ロマン溢れるこの宇宙ひろし、『借金』とか『債務』とかそういうロマンの欠片もない単語を聞きたくはないものだ。
私は驚愕している。
宇宙人らに驚愕するのはいつもの事なのだが、その日の驚愕は他の驚愕とは異質な驚愕であった。
セミである。あの、虫の蝉なのだ。
私の面前には蝉人間が立っているのだ、それもただの蝉人間ではない。
頭がこう……ネコミミみたいになっている、猫耳ではなく、ネコミミである、この細かなニュアンスがわかるだろうか。
正面はまるで通気口のような模様があるのだが、シルエットはネコミミそのものである。で、顔は蝉。
そして極めつけに、手が蟹の鋏のようになっているのだ。これもう完全に見覚えがあるヤツである。
「ファッファッファッファッファ、我々は君たちがアンドロメダと呼ぶ銀河から来たヴォルタン星人、君たちと交渉に来た」
お、惜しい!惜しいけど交渉に来たのはアレだ、割と同じだ!しかし隣の銀河からとは、また随分と遠い旅をしてきたものだ。
私は、私一人の意思では何とも、と答えるとその人物は不思議そうな顔をした。
「『一人の意思』とは、個体の意思は総意ではないのか」
我々が集合意識体ではなく個体がそれぞれ意思を持つ生物であるという旨を伝える。
するとこの人物は頭を抱えたような様子を示す。
「では、我々はどこに交渉をすればいいのか」
外交交渉ならば大使館を通して、入国の際には外交官としての特権証明が必要です、と言うとやはりイマイチ要領を得ないといった反応だ。
「なぜそのような不要な手続きを要求するのか、非合理的だ」
合理も非合理も、手続きというのはそういうものである。
この人物の目的とは一体何であろうか、それを問いかける。
「我々の惑星は、ある発狂した投資家の失敗によって、惑星を差し押さえされたのだ」
惑星に存在する建物や土地などの財産はすべて接収され、それに加えて多額の負債を抱え込んでしまったのだという。
「だから、我々はあなた方地球人に資本を借りに来た」
なんじゃそりゃ。なんというか、可哀想といえば可哀想な連中である。
様子を察して誰かが呼んだのか、メロードや局長がやってきた。私は彼らに事情を説明する。
「借金か、いいでしょう。あなた方がきちんと利子を払い、全て完済出来る計画があるのならばそれも不可能な事ではない」
局長が言い放つ。メロードの方はかなり驚いた様子で、目を丸くしていた。
「負債は幾らなんだ」
「日本円にして、およそ20垓3000京円程度である」
「おい、なんだって?」
聞きなれない単位が飛び出したが、1垓が10の20乗だから、漢字無しで表すならえーっと……『2,030,000,000,000,000,000,000円』だろうか?
比較する数字が地球上の砂粒の数とか昆虫の総数とか観測できる星の数とかそのレベルである。
これでは宇宙貧者である。というか、借金の規模が違い過ぎる。
「信じられん、何したらそんなに負債が出来るんだ。これだから資本主義は……」
横でメロードがブツブツと左側っぽい事を言い出したが、これは言いたくもなるだろう。私だって言いたい。
「あなた方のアンドロメダ銀河で何とか出来ないのか、さもなくば踏み倒せばいいじゃないか」
局長も負債額を聞いて考えを改めたのか、自力での解決を促す。
「我々は軍隊をも差し押さえされた、もはや踏み倒す力さえもない」
これは何とも絶望的な状況だ。
「そりゃあなあお前、可哀想だが、だとすればお前たちは既に滅亡しているのだ。軍を奪われる前に行動に移せなかったのが残念だな」
局長の冷淡な様子にこの人物はなんとも落胆している。
「それでは、我々はどうすればいいのか」
「周りの国と相談すればいい、それこそ、備品なんかを借りて無人の惑星を開拓するとか」
「それでは遅すぎる」
「随分せっかちなんだなぁ」
「『せっかち』とは?」
ハァー、と局長は溜息を一つ。
「話にもならん。まあ地道に返す事だな。少なくともこの星にはそんな金は無い。天の川銀河中を探せばわからんが」
「君たち天の川人は非受容的だ」
「ああそうだよ、特にお前のような図々しい乞食みたいなのにはね」
局長はシッシッと手を振る素振りを見せた。しかしこの人物は食い下がる。
「すぐに返済は出来る、少しだけでもいい、数億程度でも」
「だったらそう言って待ってもらえばいいだろう、返済を」
「君たちは人でなしだ、どうなっても後悔するな」
勝手に金借りに来て勝手に怒られると、やんなっちゃうなぁ。しかし集合意識というのはこういう風に感情的にはならないはずである。
「アンドロメダの集合意識は違うのかもしれない」
メロードが適当な事を言うが、そもそも最初から集合意識の振りをしていたのかもしれない。
何の為にかは知らないが、多分向こうの銀河では何らかの効果があったのかも……。
そう思うと実に胡散臭く、最初っから最後まで全部嘘だったのでは?という気もしてきた。
その人物はプンプン怒って帰っていったが、実のところ私は内心ヒヤヒヤであった。
これで戦争に発展してしまってはなんとも責任の一端があるような気がして……(まあほぼ局長のせいだろうが、だとしてもだ)。
局長の方は大して気にも留めていない様子で「一応本国には報告しておくか」と連絡を取っていた。
後日、あの人物の正体がわかったそうなので局長が教えてくれた。
アンドロメダでも有名な多重債務国家で、国家事業として株式や先物取引などのマネーゲームを行っていたが、ある時見事に大失敗を犯して莫大な負債を抱え込んしまった。
最初は友好国に融通してもらっていたが、借りた分を投機やギャンブルに突っ込んで何度もスってしまうものだから、遂にアンドロメダではお金を貸してくれる組織がいなくなり、この天の川銀河にやって来たのだという。
つまりは、彼らは国家と国民そのものがギャンブル依存症のような状態になっていたのだろう。
迷惑だからとっとと制裁かなんかしろ、と天の川銀河から要求するも『君たち野蛮な天の川の連中とは違って我々アンドロメダ人はそのような非人道的な行為はしないのだ』との返答であったという。
ムカつく。言い分もわからないでもないが、流石になんとかして欲しいものである。
野放しにしていてはこの連中に騙される者も出てくるだろう。
そしてさらに後日。局長が微妙な顔をしながら教えてくれた。
例の債務者に金を貸した人物がいたのだという。あの石灰の金持ちスナネコ、ミユ・カガンである。
20垓程度なら払えなくもないので条件付きで貸してやったのだという。
そして彼女は、アンドロメダ銀河への事業拡大の為の投資である、と発表した。
そうそう、金の使い方というのはこうでなくては。
マネーゲームなどとチンケな使い方をしているから借金など抱える羽目になるのである。
が、その影響で、天の川経済に若干の波が生じているらしい。
20垓3000京円もの債権を回収できるのか、アンドロメダと経済を結びつける事は時期尚早ではないのか、などの議論が紛糾しているのだ。
その為、これからは景気が不安定になる事が予測され、地球経済はともかく、ガウラ帝国経済には直撃するので、ひょっとするとこの宇宙港の予算が一時的に減額されるかもしれないという。
やだなぁ、もう勘弁してよ。