【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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一番の男

「この翻訳機もそうだが、とんでもない技術だ。こんなデカい宇宙港がたった3ヶ月で出来るんだからさ」

と言うのは、私の同僚となった男、吉田だ。

「そもそも不思議なのが、簡単に大気圏に出入り出来て、ここに着陸出来るってところだ、赤道直下の方が楽だと思うんだが」

場所に拘りもなく宇宙港を建設したことから、彼らにとっては重力など些細な事であるというのが窺える。

 

この星系、太陽系の外からやって来た、つまり銀河航行技術を持っているので当然ではある。

我々人類にとってもはや神の領域に達しているのではないか、と言っても過言ではない。

しかしながら、私(きっとこれは私だけではないだろう)というのは彼らに対して少し親近感を持っている。

というのも、宇宙人に渡された各種族の文化、風習などを纏めたマニュアルをよく読んであるからだ。

書いてある事柄は別段変わったことではなく、地球でもありふれたものであった。

これが、彼らが惑星ごとに統一国家を持つが故なのか、または地球人の文化がそれほどまでに多様(その多様さ故に今日まで地球統一が為されなかったのだというのなら皮肉な話だ)だという事なのかはわからない。

無論、変わった文化や風習も中には存在するが、あまりにも酷いものに関しては入国の拒絶、もしくは拘束も許可されている。あくまでも人権よりも安全、という訳だ。

彼らの人権意識について、これもよく驚く人がいるのだが、彼らは先進的な技術を持っているが必ずしも人道的とは言えないのだ。

マニュアルには彼らの国の概略が書かれていて、中には法制度や犯罪率などの項目がある。

政治体制についても、我々の言葉で言うところの独裁政治や軍事政権、封建制の国家も多く(40%は優に超える)、

犯罪者に対する処遇についても、死刑制度を持つ国は全体で半々、その内残虐刑を許可しているのがこれまた半数にも上る。

きっとリベラルや左翼を自称する者たちがこれを見たならば泡を吹いて失神するだろう。

 

「さあ、仕事だ、初仕事」と言うと吉田は自分の持ち場へと歩いて行った。

私の仕事というのは入国審査官である。恐らくは観光客が初めて会話する地球人になるだろう。

よしッ、と小さく掛け声を呟いて私は自分の持ち場へと戻った。

 

持ち場に戻って数分後、初めての仕事がやって来た。

直立する爬虫類、所謂レプティアンが防護ガラスを挟んで私の目前に立つ。

その容貌に内心はギョッとしていたがここで顔に出すわけにもいかずグッと堪えて口を開いた。

「では、書類を拝見します」

この人物はパスポートと入国許可証、検疫証明書、そして小さなメモ紙を提出し、こう言った。

「おれが一番かい?」

はぁ、と気の抜けた声を出してしまった。

「なあ、おれが一番だろう?もしそうだったらこのメモ紙にさ、地球語……ああそうか、地球は人種によって言葉が違うんだったな。じゃあ日本語で書いてくれよ、『あんたが一番』ってね。おれは一番が好きなんだ」

どうにも興奮した様子でそう語り、自分がいかに一番を愛しているのか、そしてどれ程の努力をしたかを長々と語り始めた。

ひどく困惑して、後ろに並ぶ列の顔を見るも、嫌そうな顔や雰囲気は見えなかった。

それどころかこの人物の言葉をジッと聞いており、時折頷いた風なリアクションを取ったり、噴き出したりしていた。

地球ではと言うと事実ではないかもしれないが、少なくとも日本ではまず見られない光景であろう。

尤も、彼らのボディランゲージが我々と同じであればだが。しかし険悪な雰囲気ではなかった。

かと言って彼をこのままベラベラと喋らせておくわけにもいかないので適当なところで窘め、

メモ紙には『あなたが一番』と日本語で書いてやった。

男(外見からはわからなかったが、パスポートには男性とあった)は大喜びでピョンピョンと飛び跳ねる。

「どうもありがとう!いやホント!こんなに嬉しい事ったらないね!この星に来て一番嬉しい出来事だよ!」

そりゃそうだろう、とでも言いたくなる言葉を矢継ぎ早に吐きながら、返した書類を受け取るとそのまま出国ゲートの方へと走って行った。

私は、なるほど、出国も一番か、と彼の一番に対する情熱にすっかり感心してしまった。

 


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