7月と言えば七夕だろう。
大抵の場合、大人になれば子供が出来るまで縁の無い話となるが、ちょっと寂しい気もする。
どこぞの動画サイトのチャンネルみたいなことを言うが、宇宙人は割と地球の文化に興味を持っている。
そりゃあそうだ、こんなところに来るわけだから、ある程度は興味を持って来るのだろう。
その中でも東アジア全体に跨る文化である七夕については彼らの興味をより一層引くらしい。
宇宙港内にも葉竹が飾られて、そこに願いごとが書かれた短冊が吊るされていた。
「しかし、何が悲しくて地球人の望みを叶えてやらねばいかんのか」
よくわからない感じの哺乳類らしき人種の宇宙民俗学者は言った。しかしながら、得てして神話というものはそういうものだ。
確かに彼の言う通り、織姫と彦星というのは親に引き離されたただの難儀なカップルだ。
毎年のように笹の葉に短冊括り付けて願い事を叶えてくれ、と要求されるのだから、さぞ困惑している事だろう。
日本以外の七夕でも願い事を祈念したりすると言うが、本邦のように自由奔放な願いを何でもかんでも願うというわけではないらしい(とはいえ、願い事を短冊に書くのは日本では平安時代から始まった事だし、大陸では七夕の伝統的な意義が失われつつあるという)。
「例えばだが、もし願い事が光の速度だとして、彦星に届くのが16年、織姫に届くのが25年、戻ってくるまでなら倍かかる。往復分をまけてくれたとしても最低16年はかかる。気の長い話じゃないか」
なんだかどこかで聞いたことがあるような話だが、昔の人は光の速度なんて考えなかったのだからその点はしょうがないだろう。
まあそれが16年で願いを聞いてくれるなら16年後を予見して、『庭付きの大きな家が欲しい』とかそういうものを頼むべきかしら。
「初期階級社会程度の文明があれば光の速度ぐらい解明できるはずだが」
宇宙的時代区分など知った事ではないが、古代のギリシャでは光の速度が有限か否かという論争があったという。
ヘレニズム文化が古代に、イスラム圏のみならず東アジアや欧州まで広く定着すれば地球の歴史も大いに変わったのだろうか。
「星に願い、だなんて。我が国にもそういう神話はあった。しかし、宇宙には興味深い事なら幾つでもあったが、願いを叶えてくれそうな存在はいなかったなぁ」
はぁ、とため息を一つ。そんな事は実際、わかりきった事だ。私もこの仕事を始めて思ったのが、宇宙は意外と普通という事である。
「だが、一つ、可能性があるとすれば、それは情報生命体だろう」
またまたどこかで聞いたことがあるような単語だ。しかし可能性とは。
「彼らは間違いなく存在している。我々と違う次元だが」
そのようなものをよく認識できたものだ。一体どういう存在なのか。
「君たちの言う、霊魂が近い、かもしれない。が、機械生命体にも近い。情報が意思を持っているのだ。彼らは過去の存在だが、未来の存在でもある」
インチキ哲学者のような事を言うではないか、ますます興味が湧いてきた。
「そこら中に居るがどこにもいない……判明している事があるとすれば、超能力を発現した者のみに認識が出来る事と、気まぐれって事ぐらいだな」
精神エネルギーとかそういった怪しい感じのフワッとした生き物なのだろうか。
ともすれば、対有機生命体接触用人型媒体……的な何かに入り込んで、この地球にも来ているかもしれない。
「まあ、必要があればそんなものを用意するかもしれないが、基本的には普通に話しかけてくる……らしい」
それはそれで不気味である。結局のところ、情報生命体とやらがいるらしいって事しかわからなかった。
蘊蓄を散々語り、満足したのかその宇宙民俗学者はササっと入国していった。
次の客の表情を見るに、ちょっと長話をし過ぎたかもしれない。
休憩時間、超能力が使える職員に葉竹を持たせて短冊の願いを読ませていた。
彼はガウラ人の事務員である。彼もまた超能力者だ。
「しかしねぇ、しかし、彼らが叶えてくれるとは限らんし、第一この星にいるのかもわからないのに」
民俗学者曰く、どこにでもいるというのだから探せばいるのではないのか。
「そういう単純な物でもないのさ、彼らは。というかメロードかバルキンに頼んでくれ、忙しいんだから、仕事の邪魔はやめて欲しいな」
彼らも仕事中である。暇そうにしてたので彼を捕まえてきたのだが。
「まあ忙しいっていうのは大袈裟だったけど……」
ならいいだろう、私にはどうしても叶えて欲しい願いがあるのだ。
「……まぁ、そんなに大事な願いなら、ダメもとで頼んでおいてやるよ。全くもう」
そう、とても大事な願いだ。例のあの石灰を同量の金と取り替えて欲しいのである(まぁ、金はもうかなり値下がりしてるのだが。ちなみに24万tほど日本に流入した。米国の金所有量の30倍である。帝国の保護下でなければ即死であった)。