帝国、というのだからガウラにも皇族がいるのは想像に難くない。
というか先日その存在を聞いたばかりだ。
しかし実際どんな人物なのかというと、ガウラ人職員に聞いてみたところとかく讃頌の言葉しか返ってこない。
もっとも自分の君主を悪く言う人物は圧政に苦しむ市民ぐらいだろう。
彼らの言を鵜呑みにすればとにかく素晴らしい人格者であるという事になるのだが、実際に会ったものはいないそうな。
是非とも一度お目にかかりたいと皆口を揃えて言う。
しかしながら、まさか自分が彼らの内の一人と行動を共にするとは思ってもみなかった。
その日も普段通りに出勤したのだが、何やらざわついている様子だ。
特にガウラ人職員の慌てぶりが目立ち、緊張もしているように見える。
先に出勤していた吉田に話を聞いてみる。
「なんでも、お偉いさんが来るらしいぜ」との事だ。
私は、へーどんな人なんだろう、と少し興味があったが、とりあえずは目下の仕事の準備に取り掛かった。
そこへ、メロードが飛び込んでくる。
「聞いたかっ」何を、と聞き返す間もなく彼は続けた。
「今日は皇太子殿下がこの星にいらっしゃるのだ失礼の無いように」
早口でまくし立てられ、私はきっと何のこっちゃという表情をしていたのだろう、頬をぷにぷにと触られた。
「わかってるのかおい!我がガウラの皇太子殿下なんだぞ!」
ここまで興奮している彼を見るのは初めてで、なんだか滑稽にも思えたが、確かにこれは一大事だ。
どんな人物なのかと聞いてみると、礼賛の言葉がもう出るわ出るわで、彼らにとってはまさしく神のような存在なのだろう。
ただし一つ、「しかし殿下は少々破天荒なところがある……」とだけ気になる言葉を最後に置いた。
さて、いつものように客人の話を聞きながら列を進めていると、少し挙動不審なガウラ人がやって来た。
私は少し怪しく思い、どうかされましたか、と声をかける。
声を聞いた途端に彼は毛を逆立て、どうして、とでも言いたげな表情でこちらを見ている。
どうしてもこうしても、耳をピクピクと頻りに動かし、尾も垂らしていて周りの目を気にしている挙動不審を絵に描いたようなガウラ人はそうそう来ないのだ。
書類の催促をすると、意外にもきちんと揃っていた。しかしこれでは何故怪しい挙動をしていたのかがわからない。
私は書類に偽造の痕跡がないか穴が開くように見つめる。彼も固唾を飲んでこっちを見ていた。
だが痕跡は見つからず、私は彼をただ単に挙動不審なだけの観光客、と結論付けようとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
「あぁーーっ!!」と叫んだのは私でも彼でもなく、警備員、メロードである。
全ての客人が入国を終え、私は急いで持ち場を離れた。
『不審人物』はなんと応接室に通されたのだ。メロードもそこにいる。
私はひょっとすると彼が、と思い始めていたのだがこれはまさしくその通りで、応接間では質疑応答が為されていた。
「どうしてこんなことをしたのですか、我々は準備をしていたのに!」と言うのは支部局長である。
つまるところ、この挙動が不審だった人物が例の皇太子殿下であった。
「まあ……堅苦しい事は言わんといてな」と随分軽い口調で話す。
「式典とかほら、面倒じゃないか。時間もかかるし、君たちも辛かろう。なあ職員さん?」
入室した直後に急に振られたもので、あ、はい、としか答えることが出来なかったのが残念だ。
「ほらね、それに君らに監視されちゃつまらん。おれは半分、いや大方は観光に来ている」
「いいえ!大事な職務がございます!」支部局長は声を荒げる。
「あなたはここの職員を激励するためにいらっしゃったのではないのですか!慰問でしょう、慰問!」
「それはお父さんが勝手にやって欲しいんだけどなァ」
ガウラ皇族が相手だというのに支部局長は憤りを全く隠していない。
メロードもうんうんと頷いてる事からガウラの価値観ではこれが普通なのだろうが、地球人からすればひやひやモノだ。
「そもそもがですね、護衛もつけずに観光などとは…」と言いかけたところで、表情が一変、待ってましたと言わんばかりの顔になり、ザッと立ち上がった。
「護衛がいれば、いいんだな?」
支部局長は「え、ええ、まあ……?」と急に問われたので若干困惑している。
「なあ君、君はどこ所属だ」と私の隣でボケーっと突っ立って問答を聞いていたメロードを指さして問いかける。
メロードも困惑した表情で「第7軍、第47師団の超能力兵第114連隊です」と答えた。
そんな所属があったとは驚きだが、この答えを聞くと皇太子殿下は「では君、私の護衛に付き給え」と言い放った。
支部局長は大いに怒った。「ダメです!そんなのは絶対に!いくら彼が精鋭でもきちんと本国から派兵を!」
しかしメロードの方は俄然やる気が出たらしく、「やります、やらせてください!こんな名誉なことがあるでしょうか!」と感極まって叫んだ。
「ほら、彼もこう言ってるし」と殿下。そういう問題ではないのではなかろうかと思うのだが。
こうしてしばらく押し問答を続けていたが、支部局長の方が根負けして「困っちゃったなぁ、もう」と応接室を出て行った。
これから各所に連絡をするのだろう、おいたわしや。
「さてと、では君、頼んだよ」殿下はメロードの頭にぽんと手を置いた。
「はっ、光栄でございます」と彼は拳を握りしめて歓喜に震えている。彼の興奮はこちらにも伝わってくる。
「しかしなぁー」と殿下は急に声色を、いかにも何かに悩むかのような風にわざとらしく変えた。
「観光したいんだけど、いいガイドはいないものか。君、知ってる?」
メロードに問いかける。彼は顔を上げるとジッと私の目を見つめてくる。その手は食うかと私も睨み返した。
「いい人はいないものか、この騒動を知っていて、ガウラ人とも親しい日本人は」
殿下も私の方をチラチラと窺いながら続けた。ああ、こいつは何が何でも我を通すつもりだな、と悟る。
それでは、と自分が案内する旨を伝えると「そう言ってくれると信じていたよね!」とやはり私の頭にもぽんと手を置いた。
メロードも少し嬉しそうな表情をしている。私はため息しか出ない。
誰かさんはこれを『少々破天荒』と表現したが、私に言わせればこれは『かなりの無法者』である。