夕暁のユウ   作:早起き三文

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第76話 所詮なメビウスにもラプラスは顕る(前編)

  

――行け、フラウ――

――お母さん、お爺ちゃん……――

 

 パシィ……

 

 軽く、泣き崩れる少女の頬を少年が張った。

 

――アムロ……?――

――行くんだ、フラウ――

 

 優しく、少年が少女の両手を自らの手で強く、強く握ぎる。

 

――君は強い女の子じゃないか――

――アムロ……――

 

 肉親を目の前で失った、少女の瞳に力が戻り始めた事を確かめた少年は、そのまま。

 

――ごめんなさい――

――走るんだ――

 

 スゥ……

 

少女を地面から、その身を起こしてやり、そして。

 

――僕もすぐに追うから……!!――

――約束よ、アムロ!!――

――ああ!!――

――本当に、約束よ!!――

――さあ、フラウ!!――

 

 再び、少年は少女の手を強く握った後に。

 

――走るんだ!!――

 

 少女の身体を軽く叩き、励した。

 

――そうだ、フラウ――

 

 一回、少年を振り返ったきりに少女は避難を再開し、強くその脚を荒れたコンクリートの上へと進ませる。

 

――走るんだ――

 

 ガッガ……

 

 生活を、人々の営みを破壊した巨人が、連邦の基地をその手に持つ火器を使い、破壊し続ける音が。

 

――ザク……――

 

 少年の、耳を強く打つ。

 

――ザク……!!――

 

 ザク、旧世代のオールドタイプ兵器では太刀打ちが出来ない、ニュー・タイプ・マシン。

 

――よくも……!!――

 

 憎しみをその目に宿す少年。もしも彼を弱者とするのであれば。

 

――よくも!!――

 

 駆逐される者、オールドタイプとするのであれば。

 

 ガゥウ……!!

 

 機関大砲で破壊の限りを続けている巨人兵ザクは、強者はニュータイプと定義する事が出来る。

 

――あいつは、新しいマシンは人間じゃないんだ!!――

 

 スゥト……!!

 

 避難先、軍艦が停泊している方向とは異なる場所へとその脚を駆けさせた少年の、その身体から。

 

――僕たちは、あの新しいタイプに負けてはならない!!――

 

 リィフ……

 

 一筋の、赤黒き光が宙へと舞い、何処かへゆらりと飛び去つ。

 

――僕に――

 

 少年が抱く、おそらくは産まれて初めて抱く、憎しみと怒り、敵意に満ちた宇宙の心は。

 

――力を……!!――

 

 彼に、少年へと白き天の力を。

 

――ザクを裁く、力を!!――

 

 ラプラスの、白き悪魔を与えた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「レビル」

「ん、何だね?」

 

 さすがにこの不遜、権威を傘に着るタイプの男であるイーサン・ライヤー中将にしても、この階級上は格が一つ下、少将の身分である。

 

「何か、ライヤー君?」

「なぜ、アクシズ本体ではなく」

 

 盲目の小将人、レビルへの対抗意識を剥き出しにし、艦長である彼の命令に対して常のように。

 

「核パルス・エンジンの光へ砲火を向けるように指示をしたのだ?」

「あのな、ライヤー君……」

 

 階級差を暗に匂わせ、レビル提督の出した命へと文句を言い、周りの人間を惑わすような真似、さすがにそれはこの緊迫状況下では行わない。

 

「あれが、本当に」

 

 もちろん、彼ライヤーがそれを控えるのは視界へと、嫌でも飛び込んでくる小惑星「アクシズ」の巨体の為であるのだが。

 

 ズゥ……

 

 ドロリとした赤黒きタールの光に後押しをされ、それを食い止めるかのように周辺宙域へ乱舞をする。

 

「核パルス、アクシズ推進の為に備え付けられた機械の放つ光とでも」

 

 蒼と紅の燐光達、そしてそれを未知のエネルギーとして「現地活用」しているパイロット達の気持ちを意識しての事だ。

 

「感情の無い、機械的なそれだとでも言うのか?」

「だったら、レビルよ」

 

 更なる出世を望んでいる、連邦軍の頂点に立つことを目指しているライヤーにとっては、兵達を顧みない事による不支持、それはまずい。

 

「あの、悪魔じみたアクシズを圧す光」

「悪魔、そうか……」

「赤きタールのような光はなんだと、説明してくれないか?」

 

 スゥ……

 

 ライヤー中将が指差す先、ブリッジから見える幾多のモビルスーツ達が取り付いているアクシズの姿を、コジマ大佐がしきりに望遠鏡を振り回しつつに。

 

「アクシズ、それに取り付いたモビルスーツの全てに謎の光を確認」

「了解、コジマ大佐」

「妨害モビルスーツ群、確認」

「了解」

 

 傍らに立つ兵へ向けて、彼コジマは記録するように指示を出し続けている。

 

「レビル将軍」

「何だ……?」

「アクシズ、及びレビル艦隊周囲宙域のミノフスキー粒子濃度ですが……」

 

 ゼネラル・レビルのミノフスキー粒子観測員、彼からの声がレビルの耳へと入り。

 

「それが……」

「続けたまえ」

「ハッ……」

 

 言いよどむ彼へ老将は微かに頷いてみせ、その報告を促す。

 

「飽和限界値を超えました」

「そんな事があるもんかよ、ミケル君」

「しかし、確かです」

「チィ……」

 

 ライヤー将軍とて優れた陸戦の指揮官である。十年前の戦争、一年戦争時に未だモビルスーツを所有できなかった連邦陸軍へ配布した対モビルスーツ戦術のマニュアル、それを一から作り上げるという難儀を成し遂げた研究チームに対して積極的に資金面、現場情報面において支援をしたのだ。

 

「ミノフスキーが、そこまで充満することなんぞ……」

 

 ゆえに、ミノフスキー高濃度散布下での戦闘の大家、ともいえるこの彼にとって。

 

「ありえん」

 

 さんざん、従来の旧式兵器達である戦車や攻撃機の電子能力を無効化し、絨毯爆撃などという時代錯誤な戦法までも駆使させてくれたミノフスキー粒子、それに対しては並大抵の理解力ではない。

 

「ありえん事だよ、レビル」

「敵味方が、アクシズを支えるのもか、ライヤー君?」

「そちらは、あってはならない事だよ」

「まあ、確かに……」

 

 理解力を言えば小将人レビルのそれは「モノノケ」であるのだか、それでも。

 

「不可思議な物だな、この光景は……」

「フン……」

「そうしかめ面をするなよ、ライヤー君」

 

 地球へと落ちた二基のコロニー、そのコロニー落としの実行によって死したスペースノイド達の心、そして。

 

「それに加えて、押し潰されたアースノイド達の心が」

 

 あらゆる、この十年間戦争で消えた魂達が、アクシズ宙域のモビルスーツ達を動かしているのだろう。

 

「だが、な……」

 

 レビルの心眼、それに浮かぶ蒼と紅の燐光はいい、しかし。

 

「憎しみの、光」

 

 今のアクシズを支配している、その黒き光もまた、人の心そのものである。

 

「悪魔の、憎しみの」

「オイ……」

 

 ズゥ……

 

「少しは肩の力を抜け、レビル……」

「ああ、すまないライヤー君」

「震えているぞ?」

「いや……」

 

 一年戦争時、レビルへ二度の悪寒を感じさせてくれたそれの内。

 

「悪魔の」

――やらせは、せんぞォ!!――

 

 宇宙要塞ソロモン、そこでレビルが近くの宇宙から、自らの心の「目」で確認した。

 

――俺は幾多のミネバを奪ったのだ――

「影、小さな善意に包まれた……」

――ゆえに、俺は責任を取る為に、生きなければ――

 

 巨大モビルアーマーの上部へと浮かび上がった、亡霊達のレギオンが。

 

――ミネバ!!――

「大きな悪意の、影」

――助けてくれ、ミネバァ!!――

 

 今なおに、彼レビルを襲う。

 

「運命、生き方を袖にされた者達……」

「落ち着け、レビル」

「袖ナキ、ロストスリーブス……」

 

 ブォ、ウ……

 

 老将軍、ヨハン・エイブラハム・レビルの身体の震えが止まらない事を訝しんだ将軍ライヤーが。

 

「医務室、レビル艦長を運んだ方が良いかな?」

「交戦中で艦長不在では、ブリッジと戦場全体の士気に関わるかと……」

「そうではあるが……」

 

 近くのレビル護衛兵へとかけた声も、今の小将人には聴こえない。

 

「アクシズ宙域のミノフスキー粒子、更に増大」

「ウゥ……」

 

 まるで「おこり」の症状のように身体を大きく震わせ、跳ねさせるように自身の体を艦長席で揺らしている彼レビルの様子に。

 

「悪魔の、憎しみの手だと……!?」

「おい、レビル!?」

 

 ザゥア……

 

 周囲の人間が、お互いに顔を見合わせながら動揺を始める。

 

「レビル艦長を医務室へと運べ!!」

「は、ハッ!!」

「急げよ!!」

 

 怒鳴るライヤー中将の声により、レビルの護衛兵がその老将を席から引っ張る姿を見たオペレーターの、内一人が。

 

「負傷者あり、看護を頼みます」

「症状は?」

「不明です」

「誰だい、データを探すよ」

「以上」

「おい、待って……」

 

 レビル、彼の名を言わずに一方的に話を打ち切る彼女の気の使い方、士気の事を考えてくれたその歳のころ三十前後と思われる女性オペレーターに感心したような視線を向けながらも、彼イーサン・ライヤーは。

 

「確か、キルスティン殿がバーミンガムに居たな……」

「中将があの方へ連絡を?」

「いや、私より……」

 

 宇宙軍の力関係、言い換えると「縄張り」のそれは地球海軍のそれに似ているとコジマ大佐から聞いているライヤーは、単純に地位階級上ではこの艦隊の最高位である自分が迂闊に言う、口を出すよりも。

 

「君が伝えたまえ」

「ハッ!!」

「レビルの事は伏せろよ?」

「了解しました」

 

 たとえ難儀、事件とは言え何気なくに、専門の通信士である彼女が伝えた方が良いと。

 

「こちら旗艦ゼネラル・レビル」

「参ったよ、こりゃ……」

「ダメ、ミノフスキーが強すぎる……」

「レーザー・モールスなら使えないかね、ミユ君とやら?」

「知っておられるので、中将?」

「まあ、見てろ……」

 

 想像出来る位には政治力(せいじちから)を知っている彼は、だてに連邦軍トップを狙う野心を持っていない。

 

 

――――――

 

 

 

 

「この謎の状況で!!」

 

 激戦、おそらくこのアクシズの行方を決める決定的な戦いの渦中にいるカツのジ・OⅡへ向けて、凄まじい勢いで火線が迫り来る。

 

「戦闘相手の判断なんぞ、出来るものか!!」

「いや、出来るわ!!」

「何故言い切れる、サラ!?」

「敵意がなければ、アクシズを支えようとしていれば、そいつらは敵ではないという事!!」

 

 完全なる乱戦、蒼と紅の輝きが乱舞するアクシズ宙域の状況、戦況はもはや誰の目にもすら。

 

「カミーユ、後ろへ下がれ!!」

「馬鹿を言うな、ジェリド!!」

 

 ニュータイプである彼らにすら、解るものではない。

 

「あの赤き泥、それを目の前にして引けるものかよ!!」

「赤い泥、あれは何なんだよカミーユ!?」

「わからないよ、ジェリド!!」

「この、人の心のクレパスを強引に割り開くような……!!」

 

 先程、一瞬だけ小惑星アクシズの暴力が、地球へと引きずり込まれるその圧力が乱舞する燐光達によって和らぎ止まった、その為にカミーユ達は仮初めの安堵をしていたのであるが。

 

「俺の肌へナメクジが染み込むような不快感は……!!」

「俺も最初はクワトロ大尉、シャア・アズナブルの怨念だと思ったよ!!」

「違うってのか、カミーユ!?」

 

 ザォン……!!

 

 アクシズの躯を、それを支えているモビルスーツ達の後方からレビル艦隊、ドゴス・ギア級「ゼネラル・レビル」を中核とした戦列艦隊からの砲撃が、そのアクシズの上方を包みこむ。

 

「あれは核パルス・エンジン、物理的な推進の光でない……!!」

「そうね、ローア少佐……」

 

 蠢き歪む、その赤黒き靄へと艦砲の照準を定めたのは、アクシズに密着しているモビルスーツ達へ流れ弾が当たらないようにした、それだけの配慮ではあるまい。

 

「何かしら、このささくれた感覚は……!!」

「何か、理屈では解けないエネルギーだよ、シャルロッテ……」

 

 二人のネオ・ジオン兵の近く、その周辺へミノフスキー粒子に満ちた、紅い光が吹きすさび。

 

「くお!?」

 

 その燐光にモビルスーツのセンサーを焼かれた隙に、大型モビルアーマー「ヒヤシンス」から放たれたビーム砲により破損をしたモンシアのν-ガンダム、そして彼の機体を乗せた運搬機から大きく火花が散る。

 

「分散して逃げるぞ、ベイト!!」

「了解!!」

 

 新鋭型、ティターンズ・カラーにその身を覆われた黒きサイコミュ搭載型ガンダム・タイプである「ニューガンダム」とその僚機。

 

「せっかくのニュータイプ専用機、壊すなよな!!」

「使い方が、全くに判らねぇがな!!」

「昔のジャグラーってな同じ事よ、モンシア!!」

 

 同型であるマスプロ・ニューの試作機へと乗っているパイロット、遥か昔からの戦友である彼、アルファ・A・ベイトに向かって合図を出しながらも、モンシア少佐は。

 

 ガォン!!

 

 ミノフスキーの海を切り裂き、バスーカ砲の連打をアクシズへと取り付いているサンダース隊を襲おうとした不明機達、それらへ向かい次々と撃ち放つ。

 

「助かります、モンシアさん!!」

「良いってことよ!!」

 

 バゥ……!!

 

 蒼い光の波が地球オーストラリアから立ち上り、その柱がモンシアを追尾していたクシャトリヤの視界を塞ぐと同時に、そのネオ・ジオン製の大型機へ光の一条。

 

 ギュアウ!!

 

「くそ!!」

 

 真上から運搬機の出力を噴かせつつに、そのサイコミュ機へと奇襲をかけたジオⅡ、カツの一撃が寸前でそのクシャトリヤ。

 

「踏み込みが甘かったか!!」

「あの時の黄色いダルマか!?」

 

 ハァフウ!!

 

 一際強烈なミノフスキー粒子の烈風、それと同時にそのクシャトリヤ随伴機と付近に展開している混成軍達が。

 

「広角射撃ならば、何年訓練を重ねたと!!」

「無茶すんなよ、昔のジオン嬢ちゃん!?」

「あなたこそ!!」

 

 重武装へその身を固めたバギ・ドーガと、ロング・ビームランチャーを構えた深き青の塗装が施されたリ・ガズィが交戦を開始する。

 

「マレット様の邪魔をしないで下さいよ、ルースさんとやら!!」

「そんなヘマはしねぇよ!!」

 

 ブォフ!!

 

 クシャトリヤ、マリーダ機から振り払われたビームサーベルの出力に押されているジ・オⅡの背後へと迫る旧式。

 

「後ろ!?」

 

 デラーズ紛争時の急造モビルスーツであるドラッツェが、その手に構えたマシンガンをカツ機ジ・オⅡに向けて放とうとしたとき。

 

 ジャ……!!

 

「ボヤッとしてんなよ、達磨モビルスーツ!!」

「すまない、助かった!!」

 

 両手にヒートホークを構えたドーガ・タイプがその急造機を切り裂き、その彼の機体へまとわりつく不明軍が数でその格闘専用機クェル・ドーガを圧迫し始める。

 

「ちょこまかと!!」

 

 苦戦している彼、旧ジオン兵が駆る機体を青いリ・ガズィが援護射撃を行う中。

 

 ドゥ、ン!!

 

 高出力ビームでジオン兵を助けていた連邦勢力機。その機体の高精度照準器が近くで破裂した光により。

 

「センサーが!?」

 

 大きな火花が、そのサポート機器と銃身へと疾る。

 

「連邦、あやふやなビームを撃つってのはな!!」

 

 蒼きミノフスキー粒子の爆発が彼らの目を撹乱させている中でも、なお。

 

「余計な手助けってんだよ、オイ!!」

「持ってくれよ、リ・ガズィ・カスタム……!!」

「チッ……!!」

 

 それでもなおに冷静を保ちつつ精密ビームの射撃を行っている彼、連邦兵の機体をネオ・ジオンのモビルスーツ達、緑蒼の光を帯びた友軍達が彼の背後へと浮かび。

 

「二十秒でいい、持たせてくれ!!」

「長げぇよ、半分だ!!」

「了解!!」

 

 同じく緑蒼の光を帯びているリ・ガズィの発展タイプ、メガビーム・ランチャーの冷却パックを交換し始めた連邦機の護衛を行う。

 

 ジャア……

 

 撹拌されるミノフスキーの海、それを駆ける連邦派、ネオ・ジオン連合の部隊をもう一機のクシャトリヤ・タイプが。

 

 ドゥ!!

 

 深紅のクシャトリヤがその躯から撃ち放つビームにより次々と撃破をしていく中で、なおもアクシズへと取りつく良心の者たち。だが。

 

 ポ、ズゥ……

 

「うわぁ!?」

 

 アクシズを後押しする悪魔の光、それが「泥」をモビルスーツ達へと垂れ流し、彼ら人間達を押し退けようと、その昏き光を侵食させ始めた。

 

「ば、化け物か!?」

「シン、大尉!!」

「来るな、お前まで溶かさせるぞ!!」

 

 その警告を受けても、黒き泥をもろに被ったシン大尉のジェガンを彼の部下、ボール九〇式達がそのマニュピレータを差し出し、彼を泥の沼地から引きずり出す。

 

「ジェネレーターが……!!」

 

 泥により機体の出力異常を起こした彼、ベテランであるシン大尉へと狙いをつけた敵性機、モビルスーツの手首に当たる部分、袖口から昏き光を放つ不明機達を。

 

「下がっていろ、ジムにボール!!」

「俺はもうジムではない!!」

「大人しく下がらないと、また蹴り飛ばすぞ!!」

「何だと!?」

 

 ネオ・ジオンの友軍が相手と引き受け、火線を放ち始める。

 

「クシャトリヤを追い回せ、サラ!!」

「了解!!」

「緑色の方だ!!」

 

 ジュピトリスⅤで簡易的な改修を行ったカツ達の、パプテマス・シロッコ自慢のモビルスーツ二機。彼らのしつこい追撃にマリーダ・クルスはアクシズを支えているモビルスーツ達の撃破を諦め、そのまま機体を翻す。

 

「もう一機のクシャトリヤとやらは、赤い方は!!」

 

 ズゥン!!

 

 後続のフィリップ達、ブルーディスティニー4号機とサマナのスタークがクシャトリヤの片割れ、赤く塗装されたその大型機へ向けて、運搬機からの大口径ビームを放ちつつに。

 

「俺達に任せろ、カツちゃん達!!」

「頼みます、フィリップ隊長!!」

「その代わり、あのサラちゃんを泣かせた奴は、女は!!」

「言われなくても!!」

 

 バゥ!!

 

 ジ・オⅡの全身へ追加装備されたビーム砲が、彼らモルモット隊へ奇襲を行おうとした敵性機達を牽制、薙ぎ払う。

 

「サラ、来い!!」

「命令すんな、トンカツ!!」

「狙うべきは一機、だがさっきからお前はよそ見を!!」

「無視出来ないオバサンがいたのよ!!」

 

 確かにサラがそのパラス・アテネ、シロッコ謹製シリーズの初期型が率いる重砲撃隊を支援したお陰で。

 

「あのサラに助けられるとは……」

 

 その重火力機が機体を半壊させながらも、真紅へ塗装された模造サイコ・ガンダムへと致命傷を与える事が出来たのは、レコアにしてもエゥーゴの面々、そしてパプテマス・シロッコに対して面目が施せたと言うものだ。

 

「でも、オバサンもよくやってくれた!!」

「ならば、改めて!!」

 

 シィン!!

 

 紅い燐光が波打つ中で、ジ・オⅡとタイタニアが特殊運搬機ごとに並び立ち、推力を上昇させる。

 

「連携するよ、サラ!!」

「任せなさい、カツ!!」

 

 緑のクシャトリヤ、カツとサラにとっては因縁の相手へ向けて銃口を向けつつ、彼等はそのマリーダ機へと自機の機動によって視覚的なプレッシャーを与えようと試みながら。

 

「光が、アタシを襲ってくる!?」

 

 硬柔を織り交えたヴァリアブル・ライフルでそのマリーダ・クルスのモビルアーマーを後退させる。

 

 ウォウ!!

 

 再び吹き荒れるミノフスキーに運ばれる燐光が、そのクシャトリヤという名らしきサイコミュ搭載機体を追い立てる、モビルスーツの夫婦をさらに強く後押しする中。

 

「くそ、早い!!」

 

 高機動タイプへと改良を施したクェル・ドーガを駆る男が、紫色のZガンダム、その敵機へ向けて。

 

「スラスターが焼けたのが、今になって現れ始めたか……」

「遅いんだよ、ザ・クが!!」

 

 両手にと持つ大型加熱斧による斬撃をお見舞いしようとした試み、それはそのウェイブライダー、Zタイプのモビルアーマー形態の余りのスピードをその目にして諦めてしまう。

 

 ブォ!!

 

 苛立つ彼の目の前を、簡易型Zタイプであるリ・ガズィが宙を突き、ミノフスキーの海を潜り抜ける。

 

「気に触る奴だ!!」

「悪かったな!!」

「昔から、な!!」

 

 紅くその身を色付かせたリ・ガズィのカスタムタイプを駆る男にしては、そのクェル・ドーガの悪態を気にしている暇はない。機体調整が不完全な上。

 

「紫のZガンダム、それを守ると共に!!」

 

 グゥ……

 

 所々に金の縁取りをされたドーベン・ウルフ達、サイコ・ガンダムの量産タイプの派生と言われている割には小型であるが、それでもその火力は全く油断できず。

 

「アクシズへ取り付いたはぐれ狼達を狙っているか、ドーベン・ウルフ!!」

「そういう目論みなんだろうな、若造!!」

 

 ハイザックのアッパーバージョン、確か紅いリ・ガズィカスタムを駆るパイロットの記憶では。

 

「ゼク・アイン、いやツヴァイ……!?」

 

 とやらの機体群を率いている重装ガンダム、ガンダムMk-Ⅴのインコムを発動させようとしている男と共に。

 

「ドライ、えぇと後は……」

「ドーベン・ウルフ達を退治するぞ、紅いリ・ガズィの若造!!」

「あのな、俺にはフォルドって名前が……!!」

 

 ギィ……

 

 その華美な装飾を施されたドーベン・ウルフ達に気が付いた白色の同型機、友軍がチラリとアクシズへ突き付けていたその手を緩めた、様子を伺ったのだが。

 

「任せていいかな?」

「大丈夫、そうですわね殿方」

「ああ……」

 

 バゥン!!

 

「ああ!!」

 

 白きドーベン・ウルフ「シルヴァ・バレト」へとその身体を乗せているエイガーは、その援軍が瞬く間に敵性機を二機撃破した光景を見て、その手を再びアクシズへと叩きつけた。

 

 ポッ、タァ……

 

「赤黒い泥垂れが、気味が悪いぜ……!!」

「本当、下品ですわ」

 

 ジャア……

 

 だがその泥は母なる地球、それの北米大陸から立ち昇る蒼き光によって吹き払われる。

 

「だが、俺は……」

 

 不明機達からの射撃、光達が密集をしあたかも宇宙空間に摩擦熱を感じさせるような重く厚いプレッシャーに満ちた宙のなか、エイガーは近くのネオ・ジオンのモビルスーツ、ドム・タイプを駆る女性を、黒の泥からその身でかばう。

 

「どうなさって、エイガーさん……?」

「あの蠢く者達の心、何処かで……」

 

 先程の「敵性機」からの攻撃、それによりアクシズの真下を這いながら戦線離脱をしていく一機の旧式。

 

「こちらザクⅠマット機、後退する!!」

「よろし、あとはこの俺!!」

「頼むぜ、連邦!!」

「フォルドに任せなってよ!!」

 

 連邦軍パイロットである彼エイガーが、かつて銃口を向けあったジオンの老兵が乗るザクへと、その視線を向ける姿に隣の令嬢風の声を出す女性は訝しげな視線を向ける。

 

「十年前、俺は確かに感じていた」

「あなたは、ニュータイプとやらでありまして?」

 

 そのドム・タイプを駆る女性ネオ・ジオン兵の質問にエイガーは答えない、無言のままアクシズを押し戻す「手」を、さらにその反撥心を込めた力を強く伸ばした。

 

「もし……?」

「圧倒的な力を、強者を」

 

 若き日の彼、エイガーの悪夢であった「ザク」の偉容が。

 

「怖れ、憎んだ力なき連邦の人間であった俺達……」

 

 物質的な意味での新型兵器、ニュー・タイプ・マシンによって、彼を筆頭とした連邦兵、いやアースノイド達は。

 

「俺達は、その巨人兵に踏み潰された……」

 

 もちろん、個人的にはこの場から退いていく旧式のザクを始めとする、この場にいる元ジオンの特務部隊の連中への恨み自体は、さすがにそれは「割り切れる」エイガーではあるのだが。

 

「あの黒き光はそれに」

 

 渦を巻く、赤く昏くその光で宇宙を侵す怨念の力。

 

「一方的な力に、殺された連中の心ではないのか……?」

 

グゥ……

 

 再び、撤退していくジオン老兵のザクを見やった後、再び周囲へ警戒を始めたエイガーの後ろへ再度の艦砲、そして。

 

「ちぃ!!」

 

 アクシズ低空域へと滑空している、白いギラ・ドーガがアクシズを支えているモビルスーツ達へと威嚇射撃を行う。

 

「邪魔な、ザクの十年越しのマイナーチェンジが!!」

「ジャマ、だヨ……!!」

 

 ガゥ!!

 

 そのサイコミュ搭載タイプと思わしきギラ・ドーガの攻撃が自機シルヴァバレトの脚へと掠めた事で、エイガーは一端アクシズから離れようとしたが。

 

 ガァ、ガッザ……!!

 

「助かる、ネオ・ジオン!!」

「オのレ……!!」

「あれこれ考えてる時ではなかったな、今は!!」

 

 近くのジムⅢと共に、その赤黒き光を袖口から放たせるサイコミュ機、白いヤツを弾き跳ばしてくれたネオ・ジオン兵、新鋭機ギラ・ドーガを駆る彼らへ向かって礼を言いながら。

 

「今が、踏ん張り時!!」

「そうですわね、連邦の殿方!!」

「人の、力は!!」

 

 人の心を身に付けながら、再度エイガー達はアクシズを、いや。

 

「不可能を、跳ね返す!!」

 

 その反骨をもって、十年前の戦争を生き抜いたエイガー機から放たれる蒼い光、その彼の閃光を一機の最新型Zタイプ、黒き光に包まれた紫色のウェイブライダーが。

 

「不可能を跳ね返す、だとぉな!?」

 

 ギュ、キァイ!!

 

 赤き集束ビームでアクシズを支えていたモビルスーツ数機を無造作に薙ぎ払う、年若き少年が嘲笑う。

 

「やれるもんなら、やってみるんだな!!」

 

 ユウ・フロンタル機を支援したアンジェロのZⅢ、彼はそのアクシズへと密着している機体の内。

 

「ん……?」

 

 一際大きな光を放っているモビルスーツ、その姿に目と神経を奪われる。

 

「あれは、まさかカミーユとやら!?」

 

 旧式のZタイプ、それが放つ紅い光にアンジェロ少年はその紅い唇を歪めつつ。

 

「フフ、ン……」

 

 その双眸、不思議な色彩を持つ自身の瞳を薄く細める。

 

「Zガンダム、カミーユ・ビダン……」

「イこウ、アンジェロ……」

「ハッ、フロンタル様!!」

 

 どうやら彼らはガブスレイ・タイプ二機と共に紅い光を身へと纏う、カミーユ機Zガンダムを獲物、標的として定めたようだ。

 

「お乗り下さい、フロンタル様」

「ウム……」

 

 グゥ……

 

 そのままアンジェロは白いギラ・ドーガをその背へと乗せ、紫のウェイブライダーに急加速を行わせる。

 

 ドゥム……

 

 赤き泥が、彼ら怨念の者達を助け。

 

「ジェネレーターが、爆発する!!」

 

 ジムへと乗る連邦兵達を爆破、解体させつつに、そのモビルスーツの死骸が放つ閃光の中を。

 

「こちらクシャトリヤ・ツー、後退する」

「こちらフロンタル、リョウカイ……」

 

 スゥウ……

 

 真紅のクシャトリヤと、ユウ・フロンタル達が交差する。

 

「クシャトリヤが、圧されてイルカ……?」

「フロンタル様、信心です」

「オコルナよ、アンジェロ……」

 

 ビュイ!!

 

 ユウ・フロンタル機からのビームがアクシズへと取り付いた連邦モビルスーツ、それをあたかもハエ叩きのように撃ち落とす光景を目にしたネオ・ジオンのリゲルグ、高機動機体が怒りの声と共に彼らを襲おうとするが。

 

 ズゥオウ!!

 

 敵性機達の援軍、可変機多数の浮上により、その思いは叶わない。

 

「半分は、我々につけ!!」

「ハッ!!」

 

 アンジェロ少年の号令により、その可変機隊は二手に別れ、その一方がリゲルグ達の相手につくその中で。

 

「見えた、カミーユ・ビダン!!」

 

 ミノフスキーの海を掻い潜り続けるZⅢ、白きサイコ・ギラ・ドーガを乗せたそのウェイブライダーが目指すべき目標をそのセンサーで捉える。

 

「ミノフスキー粒子が異常値、しかし!!」

 

 自機へと纏わりつく蒼い光に苛立ちの感情、相をあらわにしながらも。

 

 バゥン!!

 

 彼アンジェロは「ユウ機」と分離しつつに集束メガビームランチャー、多目的ビーム照射システムの照準をZガンダム、ZⅢの兄へと定める。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「シャアの」

 

 どうにか稼働が出来るようになったν-GP、アムロ・レイ専用重モビルアーマーではあるが。

 

「いや、すでにネオ・ジオンの者達には」

 

 呻くように呟き続けるアムロ・レイは、サブ・パイロット達の催促にも動く、機体を動かす気配はない。

 

「戦闘意欲、それが急速に萎えている」

「だからといって、アムロ・レイ」

 

 コウ少佐にしてみれば、未だユウ・カジマとその一党が攻めたてているノイエ・ローテの姿から目をそらす事などは出来ない。たとえニュータイプであるアムロに何が見えていようとも、だ。

 

「まさかこのまま、座して待つつもりか?」

「その、まさかだよ」

「オイ……」

「シャアの切り札、それがあと二枚も残っている」

 

 そのアムロの、彼が目をつむったままに呟く言葉の意味は、核弾頭ファンネルによる直撃を受けた当のコウ・ウラキ達にも解ってはいる。

 

「確かアムロ、あなたは」

 

 リィ、ン……

 

 それでもアイドリングは続けているニューペガサス、その巨体へ寄り添うように内火艇を接舷させているララァ・スンのからかいの言葉が、彼女がその身へと付けている鈴の音と共にアムロの耳を打つ。

 

「昔、核弾頭ミサイルを白いモビルスーツ」

「言わないでくれよ、ララァ……」

「ガンダムのビームサーベルで切り落としたのでしたってね?」

「若気の至りだよ、全く」

 

 正直、その物事が心に残っていたからこそ、彼アムロはニューペガサスの巨大ビームサーベルでシャアから放たれた特殊ファンネル、核爆発を起こすその最終兵器を昔とった杵柄で。

 

「俺の考えが甘かったよ、本当に……」

「出来てれば大スクープだったのに、ねぇ……」

「見世物じゃないんだよ、カイ」

 

 弾頭だけを切り離そうとしたそれは、直線的なミサイル相手であった上の「運良く」出来た品物であって、融通の利く動きが行えるファンネルに対しては、完全な判断ミスである。

 

「まあ、ニュータイプだなんだと言っても……」

 

 スペースランチ、その内部から馴染みの男が放つ軽薄そうな声が、不覚を取ったアムロ・レイのそのボヤキへと要らぬ言葉を返し、放つ。

 

「所詮人間は、神様にはなれないってね、アムロちゃん?」

「あのなあ、ハヤト……」

 

 応援、というば聞こえはいいが、正直ララァ・スンと共にやって来たこの十年前の連中、仲間達は今のアムロにしてみれば。

 

「何で、カイまで連れてきたんだよ?」

 

 フリージャーナリストの男、そして旧エゥーゴの支援組織「カラバ」へと所属していた彼ハヤト・コバヤシを筆頭とする者たちは、物見遊山で宇宙に揚がってきたようにしか見えない。

 

「別にいいでしょうに、アムロ」

「俺はハヤトに聞いている、んですよ……」

 

 そして、この女実業家にしても、彼アムロは「金持ち暇あり」という単語が頭へと思い浮かんでしまう。

 

「息子さんが心配みたいよ、彼は」

「ああ、そうか……」

「貴方がカツくんを、あの連邦軍ユウ大佐の所へ預けたのではなくて?」

「中立の連邦、エゥーゴとティターンズの真ん中にいれば、見識が広がると思ったんだ、俺は」

 

 そう、金髪を短く刈り込んでいる彼女に言われてしまうと、アムロは言い返す事は出来ない。確かにカツ青年については彼アムロ・レイに責任がある。

 

「カツの奴は大丈夫なんだろうな、アムロ……」

「何故、この場にいないカツ君の事をアムロに聞いて、ハヤト?」

「ニュータイプ的な勘、それでどうかと思ってな」

 

 ハヤト・コバヤシ、背丈こそ隣へと立つ同年代、二十代後半の歳と思われる女性と変わらないが。

 

「俺の家内フラウも、心配していてな……」

「これだから親というものは、全く」

「うるさいよ、ハサウェイ君は……」

 

 その堂々たる体躯、ガタイに似合わず彼はどうも心配性のようだ。

 

「心配いりませんよ、ハヤトさん」

「だ、そうだってさね……」

「貴方の息子さんは……」

「マザー・ララァ様の御神託だ」

 

 大型スペースランチと言えども旧ホワイトベース、それの中で特にアムロが親しかった者達が皆宇宙服を身に付けている為。

 

「マジの御利益を確かめた、この俺カイ・シデン様のお墨付きだ」

「まったく、どいつもこいつも……」

「さて……」

 

 そのノーマルスーツの幅のせいでハッキリ言って狭苦しい、その中で特に辺りの宙域へキョロキョロとした視線を投げ付けている男の挙動は、特に。

 

「マザー・ララァ、アムロ・レイの敗因は何だと思われますか?」

 

 鬱陶しい。

 

「止めなさいよ、カイ・シデンさん……」

「俺は彼女に聞いてんの、ベルトーチカ」

 

 人が詰め込まれている狭い船内のなか、ジャーナリストの男にマイクを近づけられたララァ・スン、彼女が微かにその顔をしかめると共に。

 

「アァ、コホン……」

「すみません、このカイの無礼」

「良いのです、セイラさん」

 

 何か、巧くこのカイ・シデンのインタビューをスルーできる彼女は、同姓異性問わず手厳しい性格であるセイラ・マスにも受けが良い。何かシンパシーじみた物が有るのかもしれない。

 

「ハヤトさん、貴方の想っている方は、何かを見つけたみたいです」

「だから、マザー・ララァの御信託、信じるこったね、ハヤト」

「絶対に消えません」

「んだと、さ」

 

 カ、シャシャア……

 

 とにかくスチル、ニューペガサスは勿論として、離れた戦線の宙域にまで。

 

「売れるぜぇ、コイツは……!!」

「まったく、もう……」

 

 その記者の男が船外遠隔操作タイプのカメラ・シャッターを切り続ける姿、それに対してベルトーチカ・イルマは。

 

「熱心ねえ、カイ・シデンさんは」

「あんたも撮影関係の腕があるならば、シャッターチャンスを逃して良いモンなのか?」

「別に……」

 

 元カラバのメンバーにしてアムロ・レイの愛人である彼女は、その肩を竦めてみせるのみだ。

 

「アムロがシャア・アズナブル、あのクワトロさんに負けちゃって、ガッカリしているだけ」

「はいはい……」

 

 ドゥン!!

 

「ナーニやってんだよ、コウ!?」

「すまん、キース!!」

 

 何をどうしたのかは解らないが、ニューペガサスのメイン・エンジンからいきなり火が噴き出した光景。だかそれを見つめながらも、アムロ・レイの恋人は。

 

「白い悪魔の時代、それは終わったのかしらね?」

「そうさ」

「まあ、その方が……」

 

 カ、シャ……

 

 電光石化の勢いで船外へと飛び出したカイ・シデン、ジャーナリストの男がその破損したエンジンへとシャッターを切り続ける。

 

「あなたの子、産まれてくるこの子には良いのかもしれないわね」

 

 そう言いながら、みすからの腹部を軽く擦るアムロ・レイの愛人の姿、それに彼女と同じ髪の色をした実業家の女、そして。

 

「未来を言う、光か……」

 

 羨ましそうに、しかし何処か哀しげにララァ・スンのその褐色の顔が薄く翳る。

 

「私には、たとえ大佐が望んでも」

「ララァ……?」

「無い光ね、アムロ」

 

 フォン……

 

「邪魔だ、マスゴミ!!」

「ジャーナリストの権利だよ、昔の試作機であるゼフィなんとかの!!」

 

 溶接トーチでν-GPのエンジン、それの外装を修復しているコウ・ウラキのハンドドリルがその邪魔者へ投げ飛ばされ、その彼から放たれる苛立った声を耳へとしながら、アムロはララァの言葉の意味を理解する。

 

「シャアから、クワトロから少しだけ生い立ちを聞いた」

「そう、アムロ」

「それだけだ」

 

 フゥア……

 

 春風を思わせる、ララァ・スンの穏やかな微笑みは、アムロには決して届かない。

 

「GPタイプのガンダム乗りだった人、インタビューお願い!!」

「あんた、民間人だろ!?」

「いまさら機密でも何でもないっての、GPシリーズのガンダム開発計画は!!」

「あのね、それでも……!!」

 

 それでもララァ・スン、彼女の声に深く昏い感情が混じっていた事を、アムロは強く感じはした。

 

「エルメス爆破時の初期型サイコミュ、それによるサイコ・ウェーブの暴走がもたらした」

 

 カタァ……

 

 フィン・ファンネル・システム、単なる攻撃端末ではなく、様々な応用が出来るムラサメ研の最新型サイコミュ制御兵装の点検を、神経質な程に念を入れて。

 

「ララァに対する五感の内、視覚触覚、そして嗅覚味覚も失い、聴覚だけのファントムとして俺の前に顕れるしかなくなった霊体」

 

 いつでもサイコミュを稼働が出来る状態にと維持し続けるアムロへの、ララァの低く、闇を帯びた声は。

 

「その悲しみだけの物ではなく、母になれない女のそれか……」

――だけどね、アムロ――

「別にニュータイプ能力、それによる話し合いも盗聴の恐れが、ホワイトベース隊の皆にはあるもんだがね」

――全く、問題ないわ――

 

 だが、ララァ・スンはその心の傷痕、それをアムロ・レイへは感じさせないような、明るく澄んだ声をその心から静かに放つ。

 

――ここにいる人達は、みんなデリカシーを知っている――

「そうかなぁ、ララァ?」

 

 だが、そのν-GPとスペースランチのお外では。

 

「コウ・ウラキさん、どう!?」

「だから、邪魔だとお!!」

「赤い彗星、そしてアナベル・ガトーとの戦いの敗因は何ですかぁ!?」

「まだ、だぁあ!!」

「リベンジ・マッチとの意気込みで!?」

 

 ボゥウ!!

 

 アムロの昔馴染みのマスコミ関係者が苛立ちの頂点へと達したコウにハンド・トーチによって威嚇されながらも、無神経にインタビューを行っている姿を。

 

「あの人、カイは孤児院へお金を沢山寄付しているみたいよ、アムロ」

「そうなのか、セイラさん?」

「だから、彼はもっとマネーが必要」

「そうか……」

 

 コクピットから全天視界カメラでそのマスゴミを目にしているアムロのボヤきにセイラが答え、そして彼女のその言葉に周囲の者達がその顔を見合わせながら、そして。

 

「だからあの人も優しいのよ、アムロ」

「そうか、ララァ」

「ラブ・ユウではなくライク・ユウ」

 

 互いに、穏やかな苦笑を浮かべる。

 

「でも確か、ララァ」

 

 ゴゥ……

 

ノイエ・ローテの周囲では、数多のモビルスーツ達がついにシャアを。

 

「君を助けたシャアが、それを一番良く知っている……」

 

 エグザムの加護を失ったユウ・カジマと白いクィンマンサ、ハマーン・カーン機を矢面へと押し出しながら、数で押し始めた。

 

「悲惨な状態から拾ってくれたシャア、彼が一番優しさの意味を知っていたと言っていたな?」

「貴方が一番デリカシーが無く軟弱な、人の心をえぐっている発言をしているのではなくて、アムロ」

「あえてそう、ララァにとテレパシー通信をしているんだよ、セイラさん」

 

 蟻達が、弱小モビルスーツ達が集い、赤き恐竜「ノイエ・ローテ」ことノイエジールⅡを圧迫している光景はシャアの疲弊、パワー負けであると言える。しかし。

 

「ニュータイプ電話に割り込まないで欲しいな……」

――見かねたのよ、彼女は――

「ああ、そうだろうな……」

――そういう人達には、盗聴をされてもどうって事は無い――

「だけどな、ララァ」

 

 ララァ達の優しさ、それは有り難い物ではあるのだが、兵士としての今のアムロにはシャアへと対する、ささくれ立つ感情が必要なのだ。

 

「シャアにはあと二発の、核弾頭ファンネルがあるんだよ」

 

 そのアムロの声は「通常」会話、口からの普通のそれとして放たれた言葉である。

 

「さっきから動かないと決めている、それに何か意味がアムロさんにはおありで?」

「あるんだよ、キース」

「とにかくフィン・ファンネルへエネルギーを廻している、それにも関係が?」

「考えがあるんだ、俺に」

「フゥン……」

 

 シャア・アズナブルの戦意が彼の疲労と共に失われつつある。それによりあの男が良識ある行動に出てくれればいいとアムロは願いこそするが。

 

「人の運命が思い通りにいくならば、誰も死にはしない……」


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