3
生まれ持った力が彼女を迫害したのなら、誰が悪かったというのだろうか?
世界?社会?それとも人々なのだろうか?
世界で初めて覚醒した女性『アイス』は鏡のような水辺で一人佇みながら物思いにふけっていた。
彼女にはここまでの流れが分かっていた。分かっていてこの道を歩くことを決めたのだ。
あの日、自分の―――――世界の未来が分かってしまった。
変わることを恐れ、進むことで立場を追われることを慄き、地球という星の重力が人々の魂を縛り付ける。そんな考え方が人々を滅ぼすだろうという事は分かってしまった。
一人の男の魂が人々を抗争に駆り立て、滅ぼす過程がいくつも見えてきて、億に及ぶ未来の中からたった一つだけが人々が生存できる未来だった。自分の生まれ変わりである『サブレ・グリフォン』を作る未来。
最も多くの人を殺し、最も犠牲を作り続ける未来。それしかアイスには選べなかった。
ここで彼に一時的に合う事も未来を選ぶうえでどうしても必要な事だった。
サブレがアカシック・レコードに会う事が重要で、その先でサブレは自分に課せられた運命を知ることになる。
アイスは悲しみに表情を曇らせる。
「どうして……こんな事になったのかな」
昔は楽しかった。
誰もがそう言いながら、思考し、計画を練って、裏切るのだ。大人になればみんな気づく、あの頃に戻れたらっと。
純粋なままで、みんなの中で楽しくいられたら。
「私はみんなと一緒に居られたら……それでよかったのに」
アイスはもう一度サブレに会う事を願い、ただ祈ることしかできなかった。
4
目の前に存在する大型球体を果たして『アカシック・レコード』と呼んでもいいのだろうかと、ここに居る誰もが思うかもしれない。たった一人を除いては。
サブレ・グリフォンだけがこれこそが『アカシック・レコード』なのだと確信に似た何かを覚えていた。白銀でできていると言っても過言ではない、と思うぐらいに白く輝いている。
ハンマーヘッドとヴァルハラが入る為の大きな穴が出来ており、サブレ用にもう一つ小さな穴が開き、エデンは小さな穴の奥へと進んで行く。
金属だという事しか分からないような壁には、奇妙な模様が浮かび上がっていく。エデンがそっと壁に触れると、壁を通じて何か奇妙な感覚を伝えてくれる。
「生きてる。この金属は生きてる」
ドクンという生命の鼓動ともゆうべき何かを脳波と皮膚感覚が伝え、とっさの事でサブレはエデンの手を金属から離す。
この金属は生きているが、思考は感じない。
感じるのは……知識だった。この金属が保存しているのは知識であり記憶なんだと分かる。その瞬間にはこの金属一つ一つがアカシック・レコードと言うべき存在なのだと、そして、そのコアというべきものは中心にある。サブレはゆっくりと確実に進む中、最後の扉を見付けた。
今まで扉らしい扉などありはしなかった。という事はここはそれだけ特別な空間なんだという事を意味している。
サブレが扉の前に辿り着くと、無音のまま扉が開いていき、サブしい空間の中に二機のモビルスーツが鎮座していた。
ユニコーンガンダム一号機。ユニコーンガンダム三号機『フェネクス』の二機が鎮座しており、まるで意思を垣間見れるような威圧感を感じ取った。
「このガンダムは生きているのか?」
『サイコフレームが微弱な反応を示しています。しかし、これを意識と呼ぶかは不明。心の残心のような存在かもしれません』
サルガがそういう風に告げることをサブレはそれとなく聞いていた。
『先ほどの金属同様微弱な反応を示しているだけです。強くない。意識と呼ぶには小さすぎます。おそらくアカシック・レコードの本体が通信で操るためのシステムが金属の一部に仕組まれているだけでしょう』
「要するに魂のような物は存在しないという事か?」
『ええ。あくまでも、知識のような何かがあるだけです。それをアカシック・レコードが操っているのでしょう』
エデンを一番奥に鎮座させると、奥に穴が歪みと共に姿を現した。ここまで来ると驚きはない。コックピットから出ていき、最低限の事をサルガに任せてしまうと、サブレはそのまま一本道を進んで行く。
大きな空間に辿り着くのに時間はかからなかった。
空間の上部に大きな球体が光り輝いており、それがアカシック・レコードのコアとでも呼ぶべき存在だと認識できた。すると、サブレと遅れてビスケット達が姿を現した。
「サブレ!よかった別に入ってきたからどうしているかと」
そういいながらビスケットが近づいてくると、後ろからアジーが近づいてくる。ビスケットがアジーとサブレの間に立って双方の挨拶の仲立ちになってくれた。
「こちらがアジー・グルミンさん。そして、こっちが弟のサブレ・グリフォンです」
サブレとアジーは握手を交わしながら朗らかな雰囲気が続く。
「サブレ・グリフォンです。昔、兄がお世話になりました」
後ろの方からサブレの丁寧な言葉を後ろで冷やかす明楽達、それに対してサブレが背中の方に向けて殺意を放つ。明楽達にはその殺意が鬼にすら見えた。
「アジー・グルミン。さっきはありがとう」
握手を終えるとコアがさらに強い光を放ち始める。すると、どこからとなくPN01が姿を現した。
「友好を温めるのも構わないが、本題に入らせてもらう」
その声を聴いたアジーとエコーとシノは驚きと共慄き、後ずさりしたくなる気持ちを押さえながらPN01の方を強めに見つめる。
「君たちが驚くのも無理はない。私の人格と音声データや記憶は『オルガ・イツカ』からきている」
サブレとビスケットは既に慣れてしまっていた。サブレの視線はコアの方から離さないでいると、コアから音声が響き渡る。
『その辺にしておきなさい。PN01彼らが驚きのあまり話を聞く体制になっていませんよ』
その声は女性とも男性の世にも聞こえ、少年のようであり、同時に老人のようにも聞こえる。そんな不思議な声が全員の意識を無理矢理にでも中心のコアは赤やら青やら様々な色を連続で放ちながら会話を続けてきた。
『では、初めまして。私がアカシック・レコードの本体コアの思考データです。皆さんにこれまであったことをきちんと説明しましょう。それがここに居る人に私達の事を知ってもらうたった一つの手段でしょう』
アイスは目の前にある画面を不思議な表情で眺めていると、後ろから金髪の青年が話しかけてきた。
「どうかな?こいつには思考データがコアユニットとして納められていて、後は記憶媒体さえあれば永遠に記録し続けることが出来るんだ」
「でも、マイク。こんなの必要なのかな?」
マイクと呼ばれた青年は胸を強く張り、当然だと言わんばかりに答えた。
「当然だよ。だって、これから人類は広大な宇宙に進出していくだよ。記録だけじゃない、外宇宙をよく知っていくことが広大な宇宙で過ごすうえでは避けられないよ。何も知らないで進出するより絶対良いに決まっているよ!」
「それは分かるけど……今の人類にそれ以上の事を期待するのは」
アイスは不安だった。
彼の強い期待がいずれ絶望に変わってしまうのではないか、そんな不安がアイスの予想通りになるとはこの時は思わなかった。
そんなある日、テレビの前で起きた『ラプラス事件』の騒動を見たとき、アイスは多くの人の魂を感じ取ってしまった。同時に、強制的な進化はアイスに真のアカシック・レコードへとたどり着かせた。
その先に待つ絶望的な未来とたった一つしか存在しない希望の未来、希望の未来への最悪の道のりが見えた瞬間自分の隣に立つマイクの素顔が見えた。
マイクが世界を滅ぼす。どうしようもない不安に彼女はいてもたってもいられなくなった。
実際、アイスの予想はあたり、マイクとアイスは地球連邦軍によって追われる身になってしまう。原因は二人が造った『アカシック・レコード』だった。
マイクはアカシック・レコードを出立させることを選び、アイスは従うふりをしてひそかにアカシック・レコードにいくつかの命令を下した。
『今後アカシック・レコードは人類への過度な接触は避ける事。人類の進化の経過を見届ける事。アカシック・レコード本体はすぐに外宇宙へと旅立ち、記憶媒体などの強化を行う事、外宇宙の情報を集める事。通称『選別者』を探し出す事。人類の行く末を最後まで見届ける事』
しかし、出立する直前で問題が起きてしまう。出立するべき場所に地球連邦軍に見つかってしまう。ここまではアイスは分かっていた。
「ここなんだ。ここで私が先に死ぬ必要がある。ここでの死は避けられない。彼と一緒に死ぬか後に死ぬ場合はマイクの暴挙を止める手だけ手が亡くなる。それは避けなくちゃ」
そうつぶやきながら逃げるアイス達は予想した大広間で連邦軍に追いつかれてしまう。
アイスは足を止めて振り返る。
「マイクは先に行って」
「何を言っているんだ!一緒に逃げよう」
「逃げきれないわ。あなただけでも逃げて」
そう言って彼女はマイクとの間に壁を作ってしまう。マイクは壁の向こう側に残してしまったアイスに叫び声をあげる。
「アイス!アイス―――――!」
多数の銃声が響き渡り、数秒後には静まり返った。
マイクは憎悪の表情で駆け出していく、アカシック・レコードの出立の入力したところでついに追いつかれてしまい、左足を撃ち抜かれた。しかし、彼は素早くアカシック・レコードの出立させたのを確認すると、彼は鬼のような形相で連邦軍の軍人に襲い掛かった。
迫りくる軍人たちを返り討ちにしていくうちに彼は軍人の血と自分の傷から流れる血で真っ赤に染まっていた。最後の力で銃撃で傷だらけのまま亡くなっていたアイスの元へとたどり着く。
アイスの右頬を撫でながらマイクはその場で力尽きた。
すると、増援がたどり着き銃口を死にかけのマイクの方へと向けた。憎悪の表情を向けながら呪詛の言葉を吐き出した。
「覚えていろ………何度だってお前たちの前に復活して、必ずお前たちの繁栄の邪魔をしてやる。人間を完全な意味で滅ぼすまで。なんどでも、なんどでも………何度でも!!」
それが彼の最後の言葉だった。
『それが私が記録している限りマイクの最後の言葉でした。彼はその言葉通り、何度でも体に乗り移りながら争いを引き起こし、なんでも人類の前に立ちふさがりました』
アカシック・レコードの言葉に何人かが頭の片隅に引っかかる。それが何なのかがよく分からなかったが、それがマハラジャの家で見かけた絵本だったことに気が付いた。
「そういえば、マハラジャさんの家で見かけた絵本がそんな内容じゃないかったですか?」
サラの言葉に何人かが同意したところでPN01が口を挟んできた。
「それは私がサブレ・グリフォンとその関係者に密かに流していたメッセージだ。基本は二人のたどった道のりを絵本にしやすいようにアレンジしている」
「要するに、お前は始めっからここまでの道のりを決めていたのか?」
『あくまでも、私はあなた達の出現を待っていただけです。今思えば、アイスは私達が選別者を探すことがあなたの出現を促すことにつながるとわかっていたのですね』
アカシック・レコードは神妙な声を放ちながらサブレの方に意識を向ける。アカシック・レコードは自らの役目の一つを果たすための問いを口にする。
『サブレ・グリフォン。あなたの答えを聞きましょうか。あなたはこの人類の為に何を選びますか?あなたは人類全員を進化させるための『種』を持っています。しかし、今のままではその種は開くことは無いでしょう。すべてはあなたの選択にかかっているのです』
ビスケットは怒りと不安を交えたような表情で一歩前に出る。
「それは!それはあんまりです。サブレに人類の総意を背負わせて、全ての喜びと哀、怒りと楽しさを全部背負わせるなんて……」
アトラがふとビスケットの右腕をつかんで首を横に振る。アトラにも、みんなにもビスケットの気持ちよく分かる。一人の人間に背負わせるにはあまりにも重い選択肢、人の憎悪や喜びなどのすべてを背負ってもらう。たとえ、それが分からなくても、本人は一生罪悪感を抱えながら生きていかなくてはいけない。
でも、それを止めることは誰にもできない。
ここに辿り着いた時点で、全員が覚悟しなくてはいけないのだから。
サブレの目の前に二つに分かれた道が現れる。それが、何を意味しているのか誰にも分からない。
アカシック・レコードの語る真実の先でサブレ・グリフォンは選ぶことになる。
それは人類にとって『最悪』の選択肢か、『最良』の選択肢になるかは誰にも分からない。
どうだったでしょうか?楽しかったと言っていただけたら幸いです。次回ではいよいよサブレが重要な選択肢を選ぶことになります。お楽しみに!
次回のタイトルは『アカシックレコードⅣ《この暖かさこそが命》』になります!お楽しみに!