【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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静かなる恐怖

 

卓越した科学は魔法と見分けがつかない。

これを強く思い知らされたのはある事件に遭った時だ。

 

私はその日も入国審査を行っていた。

特にトラブルもなく客の列も半ばに入った頃、問題の人物が現れた。

「やあどうも」と言う男は地球人類であった。

書類を差し出す彼は、何故だか妙な笑みを浮かべていた。

パスポートの表紙にはハクトウワシが描かれていた。

ジロジロと見ているのを悟られたのか、彼は「何か顔についていますかね」と問いかけてくる。

慌てて取り繕うが、この人物のなんとも不気味な雰囲気を感じ取れるのはこれまでの経験あっての事だろう(自分で言うのもなんだが)。

書類を見ると、不審な点というものは見当たらない。だがそんなはずはない、と私の勘が言っていた。

しかし、何度読み返してもどこにも間違いは無く、書類も全て揃っており、

写真と見比べてみても間違いなく同一人物である。

私が不気味に思うのはこの人物の表情であった。

彼はどうも、人間らしい表情をしていない。さながら無生物のよう、というわけではなく、

何と言うか少なくとも人類ではないような気がするのだ。人の皮を被っているような印象を受ける。

だがここまで来れたという事は、各種検査をパスしており内部に問題は無いという事なのだ。

私が妙に時間をかけていることを不審に思ったのか、彼は「どうかされましたか」と話しかけてきた。

いえ、別に、とパスポートに目をやると、丁度親指が顔写真を半分覆っていた。

これは本当に偶然なのだが、そこでふと思い出したのが『人間の顔は左右対称ではない』という事であった。

何らかのテレビ番組で見た記憶だったが、試してみようと思い、もう少しだけお待ちください、とパスポートを手に持ち裏へと下がる。

そうして、写真をスキャンし、画像にシンメトリー処理を施したところ、奇妙なまでに左右が対称だったのだ。

これは変だ、と上司に掛け合うと「一応、調べてみようか」と警備員の彼を呼び出し、男の元へと向かう。

男は驚いた表情でこちらを見ていた。

「申し訳ありませんが、もう一度検査を受けていただくことになります」と警備員に告げられた途端に男は一目散に駆け出す。

しかし、すぐに取り押さえられてしまった。

 

翌日、続報が入る。

彼は宇宙のテロリストであることが判明した。何とも肝の冷える出来事であろうか。

こういう前FTL文明を狙う侵略者は珍しい事ではないのだという。

私はお手柄だと上司や同僚に褒められ、ガウラ人職員にも大いに感謝されたが、とても喜ぶ気にはなれない。

何と恐ろしいのだろう、と身の毛のよだつ思いだ。

彼は遺伝子を操作して人間に化けていたのだという。さらに後日、ある惑星で地球人男性の遺体が発見された。

この事件に関して報道規制が為されたのは言うまでもない、大恐慌を起こしかねないのだから。

SF作品でよく見かけるような出来事だが、実際に目の当たりにしてこれほど恐ろしい出来事もないだろう。

今回は捕まったが、これからはどうなるだろうか、これまでにも紛れ込んだものがいるのではないだろうか。

 

それから数日は気が気ではなく、とても思いつめていた。

そのような思いが顔に出ていたのか乗客の何人かも不思議そうにしたり、こちらを心配そうに見つめていた。

ある時、休憩時間にメロードがやってきて「ほら」と尻尾を差し出す、これをやると私が喜ぶと思ったのだろう。

私が彼の尾に顔をうずめると、彼は口を開く。

「文化の違いもあるからどうやって励ませばいいかはわからない、だから好きに触っていい」

さらにそこへやって来たのが吉田だ、手にはおしるこ缶を持っている。

「最近なんか気にしてるみたいだけど、こんな事で思い詰めてちゃキリがないぜ」

まぁ責任は重大だけどな、と付け加えた。

どうにも、私の様子にみんなが心配していたようで、とりわけ親しい二人が励ましに来てくれたのだ。

彼らが言うには、そもこれはお手柄なのだから落ち込む必要は無いし、何よりも来るか来ないかわからないものを警戒していればそのうち倒れてしまうだろう。

その言葉を聞いているうちに、ははぁ確かにその通りだ、とすっかり思い直し、なんだか肩の荷が落ちたような心地だ。

こんなに簡単に気が晴れてしまっては、私も随分と単純な頭をしているな、とも思うが、そんなに悪い気はしない。

 


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