【完結】地球の玄関口   作:ターキィ

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殿下、地球に来る:テルマエ・ガウラ

昼飯時も少し過ぎて、ご飯を食べるのなら今からならどの店も空いているだろう。

私はガイドとしての仕事を果たすべく、昼食についてを殿下に聞いた。

「ああ、目星は付けてある」

何とも用意の良い事に、予約まで済ませてあった。しかしこれでは立つ瀬がないというものだ。

 

 

昼食は殿下の予約した店、なのだが、どう見てもただのビュッフェ形式の店だ。

私は目を疑ったが、何度見ても目の前に安くてマズい事で有名な飲食店が鎮座している。

「驚くなよ護衛、ここでは色んな料理が食べられるのだ」

殿下が得意げにメロードに話しているが、メロードは微妙な顔をしていた。

ただ、噂は聞いたことがある。このビュッフェ形式というのが宇宙人らには人気なのだ。

おそらくは滞在時間が限られているので、色んな種類の料理を少しずつ食べる事が出来るのが理由だろう。

味はともかくも、料理の種類は豊富で和洋中が揃っている。

店員の説明を聞き終えると、殿下はサッと料理の元へと向かった。

私も後を追う。メロードは荷物番だ。

食器を持って一緒に列に並ぶと「どれが美味しい?」と殿下が聞いてきた。

この店に美味しいものなど存在しないが、まあ外さない、というのはウィンナーや唐揚げだろうか。

私が目ぼしいものを皿に載せてやると「ほほう、ほうほう」と何やら頷いていた。

それから私は、これは冷めると美味しくない、とスパゲッティを皿に盛ってやると「急がねば」と席まで慌てて戻ってしまった。

メロードの分もある程度取って私が席に戻ると、大急ぎで掻き込んだのか殿下が喉に何かを詰まらせて苦しそうにしていた。

それでは味もしないだろうに(尤もしたところで大した味ではないのだが)。

 

さて、昼食も済ませたところで、殿下が是非とも行きたいところがあるらしい。

「風呂だ、我が国も風呂に関しては少々自信があってね。日本においてもそうだと聞いたものだから」

しかしすぐに声のトーンを落としてしまう。

「しかしながら、予約が出来なかった。なんでも宇宙人お断りだと……」

残念そうにしている。断った方もまさか相手が皇族だとは思わなかっただろう。

だが断られた理由はわかる。ガウラ人である彼らにはわかるまいが、やはり地球人ならピンとくるだろう(以前にも似たようなことがあった気がする)。

私は翻訳機を外して、彼らに聞こえないようにとある温泉施設に連絡をした、すると二つ返事で予約が出来た。

時期ではないとはいえ、当日に予約が取れるとは奇跡であろう。やはり皇族たるもの『持っている』なと感じる。

「凄いな、一体どうやったんだ。穴場があるなら教えてくれよ」

これは裏技である。もし日本の温泉に入りたくても断られた、という宇宙人が読者の中にいたら、ペット可能の施設に連絡してみよう。

哺乳類人種や鳥類人種なら意外と利用させてもらえるのだ。惜しむらくは今回は結構遠出をしなくてはならないという点だろう。

無論、そういう事を直接本人らに言う訳にもいかないので、内緒、とだけ答えて駅へと向かう。

 

 

数時間ほどの長い移動は二人を疲れさせるには十分であった。

私はこれを見越し、二人の間に陣取ったのだ。これがどういう事なのかお気づきだろうか?

つまりは寝ている二人をモフり放題という事である!

とはいえ、流石に皇太子殿下に自分から勝手に触れるわけにもいかないので、うまい事こちらに倒れてきてくれることを祈った。

寝息を立て始めてからしばらくすると祈りが通じたのか、ちょうど耳のふわりとした部分が私の顔の位置に来る。

ガウラ人の体臭というのは総じて、シャンプーして数日たった犬に近い臭いがするのだ。臭くはなく、むしろちょうどいい匂い(少なくとも私にとっては)。

メロードの方は遠慮なく触る。奇異の目で見られたが、目の前にコレがあって触らずにいられるだろうか。いやいられない。

都市部から郊外に出て人目がほとんど無くなってからは服の中に手を突っ込んでみようと考えたが流石に思いとどまった。

 

旅行の季節でもなかったので、当日でも簡単に泊まれたのは幸いだ。

やはり従業員は二人のガウラ人を見て驚いていた。話には聞いていたのだろうが実際に見たのは初めてなのだろう。

彼らが風呂に浸かれるから、というだけでなく、ここいら一帯は観光地であり、明日回るには持ってこいの場所である。

手続きを済ませて部屋に荷物を置くと「さぁ、早速入ろうじゃないか」と殿下が騒ぎ出す。

一応、従業員に聞いてみたところ、やはり人用の風呂に彼らを入れるのは嫌そうだったので、仕方なく犬用へと連れ込む。

だが、やはりと言うべきか「こ、こんなに狭いの?」「これじゃあまるで……」と不満げだったので責任者を呼んで交渉する。

彼がガウラ帝国の皇太子殿下であることを伝えると(当たり前だが)態度が急変し、なんと一番大きな露天風呂を貸切で使わせてもらえることとなった。

殿下たち二人は大喜びだが、この温泉宿にとってはいい迷惑だろう。まあでも、箔が付くかもしれない。

ガウラ帝国の皇太子殿下がお泊りになった宿、と言えば聞こえは良いなんてものじゃない。

しかしながら私が思うのは、皇太子殿下の方もお忍び旅行を強行しなければこんな交渉も必要なかった、という事だ。

 

殿下とメロードが大はしゃぎで露天風呂を楽しんでいる間、私はテレビでも見ながらくつろいでおこうと考えていた。

何せ、今の私は皇太子殿下のお付きなので連絡をすれば従業員が大慌てでなんでも寄越してくれるのだ。

でもそれも酷かな、と独り言を呟きながらお茶を淹れようと急須を探していたところに、濡れた犬みたいな(みたいというかそのもの)メロードがやって来た。

「殿下が呼んでいる」何かあったのだろうか、深刻な様子だ。タオル一枚で走って来た様子だから相当だろう。

「正確には私も困っているのだ……」地球生活の長いメロードでさえ困るのだからまさに非常な事態に違いない。

私はすぐさま露天風呂へと向かった。途中、メロードのせいで廊下がびちょびちょだった。後で謝らなくてはなるまい。

どうかされましたか、と露天風呂へと入ると、殿下はシャワーを指さして「お湯が出ない!」と言った。

はぁ、と答える事しかできなかった。メロードの方を見ると「いや、家のやつと違うし、壊すとよくないから」と。壊れるか!

とにかく、シャワーの使い方を説明すると殿下はこんなことを言い始める。

「君も入ればいいじゃないか」いや私は、と言っても彼は強引に手を引く。

「使い方と作法を教えてくれるだけでいいから」

まあ別に構わないと言えば構わない(まさか異星人に欲情する奴もあるまいし)ので承諾して脱衣所に入る。

どうせ貸切だ、揃って楽しまないと損だとは私も思うところだったし。

そうして、服を脱いで(言わずともわかるだろうが、三人とも翻訳機は付けたまま)また露天風呂に入ると、二人は寒そうに鏡の前で待っていた。

「は、早く!」

急いでその横に座り、使い方を説明する。

 

彼らの体は泡が立ち過ぎるので洗い落とすのに苦労したが、何とかそれも終わらせて風呂に浸かる。

「やはり風呂は良い。それに天をご覧よ、青く輝く故郷ガウラの月の如く美しい」

殿下がしみじみと話す。空には満天の星空が広がっていた。

「私も、故郷ベークトロハムに帰ったかのようです」「ほう、あの例の温泉地出身なのか」

彼らは故郷の話で盛り上がっている。私は従業員にある物を頼んだことを思い出し、それを取りに出た。

そのある物、というのはつまりお酒だ。ちょっと無理を言って用意してもらったのだ。

「ん、それはもしかして酒か」と殿下が食いついた。メロードの方も興味深そうだ。

私としても温泉で一杯やる、というのは夢とまではいかなくともやってみたいことだったのだ、読者諸君の中にもわかる人がいるかもしれない。

それでは乾杯、とお酌を手に取り前に掲げる。

メロードはグイっと一気に飲み干したが、殿下はちびちびと味わっているようだ。

私も口に含む。普段はあまり日本酒は飲まないのだが、これは飲みやすくて美味しかった、やはりこういう宿泊施設ともなると良い物を仕入れているのだろう。

つまみの漬物もこれまた美味しい、この酒によく合うのだ。二人もボリボリと夢中になっている。

案外、ガウラ人は地球人と味覚が似ているのかもしれない、あるいは全宇宙で共通なのだろうか?

確かガウラの母星は極寒の地だったような、と考えてみるが、目の前のガウラ人が美味い美味いと食べているので考えても無駄であろう。

風呂に入っているせいか、酔いの回りが早く、私の顔は今おそらく赤くなっていることだろう。

二人も少し上機嫌になって来た。私はふと思い立ち、メロードに抱き着いてみる。

彼は「うぁっ」と声を上げた。ふわふわの毛皮が湯に濡れてしっとりとしている、とても心地よい。

いつもと違い、彼はドギマギしているようだ。多分酔ってるからだろう、殿下はそれを見て笑っている。

頬ずりするととても落ち着く、まるで大きなレトリバーに抱き着いているような(ようなというかほぼそのものであるが)心地だ。

メロードはこの状態でも酒に手を伸ばしていた。お酌に入れて一気に飲み干す。

その調子でお銚子が2つ3つほど空になったところでお開きにしましょう、と風呂から上がった。

足取りがどうもふらつく、お風呂で暖まると血流が良くなるのか、酔いの回る速度があまりにも速いのだ。

しかも今度は晩御飯が来るというのだから、またそこでお酒を飲むだろう。

今日一日食べてばっかりな気がするなぁ、と思いながらガウラ人二人をなんとか引き摺りながら部屋へと戻った。

 


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