1
火星の本格的な攻略がはじまったのは一か月前のクリュセ事変の数日後からだった。クーデリア・藍那・バーンスタインからの指名という形でアスナ・エールが火星議会の初代議長に就任すると、彼女は数日でテトラの後始末を終えてしまった。その陰にはレレの協力があったとは言え、元々あった才能が開花した形だろう。しかし、その際に上がった問題がメリビット達と雪之丞達が二つに分けられているという収容所の場所であった。その場所こそが今後の火星攻略の最前線になると予想された。その理由は火星の半分に侵攻するのにどうしてもその拠点を通らねばならなかったからだ。そして、ゲイナーが居る場所まで行くためには拠点を攻略する必要がある。そして、一週間前にいよいよ本格的な攻略が行われた際問題に上がったのが、戦力であった。
現在の戦力で今の二拠点を攻略することは可能であった。しかし、無理に戦力を二拠点のみに割くわけにはいかない。他にも攻略するべき拠点など多数存在する。それで上層部から降りてきた命令は『ファントムブラッド隊単独で二拠点を攻略せよ』という命令だった。その際に起きたもう一つの問題が戦力をどう分けるかである。
ファントムブラッド隊はモビルスーツを十機しか持っておらず、そのすべてがガンダムフレームである。本来であればサブレが指揮をするところであるが、二つに分ける以上それができない。その上、個人個人が癖が強く、戦力配分をどう分けるのかが問題視されていた。
結果から見てメリビット達の救出部隊であるビスケット隊はサラとレオを中心にマーク、渉、ジョシュア、ジャニー、ノインで、サブレを中心に明楽とシノが雪之丞達救出に部隊を割くこととなった。それに異議を申し立てたのがサブレであった。
サブレとビスケットの壮絶な兄弟喧嘩の末、外部から三日月とモンタークが協力するという条件で渋々了承することになった。
ビスケットは迷宮のカタチをした複雑な戦場攻略、サブレは一本道に配置されたモビルアーマー・フォルティシモ攻略が開始された。そして……一週間後いまだに二拠点は攻略しきれていなかった。
しかし、この状況へのミスが存在するのならばそれは彼らが雪之丞の輸送を『知らない』の一点のみであった。
2
歩くという行動が苦痛に変わったのは二週間前の事であった。最初この施設に送られた時は、歩くのが多少辛い程度であった感覚が二週間ほどで苦しみに変わった。寝れる時間なんて一日に三時間あればましな方であり、一人、また一人といって死んでいってはどこからか連れてくる新しい要員はみなかつての彼と同じ表情を浮かべる。
『まるで地獄だ』
やせ細った体、ある者は汗すら出てこなくなり、食事は最低限の水とパン、ベットは簡易で最低限の寝泊りができる環境があるだけましという状況、高重力で高温度に湿度は最悪、劣悪ではなく最悪の環境下での仕事は既に死ぬことが前提の仕事の毎日、重たい荷物を最低でも一キロ先へと持っていくだけでかなりの時間がかかる。
雪之丞は二週間が経った後、ひょんなことから鏡のように映った自分の姿を見たとき雪之丞は立ち止まってしまった。
肩幅が広く鍛え上げられた体はやせ細っており、骨と皮だけになっていた。さらに一週間が経った頃には汗すら出なくなっていた。最初の頃に支給された囚人服はボロボロになっており、上半身に限って言えば既に服とは言えない状況であった。ズボンもボロボロでとてもではないが、ズボンとは言えない。こんな状況でも歩き出し、生きていかなくては行かない。
『今自分がここで死ねば他の誰かがここに送られる可能性がある』
それが雪之丞に最後の抵抗を続けさせる動機になっていた。ある意味生きる理由で戦っている理由である。死ぬわけにはいかない。
最後の一本と言ってもいい細い一筋の生命線はまだ大丈夫だと自分に言い聞かせていた。
簡易ベットに腰掛けて息を吐き出すと、乾ききった唇が小さく割れてしまう。しかし、血がほとんど出てこない。上の服を脱ぎ捨て自分の体を眺める。骨と皮だけの体にミミズ腫がいまだに残る。そのまま体全体を簡易ベットへと預けて眠りについた。
最初の頃は三時間なんて寝れるわけが無く、寝過ごすなんて普通の事であった。しかし、少しでも寝過ごすと拷問室に連れていき様々な拷問を受けたうえで食事抜きにされてしまう。その時の恐怖は今でも雪之丞に残っており、今では三時間できっちり目を覚ましてしまう。
三時間が経ち目を覚ました雪之丞はボロボロの服へと手を伸ばすとその服は半分に破れてしまった。
これを着ることはできない。そう思い雪之丞は上はあきらめボロボロのズボンだけで外へと足を踏み出した。外では同じような状況の囚人たちから来たばかりの囚人たちでひしめきあっており、みんなが食堂へと向かい最低限の水とパンをもらいに行く。しかし、雪之丞を含め一部の人達の足元がふらついて膝をついてしまう。後ろから見ていた監視員が鞭を持って複数の背中に向けてむち打ちを容赦なく背中に浴びせた。
雪之丞を含めた男女の背中にミミズ腫の跡が残ると彼らは食堂へと歩き出す。
今日も地獄が始まった。
3
その日もそれは始まった。開幕一番の罵り合いの罵倒し合いである。始まった当初こそ譲り合いであったが、今では罵倒を繰り返すだけの無意味な会話になっていた。
「だ・か・ら………マークを譲ってくれって言ってんだよ!!あいつが居ればまだ楽に攻略できるのに!!」
「ム・リなんだってば!こっちも戦力がギリギリなのに!!」
サブレとビスケットの無意味な繰り返しは一日一回は確実に起きており、周囲はすっかりうんざりしていた。
三日月はバルバトスの上で暇そうに座っており、明楽は空を見上げながら呆けており、シノはサブレの後ろで呆れていて、モンタークは自身のモビルスーツの上で準備を淡々と続けている。
「俺の奪い合いをしないでくださいよ」
ゲームをしながらうんざりしているマークはぼそりとつぶやく、サラとレオは他のメンバーに準備を急がせる。攻略が始まって一週間が経つのにもかかわらずいまだに片方の拠点すら攻略しきれていない。
その状況がサブレとビスケットのイライラを募らせていき、最後にはお互いに「知るか!」っと言い合って壁を破壊するのではないかと思うほどの蹴りを壁へと放って通信を切ってしまう。
周囲はどうするのかと三日月達は指示を待っていると、サブレの視線はまっすぐ明楽の方へと向いた。すると、明楽は視線に気づき首をかしげて対応する明楽に対して悪そうな微笑みを浮かべ、シノは嫌な予感を募らせ巻き込まれまいとその場から移動してメテオの元へと移動する。しかし、明楽はいまいち危機感が足りないのか、その場でキョトンとしている。すると、ソニアが別の場所から姿を現してサブレにある装備の用意ができたと報告していた。
「この作戦を攻略する手っ取り早い方法は敵のIフィールドを突き破るほどの一撃を与えてやればいい、守ろうとすれば敵はドローンを全機前方に展開するしかないだろ。そうすれば攻略は簡単になる。しかし、この方法は使えないのなら正攻法で攻略するしかない」
腕を組みながら深刻そうな表情を浮かべるサブレに対し、モンタークが口を出す。
「それが出来ればここまで苦戦しないのではないか?」
三日月やシノも何度もうなずき対応するが、サブレは「ふふん」っとあえて声に出しながら自身満々ソニアに用意させた所謂『ある物』を全員の目に届くように用意させる。
彼らの目の前には縦長の楕円状のシールドが姿を現しており、中心一帯に妙な細工が施されており、それを覗けばどこにでもあるようなモビルスーツがもつシールドに見えないことも無い。実際明楽達はそうとしか受け取れず唖然としていると、サブレの悪そうな笑顔は上限を知らず、その視線はまっすぐに明楽の方へと向けられる。そこまで来てようやく明楽も危機感を抱くが時すでに遅く、立ち上がったころにはサブレは明楽の肩に手を置いて行動を制限する。
「このシールドには疑似的に再現されたIフィールドが組み込まれている。ようするにこのシールドは対ビーム装備でもあるわけだ。しかし、一つのシールドで守れる範囲などたかが知れている。だからこそ、三つ用意し、それを三方向に装備することでほぼ全域を守ることが出来る。そして、対ビームコーティングをモビルスーツの表面に塗ることでビーム攻撃への対策にする。三つのシールドを持つことが出来るのは一機だけだ。もう………分かるだろ?」
しかし、分かりたくなどなった。分かったといえばその時点で逆転の見込みが完全に失ってしまう。最後の抵抗とばかりに左右に首を振って押し付ける相手を探し出す。最初にモンタークへと向けられるが「三つもシールドを装備できない」で却下。
次に三日月へと向けられるが、「やろうとすればシールドを持てるが、シムカスと違って重さで機体の速度が落ちてしまう」という理由で却下。
最後にメテオに向けるが、「シノの実力でそれは無理」という残酷の一言で終了となった。
最後の抵抗に涙目でサブレの体に抱き着き「無理無理」っと小声で訴えかけてみる作戦に出るが、サブレからは鬱陶しいとウザイが混じったような表情を浮かべ見下すような視線を向ける。そんなことは明楽には関係なかった。死にたくなければここで抵抗するしかないっと思っていた。
「見捨てないで!テムさんの事をしゃべった事怒っているならそう言ってくださいよぉ」
結局テムの事をしゃべったことはその日のうちにばれてしまったが、サブレはあきらめてそのまま許していた。しかし、明楽はサブレが許してくれるわけじゃなく、この作戦に組み込むことで怒りを解消しようと考えているのではないかと不安に思っていた。
「そのことを怒ってはいない。お前の性格でむしろここまで黙っていられたことを感心したぐらいだ」
予想以上に明楽への信頼の無さに驚く周囲に反しサブレは冷酷に「単にお前しか任せられないだけだ」っと返した。
「でも……でも」
「見捨てられそうな子犬みたいな視線はやめろ。むしろ見捨てたくなる」
取り付く島もない状況で最後の作戦もむなしく崩れ落ちる。しかし、ここで自分の命を見捨てるわけにはいかない。サブレはため息交じりに「俺がお前を見捨てると思うのか?」っと言うと明楽は間髪入れず答えた。
「はい」
「じゃあ、作戦会議終了」
明楽の一言をもって作戦会議は終了し各自モビルスーツで作戦行動ポイントへと移動する。明楽だけが一人呆けているとソニアはとっても慈愛に満ちた表情で装備を搭載終えていたシムカスの方へと指先を向ける。三つのシールドを装備した姿はもはや重装甲兵と言っても違いは無い。元々ごっつい姿をしているシムカスはさらに大きくなっていった。
そんな中、三日月だけが明楽に対してまっすぐに視線を向けていた。
外へとモビルスーツが出ていくと空はすっかり雲が青空を隠していた。若干雨が降りそうな空模様であったが、シノは四つ足モードに移行しながら「火星で雨が降ってきたことは無いから大丈夫だろ」っと言ってのけた。
確かに今まで火星では雨が降ったことが無い。それは単純に雨が降るだけの環境状態が無かっただけの話である。しかし、今はそれがある。地中から沸き上がった水はちょっとした海になろうとしている。それがどういう状況なのかはサブレはよく分かっていた。
「もしかするともしかするかもな」
雨が降るという状況はむしろサブレからすればちょうどいい状況であった。雨はビーム攻撃を低減させる効果がある。通常ビームならあまり意味は無いが、拡散ビーム砲なら話は別になる。
外で待機してあったエデンに乗り込み、機体を持ち上げて直立体勢に移行すると、エデンの肩に何かが当った気がした。モニター越しに肩を確認するが、肩に何かが当たった気配がまるでない。サブレは不意に空を見つめると雨雲から一滴の雨が今度はエデンの額にあたった。
「ソニア。大急ぎで再調整を頼む。雨が降り始めてきた」
全員が空を眺めると空からは大粒の雨が降ってきていた。
迷路のように張り巡らせた戦場を一週間かけて攻略を進めていった結果あと一歩というところまで来ていた。
目の前の迷路は洞窟のようにこそなっていないものの、下手に壁などをぶち壊すように突き進むと周囲の壁が崩壊しモビルスーツを押しつぶしてしまうだろう。中の迷路を攻略していきながら地図をまとめていく。幸い中の迷路の構造が変わるような構造ではない。地図を確かめながら罠を確認していきながらの作業に予想以上の時間と労力を費やしていた。マークの一撃も迷路攻略まで取っておきたい。
外で待機してあるヴァルハラの格納庫内では作戦の最終確認をしている最中であった。
「―――――で、最後の扉までは分かっているんだよね?」
「はい。罠は変えてあるかもしれませんが、問題は無いと思います」
ビスケットの問いにサラが自然な形で答え、レオも同意するようにうなずいた。ビスケットは手元の資料に視線を落として内容を確認する。
「じゃあ最終確認。二手に分かれて罠を解除しつつ最後の扉まで接近、二か所から侵入の後施設の周辺防衛施設への攻撃。防衛施設攻撃をしている間に別動隊が施設内部への襲撃犯に分かれえることになる。サラと渉とジョシュアとマークは防衛施設攻撃班。レオ、ジャニーとノインは侵入班。で、OK?」
「「了解です」」
「サラ班は防衛施設前の最終扉をマークの一撃で破壊後そのまま施設前に戦闘開始、三十分後にレオ班が侵入する別同部隊と共に施設前の扉を解除して内部に侵入、別動隊が中の制圧を完了させるまで粘ってくれればいいから。以上、質問は?」
サラとレオは頷いて見せると全員はそのまま持ち場へと移動していく。
ビスケットは後方から指揮を執るためブリッジに上がろうとしていたが、ふと外が見える場所まで移動すると雨が降りそうになっているのに気が付いた。しかし、一滴の雨が窓ガラスにあたるとビスケットは驚きと共に声を出した。
「雨なんて降ったことないのに……念のために雨対策をしておいた方がいいかな?」
そう思い連絡機械のところまで移動すると、ビスケットはそのままゼム・ロックまで連絡を入れる。
メアリーの一言をもって作戦開始することになった。
「では……現時刻13:00をもって全部隊作戦開始とします……………5、4、3、2、1……0!作戦開始!!」
どうだったでしょうか?面白かったと言っていただけたら幸いです。次回では遂にあの人が………。
次回のタイトルは『暁の空の向こう側へⅡ《誇り高き子供達へ》』になります。お楽しみに!