それともう一つ書き置きがあった。
“このお話はフィクションであり、実在の人物や団体などとは関係ありません。”
……何かの意図があっての事だろうか?
予てよりあの人が強く推しており『ここで働きたかった』と言わしめた例の場所に訪問してみようと考える。
何でも、動物と触れ合えるというらしいから、私も動物はそれなりに好きなので実際楽しみだ。
この国の鉄道は極端に車両数が少ないために車両内が異常に混雑し、苦行のような時間を味わわせられてしまった。
ピタリと時間通りに来るのはいいが、あのような過密スケジュールでは安全性は存在しないのと同じだ。我が帝国なら既に営業停止になっていることだろう。
それでイケブクロ駅より歩いて数分ほど、四角い建物に入り数階上がったところにある。にしても四角い建物しかない町で一見して貧民街のようにも見える。
一つの建物に幾つもの商店などが集まっている、おそらく関東平野が狭いための苦肉の策、と言えるか。
階段の壁には無数のポスターが貼られてありこれから利用する『どうぶつハウス もふもふ』の概要が描かれている。
扉を開ける、すると店員が出迎えてくれた。
「いらっしゃいまっ……!?」非常に驚いた顔をして見せた。
「何かしましたか」私がそう問いかける。そう、私はすっかりと日本語を習得してしまったのだ。
「いや、えっと、その、何でも……」この人物は慌てて取り繕うような素振りを見せる。
「ひょっとして、宇宙人は入店禁止?」まあそういうこともよくあるので、それならそうで帰ろうかと思ったが、
「いいえ!そうではありません!……いらっしゃいませ、『どうぶつハウス もふもふ』へとようこそお越しくださいました。私は店長の菅井です」
どうやら杞憂のようだ、そう言うとこの人は店のシステムを説明してくれた。何やら地球の小動物を展示していて、触れ合いも出来る。
私の実家は田舎だからこういった店に行くまでもなく動物がいたが、帝国でも動物のいない地方にはこういう店があるという噂を聞いたことがある。
「それでは、ふくろうルームから」と案内された部屋の中には夜行性猛禽類らが綺麗に整列していた。
「こちらは地球の、夜行性の猛禽類でして、えー……」なんとも、説明に苦慮している様子が見受けられるので早々に切り上げよう。
「どれでも触れるのですか?」と聞くと「はい、こちらの札が付いている子はどちらでも」
早速私は小さめの身体で目の大きな鳥を選んだ。
「こちらはアフリカオオコノハズクのソラちゃんです」
小さくて実に可愛らしい、まるでダークマター反応炉のように美しい瞳をしている。
背中を触ると、羽毛がフワフワ、サラサラしていてとても気持ちがいい。
しかしながら気になるのが、店長の菅井とやらの視線だ。どうにも、この国の人間は『コレ』に弱いらしく、如何にも触らせてくれ、と言わんばかりの目線だ。
「あの……失礼ですが、尻尾を触らせてもらっても……」そら来たぞ、だがもうそういう訳にはいかない、むやみやたらに触らせて不埒者と思われるのは心外である。
我が帝国においてもこの尻尾というのはセックスアピールの一部なので地球人で言うなら、例えば男性が女性に太腿を触らせてくれと頼むようなもの、で合ってるかどうかはわからないのだが。
「いえ、そういう訳にはいきませんので、腕なら」かといって無碍にするのも悪いので腕を差し出す。
「ありがとうございます!……うわぁ~~!サラサラしてる~~~!ちょっと!田邑さん!」
別の店員を呼んだのだろうか、なんか大騒ぎになっちゃったかもしれないぞ。夜行性猛禽類たちも騒然としている。
「はーい。うわっ!ガウラ人ですかぁ!?」とおそらくタムラと呼ばれた店員が現れた。
「触っていいんですか!?あ、臭いも嗅いでいいですか!?」かなり興奮しているらしい。
「ま、まあ……」と私がたじろいだのを好意的に解釈したのか私の腕に鼻を当てる。
「あーすごい、なんか、畳みたいな臭い!」そりゃそうだ、私の部屋には畳があるし、畳で寝ているし。
「筑田さんも来て来て!」とスガイ店長。「ちょっと待ってください」との私の抗議の声も届いていないようだ。
なんということだ、この店にモフモフしに来たのにモフモフされているのは私の方である。尻尾は触られなかったのでそこは流石、動物を扱う職業の人間なだけはある。
ソラちゃんも目を見開き唖然としている。まあ元々目を見開いているが……。
次なる部屋は爬虫類ルーム、鱗の付いた生き物がジッとしている。
しかしこの、蛇に足が付いたような生物には驚いた。こういった人種は見慣れているが、小動物は初めて見た。
帝国ではこんな生き物は見たことが無い。これは何という動物なのだろうか。
「こちらはグリーンイグアナのチャーチルくんです。触ってみますか?」
店長のスガイが引き続き案内をしてくれる。これも触れるとは驚いた。
スガイの指示のもと恐る恐る触ってみると、意外とすべすべしている。
「うーん、これはすごい、もっとザラザラしてるかと思っていた……。帝国にはこういう蛇に足が付いた動物はいないから驚いた」
「えっ!是非そのお話詳しく聞かせてもらえませんか!?」要らぬことを言ったようで、目をキラキラさせている。
口火を切ってしまった以上はしようがないので知ってる情報を話すと、うんうんと興味深そうに聞いてくれた。
しかしながら……そういう話をしに来たわけではないのだが……。
さて、小動物ルームだ。気にはなっていたのだが、ジューダ民族のような小動物がいるらしい。
大きめの籠に入れられているこの小さな四足の動物がきっとそうだろう。
「この子、いいでしょうか」「フェネックギツネのロンメルくんですね」
如何にも神経質そうな顔つきがジューダ民族にちょっと似ている。あんまり可愛くないなぁ。
「こういった、その、失礼ですが、外見的特徴が似てらっしゃる動物を見ると、どんな気持ちですか」
と本当に失礼な事を聞いてきたスガイ店長。悪気はないのだろうが。
「人間がサルを見るのと同じですよ。それにあんまり似ていませんし」
「はぁ……」と釈然としないような表情だ。そりゃあ似ていなくもないが、人間とサルの方が余程似ているではないか。
他にも可愛らしい動物が沢山いたが、中でもお気に入りなのがミーアカットという動物のシャカくんである。
この目の周りの黒が滅茶苦茶カッコいい!これはね、ワルなヤツのカッコよさだ、渋い男の黒に違いない。
「実はミーア『キャット』って言いますけど猫とは無関係なんですよね、綴りも『Meerkat』ですし」
とスガイ店長。そんなこと宇宙人の私に言われても……。
前半のモフモフがあったので癒されに来たというのに、妙に疲れてしまった。
にしても、雑居ビルにしてもそうだがこの東京という町はかなり窮屈で実に圧迫感を感じる。
人とゴミでごった返し、誰もが疲れた顔でつまらなそうに歩いているものだから、これが貧民街でないというのが私は俄かに信じ難い。
こんな狭い籠の中に暮らしているのだから、かの『どうぶつハウス もふもふ』の動物たちのように食い扶持に困らぬ至れり尽くせりの生活でなければ割に合わないという物である。