【完結】地球の玄関口   作:蒸気機関

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皇帝陛下のおしどり夫婦

私は独身である。別に結婚願望が無いわけではない。

まだまだ若いのでこれから良い出会いがあれば、きっと結婚はするだろうが、

出会いというものがさっぱりなので相手になる目ぼしい人物もいないのだ。

どこかのお節介なおばちゃんがお見合いでもセッティングしてくれないものだろうか。

ある夫婦に出会ってからしばらくは、私はずっとそういう事ばかりを考えていた。

 

前日の夜、この仕事に就いてからは遠距離恋愛となっていた交際相手に一方的に別れを告げられた私は、その日は傍から見ても随分な落ち込みようだったのだろう。

他者の感情に敏感なタイプだろう客は、私を見てかなり気の毒そうな顔をしていた。(最近は宇宙人の表情も読み取れるようになった!)

隠す努力はしていたのだが、それでも何人かは「何があったかは知らないが元気を出して」と声をかけてくれた。

彼らの言葉が心にじんわりと沁みて、何とか立ち直れそうになっていた時、あの夫婦がやって来た。

「二人、一緒に見てもらっても構いませんかね」とカラカル型人種(カラカルとはアフリカから中東にかけて分布するネコ科の動物。それに似ているのでこう呼称した)の二人が書類を差し出す。

こういう時の裁量の一切は任せられているため(要らぬ文化摩擦を避けるためである。もちろん責任も重い)、どうぞ、と書類を受け取る。

何とも仲睦まじい姿を見せる二人のパスポートには同じ姓が記されていた。

ご結婚されているんですか、大変仲がいいご様子で、と言うと、夫の方が「どうもありがとう」とはにかみながら答える。

「実は新婚旅行なんです」と妻の方も口を開いた。

「私たち、出会ったのが実は先日、四日ほど前でして」

この時の私の顔を見てみたいものだ、絵に描いたような『呆気に取られた顔』をしていただろう。

彼女曰く、彼らの国では日本で言う神社みたいなところで神官に結婚相手を決めてもらい、

そしてその神官というのが、皇帝の意思を代弁する役職であるというのだ。

自由恋愛とは程遠く、どう考えてもお見合い制度の方がまだ自由そうなのにそれに疑問も不満も抱いてはいない様子だった。

彼らは私の表情を見て不思議そうな顔をしている。

「あの、驚かれましたか、でもこの国って帝国ですよね」

「結婚相手は皇帝に決めてもらわないのですか」

天皇陛下はそんなに暇ではないし、それは日本国への誤解だという事とその制度が魅力的には見えないという事を話すとやはり不思議そうな顔で言う。

「せっかく皇帝が御座すのに、変わった国ですね、それにあなたも」と。しかしそんな事を言われてもこれには深い訳があるのだから仕様が無い。

それにしても、四日でこんなに仲が深まるなんて余程相性が良いのだろうと、夫婦円満の秘訣を聞いてみたが、

「それはもちろん、皇帝陛下が選んでくださったのだから幸せになれるに決まっているじゃないですか」

と、さながら暴論にも近い答えが返って来た。

彼らにとって、彼らの君主というものが途轍もなく大きな存在であるという事が窺える。

確かに一国民の結婚相手の融通までしてくれる程面倒見の良い君主なら人気者なのは頷ける、理想的な絶対君主だろう。

私が彼らに書類を返し、良い新婚旅行を、と声をかけると、「ありがとう」と笑顔で立ち去って行った。

 

宇宙人の文化風習には驚かされてばかりだが、今度のカルチャーショックは妙に心を乱した。

振られたタイミングと重なったというのもある。

そして私自身、自由恋愛の風潮の中で生まれ育ち、お見合いの時代というものを知らないのだが、

一般に言われているほど不幸な時代だったのだろうか、と彼らを見ていてそう思う。

つまるところ、信頼する人物に紹介された相手とならきっと幸せに添い遂げられるだろう、という事である。

今まで私は前時代の結婚制度を一方面からしか見ていなかったのか、とハッとさせられた。

しかしこの事を吉田に得意げに話すと、「海外に比べて日本はどうたらって言ってる奴みたいだな」と呆れられてしまった。

 


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