16
エスカレーターを二人で昇る目の前には建物の壁が見える。最上階は壁による区切りが無く、広大な空間に柱と人が一人余裕で入るような筒が十基近く設置されている。そして、俺達のいる場所から反対側にメインコントロール装置が置かれている。その場所に仮面を着けたエクスが立っており、金髪の女性が座っていた。
クレアと同じ綺麗な金髪だが、表情や顔つきはクレアと違ってどこか女王をにおわせるような感じがする。おそらく……彼女こそが………
「初めましてサブレ・グリフォン君。妹のクレアがお世話になっているわね。私の名前はククナと申します。今後お見知りおきを……そこの小さな女の子もね」
無邪気ととれるような笑顔でありながらどこか意味を含ませている。小さい女の子という言葉にレレが軽く反応して見せる。しかし、そこは大人すぐに飲み込んでにらみつける。
俺が銃をククナに向けるがその瞬間に俺達とククナ達との間に壁が存在すると理解した。透明な壁が空間を区切っている。
「今回はあなたと殺し合うために来たのでは無いのよ。だから安心してクレアを殺すつもりは無いから。皇帝はともかく、私はあの子の命には価値があると思っているの。皇帝があの子をもう娘だと思っていないようだし。私はあの子のお陰であなたと話ができているわけだし……ゲイナーにも感謝しないとね」
ククナが言う言葉のどこまでを信用していいのかは分からないが、今のところクレアの一件は無視してもいいだろう。問題は木星帝国が何を企んでいて、彼女個人がどういう経緯をもってこの地に居るのか?そして……ここは何なのかということだ。
「警戒しなくてもここが何なのか教えてあげるわ。私はあなたにある程度話しておきたいと思ったの。私の目的のためにも……ね」
俺は打ち合いが無駄だと理解し銃を下ろす。
ククナは微笑みを絶やさず口を開く。
「私達の目的はすでにある程度達成しているのよ。あなたはおかしいと思わなかった?ギャラルホルンとEDM相手に一歩も引かなかった私達がアフリカ戦線に介入しなかったのか?デルタ海域戦で防衛線に終始しているのか?あなたが気づいていないとは言わせないわよ」
笑顔の奥にあるすごみにレレが少しだけ怖気づきそうになる。
俺自身はその話には既に気が付いていたし、兄さんやキャリー達も気が付いていた。木星帝国が時間を稼いでいる理由は何だろうっと。
脳内で考えめぐらせる。そもそもアフリカ戦線の際にエヴォ・エクスが介入しなかったのはなぜだ?あいつがガエリオ・ボードウィンに首輪をしっかりかけていればあんなことにはならずに済んだかもしれないのに。いや……あの戦いの際にエクスが介入できなかったとしたら?
そうしてある結果に辿り着いた俺はエクスとククナを強くにらみつける。
「お前達!!ロロ・デブリンを殺害してギャラルホルンの戦力を手に入れようと!?」
「素晴らしいわね。その通り」
ククナが微笑み、エクスが間に入ってきた。
「あの時の私の仕事はロロ・デブリンの始末とギャラルホルン内にEDMと木星帝国には勝てないという認識を植え付けることだった。その上でアフリカ戦線を引き起こし、元アリアンロッド艦隊の悪事を他のギャラルホルンのメンバーに認識させることだった。そうすることで憎しみを集め、同時に引き込みやすくした」
「なら、お前がラスタル・エリオンの後継者にロロ・デブリンという軍人気質の強い人間を選んだのはギャラルホルン内の腐敗を暴走させる片手間に始末した後にのっとりやすくするためか?」
「その通り、セブンスターズのメンバーが引き継げば乗っ取りに時間がかかるからね。彼の方が処理後も乗っ取りやすいうえに、そそのかしやすかった。ああいう愚かな人間の方がちょうどいい」
俺は睨むことをやめない一方で話をシフトさせる。
「木星帝国の目的は分かった。でも、お前の……ククナの目的はまだだよな?お前はさっき皇帝の事なんてどうでもいいみたいな言い方をした。ということは、お前は皇帝に従うふりをして別の何かを企んでいるということだ」
ククナは悪そうな微笑みを浮かべ、まっすぐこちらの瞳を見つめる。
「そう、皇帝の目的なんてどうでもいい。私個人の目的は別にあるの。私は人間の進化に興味があるの……」
どこか切ない表情を浮かべる彼女を俺はクレアが告げた言葉を重ねて感じ取る。
なんでもできるのに、完璧には程遠い場所にいる人。
それが感が見えた気がする。彼女は……
「あんたは俺やクレアとは違って進化していないんだな」
進化できないからこそ進化の事を知りたい。それが彼女の願いなのだろう。
ククナは一瞬だけ冷たい目をしながらこちらを見た気がした。
「私達の間では進化人の事を『覚醒者』と呼んでいるの。時代によって『ニュータイプ』や『イノベイター』などの呼び方はあるけど、進化した人類のプロトタイプだと認識してもらえばいいわ。そして、ここはそれを研究するために作られた厄祭戦前の研究施設。その最後の一つ。それがこの場所」
もう一度周囲にある大きな筒を丁寧に眺める。人が入るには十分な大きさで外にはそれを操作するための操作盤が設置されている。要するにこの筒は人工子宮か培養器というわけだ。
「進化人類を作る片手間に彼らは人工人間の創造にもかかわっていた。『人工人間』。要するに『人工的に作られた人間』という意味。あなたは知っているわよね?」
ククナからそう問われてしまうと俺は黙ってうなずく。レレもある程度知識としては仕入れているらしく黙ってうなずく。
「受精卵の段階で遺伝子なんかを組み替えて造らる人間だろ?『強化人間』や『人造人間』とも違う存在だな」
「そうね~、強化人間は『薬品なんかを使って人間をそのまま強化した人間』で人造人間は『人間に機械などを埋め込むことで強化や補強を行った人間』大まかには強化した人間だけど、もっともの違いは薬品による強化は人格や体に悪影響を与える為に短命になってしまう点。それを克服したのが人造人間というわけよ。しかし、この二つにはある問題があった」
それ以上は言わなくても十分わかっていた。
「ある程度成長している人間が必要という事だろ?いくら精神を操れても完全にコントロールできるわけじゃない。だから必要だったわけだ……人工人間が」
人工人間は受精卵の段階で手を加える為にある程度好みに作ることができる。
「厄祭戦が始まると人工人間を前線に出すために研究資金に金が費やされるようになった。けれど、実戦に出せるほどの人格や戦闘能力を身につけるには至らなかった。だから代わりにAIを使った戦力を実践投入した」
それがモビルアーマーというわけだ。ということは、元々モビルアーマーには人工人間を乗せるつもりだったというわけだ。
そして、そこまで詳しく知っているということは……
「お前たちは研究を引き継いで最近まで進めていたというわけだ」
「その通り。AIの研究に危機感を覚えていた研究者が逃げ場所として求めたのが木星というわけ。そして、私達は最近まで研究を続けていた。私が現在の研究統括者」
クレアがそれっぽいことを言っていたが、そういう事だったとは彼女は研究を引き継いで完成させたというわけだ。完成型のプロトタイプが完成したというわけだ。それが……
「量産型人工人間のプロトタイプが『アイン・ダルトン』というわけよ」
レレが小さな声で「やはり……そういう事でしたか」とつぶやき、俺は全て腑に落ちた。
「じゃあ、アイン・ダルトンには阿頼耶識に似た器官が元々作られていたわけだ」
「そうよ。アイン・ダルトンの目的は戦闘データの収集と感情バイタルとそこから生じる電気信号の波長を知ること。おかげさまでいいデータが取れたわ」
鉄華団はその過程の中で滅ぼされたというわけだ。彼らは鉄華団からとれるデータを収集するために彼らを犠牲にしたのだ。そして……今回は元アリアンロッド艦隊を犠牲にしようとしている。
レレはひときわ厳しくククナ達を睨みつけククナは涼しそうにしている。
俺はエクスの方をじっと見つめ、エクスもこちらを見つめているように見えてしまう。エクスは人工人間なのだろうか?そう考えているとククナが不意に立ち上がり、両サイドに存在するエレベーターのうち左側へと歩いていく。よく見ると右側はこちらから入れるようになっている。
「では、あなたに会えてよかったわ。いろいろ分かったこともあったし……」
「??なんの話だ?」
俺達も警戒しながら右側のエレベーターの方に移動すると、いつの間にかエレベーターの電源が入っている。
「安心してあなたは私にとっても大切な人だから殺したりしないわ。また会いましょう」
エレベーターの中に入っていくククナは最後までいい笑顔で返してき、俺は先にレレをエレベーターの中に入れる。続いて俺が入ろうとすると俺は初めてエクスに声を掛けられた。
「君の誤解を解いておこう。私は人工人間ではないよ」
俺は驚きのあまり振り返るとそこにはエクスが変わらぬ仮面姿をこちらに見せていた。
「近いうちに君は私の答えに辿り着くだろう。その時は、君の前でこの仮面を脱ぐことを誓おう」
「なら、俺は実力でお前から仮面を取ってやるよ」
両者の間にある因縁はある意味ここから始まったのかもしれない。いつ終わるのかも今は分からない因縁だが、だけど、これだけは言える。
俺はエクスの言う通り、近いうちに彼の正体を知ることになった。俺が彼の正体を知るのはこの後すぐに行われたアルン防衛戦の時だった。
17
ククナは微笑みながらエレベーターを降りていく。内心機嫌がとてもよく、今回の話し合いに彼女は有意義な何かを感じ取れた。結果からすれば彼が『選別者』ということが把握できたし、ゲイナーが地球に来なかったということが分かった。ゲイナーのおおよその居場所には見当をつけた。
「あなたと同じ選別者なだけはあるわね。中々面白かったわ。有意義な時間を過ごさせてもらった。あなたはどう?」
「そうですね。早く彼と戦ってみたいところです」
二人はエレベーターを降りて外に用意しておいた車に乗り込もうと移動する。
「大丈夫よ、もう一度追い詰めてみようと思うから。彼が仲間を守ろうと必死になっているのは分かったから、もう一度周囲を追い詰めれば確実に『ガンダムエデン』で出てくると思うから」
ククナが車のドアをに手を伸ばした瞬間にエクスの動きがぴたりと止まった。地中海の方を見つめて何かを感じ取る。ククナが意味ありげな表情を浮かべつつ同じように立ち止まる。
「何を感じ取ったの?」
「強力な脳波を感じ取った。あれは……かなり危険だ」
「じゃあ、止めたら?」
エクスは右腕を伸ばし遠い空へと向けるとサイコショックを放つ。同時にサブレとクレアも同じ方向へ向けてサイコショックを放つ。
明楽・アルトランドの方に向けて。
18
デルタ海戦が勃発してから半年が過ぎている頃、いい加減木星帝国所属であるアルミリアとジャックは不満を爆発させそうになっていた。あくまでも防衛戦に専念し時間を稼ぐように。という命令を守りつつの防衛戦、特にガエリオ・ボードウィンは殺してはいけないという命令を守らねばならないアルミリアからすれば復讐対象であるガエリオはまだ殺すなという命令にストレスを抱えていた。
アルミリアとジャックは三機のモビルスーツと互角に戦いながら確実に防衛戦に集中していた。
ゆえに問題は明楽の方でもあった。
これから起きることを想えば彼らはガエリオを守る為に動くべきだったのだろうが、この時だけは自分を守るための生存本能が優先された。
明楽がジュリエッタのバエルに向けて降ろされたバトルアックスの攻撃をガエリオが受け止めると、ガエリオのキマリスの左腕が吹き飛んでしまう。
明楽の脳内には殺意が刃になって渦巻いていた。目の前に死なせてしまったアフリカの人達。傷つき悲しみにあふれている彼を思えば思うほどジュリエッタやガエリオに向けた殺意が大きくなっていた。
それ故にグシオンに搭載されていたサイコフレームが明楽の脳波をダイレクトに周囲に振りまく、振りまかれた殺意は周囲の人間に危険だと判断させるには十分だった。
シノやキャリー達ですら明楽の危険性に撤退を始める。しかし、ガエリオだけはジュリエッタを庇った状況で撤退が遅れる。明楽は暴走したままガエリオを殺すために近づいていく。
サブレたちのサイコショックはギリギリ間に合わず、ガエリオに伸びていく右腕はまるで死神が死へいざなう腕に見える。
伸びたグシオンの右腕に庇うようにジュリエッタが割って入った。
決して理解していたわけじゃない。ただ、目の前に死ぬかもしれないと思った瞬間彼女の体は素直に動き、ガエリオを庇った。
グシオンの右腕がバエルの体を捉えるとジュリエッタの心は一瞬でパンクした。
落ちていくジュリエッタを捕まえて撤退していくガエリオは必死になって彼女に語り掛ける。
「ジュリエッタ!!しっかりしろ!!」
「ああ………うう……?」
それしか話せないようで潰されてしまった彼女の意識は真っ暗な闇の奥底に叩き落された。
その時明楽の脳内にサブレたちの声が響き一瞬で意識を取り戻す。
19
運ばれているジュリエッタは虚ろな目をしながら奥へと運ばれていく。ガエリオに後悔に襲われてしまう。あの時……っと。
しかし、そんなガエリオの前に一人の士官が現れる。
「ガエリオ様!東南アジア戦線が崩壊しました!各地で戦っている元アリアンロッド艦隊のメンバーも敗走を余儀なくされています。我々も離脱しないと逃げ場がなくなります!」
内心どうしてこんなことに……っと考えてしまうガエリオだった。
時を同じくしてアルミリアとジャックは基地に帰還して不満を爆発させそうになっていた。しかし、そんな二人の前にエクスが通り過ぎる。アルミリアはうれしさのあまり彼に抱き着いてしまう。
「やあ、久しぶりだねアルミリア」
「当分はこちらにいらっしゃるんですか?」
「ああ、あとは彼らを始末するだけさ。君の願いももうじき叶うだろう」
うれしさのあまり涙を流し抱きしめる力を増す。彼女あの願いももう少しで可能かもしれないところまで来ていた。
ジャックはアルミリアを無視してエクスに尋ねる。
「ねえ、グシオンのパイロットって覚醒者になったの?」
エクスは少しだけ考え込むとはっきりとした答えを放つ。
「いや、なりかけている段階だろう。お前たちや彼の兄と同じようにな。まだ完全に変化したわけじゃない。だが、あれならそう時間はかかるまい」
ジャックは内心嬉しさのあまりその場で飛び跳ねそうになるのを押さえる。もう一度戦えば、もう一度殺し合えば彼はもっと強くなるかもしれないという期待が彼の感情を高める。
あと少しで木星帝国の作戦は終了しようとしていた。
20
ファントムブラッドだけが撤退の為の準備に入っている中、キャリーとレレが何かを話し合っていた。
サブレが最後の荷物を鞄に入れて部屋を出たところでレオが涙を流している姿に完全に引いてしまう。
「ひっ!!」
「ぜんぱい~!俺と訓練する前に変えるなんてずるいっすよ!!」
「ず、ずるいって……」
泣きついてくるレオを引き離しつつ、歩き出すがレオがくっついたまま引きずられる。サブレは何とか引き離し一気に駆け抜けていく。
何とか引き離したところで食堂から出てきたクレアはどこか気落ちしているように見える。サブレはクレアの肩を軽く叩くがそれに驚いたクレアが悲鳴を上げる。
「どうかしたのか?」
「……いえ、お姉さまの事を少しだけ考えていて」
俺はククナと会ったということを少し前に話した。彼女はそれ以降どこか上の空状態が続いている。
「怖い……か?」
「少しだけ……ですが。私は今までお姉さまから逃げてきました。なんでもできる姉とその妹。でも、父は私の中にある母親の面影だけを求めていて、姉には母を生き返らせるための道具ぐらいにしか見ていません。姉はそんな父親を憎むことも無く、むしろ自分の目的のための道具くらいにしか見ていませんでした。私は多分あの人と戦わなくてはいけないのでしょう。それが少しだけ怖いのです」
俺は彼女の両肩に手を置き語り掛ける。
「怖くない人なんていないさ。怖いから足踏みするか、それとも踏み出すかだ。君は踏み出そうとしている。今はそれだけで十分だ」
クレアは嬉しそうな表情を浮かべながら涙を一筋だけ流す。流す涙をぬぐい笑顔を作って小走りで距離を取りもう一度こちらを向く。
「私も今はその言葉だけで充分です。でも……いつか!」
そういってその場から駆け出していく。
俺はそのまま歩き出すと曲がり角で兄と偶然出会った。兄も同じように片手に鞄を持って姿を現したところを見ると最後の荷物をまとめたのだろう。
「忙しかったよね。いつか仕事抜きで遊びにきたいよ」
そういって遠い場所を見つめる兄と一緒に歩いているとヴァルハラの前でレレと出会った。レレも同じように鞄を抱えたままの姿だった。
「……何?船に乗るの?」
「キャリー様から許可はいただきました。それに私はこれでも役に立てるのですよ?」
どこかいたずらっぽく微笑む彼女を俺と兄は茫然と見送るしかなかった。俺はそれも悪くないと思いつつそのまま船の中に歩いていく。
仕組まれていた戦争は終わりに向かって進んで行く。
その結末を知る者は誰もいない。
ヴァルハラは空高く上がっていき、アフリカの地で生きる者達はヴァルハラが上がっていく姿を見ているのかもしれない。
俺はエクスの正体に向けて歩き出し始めた。
《仕組まれていた事編終わり アイン・トゥルー編開始》
どうだってでしょうか?面白かったと言っていただけたら幸いです。地球編の最後はエクスの正体が分かって終わりです。いよいよ地球編の結末に近づいていきます。
次回のタイトルは『アイン・トゥルーⅠ』になります。再び戦場は宇宙になります。いよいよエデンのロールアウトが近づいています。次回もお楽しみに!