【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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殿下、地球に来る:文化の楽園

殿下は色々と準備がある、と宇宙港職員に話をしている。

その間、私とメロードは自身の準備を整えていた。

 

 

メロードはというと、鼻息を荒くして興奮しているのだ。

「こんな名誉なことがあっていいものだろうか!?」

私としては、まあいいんじゃない、としか答える言葉はない。

もっと心配なのは私がしっかりと案内が出来るかという点だ。というのが、私が友人がいない上大のインドア派であることに起因する。

休日もあまり外に出ないし、外食も恋人(元恋人と言うのが正しい)に誘われた時だけで、大体自分で済ませてしまう。

かといって家で何をするわけでもなく、SNSを覗いたり、本やデジタルノベルを読んでいたりと傍から見ればこいつは何のために生きているのだろう、と言われても不思議ではない(だから振られてしまったのだろうが)。

つまりは、観光名所などというのは有名どころしか知らないのだ。

これは困ったとスマートフォンと睨めっこしている私の顔をメロードが覗き込む。

「急に無理を言ったようで、申し訳ない」

全くその通りだ、専門のガイドを雇えばいいものを。

「そうは言っても、急に王族のガイドを受けたがる人間なんているかな」

確かにそれはいないと思われる。いずれにせよこれは天命だったと諦める他ない。

日本、ひいては世界の顔に泥を塗らぬよう精一杯やるしかないだろう。

「わかった、じゃあ終わったら私の毛皮を堪能するといい。好きなんだろう?」

よくわからないけど、という表情をしている。もちろん大好きだ、それを聞いて少しはやる気が出てきた。

こんな大仕事を承ったのだから、文字通り全身で堪能してやろうと思う。

 

さて、殿下はどこに行きたいのだろう?

それを考えて案内をしなくてはならない。直接聞くのがいいが、聞かずとも慮るのが忖度というものだ。

「おれは書店に行きたい。書店にはその星の全てが詰まっているからな」

しかしながら殿下のこの一言によって忖度の必要もなくなってしまう。

「行きたいところは粗方調べてあるのだよ」

では何をガイドすれば、となると小さなルールや慣習についてはよく知らないから教えて欲しいとの事だった。

「さてさて、それでは行こうではないか、この星の全てを手に入れに!」

えらく仰々しいが、書店で多くの事を学べるのは確かだろう。

 

私も書店に来るというのは久しぶりだ。最近は通販で概ね手に入るものだからズラリと並んだ数多の書籍には圧倒される。

店内には客人が結構いたが、何人かは地球外の人であった。

きっと殿下と同じことを思ったのだろう、教養なんかの本が置いてある棚を興味深そうに眺めている。

私はてっきり殿下もその一般書が置いてあるコーナーへと向かうのかと思ったら、彼は漫画のコーナーに入っていった。

メロードもその後ろに続く。私は呆気に取られてしまった。

殿下に、地球の文化などを学びに来たのではないのですか、と問いかけると彼は言った。

「こういう娯楽作品ほど、この国、あるいはこの星の倫理観や文化がわかるというものだ」

なんとも、理解は出来るが今一つ納得は出来ない答えが返って来る。

「この中指立ててる奴、面白いですよ」

メロードが多分薦めるべきではないものを薦める。そういう例外的なものを見て地球の文化を理解しないでいただきたい。

「うーん、どれにしようかなァ、面白いものがあるとは聞いたが、これほどの量とは思わなかったよ」

独り言で、この星に来て仕事をする気などさらさらなかったことを白状しながら棚を舐めるように眺める。

流石のメロードも呆れたような表情をしていた。

私はふと思い立ち、漫画しか読まないならば、と、ある提案をする。

殿下は目を煌びやかに輝かせ「そんな素晴らしい施設があったとは!」と叫んだ。

メロードが「殿下、書店では静かに」と窘める。

 

そう、私が提案したのはいわゆる漫画喫茶である。私も暇が潰せるし。

殿下はやはり目を輝かせて子供のようにはしゃいでいる。

「やはり違うな、この星の大衆による大衆の為の文化は!」

こういう、大衆の娯楽が充実している文明は意外にも珍しいのだという。

多くの場合、為政者が一方的に与えていたり、厳重な検閲を通さなくてはならなかったりするらしく、地球ほどの発展を遂げているものは極めて稀なのだ。

とある宇宙の社会学者は『文化の楽園』と表現し、また別の学者は『創作無法地帯』と表現した。

とにかく、自由に創作、表現をしたり、それを閲覧出来るという事はとても恵まれた事なのだ。

ガウラにおいても事情があるようで、資本主義時代に深刻な文化退行を起こしあらゆる創作物が廃れたという経緯がある。

なのでこの皇太子殿下は、この星に面白いものがあると聞き、居ても立っても居られなくなったのだろう。

そう思えば少し切ない感じもするが、殿下はメロードと一緒になって多くの漫画を持ち出し、二人して店員に怒られていた。

「いっぱい持ってっちゃ駄目なのか……」と席に着くと一心不乱に漫画本に噛り付いた。

その後、2、3時間ほど二人は漫画を読み漁った。少年漫画から風刺漫画、果ては成人向けの漫画まで。

私はどれが一番良かった、と聞いてみる。殿下は「恥ずかしながら、これかなぁ」といわゆるケモノ(つまり彼らと容姿のよく似た)の成人向け漫画を口にする。

あまりにも堂々とアダルト漫画を出して来たので私も驚いたが、彼ら的には開けっ広げにしても問題ない部分なのだろう。

メロードは、と聞くと、彼は少し恥ずかしそうに少女漫画の作品を挙げる。獣人と少女の恋を綴った物語だ。

私は、やっぱりモフモフしてるのが好きなんだなぁ、と妙に納得してしまった。

 


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