【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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異臭人

 

繰り返しになるが、宇宙には様々な人種が存在する。

容姿も様々、言語も様々、そして、体臭も様々なのだ……。

 

ある日の私は妙な違和感を感じていた。極端に客が少なかったのだ。

大体半分程度、5,60名ほどしかいなかった、毎便ほぼ満席なのに。

更に、いつもなら世間話でもしながらゆるりと入国審査を行っているのだが、

その日に限っては誰もが足早に去っていく。

私は、不思議な事もあるものだ、と思いながらも普段通り仕事を続けていたのだが、

ある時異様な臭いがすることに気が付いた。

何というか形容しがたく、硫黄かアンモニアか誰かの靴下の臭いかにも勝るとも劣らない、凄まじい悪臭であった。

そしてその臭いの主が、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくるのがわかる。

ちょうどその時審査をしていたオオカミ型人種の客が「早く、早く判子押してくれ!」と懇願する。

慌てて押すと乱暴に書類を受け取り一目散に駆けていった。

確かにこの臭いは耐え難く、いかにも嗅覚の強そうな彼らにとっては地獄かもしれない。

もちろん、私もその場から逃げ出したかったが、それは許されない。

そして、主は面前へと現れた。カエンタケのような容姿をしたそれは、呼吸の度に胞子のようなものを噴出させていた。

私の顔はさぞ引きつっていたことだろうが、それでも仕事は行わねばならない。

差し出された書類には何やら粘液のようなものが付いている、触ろうとすると、

「あ、触らない方がいいかも」とこの人物は言う。「かぶれるかも」と。

しかし触らなきゃ仕事にならないし、そんな事を今更ぬけぬけとよく言えたものだ。

私は粘液を気にせず書類を確認する。検疫証明書が存在するのが実に不思議だ。

その間にも臭いは私を襲い、涙がボタボタと溢れ出、胃液が口から飛び出ようと食道を駆け上がらんとしていた。

この臭いは筆舌にし難い、硫黄臭やアンモニアの刺激臭、スカンクの放屁でさえもこの臭いを嗅いだ後ならば、

まるで神秘の森の奥の澄んだ空気のように感じるのではないだろうか。

流石にこいつをそのまま入国させるわけにはいかないと、私は上司に相談しようと席を立つが、いない。裏方の職員はみんな退避していたのだ。

この菌類人種の男性は「あのー、まだでしょうかー」と苛立ちを見せ始める。

出来る事ならこの異臭物体を今すぐ宇宙空間に叩き出したいものだが、そういうわけにもいかない。

私は上ってくる吐瀉物をグッと飲み込み、申し訳ございませんが、と入国の拒否を告げた。

しかし納得がいかない様子だ。当然である、書類はすべて揃っているのだから。

「何故だ、これは差別だぞ!」と粘液と胞子をまき散らしながら怒鳴る。

バーナーで火をつけてやりたい気持ちを抑え、お問い合わせは日英共同大使館まで、と続けるが、

やはりいい気はしていない様子で、「しかしねぇ、君、理由が知りたいね、理由が」とまだ居座るつもりらしい。

これ以上いられては堪らない、私は、申し訳ございませんが今回はお引き取り下さい、と念を押して言う。

そうしてようやくこの人物は立ち去った。臭いで死ぬかもしれないと思わされたのは初めてである(今後も無いだろう、無いと嬉しい)。

私はすぐに掃除を始め、その後に大使館に連絡を入れた。向こうさんは何か言いたげだったが、詳細を懇切丁寧(さながらクレーマーのよう)に説明すると、

「じゃあ、今回は仕方ない」と渋々受け入れてくれた。

 


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