どこぞのパンではないが、人というものは何の為に生まれ、何をして生きるべきであるか。
永遠のテーマであろう。こういった根源的な疑問に対して、宇宙文明らは様々な解を出しているようだ。
この信じ難い暑さにガウラ人職員らが熱中症を訴え、寒冷地産の人造人間らはオーバーヒートを起こし、やむなく彼らは食品を入れておく冷蔵庫に放り込まれた。
まあこれでも一応仕事は回るようなシステムは組まれているので短期間なら問題は無い。きっと冷房が効いた頃合いを見て出てくるだろう。
彼らの星では夏でも気温15度を超える事は無いというから、倍以上の暑さだ、熱中症などというのも初めての経験なのではないだろうか。
先の豪雨での被災地に入ったガウラ軍も熱中症と破傷風に叩きのめされ多くが母星へと撤退した。
中東に行っている連中も進軍は停止、ガウラ人は撤収し属国や同盟国の人種の兵士らが残された。
しかしながら思うのが、彼らは何の為に中東へと向かったのだろうか。本当に平定の為だろうか。
「ある程度は知ってますがね」
団扇を扇ぎながらそう言うのはいつぞやの青鹿毛のガウラ陸軍将校だ。随分と久しぶりである。
「まあ、話したところでどうって事もないでしょう」
ゴホン、と咳払いをして話を始めた。
曰く、初期宇宙時代にメソポタミア地域周辺へとアヌンナキ人の宇宙海賊が降り立ったらしく、隠し財産か何かがあるのだという。
おそらくは噂に過ぎないが、平定ついでに探しておこうと帝国陸軍は考えたのだ。
そしてその隠し財産というのが宇宙では『命の星』または『星の砂』と呼ばれる戦略資源なのだという。
「まあ、あまり信憑性はありませんが……」
彼は深い溜息を吐いた。このクソ暑い中宝探しとは、ご苦労な事だ。
「私のような高級将校では、この地獄のような暑さでも地球にいなければならんのです」
なんとも難儀な役職である。管理職というものにはなりたくないものだ。
「そう、熱中症で、もう何人もの命が危険に晒されたのです」
地球まで遥々やって来て、何も出来ずに暑さでくたばっては、何のために生きたというものだ。まさしく犬死、無駄死にというものである。
「んー、そうでしょうか。確かに死んでしまっては無念ですが、たとえどうやって死のうとそれが無駄な死であったという事にはならないと思います」
何とも、こういう価値観の違いにぶち当たると、彼らが宇宙からの来訪者であることを思い出す。
このような哲学の話は地球人から見ると一見破綻しているようにも見えるので、中々難しいのである。
「無駄に生まれ、無駄に死ぬという事はありません。例え、生まれて5分もせぬうちに死んだとしても」
彼がかのような死生観を持っているのは軍人故にだろうか。あるいはガウラ人は皆こうなのだろうか。
ともあれ、彼らの価値観というのは理解できるし、共感できる部分もある。
無駄な人生というものは存在しないというのだ。生まれていい事も一つもなく死んだ人物には少々酷なものではあるが。
こうやって共感できるものもあれば、何気なく入国者に聞いてみると…
「人生に意味など存在しない、人はただ繁殖の結果生まれただけなのだ」
という意見もある。まあ別に共感できなくはないのだが。
「我が国の言葉に『ただ在る』というものがある。森羅万象は訳もなくただそこに存在しているのみ、というものだ」
タヌキともアライグマともレッサーパンダとも言えぬ容貌をしているこの人種は、唯物主義的であり天命とか人生の意義だとかとは無縁の思想をしている。
「感情などというものもまた、脳内で分泌される物質の作用である」
では、超能力なんかにも仕組みがあるのだろうか、と聞いてみると、急に機嫌を悪くし、眉間に皺を寄せた。
「いつか解明してみせるさ、いつかね。見ておれよ、たーぅ!」
そうしてなんかよくわからない唸り声を上げ、足早と去っていった。
次なる入国者、ヌメヌメした軟体生物みたいな人種に話を聞いてみると、これまた驚くべき回答が返って来た。
「何の為に生まれるかはわからないけど、何をして生きるのかを決めるのは『パゃひゥろ』なのです」
日本人には発音出来ず、地球にも存在しない概念であるので近い発音である『パゃひゥろ』と表記しよう。
ゲームのネームタグとか、決められた役割とか、そういう言葉がおそらくは近しい言葉だろう。
「『パゃひゥろ』は偉大というわけではないのですが、『パゃひゥろ』は偉大さについては偉大と言っても良いかもしれないのです」
ちょっと何言ってるかがわからないが、いつもの事なのでそこには深く触れない。
「むー、例えるならそれは白紙の歴史書、黒塗りの台本、子供の長期休暇の計画表……」
ニュアンスはなんとなく伝わって来た。にしても子供はどこでも同じなのね……。
フワッとした感覚は掴めたその、『パゃひゥろ』だが、つまりは全ての人には役割があって、それを遂行しているという事なのだろうか。
「全然違うのです」ならもう私にはさっぱりわからん。
彼は「きっとそのうちわかる日が来るのです」と言って入国していった。
なんとなしにこれまで生きてきた私にはこの話は少々難しすぎる。
だからといって思い悩んだりはしないのだが、なんともその日はモヤモヤとした気持であった。
客も捌けて冷房の風に当たりながら物思いに耽っていたところに、冷蔵庫に入れられていたメロードが出てきた。
そして「あー涼しくて気持ちが良かった。あの瞬間の為に生きてるってものだよ」とか抜かしやがるので、脇腹を小突いてやった。