【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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帰れない!

 

安かろう悪かろうはよく言ったものだ。

私の知る限りこの言葉には例外が存在しない。

 

 

格安を謳う会社が商品を横流しにしたり、計画的な倒産をして大騒ぎになっているのは記憶にも新しいだろう。

無論、計画的でなくても倒産する時はするのだが、惑星間を跨ぐ旅行会社が倒産すると、事態はかなり深刻となる。

つまるところ、ロビーで「帰れない!」と嘆いている客が大勢いるのだ。

ここが銀河の大都会ならまだしも、辺境の片田舎地球である。

しかもどうやら困った事に、彼らは富裕層ではなさそうなのが見て取れる、翻訳機を付けていないのだ。

というのも、こういった連中は行き帰りの賃だけで旅行資金を使い果たすらしく、善からぬ連中に支給された翻訳機を売っ払ってしまうのだという。何故か特に対策はされていない。

そうして、いつもの通り暇になった我々がすぐに駆り出された。

 

一応一声、どうされましたか、と尋ねると、帰って来るのは罵詈雑言である。多分わかっていないと思っているのだろうが。

「何だいきなり話しかけてきて!ミヒドン語もわからないのか?この愚かな原始人どもめ、気が利かない連中だ」

一体何様のつもりなのか問い質してやりたいところだが、ここはグッと堪える。

このミヒドン人という、鰻に手足が生えたような連中はどうも排他的な志向の持ち主(なら自分の星から出てくるな)のようで、宇宙でもあまり好まれる存在ではない。

彼に予備の翻訳機を手渡し身に着けさせるとやはり怒鳴りつけてくる。

「旅行会社が倒産した!何とかしろ!」

何とかしろとは言うが、どうしようもないのだ。何せ、我々はミヒドンとの国交は開いていてもいかなる条約も結んではいない。

銀河では、異文明とはお互いに認知した際には特に明言が無い限り国交は開かれたものとする、というはた迷惑な国際常識がある(このせいで地球文明の外務省がてんやわんやしてるのだ)。

人の往来だけは出来る国、という状況が度々発生し、その場合こういうトラブルがあった場合の解決策が全くと言っていい程無いのだ。

よくもこんななあなあの状態で秩序を保ってこれたものだ。それともルールがあるから破られるのだろうか?そもそも秩序は保たれているのか。

そんな事を考えていたら彼がまた怒り出す。

「聞いているのかおい!」もちろん聞いていない。

彼の言う事を要約すると、ツアーを企画した旅行会社が倒産してしまい、宙間航行船のチケット代が支払われず帰れないのだという。

知った事か、と言ってやりたいところだが、それではこの連中は空港にいつまでも居座るだろう。

しようがないので関係各所に連絡を取る。吉田が電話をかけている間、こいつらの相手をしなければならないのは私だ。

彼らは20人ほどの集団だが全員が金を持っておらず、喉が渇いた腹が減ったなどと喚きだした。

このまま騒がれ続けても迷惑なので、とりあえず水を出すと彼らは何と言ったと思うだろうか。

「ただの水を我々に出すとは無礼だ!」などとのたまう。

無一文の分際で生意気を言うんじゃない、と言ってやりたいものだ。

 

そうしているうちに吉田が連絡を終えると、席が空いている便に有償だが乗せられることとなった。

日本円で言うならちょっと多めの昼ご飯を食べる、ぐらいの値段なのだが「金なんか払わんぞ!」と彼らは言う。

彼らはほとんど手持ちを持っていない上、仮に持っていても払う気もないのだという。

バブル期の日本人海外旅行者でもここまでの人間はいなかったのではないのだろうか。ひょっとして帰りたくはないのか?

「君たちが払うべきだ!」何故なのか、これがわからない。

一応吉田がまた連絡を取ってみるが、帝国郵船はどうしても彼らに金を払わせたいらしい。

というのが、銀河金融協定と呼ばれる、宇宙国家間での『資本』に関する決まり事がまとめられた協定が存在していて、ミヒドンはそれに参加していないのだ。

つまり取り立てが出来ないのだという。どこまでも迷惑な連中なのだ!

ここで支払われなければ永遠に取り立てることは出来ないのである。ではどうしようか?

 

打つ手なしと悩んでいたところに、吉田の元に帝国郵船から連絡が入る。

通せ、との事だ。これはどういう事だろう、と二人で悩んだが、とりあえず彼らを搭乗ゲートへと案内した。

しばらくすると迎えの便がやって来た。なんだか不気味に思いながらも乗客らを見送る。

この連中は能天気にも喜んでいる様子だ。

 

さて後日の話、吉田が彼らの処遇について聞いてみたところ、驚くべき返事が返って来た。

なんと、彼らを人質にして彼らの国に直接脅しをかけたのだという。

料金が支払われなければ宇宙船ごとブラックホールに叩き込むぞ、と。

流石にミヒドン政府も対応せざるを得なくなり、無事にチケット代と迷惑料をふんだくったという話だ。

やはりケチケチしたことはするべきではないし、安かろう悪かろう、安物買いの銭失いここに極まれり、といったところだろうか。

とはいえ、多少しおらしくしていればもっと対応は変わったと思うのだが。

 


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