5
ギャラルホルン本部の包囲作戦の中にサブレ・チルドレンの最後の二人が参加していた。
ジョシュア・レッドハイは胸元大きく開けた奇抜なパイロットスーツを着ている女パイロットであり、真っ赤に塗り染めた髪を逆立てている。大きな奇声を上げながら操るジムは、小太刀のようなビームダガーを右手に握りしめ、ワイヤーでキッシュの動きを封じつつ上下左右に動き回りながら敵機を落とし続けている。
しかし、ジョシュア・レッドハイと呼ばれる女性パイロットの攻撃対象は、ギャラルホルンのキッシュではなくさらに前方で戦闘機形態に変形させたジムだった。背中に取り付けたミサイルタンクから大量のミサイルをばら撒きながらひたすら戦場を突っ切ったかと思えば再び戻ってくる。
その変形機構を取り入れたジムのパイロットがサブレ・チルドレンの最後の一人である渉・アスカであった。
ジョシュア・レッドハイが奇声を上げながら戦っているのに対し、渉・アスカは悲鳴を上げながら逃げ回っている。
渉・アスカ。サブレ・チルドレンにとってある意味個性の強さは周囲から認識されるために必要な身分証明書のような者なのかもしれない。それ故に彼らは問題児としてひとくくりにされる。そんな中渉だけは異彩を放っていた。
渉・アスカは個性が無いという問題児でもあった。
明楽と同じ黒髪で毛先が跳ねているのが特徴である。背丈はサブレと同じほどあるが顔立ちは少なくとも戦うような顔立ちではない。どこにでもいるようなおとなしそうな顔立ちは彼がパイロットであるとは思えないほどである。中肉中背の普通の男の子である。
彼は奇人である、ジョシュア・レッドハイとは逆の人間である。
ジョシュアは変人奇人の集まりであるサブレ・チルドレンの中でも最高の変人である。戦闘狂の露出狂という最高の変態であるジョシュア・レッドハイ。
それに対して渉は生まれも育ちも普通である。しいてゆうなら個性が殆ど無いのだ。そんな彼と彼女の話を最初にしておく必要があるだろう。
ジョシュアは辺境のコロニーのさらにスラム街出身であり、そんな孤児たちの中でも荒れ果てた生活を送っていた。幼いながらも人を殺すことに対してためらいを持たず、むしろ追いかけて、戦うことに生きがいを見出した。そして、出会うことになったサブレ・グリフォンに誘われるのだ、そして知ることになる、守るという言葉の重みを。
渉はオセアニア連邦出身者であり、特別な家柄でも無くなんらかの特出すべき特技も無かった。また、親しい友人なども存在しなかった。そんな中、彼はEDMの教習学校に通うことを父親から勧められた。平凡な毎日を過ごす彼の薄い存在感は周囲から認識されないほどだった。そんな彼に話しかけたのはサブレだった。そして、攻めることの大切さを教えられたのだ。攻めることは守ることだと。
そんな二人は同期ということもありチーム戦では高確率でダックを組まされた。しかし、このタッグに問題があるとすればジョシュアが渉をいたく気に入り戦闘中は彼を追いかけまわしているという点である。
そんな正反対のこのコンビは卒業後も最大の戦果を挙げるコンビとして有名となった。それ故に渉の意見など聞かれることも無くコンビを組まされている。
今回の作戦も同じことであった。
6
サブレ達の出撃を見送りビスケットは格納庫二階で呆けていた。すると腕を組んだつなぎの上に羽織った白衣と白髪が良く似合うソニアが雰囲気を出さずに右側に立っていた。
「あれを完成させたんですか?」
あれという表現方法だけでは一般的には通じないだろう。しかし、流石のソニアにはビスケットがいったあれという単語に覚えがあった。
「PED」
「そうです。『Particle extensive diffusion』と呼ばれる粒子広範囲拡散と呼ばれる現象の頭文字をとってつけられたシステム。基本はPHリアクターが生成する膨大な粒子を装甲を通して周囲の空間に拡散させるシステム、そうすることでフレーム越しに伝わる粒子量を調性することが出来る」
ソニアが今言ったシステムは数年前から最近まで行われていた実験の一つであった。しかし、ある悲しい事件ゆえに一時的に封印されたシステムだった。
ソニアはビスケットについてきなさいと言いながら暗い通路の先へと突き進んでいく。
「あなたが幹部クラスに召集された時だったかしらね。かつてマクギリス・ファリドが使っていたヴァルキュリアフレームをうちが回収して改良した実験機が惑星間航行の実験中に行方不明になった。原因はPEDシステムの不具合からくるものだった。
ビスケットはその実験自体は結果を知っていた。PEDシステムを取り入れた惑星間航行を可能にする為に実験が行われた。地球から火星間を行き来するシステムは合計で二日間で完了するはずであった。しかし……
「結果、実験は失敗しパイロットは亡くなってしまった。原因はPEDシステムが十分に機能していなかったことによる内部爆発だった」
ソニアが続けさまに言った真実はビスケットはよく知っていた。そのパイロット自身は全く知らない人物だったが、そのパイロットは黒焦げになってしまい原型をとどめなてなかった。
「その後実験が危険だという判断がおりて開発は見送られたはずだった。なのに……」
ビスケットの言いたいこともソニアにはよく分かっていた。
「その後、ガンダム・エデンをはじめとする新型ガンダムフレームの開発にはどうしてもPEDシステムが必要だという結論にいたったの。だから先に先行で完成させたメテオとシムカスはフラウロスとグシオンに偽装して戦場に導入した。拘束衣がわりになればと思ったの。そうすることでPEDシステム無しでも戦えないか考えたけど、うまくいかなかったわね。だから、アフリカ戦線が始まってから改良機による実験が極秘裏に勧められ完成したのがガンダム・エデン。ガンダムフレームによる実験はカノンを使ったわ」
数メートルさきから微かな明かりが見えてきた。
ビスケットの視界に少しづつ明かり広がってくるとそこには薄紫と濃い紫のツートンカラーの細く曲線を意識したシルエット、頭部はガンダムを意識しているかのようにツインアイとV字型のアンテナ、各部に変形機構を取り入れられている。肩、頭部、胴体、膝などに濃い紫が使われており、それ以外は薄紫で構成されている。
「新型ヴァルキュリアフレーム『ガフェインマークⅡ』。惑星間航行を行った唯一の機体よ」
目の前に鎮座するこの機体が初めて単機で惑星間航行を行った機体だとは誰も思わないだろう。
そうしているとビスケットはこの機体にガンダムフレームが一部で使われていることに気が付いた。
「もしかして、この機体ガンダムフレームの素材を使ってます?」
「そうよ。といっても一部だけだけどね。あとはヴァルキュリアフレーム用に新規に作り直したフレームよ。よくできてるでしょ~」
とってもいい笑顔でビスケットの方を向く彼女はきっと危険な実験をしたという罪悪感は皆無であった。
7
ジュリエッタにとって守るという行為は当然のことだった。なぜなら、主君であるラスタルやヒゲのおじ様と慕ったガランに拾われたという恩義があったからだ。それは、盲信とも呼べる忠誠心の高さであった。
親の愛情を知らず、だからこそその代りを誰かに求めたのかもしれない。だって、そんなことは必要ないと彼女は速いうちに斬り捨てたからだ。彼女が真っ先に見たものは恩義とそれに彼らの敵を殲滅するという義務感であった。
サブレが忠誠心を危険視する理由は忠誠心は守るという感情から程遠いからである。忠誠している相手の為に殺すという想いをサブレは守ると表現したくはないと思った。
大切な人の為に容赦なく誰かを殺すことができる。しかも、その対象が民間人であろうと疑うことなく遂行する。それは、サブレが理解したくもない感情であった。だから彼は明楽に復讐で行動するなと忠告を発したのだ。
愛する人の為に、大切な友人の為に、仲間の為に戦うサブレ。そして、それは意外なことにエクスことアインも同じことだった。ただ、異なるのはアインにとってはそれ以外はどうでもいいと思っている点である。そのたった一つといってもいい点で彼らは深い溝が存在し、分かり合えないのだ。
サブレは他人ですら大切にしようとする。たとえそれが自分の大切な人を殺した相手であろうと。だからラスタルを殺さなかった。
ジュリエッタには憎んでいる相手すら時に助けたいという感情は理解できなかった。彼女にはそれができないから。
しかし、守るということは彼女には理解できなかった。だって……彼女は誰も守れなかったからだ。ガランもイオクもラスタルでさえ守れなかった。
ガランの元に駆け付ければよかったと後悔し。
イオクが目の前で亡くなったときも助けようとすらしなかった。
ラスタルが亡くなった時も身を挺して助ければよかったと後悔した。
どうしてこうしなかった?あの時どうして行動しなかった?そんな後悔だけが彼女を襲っていた。
ラスタルが亡くなった時、激しい後悔に襲われてしまった。ガエリオが立ち上がった時、彼に優しくされてもなこの後悔が薄れることは無かった。
深い絶望の海に落ちていくような感覚がいつだって襲ってくる。睡眠をとると必ず夢の中にガラン、イオク、ラスタルが順番に現れて去っていく。
そんな中、彼女はあることに気が付いてしまった。かつて自分が悪魔と恐れた三日月という少年は大切な仲間を守る為に命を懸けた。なら……自分はそれができたか?答えは簡単だった。できなかった。
結果からすればジュリエッタは三日月・オーガスを人間だったと思った。だったら自分は何なのか。そんな中明楽の言葉が彼女を襲った。
「化け物!」
三日月・オーガスが悪魔であるなら、ジュリエッタは化け物だった。
目的の為になんのためらいもなく民間人を殺した。何よりショックだったのはそれを特に疑問を持たずに実行できた自分がショックだった。
あの少年より私の方が悪魔ではないかと自覚してしまった。
悪魔で化け物というどうしようもない自分の本性に彼女は心を閉ざし、明楽の殺意が襲った。脳細胞の一部を破壊するような精神攻撃と自分の罪悪感と後悔が重なって彼女は精神崩壊してしまった。
その後の彼女は深い海の奥のような場所でうずくまって立ち上がる気力すらわいてこない。すると、目の前にもう一人の自分が立っていた。そんなものはただの幻影だとわかっている。もしかしたら、ジュリエッタの中に残っている人間らしさの欠片なのかもしれない。
「最後に守ろうよ。今まで誰も守れなかったけど、彼のように最後ぐらい命を懸けて守ろうよ。彼を守ろうよ」
差し出される手を取ることを一瞬だけ躊躇するが、それでも勇気をもってその手を握って立ち上がる。
8
アルミリアのレッドクイーンのレイピアの攻撃を後ろに下がりながら回避しようと試みるが、腕や足に的確に当たっていく。攻撃を受けていてガエリオにははっきりとわかっていた。
アルミリアは意図的に手を抜いている。遊んでいるのだということに。
ジャックの乗るブルーレイも明らかに手を抜いていた。両手に持っていたビームサーベルの攻撃は命を奪うようなところは避けている。
ガエリオはジュリエッタだけは守ろうと頭の中で必死に策を練るが、攻撃をよけるのに精一杯でとてもではないが逃げることなどできそうもない。
逃げなければという想いとジュリエッタを守らなければという想いがせめぎ合い身動きが取れずにいる。
アインを倒さなければと思いランスに内蔵されたビームライフルの引き金を引く。しかし、エンペラーガンダムは背中からマントのような半透明の粒子を放出させ、マントの端をつかんで胸元まで持ち上げる。
マントにあたったビームは打ち消されてしまう。
「おしい……」
ニヤニヤ笑うのを決してやめようとしないアイン。ガエリオはひたすら睨むがそんな合間にもアルミリアは攻撃の手をやめない。
「やめろ……やめてくれ。アルミリア」
「いやです。お兄様が懺悔しながら死んでいく、それこそが私の望みなのですから」
少しづついたぶりながら距離を詰めていく。ジュリエッタの方も一方的に追い詰められていく。そんな戦いの中ジャックは不満を口にする。
「なんだよ~全然つまらないじゃんか。もっと強い奴の方が良かったな~お前、弱いんだもんさ~」
真面目にするつもりなどはなっから無いのかもしれない。ジャックが常に求めているものは明楽のように自分と互角に戦える相手であり、ジュリエッタでは力不足だった。
背中についているX字の板の先にはブースターが付いていて、大気圏内でも素早く動き回ることができるブルーレイはジュリエッタのバエルの周りをグルグル回りながら切り裂いていく。
ジュリエッタは攻撃を回避するだけの思考すら残されてはいなかった。それどころか自分の命があと少しで尽きようとしていることに気が付いた。
後悔はない。決めたことだと腹を括り、ジュリエッタは自分の最後の仕事を果たすために操縦桿を握る。
ジャックが自分の正面に来た瞬間にジュリエッタは後ろに大きく飛ぶ。バエルがもっていた武器を手放して、レッドクイーンとキマリスの間に割って入るとガエリオのキマリスを突き放した。
ガエリオは何が起きたのか分からず、大きく空いた距離をただ見つめることしかできなかった。
ジュリエッタはアルミリアのレッドクイーンにしがみつく。
「何をするのですか!?離れなさい」
アルミリアはレイピアで刺そうにも近づかれてはそれも難しい。ジャックはジュリエッタの目的が分かりバエルの背中を斬りつけアルミリアから引き離す。レッドクイーンを連れて多少後ろに下がりバエルとジャック達の間にエンペラーが立ちふさがる。
エンペラーはマントを再び出現させると自身の前に盾のように張る。
ガエリオもそこでようやくジュリエッタが何をしようとしているのかを理解した。ガエリオが機体を走らせようとするが、それを遮る様にジュリエッタの声が聞こえた。
「ありが……とう。い……きて………」
その言葉を聞いた瞬間、動きが止まってしまう。彼女の心境に何があったのかは分からない。しかし、ガエリオを守りたいという一心で行動している彼女を止めることは出来なかった。
機体が光を放ち、次の瞬間に大きな爆発音とともにバエルは粉々に砕け散ってしまった。
周囲にバエルの破片だけが散らばっているのが確認できた。そんな爆発の中心ではバエルのコックピットらしき部品が燃えていた。
先ほどの言葉が脳内で何度もリピートされる。
「生きて」
そんな言葉が何度も繰り返され、彼女に守られたという事実だけがガエリオを襲う。
「どうしてなんだ?俺は……おまえさえ………生きていてくれれば」
アルミリアがとどめを刺すために最後の一歩を踏み出す。そして、進路上にあるバエルの頭部を踏みつぶした。
まるでそれをゴミのように扱うアルミリア。しかし、怒りより自分に対する失望とジュリエッタを失ったという悲しみしか存在しなかった。
ガエリオは少しづつ近づいてくるアルミリアを見上げる。いつの間にか両目には涙がいっぱい溜まっていて、アルミリアはそんな兄の姿を見た途端至福に満ち溢れた表情を浮かべた。
「マッキー……」
しかし、そんな彼女の行動はヴィーンゴールヴへ向けられた大きなビーム攻撃によって中断された。
「キターーーーーー!!」
ジャックのテンションが最高潮まで高まると四機のガンダムフレームが降下してくる。そのうちの大きな巨体のガンダムだけが離脱していき、ほかの三機がアイン達の前に降り立とうとする。
アルミリアは一旦アインのところまで下がり、サブレ達はガエリオとアルミリアの間に降り立った。
「また会えたな」
「そうだな……」
サブレとアインがにらみ合う中因縁の戦いが始まろうとしていた。
9
苦しい夢を見ていたような気がした。ジュリエッタはふわふわした気持ちで眠っていることに気が付いた。ゆっくり目を覚まし体を起こす。自分の身に何が起こったのか全く理解できず、呆けていると遠くにラスタルやガラン、イオクが立っていることに気が付いた。
どうして?という疑問が浮かんだと同時にこれは夢なのだと思った。
苦しい現実を思い出すことも無くジュリエッタは立ち上がり、走り出そうとする。
今度こそ教えてもらおう。どうやって守るのか。そして……今度こそ。そう思って走り去っていく中彼女の意識は遠くへと消えていった。
同じとき、アルンのEDM本部ビル代表室で透明なグラスにウイスキーを入れて飲んでいるマハラジャだったが、グラスを机に置くと同時にグラスに大きな縦の亀裂が入る。
もしかしたらそんな思いが一瞬脳裏によぎるとマハラジャは視線を窓の外へと向ける。
「ジュリエッタ」
ジュリエッタ・ジュリス戦死
どうだったでしょうか?面白かったと言っていただけたら幸いです。今回はつらいお話になったと思います。地球編の最後の数話をどうするのかギリギリまで悩みました。辛い話があるからこそ面白い話が書けるのだと思っています。ジュリエッタの結末を見届けてもらってありがとうございました。
次回のタイトルは『レインボー・スカイⅢ《虹色の空》』になります。よろしく!