日本の難民に対する姿勢への国際社会の風当たりは強い。
しかしながら、難民を多数受け入れる国の当の国民からは称賛の声もある。
そしてガウラ帝国はこの姿勢と制度を、特に60日ルール廃止以前のものをして『堅牢』『制度の要塞』と一定の評価を下している。
「難民!難民は邪悪だよ!」バルキン・パイが叫ぶ。
彼女らの国、ルベリー共和国での共通認識であると、彼女は主張する。
「奴らはそう、アラポ!アラポだよ!」彼女らの星、エウケストラナに住むシロアリのような生物らしい。
「アラポは家に勝手に住み着くだけじゃなくて家の石材や煉瓦を食い荒らすの!難民もそう!」
まさしくシロアリのような存在だが、いくら何でも難民に対してそう言うのは酷というものだ。
このルベリー共和国というのは、元は王制だったのだが国際社会の圧力により難民を受け入れ始め、国を乗っ取られかけたという。
その際、王族らが難民らに殺害されたのが難民排斥と惑星の征服、統一の切っ掛けとなった。
日本にとっても無関係な話ではない。近年の偽装難民は減ってはいるものの、ガウラとの邂逅以前はよく聞く話であった。
守るべき皇族も擁する、誰が何と言おうとも日本を日本たらしめているのは彼らだ。
郷に入っては郷に従え、従わぬ者には十分に警戒をしなくてはならない。
さて、なぜそんな話をしているのかと言うと、まさしく今目の前に難民の列が並んでいるからだ。
パイはこんなもん連れて来るな!と大いに憤慨している。これは完全にシステムが悪いのだ、軌道上で入国管理すりゃいいだろうに(となると私は職を失うが)。
「ああ、地球の人よ、どうか我らにお慈悲を」と襤褸切れを纏った鳥類人種が言った。襤褸の隙間から白地に黒い縞模様の羽毛が見える。
とはいえ、私に決定権は無い。どうしたものだろうか、と思案に暮れていると電話が鳴った。
「君が入国審査しているのか」これは局長の声である。
はい、と答えると何というか慌てた声色でこう話した。
「君に全てを任せる」
はぁ?と思わず声を出してしまったが、どうにも先の『特定外来人種』の法律に大きな穴があったようで、『人間』と別に『特定外来人種』というカテゴリを作ってしまったのはいいが、難民についての規定はまだ制度化されていないのだという。
既存の法律で何とかならないものだろうか……まあならんだろうな。
彼らの多くは旅券一つ持っていない、検疫証明書も無い。当然、入国させるわけにはいかない。
しかしながら難民というのは得てしてそういうもので、その為に一時庇護というものがあるのだ。
だからといって、相手は宇宙人。一度でも入れてしまえば追い出すのには難儀するだろう。
「私たちはもう行き場が無いのです、ここで断られれば死を待つ他ありません」
つぶらな目を見開き、小さな嘴を動かす。彼らは哀れな宇宙のホームレスだが、同時にどこにも受け入れてもらえなかったとも取れる。
同僚らに意見を賜ると、当然の如くバルキン・パイは「断るべきだよ、絶対に!」と言う。
吉田の方は「しかし行き場が無いとなるとなぁ、可哀想だ」と。パイは彼に食って掛かった。
「あり得ない!あなた、みんなにいじめられて可哀想だからってゴキブリを飼育する!?」
「ゴキブリじゃないだろ、人間だぞ。そりゃ、偽装難民かもしれないけどたったの120人だぜ」
「たったの!?120『も』!だよ!この120人は来年には12000人になってるかもね!」
「だ、だけど、目の前の困ってる人間を見捨てるわけには……」
「難民じゃなきゃね!でも、あいつらは難民!」
二人の言い分はよくわかる。パイは、というかルベリー国民は過去の歴史から難民を忌み嫌い、排除しようとしている。
一方の吉田は人道的な見地から彼らを保護すべきだ、と主張している。どちらの意見も(片方は少々過激だが)真っ当なものだろう。
ガウラ人の意見はというと、彼らはここにはいないのだが、警備員たちが難民らを取り囲んで銃火器やライトセーバーのようなものを構えている姿が雄弁と語っている。
「我々を助けて下さい!もうどこにも行くところが無い!」
彼らの中には乳飲み子や小さな子供もいて、彼らの表情は今にも泣き出しそうだ。
このような決断を私に下せというのか?
「私は、どんな決断をしても別に気にしないよ、ただ意見の一つとして聞いておいてね」
「何も、言う言葉が見つからないが、じっくり考えて、後悔だけはするな」
二人とも他人事だと思って!気が付けば服が汗でびっしょりだ、冷房はきちんと効いているはずなのだが。
そこへガウラ人の事務員が新しく作った書式を持ってきた。おそらくは一時庇護許可書を一部改変したものだろう。
参った、こいつに判子を押せとでも言うのだろうか、視界がグニャリと歪んで何が書いてあるのかサッパリ読めない。
相手は宇宙人、120人、何を考えているかわからない、ここまで来れたとはいえもし武器を持っていたとすれば、エイリアンテクノロジーを以てして暴れられてはその被害は計り知れないだろう。いくらガウラの駐屯地があったとしてもだ。
だが私に120人を路頭に迷わせる覚悟もない、彼らとて人だ、彼らも感情と知性を備えた『人』である。偽装難民でなければ、彼らを追い出せば全員が死ぬだろう。
この決断をするには私はちっぽけ過ぎる!しかし本来こういうものなのだ、異邦人を自国に招き入れるというものは。
心臓が暴れ回る、寿命が5年も10年も縮んでいくかのようだ。何かないか、考える。
彼らを死なせもしない、だがこの国で自由にもさせない方法が何かしらあるはずだ。
私が書類から目を離して顔を上げると目に入るのはやはり難民の列、そしてそれを見張る警備員たち。
その難民の中から子供が不意に飛び出した、しかしすぐに警備員に捕らえられてしまう。
ああ、これだ、と私は思い、ガウラ人の事務員に耳打ちをした。
難民改め、不法入国者らは120名、全員身柄を確保された。間もなく不法入国者の収容施設へと移送されるだろう。
難民の規定は存在しなかったが、不法入国者や犯罪者の規定は存在した。そしてその収容施設も。
「なるほどね、これなら少なくとも死にはしないな」「監視も出来るしね」
吉田とパイの二人は感心しきりであったが、まあこれも一時的な措置でしかも彼らがこの先どうなるかは未定である。お得意の問題の先延ばしだ。
だが、これぐらいがちょうどいい落としどころはではないだろうか、とりあえず手元に置いておけば後はなんとでもしようがあるはずだ。
彼らとて犯罪者扱いは本意ではないだろうが、着の身着のまま追い出されるよりは遥かに人道的と言えるだろう。
そして何よりも、私が日本侵略の片棒を担がずに済んだのと、120人の命を奪うような事にならずに済んだのが一番の良い点だ。
と、これだけで済んだのなら良い話(良い話かなぁ?)ではあるのだが対外的には、助けを求める難民ら120名を不当に逮捕した、という事になる。
政府の人には頑張って欲しいが、やっぱり私たちも怒られるのだろうか、怒られるだろうな……。