5
目の前には二つの選択肢が存在するらしい。らしいというのも俺サブレ・グリフォンはその二つの選択肢にまるで納得ができていないからだ。これは見れば誰だって分かるだろう。
一つは、人で在り続けながら滅亡と繁栄を続けていき、前へと進まず今日という日で固定する道。
もう一つは、人で在ることを捨て進化することで未来へと進む道。人外へと落ちてしまう道。
一体どちらが正しいのかは誰にも分からない。そもそも、この問いに対する正しい答えなんてものは多分存在しないのだろう。
だって、人が一人一人が決めていくことなのだろうから。しかし、その個人に任せていたら、人間はいつまでたっても前にすすもうとしないだろう。
人は前へ進むことを恐れるようになった。
繁栄を極めたときから、人間は進むことへの不安感が生まれていった。
変わっていくことを、進むことでむしろ自分達の立場を貶められるのではないかという考えが、人の進化を、人の進むべき道を閉ざした。それもある意味たった一つの道なのだろう。認めたくはないが………。
しかし、それは現状維持にすらならない道なのだろう。
この宇宙は広大で、この宇宙は無限なんだという事を人間は知らない。
でも、俺は知ってしまったんだ。
始まりと終わりが交わるあの綺麗な場所で彼女に出会った。『真のアカシック・レコード』が写すどこまでも寂しくきれいな世界。あれは世界の中心であり、知性と生命を持つ人間が初めて到達した世界は人間に世界の破滅を教えてくれた。
優しくて、どこまでも幅広い世界はあまりにも………無限だった。無限という事は自由という事だ。
あの世界を知ってしまったら、今自分がいる場所は寂しく閉ざされた世界だと思えてしまう。
寂しいという気持ちがいつでも心のどこかに引っ掛かる。
でも、そこから帰るときに見てしまった世界、そこは多くの人の魂が蠢き苦しんでいく、どこまでも進むことが出来ず、どこまでも戻ることもできない世界。
あんな世界で閉じ込められるのなら、そう考えてしまう。
いや、きっとそんな言葉ですら俺の本心ではない。
俺は、オルガやサイガ、クレア、レレ、アスナ達と出会い、絆を深めてきたこの世界が閉ざされた、前にすすむこともできない世界なんて俺は認めたくないのだろう。
彼らだけじゃない。兄さんや明楽やテム達とすら出会ってきた。
不安や絶望すらきっといい思い出に変わっていくのだろう。
そうか、そこまで考えてようやく気付く。人と人とのつながりが絆であり、絆が集まって希望になっていくのだろう。
『その通りですよ』とエデンが目の前に現れたような気がした。真っ暗な空間で、目の前にエデンが鎮座しながら姿を現す。『私《サルガ》の人格はあなたの記憶とエデンの戦闘データを元に作られています。だからこそ言える事ですよ。あなたは決して間違えていない』
そこまで言われてしまうと心痒いものを感じてしまう。少しだけ笑ってしまいながら頬を気まずそうに掻く、しかし、そんな俺の心を読んだような言葉が今度は後ろからかけられた。
「胸を張れよ。お前がやってきたことは今につながっていくんだよ。無駄何て一つも無いんだぞ」
オルガが急に声をかけてくるから驚きながら振り返る。すると、微笑みながらオルガは「お前が俺の魂を受け止めてくれたんだろ?お前の中からずっと見てたんだお前は無意識の中で多くの人の心を受け止め、今もため込んでいる」っと言ってくれる。
すると、左隣からサイガが現れて声をかけてくる。
「そんなお前だからこそお前に託せるんだぜ。みんな同じさ」
今度は遠くから意思だけが俺の心に届く。
「私はそんなあなたがいたから前に進めたんですよ」っとレレが、今度はアスナが「だからこそ前を向くあなたであってください」っと言ってくれる。
生きている者、死んでいる者。みんな同じ意思を持っていて、自らの道がある。俺はそれを尊重したい。
『あなたは間違っていなかった。迷い、その度悩みながら進んで行く』
そうか、それが生きるという事なのか?
痛みを受け止めながら進んで行く。その痛みは多くの人とかかわっていく中で癒されていくのだろう。
幼いころいつだって兄がいた。兄が遠くに行ってしまった後も俺には多くの人がいた。
一人でいるつもりで、いつの間にか俺の周りには多くの人が集まっていたんだ。
多くの人が集まってきて俺の名前を呼んでいく。
「「「サブレ」」」
失う恐怖を俺は知っている。
その分、手に入れる喜びも俺は知っているんだ。
「繋がっていくことが俺の力なんだ。人は一人では生きていけないから」
『その通りです。支え合い、時にお互いの意思をぶつけ合いながら前にすすむ。それが人の意思なのだと私は思います』
「時に迷い」とオルガ、「時に足を止めそうになり」とサイガ、「人に厳しく」とレレ、「人にやさしく」とアスナ。
「この心の絆こそが人の強さであり、心の暖かこそが命という事なんだ」
間違っていなかった。俺が歩んできた道は何も間違っていなかった。時に道を間違えそうになっても多くの支えで俺はここまで来れたんだ。多くの人に支えられ、共に歩いてきたこの道が間違いであるはずがない。
俺が行きたい道が間違いなら誰かが何かを言うだろう。
俺の道は決まった。支えられながら前にすすむ選んだ道を進む。
ゆっくりと目を開ける。
たとえ俺は迷ってもこの気持ちだけは忘れないようにしよう。この心の暖かこそが命という事で人間の力なのだろうから。
6
サブレが目を瞑ってから五分ほどが経過していた。悩みながら選ぶ選択肢をビスケット達は待つことしかできなかった。どんな結論が待っていたとしても、きっとサブレならと思う一方でそれをサブレと共に支えたいと願う。
ゆっくり目を開くサブレの表情は人一倍力強い目をしていた。
二つある道、右は人として閉ざされた世界。左は人を捨て人外に落ちる世界。
すると、二つの道にそれぞれ見たことも無い人達が立っていた。
「君はどちらを選ぶ?」
死んだ人たちですら待っているのだろう。サブレの選ぶ選択を。
サブレは分かれ道まで歩き一旦止まると息を吸って吐き出す。そして、道なき真ん中を進んで行く。迷いなく進み行きつく先でサブレは振り返る。すると、そこには迷いを振り切り男前の表情をしているサブレ・グリフォンがいた。
「俺は人で在り続け、進化し続ける道を進む」
死んだ者達が揃えて口を開く。
『君は最も過酷な道を選ぶんだね。どっちでもない。一生人は争いからは逃げられず、かといって逃げること知ら出来ない。前に進む分だけ苦しむ道を』
「ああ、決めた。確かに進む分だけ苦しいかもしれない。でも、多くの人と関わって絆を紡いでいくことが希望なんだって今なら分かるんだ。支え合い、時に迷いながら進んで行く。人々の繋がりの暖かこそが人間の力だと思うから」
ビスケットはサブレの表情をジッと見つめながら、サブレが選んだ道がきっと多くの人と関わったからこそできた道なんだろうと確信する。
ビスケットだけではない。
多くの人との関わり、時に戦いながら歩いてきた道がサブレに力を貸したのだと確信できた。
(そうか、敵だった人ですらサブレにとっては大切な関わりなんだ)
サブレはふと上を眺めながら「これが俺の選んだ道だ」っと伝えると、アカシック・レコードは「やはりこうなりましたか」っとまるでこうなることを予感させていたような声だった。
「彼女はこうなるかもしれないことを予感していたのかもしれませんね。いや、この道だけが人類が生き残る唯一の道なのかもしれません」
「彼女がどうしたいかは俺は分からないけれど、多分、苦しみながら選んだんだと思う。いや、この道しかないと苦しみながら押し付けるしかできなかったんだと思う。だからこそ、俺は彼女の覚悟を無視することはできない」
サブレの力強い言葉に多くの人がその場で覚悟を固めようとしていた。すると、サブレはアジー達の方を見ると真剣なトーンで語り掛けてきた。
「もしかして、あなた達がここに居る理由とククナ達が撤退した理由はあなた達がかかわっているんじゃないですか?正確にはテイワズが」
その言葉にアジーは気まずそうに顔を背ける事しかできなかった。しかし、サブレは容赦なく続ける。
「あの場での撤退にはおかしさがあった。多少強引に突っ込んでいけばいいものを、アイン達はあそこで撤退した。それは、何か変化が起きたからだ。木星で。木星と言えばテイワズだ」
サブレのまっすぐな瞳がアジーの心に突き刺さる。騙しているわけでは無い。ただ、そうするしかできなかった。
「マクマードさんはあんた達をこの場所まで安全に送り届けつつ、テイワズとして責任を取るつもりなのさ」
「テイワズとしての責任?」
ビスケットには何の話なのかが分からなかった。まるで、サブレとアジー達だけが理解しているような会話だけが場を満たす。
「マクマードさんは木星帝国を造ってしまった責任をこの数年抱えているようだった。そもそも、木星帝国は木星独立運動が根底にある。どの惑星にもある独立運動の気運が高まっていた。そもそも、ギャラルホルンの統治体制もその限界があったからね。遠くの惑星には届かないのさ。そう言った環境下でも最低限の統治は行われてきた。しかし、その反面反対運動は過激さを増していく。そんな中でマクマードさんはテイワズを立ち上げた」
アジーの表情をどのように表現すればいいのだろうか。アジー自身はその頃を知らない。だが、懐かしさのような、それでいて遠い場所を見るような目が表情を複雑に変えていく。その表情を読むのは難しい。
「ジャスレイが木星帝国の皇帝に密かに繋がっていることはマクマードさんは知っていたようだし、まさかその結果ダーリンが死ぬなんて結果は予想してなかったようだけど。だからこそ、ジャスレイを見捨てるという行為は木星帝国への明確な反逆行為だとに認識はしていた」
そこまで分かっていながらマクマードにはテイワズという組織を維持する最適な方法で、同時に鉄華団という組織の支援を出来る方法だった。
その結果がテイワズ滅亡という結果ではあまりにもむなしい。
報われない。
「マクマードさんはあんた達を送り出し、そして、木星帝国本拠地にある要塞『グノーシス』とコロニーレーザーの破壊を目的に動いているところさ。最悪でもコロニーレーザーだけでも破壊するつもりみたいだね。それに元鉄華団のメンバーも加わることになっている」
その元鉄華団のメンバーの中にヤマギがいる事だけは誰にでも分かることだったからだ。シノの目が強く開き、動揺が見えてくる。
「なんでだよ!?なんであいつが!?」
「落ち着いてシノ」
ビスケットがシノをなだめようとするとアジーは視線をシノへと向けた。
「ヤマギ君はあんたが生きているって知らないのさ。だからこそついてきたんだと思うけど」
アジーは確実なことは言えなかった。だって、自分でもどうして彼らを連れてこなければならないのか分からなかった。
それに対してPN01が代わりに答えた。
「鉄華団は破壊工作などを実際にしたことがあるからな。そういう経験があるのと、少しでも戦力が多い方がいいという結果だろう。もちろん、最悪の結果は彼等だけでも逃がそうと考えるだろうが……成功確率は限りなく低いだろうな」
PN01の言葉に焦りを募らせるシノに変わってサブレが駆け出していった。
「どこに行くんだ?」っとPN01が声をかけるとサブレはまるでそれが当たり前化のように答えた。
「救える命を見捨てたら俺じゃなくなる。目の前に救える命があるのなら俺は救いたい。それで罵倒されようが構わない。俺は目の前の命を救いたい」
PN01は声を失い止める間もなくサブレは進んで行く。シノも素早く反応する様に、ほかのみんなも急いで出ていく。ビスケットも最後についていこうとしたとき、PN01のまるでオルガみたいな声に足を完全に止めた。
「ビスケット・グリフォン。君へのオルガへの言葉がある。これを君が聞く意味はない。その言葉に既に意味は無いし、言ってしまえばオルガ・イツカからのどうしてもあの日言いたかった一言だ。あの日、君と別れてしまった。島で言えなかった一言」
ビスケットはその一言を聞きたかったのかもしれない。足を止めPN01の方を見つめる。
「ビスケット………やめないでくれ。これからも俺の隣に居てほしい」
「っ!………ああぁ…………!」
あの日、言いたかった言葉、伝えられなかった言葉を今聞いた。それもまた、今更である。でも、だとしたらビスケットは自分も言うべきだと思った。
「オルガ。俺……やめないよ。ずっと……………グス………一緒だ」
それだけ言ってビスケットは駆け出していった。
もう、自分達が交わることは無いのだから。
涙を拭き、選んだ道の先をひたすら進んで行く。
種は手に入れた。後は、それは蒔くだけだった。
ヴァルハラが出力を上げながらエデンを収納していく。目指すべき道は木星にある要塞『グノーシス』。
ヴァルハラが姿を消す数十分後にアステロイドベルトへと突入したEDMの主力隊とイサリビ改をアカシック・レコードは確認した。
「しかし、この戦い。少々不利かもしれませんね。仕方ありません。一回木星帝国に力を貸していますからね。いざとなったら彼らを救出するぐらいはするべきかもしれませんね」
アカシック・レコードは不思議な光を全身から放ちながら準備に入っていた。
両勢力がぶつかる瞬間が直ぐそこまで迫ろうとしていた。
アカシックレコードからグノーシス宙域までは最大速度で二時間ほど。そんな中、テイワズの本拠地である歳星はグノーシスへと接触していた。
《アカシックレコード編終わり 君を想う編開始》
どうだったでしょうか面白かったと言っていただけたら幸いです。次回からは木星帝国の要塞やコロニーレーザーをめぐってテイワズと木星帝国が会談を持つことになります。
次回のタイトルは『君を想うⅠ《木星会談》』になります。お楽しみに!