空間が裂ける。閃光が走る。何も驚くことはない。このような現象は、嵐の時に、天から地に落ちる雷と同じことだ。ただし、普通の雷が、上から下のみに落ちるのに対し、それは地上を縦横無尽に走り回っていた。しかも、ただ一つの者に目がけてだ。
そして、その標的となる男もただ者ではない。閃光の後に響く轟音、つまるところ音速を越えた動きを的確に見極め回避運動を行っている。
「ウォォォォォ、サンジェルマンンンンンンッ!」
「ははは!いいぞ!神へと至る力だ、これこそが僕が求めていた!」
頭へ向かってくる拳をアダムはかわし、男はその高めたスピードを落とすことなく、地面に円弧を描きながら再びアダムに向かう。
右腕。かわされる。
ボディ。いなされる。
足。飛び跳ねると同時に、足が飛んできて蹴り飛ばされる。
攻撃しているのは、雷撃を纏った男、しかし、アダムには全くダメージが入らず、逆にダメージを与えられている。防御側が無傷なのに対し、攻撃側がダメージを受ける、歪な風景がそこにはあった。
「思うかい、不思議に?なぜ当たらないのか、君の攻撃が。痛みを味わうのは、君の体か」
「ウォォォォォ!」
アダムの話を男は全く聞いていない。しかし、アダムは話すことはやめはしない、何故ならこれは自分の解説を流し続ける、一つの余興であり、男をおちょくるための物だからだ。
「技術と知識なんだ、君の最大の武器は。知っている、相手のどこを攻撃すればどう壊れるか、自分の動きに対して相手がどう動くか。君のスタイルだ、つまらない堅実的なそれが。なのに君は捨てている、それを、怒りに任せて。そんなに君にとって、サンジェルマンがァッ!!」
アダムの言葉が途切れる。その理由は簡単であり、男の拳がアダムの頬に入ったからだ。口演に意識を割きすぎた、そして男にとって最も大事なことを不用意に口にしたために、さらに加速させてしまった、アダムの慢心のためである。
「・・・聞けよ、人の話は最後までェェェェェッ!!!」
「グッ!」
しかし、それで倒れることはない。自らの話が途切れたのがそんなに気に障ったのか、怒りを拳に乗せ男の顔を打ち抜く。
吹き飛ぶ男に向かって、アダムは錬金術を使って、追い打ちをかける。火が、氷が、光線が、男に向かって飛んでくる。何とか、体勢を立て直した矢先に飛んできたそれを男は耐えるしかない。しかし、その攻撃が途絶えることはない、アダムの魔力は無尽蔵であるがゆえに。
だが、それは止まる。その理由を男が考えることはない。ただ、本能のままに動いて、攻撃を続けようとする。しかし、それは叶うことはない。
「終わってないよ、まだ僕の攻撃は!」
「ガハッ!!!」
男の腹を拳が貫く。胃の中の物がすべて吐き出される。アダムの攻撃は続き、逃げることも出来ない。顔、頭、腹に何度が何度も殴打される。アダムの一方的な蹂躙、それが続く。
アダムの攻撃も終わる。その理由はただ一つ、男にあらがう術がないからだ。全身に打撲痕があり、内出血で青紫入りに染まっている。歯も骨も折れ、立つ気力すらなく、地に伏せ、時折り口から苦悶の声がもれる。
「ふう、気が治まったよ、やっと。後は連れ帰るだけだ、君を」
帽子をかぶり直しながら、アダムは男に言葉を紡ぐ。戦いの後の他愛のない言葉。
「少々誤算だったよ、君の力がまだ覚醒していなかったとは。かつて、僕が見た君の力。錬金術師たちを倒し僕とさせ殴り合った、ただの人間のはずの君が。そして、さらに高めていった、錬金術を身に着け、その強さも。僕は思った、ただの人間であるはずなのに、高みへと至るその訳。僕もさらに高めることが出来る、それを知ることで。なら、さらに君には至ってもらわなければならない、人を越え、その次へと。そうすれば、奴らを超えることが出来るかもしれない、君の力、その謎をしったとき。だから、埋め込んでやった、その身に完全聖遺物を!世界を彷徨わせて、僕は待った!」
男には聞こえないが、アダムの口調はだんだん高ぶっていく。
「だから落胆したよ、君の力の扉が開いていないと知って。砕いてしまおうとさえした。けど、目覚めた、彼女の名前を出すことで。前々から思っていたけど偏執的だね、君の彼女への思いは」
アダムが話題に出すのは男の娘の話。かつて男がこの世界で一番大切にしていたもの。
「さあ、帰ろうか、僕たちの組織へ。今、機嫌がいいんだ、とても。だから、会わせてあげるよ、君を彼女に。狂喜するだろうね、言ってもいい、君を探すために組織に残っていたと。今は無いようだけど、いずれ取り戻すだろう、君の記憶も。そして君たちは助けてくれるだろう、僕が神へと至るその道筋を」
それは男にとっても悪い話ではない。今は覚えてないが、娘と会えるのだから。
「それにしても、気の毒だね、イザークとその娘は」
だが、今の男には、記憶を失ってから得た大切な、もう一つの家族がある。
「・・・・・・・ロル」
「うん?」
「キャロル・・・キャロル・・・キャロル」
アダムはその声に少し驚き、目を向ける。
男は立っていた。足の骨が折れているから、まっすぐ立てず、腕の骨が折れ筋繊維が千切れ腕をぶら下げている満身創痍の状態であり大人しく地に伏せていた方が楽であろう。しかし、それでも確かにそこに立っていた。
「・・・・・・まだ立てるのかい?いや、ないはずだ、それが出来てもする理由が」
『今これしか約束できないけどさ、黙って出ていくことはしないよ。出ていくなら、きちんとキャロルに言ってからそうするよ。これでだけは絶対に破らないよ。』
かつて交わした約束。目の前の泣いている子の涙を止めるために言った言葉。男はそれをまだ守っていない。ならば、それを守りに行かなくてはいけない。
男は構える、ゆっくりとだが確かに。体がめちゃくちゃになっていても、できる部分で。
アダムはそれを困惑を浮かべる。男が何をしているのかが分からない。勝てるはずもないのに。
瞬間、男の姿が消える。
「・・・グッ!?」
「・・・キャロル・・・」
アダムに鋭い痛みが走る。いつの間にか、腹に拳がある。
(速い、こいつさっきよりも!)
反撃のため、頭に向かって肘打ちを仕掛けるが、既に男の姿はなく、後ろからの回し蹴りを喰らう。それに対して振り向こうとすれば横からの掌底が、振り払おうとすればアッパーが、アダムの反応を上回る速度で男の攻撃が続く。ここに、攻守が逆転し、アダムは男の攻撃に対して反応が遅れ、反撃どころか防御も出来ていない。
それはいったいなぜなのか。アダムはそのことについて気付いていた。
「ちッ、違うッ!ただ速いんじゃないッ!上手い、攻撃がッ!伴っている、戦いの技術が、知恵が!」
死角からの攻撃、気配の遮断、高速移動、見切り。先ほどまでの本能の戦いではなく、理性による制御された行動。かつての、男の戦い方がそこにあった。
「・・・キャロル・・・キャロル・・・キャロル・・・」
「まだ、速くな、グウウウッ!」
男の動きはさらに加速していく。雷撃も既に復活して、その威力も、纏う雷の量も加速度的に上昇していく。そもそも通常の攻撃さえ、的確な位置に当たれば明確なダメージとなる。ましてや、それが音速を越えた速さで当たれば、言うに及ばずである。
しかし、何度も言うように、このアダムという男も、普通ではない、最たる、力を持つ者の一人、完全なる人形なのである。今のこの状況を理解して、逆に笑みを浮かべていた。目の前の男が力を増せば、その分男から得られる収穫も大きくなり、アダムの目標に近づく可能性が高くなる。
「もっと、もっとだ!解放しろ、その力を!」
大地が、空気が震える。アダムの尋常ならざる雰囲気に男は距離を取る。これが最後の攻撃、ならば自分も最大の攻撃をしなければならない、そして、あの親子を助けに行かなくてはならない。
「さあ、耐えてみせろ、破ってみせろ!証明してくれ、命の価値を!神へと至る、その力を!」
アダムの二度目の黄金錬成、迎え撃つは神話の遺物、かつてティターンたちを焼いた雷。
二人の攻撃が衝突し、あたり一帯が光球に包まれた。
「ふぅ、見事だよ、その力。感謝したいよ、本当に。完全以上になれる、これで僕は」
焦土と化したその土地で、アダムは空を見上げていた。体中に煤がついているが、しかしその体が失われた個所などない、その体は完璧であるがゆえに。しかし、傷はなくとも疲労はたまる。そのためアダムはこうして休んでいる、万が一にも壊れないために。
「しかし、逃がしてしまった、彼を。錬金術師たちも苦労するだろうね、もう一度彼を見つけるのは」
その言葉はどこか他人事のように聞こえるが、実際彼は自分で探す気などない。彼にとって、結社の人間など都合のいい駒に過ぎない。
それに、彼を探すのに熱心な人間がいるのだ、なら、それに任せればいい。
「では、あとは任せようか、彼女に」
アダムは、仕事を押し付ける算段をしながら、帰りの支度を始める。
そも、今回の戦いに意味などない。単純に彼に協力を得たいなら交渉を心掛けるべきだったし、力づくでやるなら、大戦力を回すかもう少し本気を出すべきだったのだ。自分一人で、人間体のままで、つまり自分だけの力で戦うのに、自身のリソースの大部分を温存した中途半端な力で戦い、逃がした。
事態をひっかきまわし目標を達せられなかった彼を、きっと無能というのだろう。
「パパ!パパ!」
熱せられた空気が辺り一面に漂っている。その火元の光は、太陽が雲に覆われたこともあって、周りを照らしていたが、まともな光ではなくよどんだような光であって、実際の状況はそれにふさわしいと言えた。
イザークは今まさに火刑に処せられている最中だった。既に下半身は焼かれ、もはや助からず、通常なら気が狂うほどの激痛に襲われているが、それを表に出すことはイザークはしなかった。
泣き叫びながら、こちらへ来ようとして取り押さえられている娘が目の前におり、彼女に苦しむさまなど見せたくはなかった。それになんとなくだが、彼がもうすぐ来るような予感がした。
数日前に自分たちを逃がすために、離れ離れになり、こちらが捕まえられて火刑に掛けられる今もまだ再会できていない彼。しかし、彼は娘と自分に約束をしたのだ、必ず追いつくと。ならば、それを信じるだけだし、それが叶う気もした。
「キャロル。彼と生きて、二人で世界を知るんだ。それがキャロルの、そして彼の…」
おそらくこれが最後の言葉として彼は告げ、それを感じたキャロルはさらに激しく涙を流す。その時である。
閃光が走った。空気が震え、耳を貫くような音が閃光の後からやってくる。それは、まさしく光そのものに見え、その場にいた人間のほとんどがそう思った。キャロルとイザークを除いて。
「…お兄、ちゃん?」
「遅かったじゃないか…」
それはキャロルを攫い、イザークを縛り上げられていた棒をへし折ってかすめ取り去っていった。その場にいた人々はその一瞬の出来事をただ見ていることしかできず、そのことを理解したのはすべてが終わった後だった。
「パパ!駄目、死なないで!私たちを置いていかないで!」
キャロルは父が逝ってしまわないように体にしがみつく、そうすることで少しでも魂が離れてしまうのを防ごうとした。まともな精神状態であれば、何の意味もないその行為も今のキャロルにとっては唯一行えることだった。
「…すまない、イザーク。遅くなってってしまった、間に合わなかった…本当に、すまない…」
イザークは朦朧とする意識のかな、男をちらりと見る。その皮膚は黒く煤がかぶさっていた。自分の体の炭が付いたかと思ったが、そうではないとすぐに気づく。男の皮膚そのものが炭になり、その下から新しい皮膚が出てきているのだ。男の体はイザークよりも焼けているが、それでも死ぬような気配は感じられなかった。
錬金術師イザークとしては、そのことを深く聞いてみたかったが、もうすでに残りが少ないと分かっているため、父イザークとして残りの時間を使うことに決めた。
「えーと、君の、名前はトニトルスでよかった、かな?」
「…お前、今の今でそれで呼ぶのか、今まで呼んでくれなかったくせに」
ハハハとイザークは嫌味を笑って流した。このやり取りはいつもしているようなやり取りだ、けれどこれで終わりという注意点が付いついてしまうが。そのことが、男、かつてトニトルスと名乗った男には寂しさを感じた。
「君の事情にはあまり手助けができなかったね。本当なら、友としてこの最後の時間を使った方がいいんだけど、それは自分でやってくれ。なに、君とキャロルならできるよ」
「別にそのことはいい。ほかに言うことがあるだろ」
「ハハッ、それじゃお言葉に甘えようかな」
かすかに息を継ぎ、イザークは言葉を継げる。それは父としての言葉。その言葉を男は確かに受け取る。
「キャロルを、頼ん、だ、よ…」
瞼が閉じ、熱が消える。その場には二つの命があり、一つは激しく、一つは静かに涙を流していた。
もう、少女の鳴き声しか、その場には響かなかった。