夕暁のユウ   作:早起き三文

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第59話 戦慄の紅きブルー

 

 バ、ツァ……!!

 

「どう出る、かな?」

 

 キッチマンの乗るFAZZは軽く火花を放ちつつも、健在ではある。

 

「もうひと踏ん張りはしてぇがね……」

 

 軽い損傷を受けているキッチマン機の隣で呻くヤザンのラーク・シャサも、損害自体は少ない。

 

「気にいらねぇほど、柔軟な考えが出来る奴が乗っているようだな」

 

「まさか、ミィバ・ザムが向こうから強襲をしかけてくるとは……」

 

「俺達はうかつだったよ、キッチマン中佐」

 

 そのヤザンが絞り出す、心の底から悔しそうな声に同調するかのように、キッチマンの口からも歯が軋む音が掠れた。

 

「メガ・バズーカランチャーに向けられたファンネル達へ、あと少しでも早く迎撃のミサイルを放てれば……」

 

「済んだことよりも、これからだよ、これから」

 

「解っている、ヤザン」

 

 とは言いつつも、虎の子の大出力ランチャーを全滅させれた彼らには、他にミィバ・ザムへ有効打を与えられる戦法も、兵器も限られている。

 

「俺達のモビルスーツの頭数だけは、悲観すべきではないが、な」

 

「ミノスフキー粒子をここまでばら撒かれたら、疑似ニュータイプ波通信すら遮断をされてしまう」

 

 キッチマンのその言葉に、忌々しげにヤザンが攻撃型可変モビルスーツ「ハンブラビ」の後継機であるラーク・シャサのコクピット内で軽く舌を打つ。

 

「俺の部下共も、独自の判断が出来る事は出来るんだが……」

 

 モビルスーツがバラバラに攻めても、このミィバ・ザムに限らず、超巨大機を落とせない。その事は一年戦争時から今までの連邦軍戦術教本、それには必ずと言って良いほど記載をされている。

 

「モビルが付いてもシップ、ミノスフキーの常時散布が出来るか、ミィバ・ザム」

 

 モビル・シップ、旧ジオンの急造兵器である「オッゴ」の機動母艦を参考として造られたと言われている超巨大モビルアーマー、それの無謀とも言える単機突撃により、戦列が完全に崩壊をしてしまった事がキッチマンには悔しくてならないのだ。

 

「ミィバの二十分戦闘の後のインターバル、よくよく気に障る……」

 

「良いじゃないですかい、中佐殿?」

 

「いっそ、昔のビグ・ザムみたいにそのまま止まってくれればいいものを」

 

 多数の核融合炉と疑似ニュータイプ波発生器の熱による弊害、それがキッチマン達にミィバ・ザムの単機突撃の想像を出来なかった理由の一つである。

 

「馬鹿連中が!!」

 

「何だ、中佐!?」

 

 離れた場所へ散っていた攻撃隊の一部が、活動を停止しているミィバ・ザムへ攻撃を仕掛けたのに対し、キッチマンが呆れた声を出した。

 

 ジュフォ……

 

 その高機動機バイアランのビーム砲は全てミィバ・ザムのビームバリアーに防がれ、お返しとばかりにそのモビル・シップに搭載をされた随伴機から光の尾が引く。

 

「止まっているデカブツ相手だから、気持ちは解るが、よ」

 

 ネオ・ジオン製の疑似ニュータイプ波器を搭載されたゲー・マルクの機体から疾るファンネルの狙いは正確だ。高機動を誇る数機のバイアランがサイコミュ兵器のビームに貫かれる。

 

「ジリ貧にもなりかねない、解ってはいるさ」

 

 遠く、ピナクル方面から見えるネオ・ジオンの増援隊が放つ機体の噴出光の帯へ視線を向けながら、ヤザンがドリンク・チューブへとその手を伸ばした。

 

「FAZZのハイパー・メガ・カノンであれば、バリアーであるIフィールドは遠距離でも撃ち抜けるが」

 

「減衰をしたカノンのビームでは、今度はミィバ・ザムの装甲を炙るだけに終わるか……」

 

 正直、ドリンクよりも今のヤザンにとってはタバコが吸いたい気分である。自分の口に合わなかったが為に置いてきてしまった噛みタバコの事を彼は悔やむ。

 

「俺達の増援自体も、まもなくやって来てくれる」

 

「とは言え、所詮パチンコみたいなビームやバズーカの機体では、アイツを撃ち抜けねえ……」

 

 ギァフ……

 

 不気味なノイズが、その宙域へ存在をする全ての機体の内部無線機から鳴り響く。

 

「なめやがって、ミィバ・ザム……」

 

「なめられても仕方がねえよ、キッチマン中佐殿」

 

 静かに、ミィバ・ザムの巨体が身動ぎを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「増援の奴等の戦力に期待をかけつつ、再度接近を行う」

 

 やはり、今の連邦派軍勢の状態ではどう考えても、FAZZの大出力ビーム砲をミィバの至近まで迫らせて放つしか勝機はない。

 

「時間もなく、ここで引いたらピナクルを止める事は出来ない」

 

「了解」

 

「すまない、爺さま……」

 

「仕事だろ、隊長殿」

 

 若い部隊長が乗るFAZZからの命令に頷きながらも、ティターンズの老兵は少し前に知り合ったばかりの少年、ネオ・ジオンの少年兵をやっていた捕虜の顔を思い出す。

 

(小僧、達者でな……)

 

 だが、その達者の祈りが届かなかったのが老兵の家族の死と言う現実だ。

 

「所詮、この世に神様が」

 

 そう、神様。ネオ・ジオンの総帥であるシャア・アズナブルを現人神として、そのような目で見ているスペースノイド達の心理。それはアースノイドである彼には全く理解が出来ない。

 

「宇宙人共が言うニュータイプが俺達の神様になってくれないとしても」

 

 ミィバ・ザムへの加勢の為に迫ってくる、遠くのピナクルからのネオ・ジオン増援隊が放つ微かな光をじっと見つめながら、それでも彼は自分の胸に十字を切り、神が思わしき場所、鋭い光を放つ太陽へと視線を向ける。

 

「どこかに、救世主の騎士様でもいないもんかねぇ……」

 

「ここにいるぞ!!」

 

「何!?」

 

 太陽から、光一条。

 

「この世に神を出来るニュータイプはいない!!」

 

 その太陽の光を背に、紅と蒼の輝きに包まれたモビルスーツが漆黒の宇宙を疾った。

 

「連邦の騎士、ユウ・カジマがそれを成す!!」

 

 ユウのGマリオンを先頭に、ミィバ・ザム攻撃隊の増援が戦線へ凄まじい勢いで突入を仕掛ける。

 

「なんて速度であるか!?」

 

 驚く老兵を尻目に、ユウは自機から羽根を撒き散らしながら、一気にミィバ・ザムとの間合いを詰めようとそのモビル・シップへと鋭く視線を向けた。

 

 ジャア……!!

 

「両肩がまるで返り血のように!!」

 

 ユウに気がついたネオ・ジオンのファンネル展開戦機「ゲー・マルク」からパイロットの怒声と共に一斉にファンネル群がGマリオンへと飛び掛かかる。

 

「この血に混ざりたくなければ!!」

 

 バッ!! フォ!!

 

 Gマリオンのフェザー・チャフにファンネル群が惑わされ、それらが明後日の方向へと向かう。

 

「そこを退け、ネオ・ジオン!!」

 

「ふざけるな!!」

 

 ネオ・ジオンのパイロットの怒りの叫びと共に、他のゲー・マルクからも支援のファンネルがユウ機へと襲いかかる。

 

「新型のサイコミュ機、なんてファンネルの数だ!!」

 

 その強力なファンネルの弾幕に、ユウが歯噛みをしながら強行突入を諦めようとしたその時。

 

 ドゥ……!! ドゥ!!

 

「行ってくれ、蒼い奴!!」

 

「助かる、ジイサン!!」

 

 チャフでは攪乱をしきれない数のファンネル群、それらをティターンズの兵達がアンチ・ファンネル・ミサイルで迎撃を仕掛けてくれる。

 

「生意気そうな若造だ!!」

 

「元気そうなジイサンだ!!」

 

 老兵の息子がもしも生きていたら、ちょうど今のユウと同じ位の歳となっていたであろうか。

 

「増援連中の露払い、仕掛けるぞ!!」

 

「オウ!!」

 

 その瞳に光る物を見せながらも気迫に満ちた老兵の掛け声、その叫びに呼応をして、その一帯の連邦派の部隊から猛烈な火線が宙へと舞い散る。

 

「二手に別れる、ナイジェル君!!」

 

「了解だ、大佐殿!!」

 

 支援射撃に気圧され、ユウ達の侵入を許してしまったゲー・マルク隊へ手番を与えず、ユウとナイジェルを先頭に増援隊は枝分かれを行う。

 

「ミィバからの対空砲火が発動!!」

 

 ユウ機のすぐ後ろに付くケーラのリ・ガズィから警告の声が響いた。

 

 ジャ、ジャウァ!!

 

「ハリネズミ、シャアの紅いモビルアーマーと同じだな!!」

 

 ミィバ・ザムからの対空レーザーや機関砲の火線を追うように、その巨体の二本の脚から鉄塊が外れる。

 

「マリオンの目に反応!!」

 

「何が来ますか、大佐!?」

 

 疑似ニュータイプ波発生器からのパッシブを受けているサイコミュ・システムによる機体管制、それらの恩恵を受けている連邦のモビルスーツの機動、反応性は従来機の比ではない。対空砲火による部隊の損害は軽微。

 

「ミィバからのファンネルだ!!」

 

 ガァオウ!!

 

 ミィバ・ザムの足先の爪、ユウ達の目前で爆発を起こしたその鉄の塊から、多数の小形の金属片がGマリオンを先頭とした部隊へ尾を引いて迫る。

 

「質量体当たりのファンネル、良い考えをする!!」

 

 シンプル故に並みのビーム・ファンネルよりも対応が難しく、また強固さを誇ると思わしきファンネルへ、運搬機へ乗った後続のジェダから迎撃のミサイルが放たれた。

 

 ドゥ!!

 

「やはり、固いか!!」

 

 大型の火焔剣「エグザム」で、質量刺突型ファンネルを切り払うユウ機の後方で、迎撃のミサイルに耐えた数個の鉄片が増援隊の後続群へと突き刺さる。

 

 ドォ……!!

 

 損害を受けた機体の内、一機のギャプランの改良タイプがその攻撃により爆発四散をした。

 

「マリオン!!」

 

 ユウの叫びと共に、大量の蒼い羽根がグレイス・コンバーターから吹き荒れ、濃密なチャフが漆黒の宙へと舞う。

 

「その無限エネルギーシステム、出力を上げすぎていないか!?」

 

「断じて無限エネルギーではない、ケーラ君!!」

 

「そうなのか!?」

 

「単なる増幅器だ、こいつはね!!」

 

 後列から迸る大型の、特殊型対ファンネル・ビッグミサイル、それと加わるフェザーチャフによって、鉄片ファンネルの幕へ突破口が開かれる。

 

「しかし、このミノスフキー粒子の濃厚さであれば!!」

 

 ユウ機のグレイスからの蒼い光に、同じくミノスフキー変換器を取りつけてある紅い剣からの輝きが混じり合った。

 

 ガッガガッ!!

 

「切れる、血をすすれる!!」

 

 火焔剣、Gマリオンがその手に持つ特殊ヒートサーベルの尖端により、ミィバ・ザムの装甲が掠め切られる。

 

「しかし、何て大きさなんだ、コイツは!!」

 

 そのモビル・シップの巨躯を剣先でかすり傷を付けながら這い進む、ミィバと比較をすると米粒のようなユウの蒼い機体。

 

「飛んで火に入る蒼いモビルスーツめ!!」

 

 そのGマリオンへと無数のセンサーアイ、殺意の百眼が防衛管制員の声と共に向く。

 

 ギィ!! ギッア……!!

 

 奇怪な音を鳴らす疑似ニュータイプ波発生器の支援を受けたミィバ・ザムの対空砲が、その巨体へ取り付こうとした小癪なモビルスーツ群を追い払おうと、無数の火線を疾らせる。

 

「ビーム・バリアーの懐に入ったはずなのに!!」

 

 リ・ガズィのビームキャノン、それを始めとする攻撃隊の火力では、ミィバの巨体表面へコゲを作らせるだけに終わる事に、ケーラがコクピット内で強く歯噛みをした。

 

「離脱だ、離脱!!」

 

 そのユウの叫びを聞く前に、すでに他の攻撃隊のメンバーはミィバから機体の離脱を行っている。

 

「中心機体を落とせ!!」

 

 ミィバの司令室へ鎮座をするネオ・ジオンの幼き旗印「ミネバ・ラオ・ザビ」の怒声に、彼女を取り巻く機体管制員の手が忙しなく動く。

 

 シィ!! シャア……!!

 

「ビームが追いつかない!?」

 

 その対空砲火に対して、脅威的なスピードを発散させて回避機動を行うGマリオン。その動きを映すミィバのレーダーを見つめる管制員が我が目を疑う。

 

「ビームは光速まがいであろうな!?」

 

「当たり前です!!」

 

「ならば、何故に外す!?」

 

「外れているのではありません!!」

 

 司令塔、他の者の席よりも高い場所に居座るミネバは、真正面で火器管制隊のリーダーを務めているオグスのその声に苛立ちを隠さない。

 

「追いつかないのです!!」

 

「私の歳だとソータイセイが解らずと思い、デタラメを!!」

 

 トゥ!!

 

「細足で蹴らんといて下さいよ、ミネバ様!!」

 

「嫌なら、蒼いカトンボを撃ち落とせい!!」

 

「蹴っちゃうないで下さいって!!」

 

 後頭部を襲うミネバの生脚の感覚を忌々しく感じながらも、オグスは冷静に蒼い機体の動きを見定めようとした。

 

「当然、私達の目の錯覚だよな……」

 

 光るオグスの目、それが急速離脱を行うGマリオンの機動の本質を見切ろうと、瞼が細く下がる。

 

 ジィ!!

 

「良い腕のスナイパーめ!!」

 

 三放射されたレーザービームの内、一発がGマリオンの右脚を捉える。その低出力レーザーからの軽い衝撃により、ユウの手が一瞬アームレイカー操縦システムから離れてしまう。

 

「しまった!!」

 

「化け物でも何でもないな、蒼いの!!」

 

 先程のレーザーからの照準補正を頼りに、ミィバ・ザムから大口径のビームをGマリオンへ向けるオグス。

 

 フォ!!

 

 ミィバからの輝かなビーム照射が宙を破る。その狙いは極めて正確。

 

「グレイスのフェザーバリア、耐えられるか!?」

 

 どちらにしろ、Gマリオンへ飛びかかる高出力ビームの直撃は、損傷と消耗を覚悟しなくてはならない。

 

「南無、三!!」

 

 ユウ機のグレイス・コンバーターの出力上昇と共に、その両肩のように紅い光の羽がサイコ・フィールド、ミノスフキーバリアを形成しはじめた。

 

 ジァウゥ!!

 

「攪乱幕グレネード!?」

 

 どこからか跳ねてきた、簡易的な対ビーム兵器が高出力ビームを拡散させてくれる。

 

「よお、ヒール・レスラーさんよ……!!」

 

「俺を悪と呼ぶのは何者!?」

 

 威力が分散されたビームによるGマリオンへの損害は軽微である事に安堵しながら、ユウは助けてくれた男の姿を探がそうと視線を宙へ這わせた。

 

「ヤザン、ヤザン・ゲーブルか!?」

 

「良い趣味の剣を持ってんじゃねえかい、ユウさんよ!?」

 

 ハンブラビタイプよりも一回りは大きいヤザン・ゲーブル機、突撃用可変モビルスーツ「ラーク・シャサ」が、ユウのGマリオンの隣へとつく。

 

「俺も名刀とやらが欲しいぜ……」

 

「もう一本あるにはあるが、さ」

 

「なら、今の手助けの駄賃としてよこしなよ、なぁ?」

 

「これだけで、貴重な得物をやるものかよ、ヤザン」

 

「ケチくさい野郎だ……」

 

 回避機動をとっている内に、ケーラ機達とははぐれてしまったようだ。ミィバ・ザムとGマリオンの距離もユウの想像以上に、相当離れすぎている、が。

 

「涙ない狙いが定まされた、ヤザン!?」

 

「俺達がターゲットかよ、ユウ!?」

 

 ミィバの巨大なギョロ目、メインの主砲が自分達を向いたのを見て、慌てて二人はモビルスーツの機動を再開し始めた。

 

「その剣、ビグ・ザムもどきの硬い甲羅へヒビを入れられたな!!」

 

「かすっただけではあるがな!!」

 

「ヨォーシ!!」

 

 そのヤザンの感嘆声に、ユウの頭へもヤザンが考えているであろう戦い方が組み立てられる。

 

「突破口、頼めるか!?」

 

「まかせなって、ヒール!!」

 

「ウロボレス、サブのヒートサーベルを貸してやる!!」

 

「結局、貸してくれるかい!!」

 

「使い方、説明が必要か!?」

 

「蛇腹のような海ヘビも出来る、オロチな相手の血をすするヒート剣であるな!?」

 

「何で一瞬でそこまでが解る!?」

 

「解らんかったら、今まで生きていねぇな!!」

 

 見ると、ヤザンと同型のモビルスーツ達が強襲形態へ可変をしたまま、二人の機体の周囲を旋回し始めた。

 

「ダンケル達も集まった事だしよ!!」

 

「行くか、ヤザン!!」

 

「オウ!!」

 

 ヤザンの機体も可変をし、ユウから借り受けたヒート・サーベルをぶら下げながら、徐々にスピードを上げるGマリオンへと追従をする。

 

「来たぞ、アドル!!」

 

「了解!!」

 

 アドルと呼ばれたラーク・シャサだけが、兵装が他の機体と大幅に異なる。ゴテゴテと取り付けた幾多ものポッドを持ったままに機体の機動性を維持すべく、巨大な複数の増設ブースターがその機体へと貼り付く。

 

「対ファンネル・ミサイル発射!!」

 

 ミィバからの爪型ファンネル、展開機からのファンネル飽和に対し、おびただしい数のアンチ・ミサイル、それらがユウとヤザンの機体の後方のアドル機から蜘蛛の巣のごときを放たれる。

 

「弾幕が薄い!!」

 

 最後のビーム攪乱幕グレネードを放ち、ファンネルからのビームを遮断したヤザンが最後尾のアドル機へ怒鳴り声を上げた。

 

「何をやっているか、アドル!?」

 

「疑似ニュータイプ波のコントロール処理が追いつきません!!」

 

 特殊兵装機と換装されているラーク・シャサのコクピット内で、熱暴走を起こし始めた疑似波発生器の処理をしているアドルから悲鳴混じりの声が上げる。

 

「ラムサス!!」

 

「了解!!」

 

 ヤザンの声にラムサスのラーク・シャサが機体の調整を行いながらアドル機へと近づく。

 

「ダンケルも頼む!!」

 

 アドルのラーク・シャサの背中からミサイル・ポッドをぶん取りながら、ラムサスは同僚へと声をかけた。

 

「向こうのファンネルとこちらのミサイルの中に光るやっこさんの光点!!」

 

 ギャ……!!

 

 高機動形態のラーク・シャサ、ヤザンの機体中央から大口径ビームがネオ・ジオン機へ向かって空を切る。

 

「アルフめ、恨むぞ!!」

 

 そのヤザンからのビームが正確に敵機へと伸びるのを見つめながら、この自機をアーガマへと送る際、どうも手持ち火器を機体へ付け忘れたらしい蒼い腐れ縁の技師の名を愚痴混じりに叫ぶユウ。

 

「ユウ、お前もこの距離から奴等を狙えない訳ではないだろう!?」

 

「この距離どころか!!」

 

 ファンネル群と共に放たれる、重モビルスーツからの砲撃を身軽にかわしながら、ユウはヤザンへ怒鳴り返す。

 

「もう半分は接近をしないと、まともな威力が出る武器がないんだよ!!」

 

「昔のグフへ姿を似せたジムだからと、融通の無さまで同じにするこたぁないだろうによ!!」

 

 そのヤザンの舌打ちと同時に、アドル達が撃ち洩らしたファンネルが二人の機体へ躍りかかる。

 

「ちぃ!!」

 

 ヤザン機の手のひらから飛び出したヒート系の格闘武器らしき刃が、あたかも蛇のように波を打ちながらそのファンネルを切り落とした。

 

「少し無茶をやんよ、ユウさんよ!!」

 

「何だ!?」

 

 飛来する鉄片を胸部のビーム砲で打ち砕いたユウの返事を待たずに、ヤザンの機体ブースターからの光が増す。

 

「隊長、無茶です!!」

 

「だったら、少しでもファンネルを押さえるんだな、アドル!!」

 

 ファンネル群を驚異的な機体制御でかい潜りながら、ミィバ・ザムの直掩モビルスーツ隊へと怪鳥のようなシルエットの自機を飛び込ませるヤザン。

 

「雑魚が!!」

 

 急速接近をしたヤザンのラーク・シャサ。高機動の形態でも使用可能な前方マニュピレーターへ握られた「ウロボレス」の紅い光がゲー・マルクを一刀に切り捨てる。

 

「切った分だけ出力が増すと出るか!?」

 

 正式規格外の兵装を使用したときに起動をする調整型データコンソール、融通が良く効くその器機でも、なかなか借り物の火焔剣のデータは反映は不安定だ。

 

「弱肉強食のポリシィとやらがあるらしい俺に相応しい剣だな!!」

 

 ゴォ!!

 

 グリプス戦争時に少数が生産をされたサイコ・ガンダムの量産タイプ、それらがネオ・ジオンへ流された後に独自の進化を遂げたらしき重モビルスーツから大口径のビーム砲がヤザンの機体へ迸る。

 

「オウオウ、狙ってくれる!!」

 

 そのビーム砲をかわしたヤザン機の背後へ回り込む別の敵機。

 

「させるか!!」

 

 そのヤザンを狙う重武装モビルスーツを、無手となっている左手の指先から放たれるバルカンで動きを押さえつつ、ユウは自前の大型ヒートサーベルで一気に薙ぎ払う。

 

 ジャ……!!

 

 敵機を両断したユウ機の背後へと、今度は白兵戦用と思わしき敵のモビルスーツが迫る。

 

「甘い!!」

 

 頭へと疾った感覚を頼りにそのネオ・ジオンの機体から突き出される槍状の接近武器が微動回避をしたユウ機の脇をすり抜けた。

 

 フォ、ウゥ!!

 

 煌めく羽根を舞わせながら半回転をしたGマリオン、紅く光を燃え立たせたエグザムの剣が、その槍もろとも敵機を新たに再度両断をする。

 

「スーパーエースか、コイツらは!!」

 

 奮迅をする二人に対して、僅かにネオ・ジオンのミィバ・ザム直掩隊へ動揺が走った。彼らからの火線が減少をした隙に、ヤザン隊のメンバーがユウ達の周りへとたどり着いた。

 

 バァ!!

 

「隊長達にばかり、格好をつけさせるなんてよ!!」

 

 モビルスーツ形態へと可変をしたラムサス機と敵の重モビルスーツが切り結ぶ。

 

「防衛に穴が空いたか!?」

 

 ラムサス達の強襲にネオ・ジオン機の注意が向いたその時、ユウの視線には障害が何もないミィバ・ザム、豪奢なエングレービング処置を施された殻が強く映りこむ。

 

「一か九か!!」

 

「一か八かだよ、ユウ!!」

 

「いちいち突っ込むな、ヤザン!!」

 

「突っ込んで、はいねえ!!」

 

 ザァ……!!

 

「切ってばかりだよ、ヒール・レスラー」

 

「やるな、さすがに野獣ヤザン・ゲーブル」

 

「あの反則プロレスをしてのけた手前に、野獣なんて言われたかねぇな……」

 

 同時に二人の背中へ襲いかかってきたファンネルを、これまた同時に、見ずもしないで双方の火焔剣で切り落とすといった芸当を見せるユウとヤザンを、周囲の敵味方は感心と畏怖が混じったような視線を投げつける。

 

「では、やはりに……」

 

 ユウ機の双対の推進器からの蒼い粒子、その手に持つヒート・サーベルからの紅い粒子、それらがそれぞれ静かに、強く輝き増す。

 

「先にミィバへ斬り込ませてもらうよ、ヤザン!!」

 

「どうせ、この突撃だけではやっこさんは落とせねぇよ、ユウ!!」

 

「だろうな!!」

 

 それでも、どうにかミィバ・ザムの弱点なり何なりでも見つけておきたいのがユウとヤザンの心情だ。

 

「マリオン!!」

 

 疑似波と連結をされたマリオン・システムの精度は凄まじい物がある。ファンネルどころかビームや対空砲の弾に微かに含まれている「殺気」の帯すらも映し出されている。

 

「エグザム!!」

 

 両肩から噴き出る、蒼に紅へと閃が転換し続ける羽根屑の幕、それに加えて機体各部の内蔵火器を駆使しミィバの防衛システムを掻い潜りながら、その巨体へユウはGマリオンを押し付けた。

 

 ズォ!!

 

 魔剣エグザムの紅い焔が、ミィバ・ザムの殻を溶かしながら深くそのモビル・シップの殻の内側へと滑り込む。

 

「エグ……」

 

 グゥ……!!

 

 コンマ、Gマリオンの手の動きが止まった。

 

「ザァム!!」

 

 ギュアァ!!

 

 再度の叫びと同じに、大きく瞬発をしたGマリオン、その手の制裁剣エグザムがミィバの装甲を大きく切り上げる。

 

「ミィバにヒビが入ったぞ!!」

 

「アカ切れだけである!!」

 

 悲鳴を上げたネオ・ジオンの兵をミネバは強く叱咤をしながらも、各部署からの報告を聞き逃さない。

 

 ガッ!! ザァア……!!

 

 そのままユウはミィバの傷口を広げるように逆手へ持ち変えた剣を装甲板へと食い込ませたまま、自機の出力を増大させてその巨体の上を跳ね廻る。

 

「視線で脅せ、オグス!!」

 

「アイツは、ユウ・カジマ!?」

 

「聞いているのか、主は!?」

 

 ポフォ!!

 

「幼女の御み足が悪役レスラーを倒せと轟き叫んだ!!」

 

 怒りとも恍惚とも受け取れない表情を浮かべながら、オグスはミィバ・ザム主砲のコントロール・バーへと手を右手を差し出す。

 

「空いた左手は何をしている!?」

 

「そいつでもユウ・カジマを刺しますよ、ミネバ様!!」

 

 シュフォ……!!

 

 ミィバ・ザム、それの最大火器である大主砲の起動と共に、Gマリオンへ幾多もの照準調整用のスポットレーザー光が乱れ飛ぶ。

 

「偉大なる幼女の為に落ちろ、ユウ・カジマ!!」

 

「オグス、奴が火器コントロールの一の手を!?」

 

 その壮年の男の声と共に、昔に聞いた、一度だけ会ったことがある小娘の怒鳴り声が確かにユウの耳を打つ。

 

「俺のこの位置から、デカブツのメインコントロールの場所が近い……!?」

 

 いつまでもここでグズグズしているのは極めて危険であると思いながらも、ユウは照準光の帯びに極力捕まらないように自機を旋回させながら、マリオンの「目」をじっとミィバへと向け続ける。

 

「何を中途半端な停止をしておるか、ヒールレスラー!!」

 

 ズォ!!

 

 ユウへそう怒鳴りながら、ヤザン機もミィバへ取り付き、その手に持つウロボレスの焔をその機体の体躯へと突き立てた。モビル・シップの殻が再び溶解を始めた。

 

 シィ、シャ……

 

 幾筋ものスポット光を束ねた、一際大きな照準補正レーザーがユウ機の胴体を焼く。

 

「う、うわっ!?」

 

 その光から機体を守るかのようにエグザムを握った右腕を胴体部へ押しつけながら、ユウはその逆腕をまるでミィバ・ザムへボールを投げつけるかのように差し出す。

 

 タァー!! タッタッア……!!

 

「そんなバルカン、無駄撃ちは止めな、ユウ!!」

 

 その照準光を受けた途端、背筋が総毛立つほど強く感じたプレッシャーに、ユウは反射的にフィンガーバルカンをミィバへとバラバラと撃ち撒いてしまう。

 

「豆鉄砲が通じる相手じゃねえだろによ!?」

 

 ユウへ対してそう怒鳴りながら、ミィバからのスポットレーザー群が今度は自分の機体へ集中をした事にヤザンは軽く舌を打ち、借り受けた細身の火焔剣を巨大機から引き抜いて、一気に自機をそのモビル・シップから離脱をさせる。

 

「少し脆いか、この名刀とやらはよ……!!」

 

 そのままミィバ・ザムを切り続けていると、刀身が折れるように感じた苛立ちが少しユウへの言葉にヤザンは混ぜてしまっているのかもしれない。

 

「少し勘が鈍っているか、俺は!?」

 

 その言葉だけは口にしたくなかったユウ。パイロット寿命や持病からくる死神を呼び寄せると無意識に感じていたからだ。

 

「意気込み過ぎなんだよ、恐らくな」

 

「だから、何か踏み込み方が浅い、KO勝ちを狙うタイミングが解らなくなっているのか……!!」

 

 スポットレーザーの光が一瞬途切れた隙に、ユウはコクピット内で小刻みに呼吸を繰り返し、自分の心を落ち着かせようとする。

 

「熱くなるのが、まるで小僧のやり方なんだ、ヒールレスラーさんよ……」

 

 その言葉がどこか自分へも当てはまると思いつつも、ヤザンは自分が言った言葉が間違っているとは思わない。

 

「身体がなまっている野郎、ユウの奴には負けたくない、その程度の考えが戦い方へ影響するとしたら、俺も甘めぇ……」

 

 だが、ユウがヤザンへと貸した「ウロボレス」も確かにミィバ・ザムの装甲へ損傷は与えているようには見える。

 

 シィ、シャア……!!

 

 ミィバの紅い視線が再度、ユウの目の前を横切った。

 

「しかにし、そのピーシャカと動く目玉がな!!」

 

 その主砲から放たれる、秘められながらも強烈なプレッシャーを無視して襲撃を続けられるほど、ユウの肝は太くない。

 

「その目が怖いんだよ、デカブツ!!」

 

 ミィバ・ザムの巨体、ジオン系モビルスーツであるドムタイプを彷彿とさせるターレットラインを自在に動き回る大主砲、そこから放たれる赤いレーザーサイト、ミィバの視線をユウはとにかく避けようと機体を動かす。

 

「ソイツは所詮は脅しだと解っているだろう!?」

 

「しかし、伊達で動く目玉ではないはずだ、ヤザン!!」

 

 その主砲の動きに気を取られた隙に他の火器でGマリオンを落とす。そのやり口はユウのベテランとしての経験から容易に推測自体は出来る。

 

 シャ……!!

 

「抜かっているのか、ヤザン!?」

 

 ミィバ・ザムへと取りついたヤザン機を追ってきたネオ・ジオンの機体からインコムと思わしき火線がGマリオンの脇をすり抜けてきた。

 

「変な奴等を引き連れてくるな、バカ!!」

 

「そうかい!?」

 

 どこか余裕がある、ヤザンのラーク・シャサを狙って放たれる幾筋もの大火力ビーム砲の光。

 

 ドフォ!!

 

「なるほど、やり口は良い!!」

 

 ラーク・シャサに寸前でかわされたビーム群が流れ弾としてミィバ・ザムの装甲を叩いたのを見て、ヤザンの戦術自体には感心をしてみせるユウ。

 

「やり口は良いんだが……」

 

「解っているさ、ヤレヤレだ」

 

 ネオ・ジオンの連中を苛立たせるには良い手段であるが、やはりそのミィバへの同士討ちを狙わせた大口径ビームもその巨体には大きな有効打は与えられていない。

 

「頑丈に過ぎる……!!」

 

 好機であると見て強襲をしかけた他の部隊の攻撃でもミィバの装甲は吹き飛ばせない。リ・ガズィからビームキャノンを放ったパイロットから忌々しげな声がユウの耳へ響く。

 

「ネオ・ジオンの奴等が引き始めました!!」

 

「どうせモビルスーツ連中だけであろう、ダンケル!?」

 

「そうですよ!!」

 

 その事が意味するのは、ミィバが健在な限り一つしかない。

 

「駄目だ、戦況も俺のGマリオンも……」

 

 ユウがその身体を強ばらせながら座るコクピット内のコンソールモニターへ、何が原因かは不明だが機体不調を知らせる文字列が跳ね昇る。

 

「一旦引くぞ、ヤザン達」

 

 ミィバ・ザムがその巨体に全く似つかわない機敏さで、その機体が生やす二本の脚部、その「脚」を連邦部隊が一番に密集をしている宙域へ放るように向けた。

 

「仕方がねぇな……」

 

 ユウ達から見てちょうど裏返ったように見えるミィバ、その脚部の爪が複数飛ばされたのを確認したユウは、全味方の部隊へ警告信号を送りつつグレイスの光を放ち始める。

 

「一発でもメガ・カノンを撃ち込めれば……!!」

 

「早く掴まって!!」

 

 愚痴るキッチマンを急かしたエゥーゴの女性パイロットが乗る高機動機に、しぶしぶと攻撃隊の実動隊長である彼の乗るFAZZの手が伸ばされた。

 

「FAZZのカノンは確かに有効ではあるが、な」

 

「機体の動きが遅すぎて、たどり着く前に落とされちまう、隊長……」

 

「今が最大のチャンスであったのかもな、爺さま」

 

 老兵が放ったFAZZのカノンは、確かにミィバ・ザムの装甲を貫いた。その事がかえって彼らの部隊を惑わせている。

 

「ネオ・ジオンの増援が到着してしまったか」

 

 老いた兵が所属をしている部隊の指揮官が、戦列を組み始めたネオ・ジオンのモビルスーツ隊を見やりながらも、自分の部隊の損害状況を確かめ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真ん中のどでかいビーム砲、ソイツにやはり注意を奪われる……」

 

「マイクロ・ソーラレイと言うらしい、大佐」

 

「悪魔の光の小型版か……」

 

 ユウの隣へと近付いてきたナイジェルの新鋭機リ・ガズィ。彼の機体の背中、ブロック分離式となっている背部の推進器付きウェポン・システムからは時おり大きな火花が弾ける。

 

「焦んなよ、ヒールレスラー……」

 

「解ってはいるがな、ヤザン」

 

「最悪の状況じゃあねぇんだ」

 

 連邦派の混成軍による、ミィバ攻撃隊の増援第二陣が到着をした事は、確かに喜ばしい事だ。

 

「しかし、ネオ・ジオンの連中の方へも……」

 

 そのアドルの言葉を聞くまでもなく、皆が今の状況を理解している。

 

「戦力の見極めが出来ない……」

 

「俺もだ、ユウ」

 

「お前のその台詞だけは聞きたくなかったな、ヤザン」

 

「気休めでも欲しかったか?」

 

「フン……」

 

 味方の増援も敵の増援も、皆もろともなりふりを構わない「新旧のかき集め」なのを見て、ユウはコクピット内でその唇を軽く噛んだ。


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