これだけの屋台が並んでいるのであれば腹ごしらえの心配はいらないだろう。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」とまるで八百屋のおじさんかのような事を言って呼び込みをしている。
風が吹けば美味しそうな匂いが流れてくる。これは肉の焼ける香ばしい匂いだ。
「これはまさに故郷の匂い!」とメロードが匂いの元へと走った。
当然私の手は握ったままだ、ガウラ人というのは足が速いので引き摺られそうになる。
なんとか転ばずに屋台の前に……正確には屋台前の列の最後尾に辿り着いた。
「また列に並ぶのか」と彼はため息を吐くが、バスを待つ列よりは遥かに短い。
この列でも、やはり私たち二人は目立ち、唐突に話しかけてくる人らの対応を強いられる。
そもガウラ人の基地なのだからその辺のガウラ人に聞けばいいのでは、とは思うのだがまあ暇つぶしによかったので目を瞑ろう。
「どれに~し~ますか」と普段話し慣れてないようなイントネーションで屋台の主は言う。
彼らも翻訳機を持っているはずだが、使わない方がいいと判断したのだろう。流石、民心の掴み方を心得ている。
鉄板の上ではナンだかパンだかわからない(ダジャレではない)ものが焼かれていた。
「あれはデオテルテだな。アオグミ……こっちで言う蕎麦みたいなので作った生地に野菜や挽肉を煮込んだものを入れて焼く料理だ」
ガウラの国民食、とまではいかないが割合ポピュラーなものではあるらしい。
ミートパイか焼き餃子みたいなものだろう、この組み合わせは不味いわけがない。
それと飲み物も併せて二人分購入する事をガウラ語で告げると「ブレダ!」とガウラの言葉でお礼をくれた(『ブレダ』は『祝福』『感謝』『尊みを感じる』という意味があるガウラ単語)。
屋台を離れて歩きながらその、デオテルテを頬張ると、口の中に肉汁の旨味が広がる。
さらに、形容しがたいけど美味しいような味もジワリジワリと沁みてくる。
……ハニーマスタード辺りが近いだろうか、それよりは酸味を抑えたような、とにかく味はなかなかに美味しかった、列が出来るのも納得だ。
これを『故郷の匂い』と表現した当のメロードは「故郷の味とはちょっと違うけど、相当な再現度だ」とムシャムシャ食べていた。
飲み物はワンカップみたいな容器に入った緑色の液体である。蓋を開けると香るのは甘ったるいどくだみ茶のような臭い。
口に含むと、やっぱりどくだみ茶にメープルシロップと塩を入れたような……飲めなくはないが、あまり美味しくは無かった。
彼はグビグビ飲んでいる、臭くは無いのだろうか、やっぱり慣れか。
屋台の他にも様々な催しが行われているようだ。
兵器の展示は実際に触る事も出来る。もちろん実射や操縦は無理だが。
とある輸送機の搬入口が開いており、そこに列が出来ていた。中に乗せてもらえるのだろう。
「あの輸送機はこの地球に来た時に攻撃を受けた奴だな」とメロード。
そういえばあったなぁ、と、いうのが、邂逅時にあの輸送機で降りてこようと飛行場の上空を旋回していたところを米軍が攻撃してしまったという事件である。
陸、海、空からの全面攻撃を受け、少し塗装が剥げたのだ。攻撃を受けたそのままの状態で展示されてある。
一般人の他、どう見ても一般人とは思えない一団がカメラを持ち、頻りにシャッターを切っていた。
陸上兵器や銃火器の類も弾が抜いてある状態で展示してある。少年が三脚を立てて置かれている重機関銃を構えて楽しそうにしていた。
それから、ズラリと装甲車が並んでいる様は圧巻だ。やはりこちらにも長蛇の列が出来ており、中に人が乗っている。
触るのはともかく、乗せてしまうのは軍事機密的に問題は無いのだろうか。
展示は兵器だけでなく、民族の展示も行われている。
しかし、その、パビリオンの入り口にデカデカと『人間動物園』と書かれているのでなんとなく入りずらいのだ。
恐らくは近い概念としての『人間動物園』という語句をそのまま使ったのだろう。
大抵の地球人がギョッとするのだが、差別的な意図は無く、ガウラ帝国諸民族の文化を紹介する目的なのだろうが。
躊躇いつつも入ってみると、名前とは裏腹に非常に面白い展示内容である。
ガウラ6族(ガウラ人を森林、砂漠、高地、島嶼、草原、人造種とザックリ分けた言い方)に加え同盟諸国の文化を紹介するもので、中々に興味深い。
ちなみにメロードはどの民族なの、と聞いてみると「私は砂漠の人種だが、生まれ故郷は温泉が有名なところだったな」
近くに山があって、と続ける。そう言われてスマートフォンで砂漠のキツネ属を調べてみると、確かに彼は若干コサックギツネに似ている。
それにフェネックギツネを足して2で割ったような……まあ起源は全く別物なのだろうが。
展示を見終えてパビリオンから出ると、看板を下ろして書かれている表題を書き直していた。
その方がいいだろう、流石に血の気が引く、特に黒人と白人は。
パビリオンを出て適当にぶらついていると、仮装行列が練り歩いていた。
ガウラ人兵士たちが地球の民族衣装やキャラクターのコスプレなどを着て歩いてる。
これには多くの人だかりが出来ていて、様々なキツネのキャラクターの服装に扮した集団には特に外国人らが熱狂していた。
多分男性が女性の、女性が男性の衣装を着てたりもするのだろうけど、一見してわからない。
その中の、最近有名な動物が少女になるアニメのキタキツネのキャラクター(冗長だがこう表現するほかない)のコスプレをした一人がこちらに寄って来た。
「随分久しぶりだなぁ!」とメロードに言う。「オンタイか、お前も地球に来てたんだな」彼らは知り合いのようだ。
「お前軍隊辞めて警備員なんて、一体どうしたんだよ」とオンタイと呼ばれた人物が問いかける。
「ええ?ああ、その、まあいいじゃないか」とメロードは頭を掻いた。
オンタイはこちらに気が付く。私が軽く会釈をすると、目を丸くして、驚いたような表情だ。
「お、お前、モテないからって、騙くらかして……」「いや違う!純愛だ!…………い、いや違くて、その!」
おやおや、これは……まぁ、私の顔も熱くなっているのだが、思わぬところでコレを聞けるとは思わなかった。
「それよりお前、後で銃剣術の模範試合があるから出ろよ」オンタイはこちらに気にせず続ける。
「腕が鈍ってなければだけどな、当然、超能力は無しだが。恋人にいいところ見せてやったらどうよ」彼はニヤニヤとした表情だ。
「違う、まだ、そういう関係じゃ……でもその試合には出ようかな……」
この間の私はどういう表情をしていたのかはあまり想像したくない、ともかく彼はどうやら私にいいところを見せたいようだ。