酷い母親の元で育ったククナは父親を知らなかった。父親の事を知ったのは母親が亡くなってからの事である。
母親は夜の仕事をこなしており、木星圏ではそういう風俗業は珍しくなくむしろメインになりつつある仕事であった。
だからだろうククナの母親はそんな風俗業でも有名な方であり、そんな仕事の最中に作ったのがククナであった。
夜遅くに出て行って明け方に帰ってくる。仕事先で問題が起きればそのストレスのはけさきは娘のククナを殴る蹴るの暴行するのが母親の日課だった。そんな日常に異変が起きたのだとすればそれはククナの母親が亡くなったことだろう。
病死だった。
風俗業の汚れた仕事とコロニー内の汚れた空気での環境が母親の命を奪った。一人になってしまったククナを救い上げ助けてくれたのがクレアの母親である『フレア・フォン・フレイア』であった。
「大丈夫?あなたは一人?」
ボロボロの服、肌は乾燥しきっていて荒れている髪の毛。そんなククナからすれば目の前に居る綺麗な女性は考えられないような存在だった。
フレアの手にひかれて連れていかれたのはコロニーの中でも有数なホテルの一室だった。ホテルの窓からはコロニーの街並みが一望でき、お風呂は彼女では考えた事の無い大きさに様々な機能が付いていた。
フレアはまず彼女をお風呂にいれてやり、その後に事情を聴くことにした。
ククナは混乱しながら一生懸命説明し、フレアは決していい加減には聞くことなく彼女の言葉に丁寧に傾聴してた。
泣きつかれたククナはそのままフカフカのベットの上で眠りについた。
フレアがククナと初めて出会った時、フレアは後の皇帝になる人物から求婚を求められており、実際にクレアを身ごもっていた。その際に聞いたことがあった。昔、愛人との間に子供をもうけたことがあったが、目の前で眠っているククナであることはフレアには確信に似たものを感じていた。
実際眠っているククナの髪の毛を一本だけ拝借することは簡単だった。
「ごめんね」
そう謝罪の言葉をこっそりと告げ、DNAをその場で調べるのに時間はかからなかった。
結果は予想通りでククナはフレアは彼の娘であった。
この時のフレアには一つの確信と一つの迷いがあった。
「この子を放り出すことはできるけれどそれをしたくない。でも、きっと連れて行ってもあの人はこの子を顧みないだろう。今更自分の子供なんて言い方をしても」
故の迷いだった。
この子の幸せを考えたとき、いったいどちらの未来が彼女にとっての良き未来になるだろうか?それが彼女の迷いだった。
しかし、それを言い出したらそもそも自分の子の未来だってそうなのだと気が付く。
「あの人には危うさがある。いずれ世界を滅ぼすような危うさ。いえ、滅ぼすのではなく貶めるような危うさが……ある。出来る事ならこの子達には幸せな世界で暮らしてほしい」
そう思う一方でどうすればいいのかが分からないというのが彼女の本音でもあった。どの道がこの子たちにとっての幸せの道なのかが分からない。
しかし、実際のところで彼女を実の父親に合わせてあげる事しか今の自分にはできないのだとわかっていた。分かっていたからこそ迷ってしまう。
今自分が選んだ選択肢が本当に正しい選択肢だったのだろうかっと。
ククナが翌日に尋ねた場所は今まで見たことも無いような場所であった。通常のコロニーとは多少違い長さが四分の一程度に短い。しかし、そんな長さは必要ないのかもしれない。何せこのコロニーにある建物は一つしかなくそれ以外はただ広い庭が広がっており、芝生の手入れ具合を見ると定期的にされているのがよく分かる。
コロニーの中に入り案内された道を進んで唯一の建物の中に入ると大きなロビーが広がっており、一階だけでも六個のドアが付いている。正面には二階に上がるための階段を用意されており、階段を昇って二階まで進んで行くとそこからさらに登って三階まで進む。三階では一本道になっており、左右共に二つの部屋が用意されており、さらに奥には四階への階段が用意されており、そこでフレアとは別れてしまう。
不安な心を押し殺し、四階の階段を昇っていくと一番広い部屋へと出た。
いくつかの間隔で真っ白な柱があり、周囲の壁はほぼすべてガラス張りになっている。人口の光がガラスの奥から部屋全体をまぶしく差し込み、ククナは一瞬だけ目を細めてしまった。
階段とは反対側に横長の机が設置されており、簡素な造りをしているようで所々に金で装飾されているのがよく分かる。そして、その机で一人書類作業をしていて部屋に入ってきたククナのことなど知ったことではない、という風に一瞬だけ見てそのまま書類仕事へと戻っていく。
ククナはこの人が好きにはなれなかった。
実の娘かもしれない人をまるで気にも留めない姿、ぱっと見の年齢はおそらく4,50歳だろうという事はよく分かる。そんな高齢の男が自分の父親なのかもしれないと思うと正直嫌気がさしてくるのは事実で、しかし、ここで逆らえばまた当てのない生活をする羽目になるだろうという事はよく分かる。
お行儀よく首を垂れ両手でスカートの端を持ち上げる。しかし、そんな行動すら目には映らなかった。
「毎日勉強をしなさい。十六で研究所を継いでもらう」
それしか言わずまるであとは自由にしなと言わんばかりに興味を途端になくし、大柄の男を呼び出した。
「テラ。この子を部屋まで連れていけ。そして、お前にはこの子の教育係を命ずる」
テラは頭を下げてそのままククナと共に四階から出ていった。
ククナは大柄の男の後ろについていくなか男をじっと見ていた。大きな背を見ると何か格闘技でもしているのではないかっと思うほどに肩幅も大きい。スーツ越しにでも分かるほどに盛り上がった筋肉。背丈は自分の倍以上はあろうかというほどの大きさがある。
「すまないな。あの人はああいう性格なものでな。これからはこの部屋で過ごしてもらう」
そう言ってテラは三階にある右側の真ん中の部屋へと案内する。そのまま部屋の中に入るとその大きな部屋だけでかつての彼女の家以上あるのではないかと思うほどであった。
そのままテラは部屋の出入り口で反対側の部屋を指さす。
「こちらはフレア様の部屋になっております。フレア様の右側の部屋は父君の部屋になっております。
おそらく父親の部屋へと入ることは絶対にないだろう。それに引き換えフレアの部屋には今すぐにでも行きたいという想いをかなえることは無い。
テラはどこから出したのか分からないがタブレットを机の上に置く、タブレットの中にはこれからククナがするのであろう勉強の数々がアプリとして入っており、今まで見た事の無い内容にククナは目を点にしてしまう。
「毎日このタブレットで勉強をしてもらいます。毎日……これだけの内容をしてもらいます。基本は私が教えながらの内容ですので問題なく」
内容自体に身に覚えが無いククナにはどうしたらいいのかが分からない。実際勉強をしていてもまるで分かったことは無かった。
勉強を繰り返していると部屋の中に一人の女性が入ってきた。
「テラ。あなたの教え方がいけないのよ」
フレアはタブレットをのぞき込んでどこを勉強をしているのかとひとしきり確認していると数分後、フレアは少しだけ考えて解き方を教えてあげた。
ひとつひとつ丁寧に教えているとククナはすぐに理解できるようになり、みるみる内に勉強は進んで行った。
フレアの教え方はとても良くククナはみるみる覚えていく。ククナは勉強を好きになっていく。
「ククナ。勉強は面白い?」
「はい!」
力強い答えにフレアは微笑みながら答え楽しい勉強は一生続くと思っていた。しかし、フレアは四か月が経った頃には出産を目前に控えていた。
出産から五か月が経った頃からククナは毎日フレアに会いに行った。フレアのベットの隣には赤子が眠っておりククナは赤子の頬を指先つんつんつつく、赤子は少しだけくすぐったそうにしているとフレアは嬉しそうに微笑んでいる。
「ククナはクレアが大好き?」
「うん!」
ククナの笑顔を見ているとフレアまで嬉しそうに微笑んでいる。テラが部屋の中に入ってくるとククナを別の部屋に移動していく。ククナはその理由をすぐに理解した。
部屋の中に父親が入ってくるとクレアには目もむけずフレアに語り掛けながら近づいていく。
ククナは父親が嫌いだった。自分を見てはくれない、見るのは愛しているフレアのみ。
ククナは表情を暗くさせている。
(私はあの人が………嫌いだ)
一年後にフレアは出産後の体力低下が原因で命を落とすことになった。元々体力が高い人ではなかったのが原因の一つだったのだろう。
ククナはフレアの跡を継ぐ形で研究部署を継ぐことになった。ククナは悲しみに打ちひしがれながらある研究をしている最中にある事に気が付いた。
「この研究何の役に立つの?遺伝子開発?このペペロという男は何のために呼んだの?薬品関連とか………何をしているの?」
ククナは疑問を払しょくする為にテラの仕事部屋へと急いだ。ある書類を捜し出す計画を立てることになった。
テラの仕事部屋へは一本道になっており警備要員が四人で警備している。ここを見られないように行くのは絶対に無理だ。だからこそクレアはあえて堂々と道を進んで行くと決めた。
警備員の男性はお辞儀をしながら警備へと戻っていく。ドアが無い廊下をひたすら進んで行くと一番端にその部屋は存在する。金属製のスライド式のドアの前に立つと自動でドアがゆっくりと開いていく。
ククナは特に緊張を表に見せないようにと真剣な表情で部屋へと入っていくと室内には誰もおらずククナはふと室内を軽く見回してからパソコンのデータを物色し始める。様々な研究データが入っていたが、その中で人一倍目を引いた項目が存在した。
「何……『人の魂の研究』?……本計画のかなめはフレア様をよみがえらせることであり、その為の人柱はクレア様を使用するものとする………何よこれ……お母様をよみがえらせる?そんなことの為に……妹を利用しようというの?」
フレアにもう一度会えるのならそれは確かにうれしい、しかし、その為に妹を犠牲にしたいわけでは無い。フレアが亡くなって以降父親はクレアに会わせてくれなくなった。それでも、妹を大事にしている気持ちは変わらない。あの人の言いなりにするつもりは無い。
それを決めたのはテイワズが行方をくらます少し前の事だった。
妹を逃がす算段を発てたわけじゃなく、必然とそのチャンスはやってきた。
アインと行動を共にしていると必然的にある事に気が付いてしまった。
アカシックレコード。覚醒者。選別者。それらを利用した計画の内容をアインから聞いたときからそれがろくな結果を生まないだろうことは気が付いていた。
同時期、クレアが家から出ていきゲイナー一派の協力を得る形で逃げていった。ククナにはクレアが逃げていくことが目に見えて分かっていた。実際三日月が連れていくところを見ている。そんな中、ククナは微笑んで見送ることになった。
「元気でねクレア。あなたは私の事を嫌っているだろうけれど。私はあなたの事を愛しているわ」
窓の外からクレアがシャトルに乗っていく姿を見送りながらククナは自らの計画書に目を通す。それはアインを騙す計画に等しい。それでもかまわない。この世界が守る価値が無い者なら私は完全に破壊してやる。
それがククナの覚悟であった。
クレアの為に世界すら敵に回して見せる。クレアを守れない世界なんて存在する意味すらない。それがクレアを姉妹として愛し、アインを異性として愛したククナの覚悟でもある。今更引き返すことすら許されない。
(義母さん、どうか罪深い義娘を許してください)
祈る相手は既にここに居ない。
今からすべてが敵で誰も味方がいない。そんな中、アインの話を聞いたとき背筋が凍る思いをすることになる。地球に居るクレアがアカシックレコードの計画の中心人物かもしれない人物と行動をしているという話であった。
居ても立っても居られない思いにかられ焦ってモビルアーマーを持ち出してしまったが、結果から見ればクレアを預かっている彼を知るいい機会でもあった。
実際に地球に降りて彼を目の前で確認することが出来た。
危うさこそまだあったが、もしかしたら彼ならばという想いもあった。
ゲイナーを探すという嘘をはらんですらここまで来たかいがある。
(彼ならもしかしたらアカシックレコードの計画すら超える何かを見付けられるかもしれない。それが二千万年に及んでの『何か』なのかもしれない。彼ならば……)
ククナは内心不安こそあれど、それ以上の安心感が生まれた。
(これで後悔は無くなった………私は……悪は………この身で背負う)
ククナは突き進む。
闇を抱えて、悪は背負う為にあるのだから。
彼と出会ったみんなが思う事を彼女も思う。
(彼なら………彼ならきっと)
どうだったでしょうか?面白かったと言っていただけたら幸いです。ククナが何を考えているかはゆくゆく分かっていくと思います。次で断章Ⅱも終わりです。
次回のタイトルは『俺達はあの日から変わらない』になります。お楽しみに!