人を見張るのが入管であるならば、物を見張るのが税関である!
……のだが、悩みの種も輸出入してしまうらしい。
いつだったか、研修の一環として税関の仕事を覗いたことがある。
ここでは税の徴収と輸出入貨物の検査、密輸の取り締まりなどが行われている。
ホノルド氏に休憩がてらにでもと業務命令を言い渡され、ちょっとワクワクしながら税関へと向かった。
「どうも、本官はニッチと申します、こっちの小さいのはサッチであります」
「あーたのが小さいでしょうがね」
……ちっこいガウラ人が二人いた!いつぞやのキノドクさんと同じミショーカ民族なのだろう。
真面目っぽいが抜けている男性の方がマピチュ・ニッチ、それに突っ込む女性の方がマピチュ・サッチである。
「我々、姉弟で夫婦で同僚でありまして」
「そんな事まで言わなくていいんだよバカぁ」
属性の盛り過ぎでは。ガウラ帝国では珍しくもない事であるという。
血が近いと問題だと言うが、帝国はその辺は解決済みなのだろうか……。
「今日は暇でありますので」「暇って言うな」
凸凹コンビ、とでも言おうか、ある意味息ピッタリである。
小型犬か小動物かが追いかけっこをしているかのようにせわしなく動いて回っている。
「こちらが、貨物検査用の機械であります。発明は西暦で言うところの1952年、発明者は……」
「その辺は省略しろよ、アホ」
サッチがニッチの鼻面をポムッと突く。可愛い。惚気も可愛い。
「操作はコンベアに荷物を載せ、タイミングよく機械を通る時にこのレバーを降ろし、早すぎてもダメ、遅すぎてもダメなのであります」
その辺りは自動でやってくれたりはしないのだろうか……。
「自動でやってくれてるはずなんだけれどねぇ」
どうやら彼が勝手にやってるみたいである。
そういうふうに、彼らは私に色々と仕事の説明をしてくれた。
「最近では気になっていることがあります」
「ああ、例の事」
何やら問題でもあるのだろうか。
「最近、夜の行為の回数が少ないのでありまして」
「はぁ!?あーた、はぁ!?」
そんなん私に聞かれても……。
「地球人は大変淫乱、淫靡と聞きますので、何か打開策を持つのではないかとお聞きしたいのですが」
もっとエロいピンクの馬に聞いてね。あと……吉田とか?
「吉田管理官ですありますか!」
「ちょっともう、やめてよ……」
奥さん耳をへにゃっと萎ませて恥ずかしがってる。可愛い。惚気も可愛い。吉田の困る顔も目に浮かぶ。
「それよりも、もう一つ気になる事があるんだよ」
「そうでありました、最近よく見かけるのでありますが……」
この税関というのは貨物の中身を、例えそれが書物やデータであっても、全てに目を通さなくてはならない。
そうなると、帝国的にはそぐわない物も中には見かけるのだという。
「他国に行く分はよろしいのでありますが、中にはこのような書類もあるのであります」
ニッチが差し出したのは……腐敗した女性向けの薄いやつであった!
「きっと地球で言うところのAPFSDSというやつであります」
「LGBT」「あ、そうでありました」
そうは間違えないだろ!
「皇太子殿下の命で素通りさせてはいるのでありますが、本官このDARPAを通すのは苦渋の決断であります」
「LGBT」「むぅ、そうでありましたか」
皇太子殿下がきっと話を通したのだろう。表現だけであれば帝国でも違法ではない(というか表現に関する法が存在しない)からだ。
「それにマンガ?っていうヤツ、派手な人が読むものじゃないの」
そうかなぁ。
「とにかくこの事を、同じく高貴なる絶対者を持つ忠臣である日本人に問い質したく思った次第であります」
日本人的には別に良いのではないか、と思う。そもそも近親相姦してる人たちに言われたくないわ!
彼らの映画、というのは見た事が無いが、帝国社会が映画の影響を受けて何か変わったりはしないだろう。
「いえ、わが国は映画通りの国であります」
ガウラの映画クソつまらなそうだな!
「正直、クソつまらないでありますな……」
「世間話するだけだから頭に入らなくてもいいんだよね」
つまらないのか……。映画の楽しみ方そのものが地球とは違うようだ。
とにかく、創作物が社会に影響を及ぼすのは、余程の出来のものであるか、影響を受けた本人が元からその因子を持っていた時だけである。
「では、LGBTが我が国に流入する事は無いと」
「LGBT」「やや、失礼……いえ、今のは合っていたと思うであります!」
その心配はないだろう、と考える。少なくとも日本人としての見解は、だが。
「少し、不安が和らいだように感じるであります」
「それじゃあ、まだ聞きたいことがあるんだけど……」
そういうふうに、地球の表現が彼らの帝国に悪影響を及ぼすという憂慮の気持ちを、一つずつ解きほぐしていく。
そして誰かがああいういかがわしい本を買っているという事実だけが残った。誰が買ったのかッ!?
「とはいえ、こんなものを買っている人物というのが気になるでありますな」
「貨物の責任者は誰だったかな……」そんなの覗いていいのぉ?私も気になる。
書類には『ガウラ帝国 第二皇太子』と書かれてある。例の地球に来ていた皇太子殿下の事だ。
私は予想は出来ていたが、二人は完全にフリーズしている。
しばしの沈黙の後、ニッチの方が口を開く。
「燃やすであります、何かの間違いでしょう」やめろ!
「あ、そうだ!これ食べるっていうのはどう!?」どうもこうもない。
しばらく(小一時間ぐらい)錯乱状態であった。まあ私も、(これは例え話だが)我らの皇族が近親相姦モノの作品をこっそり嗜んでおられると発覚すれば、そのショックは計り知れない(まあ近代以前を顧みればそこまでおかしな話でも……あるけどさ)。
何とか宥めると、どうすればいいのか……という感じにまたしても押し黙ってしまう。
「……よし、見なかった事にするであります」
「そうね」
何とか落ち着いたようでよかったよかった(よくはない)。
しかし、同じひと悶着が着いた先の税関でも起こるであろうことが予想されるが、まあ私の知る由ではないだろう。