【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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宇宙健啖家

宇宙人の中には長寿な種族も存在し、長いものではなんと何百万年と生きるものもいる。

そして彼らは常に暇を持て余している。

 

私は長ったらしい休憩時間にいい加減ウンザリして勤務形態の改善でも申し出ようか、と考えながら自販機へと向かった。

自販機の前にはミミズク型人種の女性が幾つも飲み物を購入していた。

私が近づくと、首だけが振り向き一言「失礼」と言い自販機の前を空けてくれた。

きっと私はさぞ不思議そうな顔をしていたのだろう、彼女は語り始める。

「私はこの地球にグルメ旅行にやって来たのだ。今は自販機の全ての品を飲もうとしている」

なるほど、と答えながら私はお汁粉を購入した。

「美味しい物は宇宙にはいくらでもあった。ピール首長国の奴隷向け料理は実に絶品だ」

と将来役に立つのか立たないのかわからない情報を話しながら続ける。

「そして、私はこの地球の料理を食べ尽くそうという訳だ。意味は分かるね?」

首を傾げながら私に問いかける、しかし私の返事を待たずに更に話を続けた。

「私が食事巡りを始めてから早くも230余年が経った。食の探求こそが私の使命だ。ただまぁそれには情報がいる」

なるほど、美味しい食事の情報を知りたいのか、と思い彼女に近くの飲食店を教えようと口を開くが、

「いや待て、自分から能動的に探すことに意味があるのだ。それに私の話はまだ終わっていない」と制止し、

「どこまで話したかな、そう情報だ。そもそもこの国の料理とは、歴史を調べなくてはならない」

確かに食の探求者を自称するだけはある、かなりディープなタイプの趣味をしているようだ。

「そう、食事というものを甘く見る者たちを見てきた、なんと愚かしい!料理はその地の歴史、気候、技術水準、信仰と密接に関わっているのに!」

クリクリとした目を見開き、羽毛を逆立て熱弁する彼女の話にも、いい加減長いな、と思い始めてきたがまだ終わりは見えない。

「あなたもこの星の人間ならわかるだろう、私は事前にこの惑星の食文化を調べてきたのだが、なんとも素晴らしき多様性たるや!」

例のナットー菌とやらには驚かされたがね、と付け加える。

「私の熱意は伝わっただろうから、ほら」と羽角をゆらりと揺らしながら手を差し伸べてきた。

私は意図がわからず困惑しつつも手を握る。フワフワして心地よく、まるでひよこを撫でているかのような感触だ。

しかし彼女は慌てて手を引っ込め、今度は急にしおらしくなり、「い、いや、そういう事じゃなくて……」ともじもじし始める。

私には訳が分からず、じゃあ一体どういうことなのか説明してくれ、と頼むと、

「ゴホン、そうだね、回りくどい話はよそう、異星人だし。つまりはこの星で最もマズいものを紹介して欲しいのだ」

変わり者とは思っていたが、ここまでとは思わなかった。彼女は美食家ではなく健啖家だったのだ。

美味しいものならいくらでも知っているが、マズいものとなると話は別だ。何せこの国ではマズいものはすぐに廃れるのだから。

しかも、彼女の種族の味覚がどうなっているのか(有名だが猫は甘みを感じないという)、マズいものを紹介したつもりでも、どう感じるかはわからない。

そもそも美味しいマズいも個人の感性では、というのは考え過ぎだろうか。

しかしまぁ、心当たりはある。イギリス文化圏の連中というのは好き好んで(は、いないかもしれないが)マズいものばかり食べているので、

このまま飛行機に乗ってアメリカに行くか、一旦軌道ステーションに戻りイギリス方面へ向かうのがよい、と伝えようとしたが、

小学校の頃に給食に出たある郷土料理をふと思い出し、その産地を伝えた。

「なるほど、栃木県か、早速向かうとしよう」

彼女は大量の缶を鞄に詰めるとそれを抱え、意気揚々と去っていった。

これで少しは懲りるといいが、きっとあの程度じゃ美味い美味いと平らげるかもしれない。

 


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