【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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ふわふわの警備員

クリスマスについて正しく理解している日本人は存在しないだろう。

そして、クリスマスよりも天皇陛下の誕生日を祝う、という人間は少数派だ。

 

さて、帝国郵船というのがこの太陽系の宇宙交通についての支配者だというのは説明した通りだ。

しかしだからと彼らが利益第一な体質かというと、どうやらそうでもないらしく足りない人員はさっさと補充するし、休暇もすぐに出る。

更に現地民の文化風習を尊重する事も、『帝国』とは似つかわしくはない(元より帝国という言葉には善政悪政の意味は含まれていないのだが、世間一般的にはそうでもないというのはきっとご存じだろう)。

そして数日後の12月23日、即ち天皇陛下誕生日ももちろん休業で、この空港は完全に停止する。

となると、我々職員は休日に何をしようかと考えるのだが、この季節でも私に恋人がいないということは前述の通りである。

吉田が「どうせ暇だろ、お前も来いよ」とクリスマスの集まりに誘ってはくれたが、君だけならまだしも面識のない人間が来るなら行かないよ、と答えた。

すると彼はこう言う。「だろうな。来ると言い出したらどうしようかと思ってた」

だったら最初から聞くな!と私は思った、そしてその私の顔を見たのか彼は、一応聞いてみただけ、と付け加える。

しかしそうなると私の休日の予定は白紙だ。つい先ほども述べたが私にはクリスマスを共に過ごしてくれる地球人はいない。

だが暇そうにしている異星人なら心当たりがある、例の警備員だ。彼のフワフワの毛皮を堪能しながら過ごす休日はさぞかし幸福だろう!

 

そうして当日、彼は私の部屋にいた。

「それで、天皇陛下のお誕生日にはどんなお祝いをするんだい」と彼が言う。

別にちょっと国旗を飾るだけだ、と答えると不思議がるのだ。

「君主の誕生日なのにおかしな国だ、こんなめでたい日は盛大に祝うべきじゃないか」

確かに最近の日本人の天皇陛下への敬愛とか忠誠心の低さには嘆かわしいものがある、というのは自覚しているし、彼らのような帝国出身にとっては尚更奇妙に映るだろう。

まあ嫌われているわけではないし、身近な存在なわけでもないから、江戸時代程度に戻った、とも考えられるが。

それよりも私の今回の目的はこのふかふかの毛皮に飛び込むことだ。以前から時々頼んではいるが、あまり触らせてはもらえない。

無理に触ろうとするとやはりセクハラになりそうだし、無理強いはしていない。そして今、私は策を練っている。

「なんだか悩みでもありそうだね。ね、君、どうして考え事をしているの」と彼は私の態度を不思議に思ったのか聞いてくる。

いやなんでもないよ、と当然答えたが、やはり気になっている様子で鼻をヒクヒクさせている。

「だって君、私を部屋に呼ぶだなんて、何か重大な事でもあったに違いないからさ」

君たちの国ではそうなのか、と聞いたところ「いや地球人はプライバシーを大事にするって言うじゃないか」との事だ。

言われてみればそうだが、流石にファミレスで宇宙人は目立つし、第一これからセクハラに近い事をしようというのに人目があるとまずいのだ。

上手にやらなくては国際問題にもなりかねないが、そのリスクを負ってでもあのフワフワの毛皮に触りたい、あれはそれほどの物なのだ。

「君の考えていることを当ててやろうか、どうせまた私の毛を触ろうと企んでいるんだろう」

普段から言っているのでバレバレである。全く、恥も外聞も無いのかね、と言って彼は溜め息をついた。

そして彼は尻尾を前にやって「仕方ない」と一言。

私はお言葉に甘えて思う存分触らせてもらおうと思ったが、尻尾に抱き着いた時のあまりの気持ちよさにすぐ眠ってしまったらしく、ほとんど記憶が無かった。

うーん、残念。

 


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