【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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帰国ラッシュにて

年末年始と言えば、いつもの日本では海外旅行のシーズンだ。

例年と違うのが今年は一つ選択肢が増えたという事だろう。

 

帝国郵船系列のとある観光社が日本人向けにツアーを企画していた。

無論この値段というのがかなり張ったものなのだが、暇と金(とそして見栄)を持て余した連中が何人も宇宙へと飛び立った。

くれぐれも地球人の顔に泥を塗るようなことは避けて欲しいものなのだが、それでもいくつかの家族や団体が送り返されてきた。

彼らは口を揃えて、知らなかった、文化が違い過ぎた、などとのたまうが、そんな事はわかり切った事なのだから即ち、郷に入っては郷に従え、としか言いようがない。

そして年が明けてから数日、日本人たちの帰国ラッシュが始まる。楽しそうにしている人もいたが、やはり疲れた顔をした人が多かった。

パスポートに菊花紋章が並ぶのは惑星内の空港ならば不思議でもないのだろうが、こういう宇宙港では妙に新鮮味がある。

列も半分か、といったところである男性が話しかけてきた。

「いやー、人生観変わったわ」と語る。私がへぇ、とさほど興味も無さそうにあしらったので不満に思ったのか彼は続ける。

「君もこんなところにいないで宇宙に出たらいいのにさ。価値観変わるよ?」

いかにも、化外の文化に毒された日本人のようなことを仰るので、そうですね、あなたの言う通りです、と答えた。

するとまたしても気を悪くしたのか、「いやいや、人生損してるよ。こんなくだらない仕事なんてしてちゃあね」と言う。

くだらない仕事とはこれまた結構な言い分である、自分はさぞ良い身分なのだろう、当然私は途轍もなく頭に来た。

結局この男は他者を見下すために見識を広めようとしているのだろう。

さらに続けて「これからはグローバルな感性を持つべきだよ」などと言う。

こんな典型的な帰国子女みたいなことを抜かす人間が本当に存在したとは!しかも余程私に嫌味を言って欲しいらしい。

私はその事についてバカ正直に訊ねてみたが、すると彼は怒り出した、「客に対してなんて失礼だ!」と。

高々数日でここまで増長するのだから、留学生なんかが日本人とその社会を見下すのも当然と思える(実際には性格の問題だろうが)。

確かに宇宙社会は洗練されているものもあるだろうが、それが即ち日本の文化と社会が劣っている、という事にはならない。

結局のところ彼は所謂『意識高い系』な人物なのだろう。自尊心だけが肥大化してアイデンティティを持たないのだ。

私は彼に早く先に進むよう促した。

 

それからの帰国者たちに彼のような人物はいなかったが、やはり多くは文化摩擦で疲労していた。

よく聞いたのは監視ばかりで非常に疲れた、と言う話である。治安の良さを優先して選ぶと、自ずと警察国家にぶち当たるのだ。

しかし監視も気にならないほどの図太い神経を持つ者なら十分に楽しめただろう。

誰が言ったか、『どんな所よりも一番素晴らしいのはやはり母国である、愛国者の誇りとはそういうものなのである』という言葉がある。

彼らはそれを身をもって知ったのではないだろうか。私は故郷の事を思い出していた。

この繁忙期が終わったら一度実家に帰って数日程のんびりしよう、と。

 




※『いかにも、化外の文化に』の部分に誤字報告がありましたが、これはわざとです
※お察しの通り、主人公はちょっとヤベー奴な部分も持っております
※ご報告ありがとうございました

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