料理に舌鼓をうちながらマックと話を深めていく。
「そういえば、ゲイナーさんはお元気かしら?」
マックから出てきた名前に一瞬反応すると、首を横に振る。
「いいえ、直接会ってはいないのです。あくまでもゲイナー様の使者の方に手伝ってもらって逃げ出したので……」
マックは「そう」とつぶやくと遠く口を開く。
「ゲイナーさんはテイワズにいたころに少しだけあったのだけどね。なんていうか偏屈爺さんって感じの人かしらね。偏屈というより素直ではないっていう感じなんだけど」
クレアは食い入るように話に耳を傾けた。
15
赤に近い茶色をしている巻き毛の男性であるライドは迷路のように続く通路の中を歩いている。二年前にノブリス・ゴルドンを殺してギャラルホルンから追われる身に落ちてしまったライド達をゲイナーという老人が拾い上げた。
『ここで死ぬくらいなら儂の元では働かないか?』
胡散臭いと思っていたが特に行く当てがなかったし、当分の宿替わりにしようと思っていただけなのだが、ゲイナーは予想もしないことを言い放つ。
『ラスタルは一二年後には殺されると思うぞ』
その言葉を真実で、実際一年後にはラスタルはエドモントンで殺されてしまった。
自分たちがこれからどうやって生きていけばいいのか分からないままライド達はゲイナーという老人の元で暮らしていた。
迷路のような廊下を歩いていく中、ようやくの思いでゲイナーがいつも籠っている実験室へとたどり着く。
部屋のドアをドンドンと強めに叩き返事を待つ前に部屋の中に入っていく。実験室の奥のパソコンのような端末を一心不乱に打ち込みながらこちらを見ようともしない。髪の毛は全く生えておらず、ツルツルの頭と白衣が異様にマッチしているようにも見える。そして、その後ろには目元以外を布で隠している小柄の人物がいる。体格を外から見た限り多分男性であることしか確認できない。全身を覆うほどの長いロングコートと両手は手袋をつけている。むしろ素肌の部分が少ないように見える。
ロングコートの男は右側の義眼をこちらに向け、再び視線をゲイナーの方へと向ける。
「おい、爺さん。地球の方は放っておいていいのかよ?」
ゲイナーは鋭い目つきをライドに向ける。ライドは多少ひるんでしまい、それを悟られないようにと内心グッと引き締め前に一歩出る。ゲイナーは一瞬で興味を失ったのか再びキーボードを打ち始める。
「ふん!必要ないじゃろう。EDMの代表がこのまま後手に回り続けるほど愚かではない」
そうだけ言われてしまうとライドは話を聞いてくれないと判断し、部屋を出ていく。
廊下に戻ると寂しく、どこか薄暗い雰囲気が鉄華団本部を思い出させる。
だからこそここにいるのかもしれない。
どうだってでしょうか?面白かったと言っていただけたら幸いです。まだまだ話は進んでいませんがこれからもよろしくお願いします。
次回のタイトルは『アフリカ・サバイバーⅢ』です!よろしくお願いします。