さて、作戦は始動した。
私はクソたけーレストランの予約をし、一日の日程を吉田と佐藤に伝える。
吉田野郎はその日が来るまで浮ついていた様子だ。
そうして遂に作戦の日の休日がやって来た。
まず、私と吉田、エレクレイダーとで佐藤と合流。
途中で私とエレクレイダーが離脱、そのままクソ高いクソレストランに行くという作戦だ。
まあそっからはメロードとバルキンのテレパシーで指示を出したりなんたりはするかもしれない。
力一杯気合を入れた服装の吉田と気だるげなエレクレイダー。それから、地球人に変装しているメロードとバルキン(二人とも地球人の見た目に擬態しているがメロードは耳と尻尾が隠せてないしバルキンは歩き方がよれよれで変装と言うには少しお粗末である)。
なんというか、二人から地球人、もっと言えば日本人がどのように見えているかがわかる。
メロードの方は目が少し大きくて肌の色が若干白い。バルキンは髪の毛の主張が過剰で目の色が真っ黒、全体的に色合いが極端であった。そして二人とも鼻の小ささを強調している。
準備は整った、あとは佐藤が来るのを待つだけである。
「どうしよう、緊張してきたぁ……」
吉田はズボンで手汗を拭っている。
エレクレイダーの方は「このまま来なきゃいいのにな」とぼやいた。
そうしていると、向こうから小走りで佐藤がやって来る。
「ごめんなさい、遅くなりまして」と一礼。
「ど、どうも!お久しぶりです!」
吉田が深々と礼をする。すると佐藤も「いえいえ」と深く頭を下げた。
数秒間二人で地面を見つめていたところで、エレクレイダーが口を開く。
「よぉ、こないだの理髪師さんよぉ」
まるで主人公に会ったライバルキャラのような口ぶりである。なんでだ。
それを聞くと佐藤はフッと頭を上げた。
「あ、お久しぶりです、ロボットさん……あ、ロボットって言うと気を悪くされるんじゃ……」
「おいおい、如何にも有機生命体って感じだな、そういう事を気にするのはバラックガウラ(『(主に工場などで)造られたガウラ人』の意。彼らの種族名)には一人もいないぜ」
そうなのだ、彼ら機械ガウラ人は自分たちが製造された人造生命であることを自覚しているのだ。
これには色々と歴史的な経緯があるのだが、今回は割愛しよう。
「あ、あんたもこないだぶりね」
そこでようやく私の挨拶である、まあ今回の主役ではないので別にいいのだが。
「ところで、ロボットさんとはご挨拶だな。この俺はエレクレイダー。誇り高きガウラの衛兵だ」
いや、警備員である。
「自分は、吉田です。どうぞよろしくお願いいたします」
緊張しすぎて全くいつもの調子では無さそうだ。
「よろしくお願いします。あっ、そういえばあんたの狐は?」
狐は今、馬と一緒にいるのである。動物園かしら。
「なるほど……」何がなるほどなのか。
はてさて、予約の時間まではまだ余裕があるので目的の店まで向かいつつ、適当にぶらつくことになった。
「あの、本日はお日柄もよく……」と吉田。そんな事を実際に言ってる奴初めて見た。
市中を歩くにしても、どうも食べ物屋さんばかりが並び、これから食事に行こうという我々には実にタイミングの悪い。
「あの、ロボットさん」
「さっきも言ったが俺は『ロボットさん』じゃねえ、エレクレイダーっていう立派な名前があるんだぜ」
名前だけは立派である。まぁ、小物っぽいのは言ってる事だけといえば、そうなのだが。
「エレクレイダーさんは、その……色々聞きたいことがあってうまく出てこない……」
「なんだよ」
割と彼女はロボットが好きだったから(その割には真逆の職業に就いているが、人生そんなものだ)機械生命体を目前にしてワクワクしているのだろう。
吉田が色々話しかけているが時々しか聞こえていない様子で、少し可哀想であった。
とはいえ、エレクレイダーの方も受け答えにやる気が無く、「へぇ」とか「ふーん」とかばかりである。
なんというか、微妙に三竦みのような状態で見ている分には大変愉快である。
ところで佐藤が後ろからついてくる狐耳と千鳥足に気が付いたようだ。
「なんだろうあの二人組……」さぁてね。
予約の時間が近づいてきたところで、私はメロードに合図を送る。
すると、私のスマートフォンが鳴った。
私はその電話に出ると、如何にも急用が入ったかのような演技をして見せ、佐藤に今日は帰るという事を伝える。
「えー、残念。じゃあ中止かなぁ」
そこで私が予約の値段を言うと、「えぇ、じゃあ続行で」との事。そうなのだ、彼女とはこういう人間なのだ。
更に、私はエレクレイダーも連れて行くと言った。
「へぇ?仕事関係って事?じゃあしょうがないかなぁ……」
彼女は結構にしょんぼりしていた。
そうして私は吉田に目配せすると、エレクレイダーと共に踵を返してその場を後にする。
さて、これで上手い事いってくれるといいが。
後ろの二人と合流すると、エレクレイダーは言った。
「もちろん、ツけるだろ?」
そりゃあ当然。だがロボットは目立つから何とかならんものか、と考えていると、エレクレイダーはギギゴゴゴと音を立てて、なんとバイクに変形した!
「こうすりゃいいのさ」こんな特技があったとは、ますますアニメか何かのようだ。
しかし、誰もバイクに乗れないので意味が無いのだ(私は原付なら乗れるが)。
「ドローンにでもなればいいんじゃない?」バルキンの比較的まともな提案、しかしながら、結構なデカさになるのでどうやっても目立つ。
結局このロボは置いて行くことにした。「畜生!後で聞かせろよ!」無人のバイクが音を立てて走り去る。事情を知らない人が見れば恐怖でしかないだろう。
「さぁ、私と精神を部分的に結合させて、テレパシーで会話できるようにする」
なんとも得体の知れないことを言い出すメロード。
彼の手が私の額に触れると、実に奇妙な感覚である、頭の中に、心当たりの無い感情、思考?が浮かんでくるのだ。
きっとこれがメロードの頭の中なのだろう、彼も私の感情を読み取ったようで、「そのうちに慣れる」と語り掛けてきた。
どうやらバルキンまでもがこの頭の中に入ってきているらしく、頭の中に二つ人格が入っているような気分でなんとも奇妙だ。
私ほどの大人物でなければ精神的に参ってしまうだろう。
「それと見た目もどうにかしなきゃね!」とバルキンの人差し指から放出された光を浴びると、なんと私の見てくれが変化したのだ。
これには驚いた、なんと性別までも変わっているような気がする。鏡で見ると、いやぁ、実にビューティフォー(これは元々)。
準備は整ったので、いよいよ彼らの会話を盗み聞きしにレストランへと向かった。
事前に予約していた(この席も取っていたのだから途轍もない散財である)席に座り、彼らを見つける。
四人分のテーブルに二人で向き合って座っていた。
超能力は便利らしく、離れたところの音を聞く力もあるのだ。軍事用超能力、という事らしいが、こんな事に使っていいものなのだろうか。
見た感じでは普通に会話している様子だが、それでは、実際の会話をお聞きいただこう。
「佐藤さんは、その、お仕事は……」
「あれ、ご存じないですか、トリマー……犬の美容師をやっておりまして」
「ああ、そうでした、ははは……」
そう悪くない雰囲気、なのだろうか。佐藤も別に退屈そうではないみたいだが、吉田の方が上がりっぱなしだ。
実に見かけによらない、もっとチャラいもんかと思っていたが。
「いや、吉田はそういうところある」とはメロードの言だ。
「奥手はダメだよ、もっと積極的に!」とバルキン、吉田にテレパシーを飛ばしたらしく、吉田が「え!?」と立ち上がった。
佐藤は大変驚いているが、吉田も驚いている。
彼女に、何を言ったんだと問いかけると「別に~?」と返って来た。おそらくいたらん事を言ったのだろう。
それから吉田のヤツは、まあ先ほどに比べてだが、多少積極的にはなった。
「どちらに住まれてるんですか」
「私は、あんまり近くじゃなくて、郊外の方。吉田さんは?」
「自分は宇宙港の寄宿舎ですね」
「えーっ!じゃあ宇宙人いっぱいいるんじゃない!?」
何気に初めて知った情報だ。あの宇宙人ばっかりのヤベーところに……。
「ヤベーって事はないよ!」と言うバルキン。彼女こそがヤベー奴の筆頭である。ヤベーとはいえ治安は日本のどこよりも良い。
この事に佐藤は大いに食いついたようで、会話が弾んでいる。
「あまり心配する事は無いかもしれないな」その通り、メロードの言う通りである。
しかしバルキンはやや不満気らしく、何やらテレパシーを送り付けている様子だ。
次第に吉田の顔が汗でびっしょりになっていってる。ホント、余計な事でも送り付けているのだろう。
「えーー、その、連絡先を、自分がこれなんですけど」
「あ、はい、私のは、ちょっと待ってくださいね」
なんとか上手くいったようだ。でももうひと悶着ぐらい欲しかったなぁ、見ている分としては。
休日も終わり職場に着くと、吉田がバルキンに対して大いに怒っていた。
「全く、信じられん!もうちょっとこう言い方ってものがあるし、考えてるときに送り付けてくるなんて」
「でも上手くいったでしょ?」
「いったけども……!」
この言い争いはしばらく続きそうだ。
大見え切って作戦だ、と騒いではみたものの、取り立てて大きなイベントが起きるわけでもなく、どちらかと言えば宇宙人どもの新たな一面を知るに留まった。
まぁ、そんなものか、そんなものだろうと私は一人で納得し、例のレストランの請求書を吉田にくれてやる。
すると彼は頭を抱えて「今度でいいか……?」と言うものだから、利子をどれくらい付けてやろうかと考えながら請求書をポケットにしまった。
十日で一割ほどでどうだろうか。