【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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職業戦線貴賤アリ

 

職業に貴賤無しとはよく言ったものだが、そんな事はないというのは誰もが知っているだろう。

でなければ、所謂『土方』や『清掃』などの肉体労働が一定の尊敬を集めていなくてはならない。

 

「えっ、外科手術とやらは見せてもらえないのかい?」

と言うのはガウラ帝国第7惑星『タームラオシ(溶岩が多い、という意味)』からやって来た男である。

見慣れた職員と同じくガウラ人だが、見分けがつかないわけではない。

最近ではガウラ人に限ればパッと見て判別が出来るようになったし、書類には見てくれの特徴が書かれている(これ書く段階で審査すればいいだろ!?)ので初めて見る種族であってもある程度は見分けられるのだ。

この人物の特徴は……なに、マズルが短い、うーん……。

「どうせ犯罪なんてしやしないんだから。とにかく、手術が見れるところを教えて欲しいんだけどな」

そんなものは病院ぐらいだ。そもそも帝国にも手術が見れるところぐらいあるだろう。

「うんにゃ、外科手術となると殆ど無いね。地球なら毎日のように外科手術が行われていると聞いたのさ」

資料とか映像とか残っていないものかしら。聞いた話だとガウラ人は病気の克服、ではなく予防に力を入れている為に軍医を除けば医者が人口に対して僅かにしかいないらしい。

被災地での作業で破傷風が蔓延するのも頷けるというものだ。ちなみに罹患者たちは症状そのものではなく治療であるデブリードマンを非常に恐れたそうな。

「帝国で今時医者になるようなのは、軍医か相当な変わり者だけだよ、貰いも少ないのに」

給料が少ないとは驚いた、高度な技術を要求するだろうに。

「高度な技術って言ってもなぁ、予防すれば病気にはならないし」

彼らの星、タームラオシの医者はみんな廃業してしまったのだという。患者が一人もいない状態が続いたのだ。

また彼らの死生観としても、寿命で死ぬのに逆らうべきではない、という考え方があるので終身医療も流行らないのである。

廃業した医者たちはパンデミックと交通事故、労働災害などの防止を研究する機関に勤めているとか。

「その廃業した医者ってのがこの僕さ。例えみんなが病気にならなかったとしても、僕は医療のプロフェッショナルを目指しているのさ。研究機関に缶詰だなんてごめんだね」

実に殊勝な心掛けである。果たしてこのような医者が日本に存在するだろうか。

ところで産婦人科などはどうなるのだろうか気になるところである。

「それは医者の領分ではないんじゃないの、え、医者がやるの?」

うーん、何とも言えない返答である。日本にもかつて存在した産婆さんシステムのようなものが構築されているのだろう。

とにもかくにも、ガウラ帝国での医者はあまり尊敬を集める職業ではないらしい(日本において?みなさんよくご存じのはずだ)。

 

ともなると、気になって来るのが真逆の、いわば肉体労働者たちだ。

今度に現れたのは、これはまた極端な例である。

「非常に残念だ」と溜息を吐き現れたのは一体何者だろうか。

「私は『銀河都市建設維持労働者組合』の第4宙域支部長補佐、プロア・エ・レトである」

タツノオトシゴのような見た目をして宙に浮いているこの人物は自己紹介をした。

なんだかよくわからんが、とにかく赤そうなやつだ。宇宙にもこのような組織があるとは驚きである。

しかしその……何とか労組が一体地球になんの用なのだろうか。

「突然だが、この惑星は滅亡する!」

本当に突然な事を言う。一体何なのか。

「建設維持を軽視する国は滅びるのである。よってこの惑星は滅亡する」

どういう事なのか詳しく説明を求めた。曰く、この惑星の住人には公衆衛生やインフラ、土木建設などに携わる者への軽視が見られるので、この星は滅ぶのだという。

短絡的にも思えるが、確かに言われてみるとある程度は納得が出来るというものである。

どれも文明の基礎だ、公衆衛生が未熟だった時代、伝染病は日常茶飯事であった。

となると、やはり彼らのような職業は宇宙では尊敬を集めているのだろうか。

「我が国ではまさにそういった公衆衛生こそが高等職業である。他の国ではまぁ、ほどほどだが……」

他はほどほどなんかい!だからこそこういう組合があるのだろうが。しかし大事だ、公衆衛生は。

「ほどほどでいいのだ。『彼らは社会になくてはならない』という意識があればいい」

なんとも切実な思いである。彼の言い分は少々極端ではあるが尤もと言えよう。

「しかし!この国では土木業や清掃、例えば溝浚いなどに従事する者を見下しているではないか!」

この人物は熱弁する、何故文明の基盤である土木や衛生に関わる人々が低所得者であるのか、と。

「まさに行政の怠慢である。近くにこの星は滅ぶだろう!」

彼らマルトア人は最高の土木業者にして建設の鬼である。

宇宙要塞、輪状居住区、ダイソン球、惑星破壊砲、果ては星そのものまでも建設する凄いやつらだ。

銀河最高峰の肉体労働者である彼らの価値観から見ればおかしな話に見えるのである。

確かに問題と言えば問題だろう、誰でもできるからと下に見られては彼らも堪ったものではない。

これは社会の構造上の問題なのか、はたまたそういう文化価値観の問題なのかは、私にはわからない、社会学者ではないので。

「そしてそれを解明し、是正するのが我々『銀河都市建設維持労働者組合』の使命である」

彼は実に頼もしい事を言ってくれると、そのまま勇ましく入国していった。

 

こういう職業の格差は、社会構造的にどうしても生じてしまうものだろうし、他の宇宙国家にも存在する事なのだろう。

ただ、どういったバランスがその社会にとって一番いいのか、を我々国民は考えて選択しなくてはならない、のかもしれない。

その数日後、都心でネズミが暴れ回っているというニュースを見たので、どうも現状では少々バランスがよろしくないように思える。

 


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