主人公の外見は、能力のせいで少し変わっていますので、伝聞で聞いても気付くことは難しくちゃんと自分の目で見ないとサンジェルマンもアダムも気付きません。
「キャロル、フユアカダケていうのはこれでいいのか?」
「それはベニフユダケ。食べたら、全身から血が噴き出すという恐ろしい毒キノコよ」
「えーと、今度こそフユアカダケ?」
「…それはレッドデーモンキノコ。食べたら、頭が破裂する」
「‥‥‥こわ!!この森こわ!!どんだけ危険なの生えてんの!? ていうかどうやって見分けてるんだ?」
イザークに会ってから数か月の間、俺はあいつの家で居候していた。行くあてがないといった俺に、イザーク曰くしばらく家に居てもいいよとのことだ。俺としても、ちゃんと街で補充したおかげでしばらく愛に飢える必要がなかったのでいさせてもらった。とはいえ、何もしないで家に居るのは気が引ける。何か仕事はないかとイザークに聞いたところ、研究を手伝ってくれと言われた。とはいえ、俺には錬金術の知識はないなのでやるのは実験器具の清掃や家事の手伝い等の雑用だ。
今日の薬草探しもその一環だ。けどキャロルと一緒にイザークの実験材料を探しに来たものの、さっぱり見分けがつかない。かごの中のほとんどがキャロルが見つけたもので、俺はほとんど役にたっておらず、もっぱら動物避けしかできていない。いかんいかん、これじゃあただの穀潰しだ、なんかキャロルの声も冷たくなってきた気がする。慌ててまた材料を探しに行った。
山を駆けまわっていると、森を抜けて開けた丘にでる。なんてことはない、特に特筆することもない、普通なら見晴らしがいいとかそれぐらいの浅い感想しか出ない。本来なら、山を出てしまったと慌ててきた道を戻ってキャロルのところへ戻ろうとするだろう。
けれど、俺はその光景に、何もない丘から目が離せない。正確には目の前に広がる空間ではない別の空間を投影している。そして、その光景に——どこか——見覚えがある。風景が——花畑が重なる。現実を塗り替えるそれが初めて見るものではないと感じる。けれど、思い出せない、どこで見たのか、何をしたのか、誰と来たのか。
急に睡魔が襲ってくる。このままだと、キャロルに怒られるのに。前に三人で街に行って女の子をナンパしてた時みたいに夕食抜き!とか言われそうだ。あれは困る、キャロルのおいしい料理が目の前にあるのに食べられないなんて酷い拷問だ。何とか許してもらおうとするが、キャロルはツーンとそっぽを向くし、イザークは笑っているだけで、どうしようもなかった。
それでも、意識はどんどん落ちていく。ああ…なんて謝ろう……
——————————女の子の、笑い声が聞こえた。どこか、懐かしいような声だった。————————
「ああもう、どこにいったの!?」
私、キャロルは数か月前からいる奇妙な客人について考える。パパ、イザークの恩人だという男は記憶喪失らしく何もかもが不明だ。名前すら分からないため、ナナシだのトニトルスだの呼べと言っていたが基本的にその名で呼んだことはなく、もっぱらお兄ちゃんと呼んでいる。だって、家族が一人増えたみたいだから。
パパの提案で家に住んだお兄ちゃんはパパの研究や家の仕事を手伝ってくれてはいるが…基本的にあんまり役に立たない。洗濯すれば服は破くし、箒を掃けば床をはがす。どうやらその馬鹿力が原因らしいが、ともかくこっちの仕事が増えるのは確かだった。パパは仕方がないとかばっていたけど、あれは仲間を見つけた目をしていた。
けど、それでも一緒に家事をしてくれる人が増えて嬉しかった。一緒に雑巾がけレースをして、お兄ちゃんがスピード出しすぎてバケツに頭が入っちゃったときには二人でお腹を抱えて笑った。私が、パパとお兄ちゃんに料理を教えても二人とも焦がしちゃった時には頭を抱えた。夜、一人で寝れるとパパに意地を張ったけど怖くて眠れない時にはお兄ちゃんのところに行って一緒に寝てもらった。なんだかすごく暖かくて安心した。
私にはママがいなくてずっとパパと二人きりだった。街から離れて住んでいたから、パパ以外の人は知らなかった。けど、それは時々寂しいと感じる時がある。パパが遠くに行った時、私は一人で家にいなきゃならない。錬金術師という人の目を避ける職業の為に、家の周りは森で囲まれていてどこかへ行くこともない、森に何がいるか分からないからだ。掃除や料理をしているときは考えずに済むけど、それが終われば自分が一人であること、寂しさを感じてしまう。それから逃げるために、パパが返って来るまで錬金術を行っていた。
けど、お兄ちゃんが来てから寂しさを感じることがなくなった。パパとお兄ちゃんと私で一緒に食事をすることでいつもと同じパンがおいしく感じる、パパが出かけているときもお兄ちゃんが近くにいてくれる、お兄ちゃんが守ってくれるから森の中を探検できる。これが、誰かと一緒にいることの幸せなんだろうか。
ただ、あの女の人に弱いのははやめてほしい。この前も街へ行ったら、目を離したすきにいなくなって、探してみると女の人を口説いていた。なんでか分からないけど、その光景に妙に腹が立って耳を引っ張って連れて行く、それをみてパパが笑う、それが街に行った時の恒例だ。
————————見つけた。
お兄ちゃんは眠っていた。春であれば一面に花が広がっているのかもしれないがあいにく今は冬だ、すべては枯れ果てている。そんな中で、お兄ちゃんは寝っ転がっている。
「もう、仕事はっぽり出してどこにいるかと思ったら……今日の夕食の一品減らそうかな~?」
近くでしゃがんで顔を覗き込む。のんきに寝ている顔を見ていると、いたずら心が芽生えてくる。ほっぺをつっついてみる。
…まったく起きる気配がない。
「いい寝顔だし、このまま寝かせておこうかな…」
寝ている人を起こすのも悪いかなと、目の前の寝顔を眺めて気遣う。兄は仕事をさぼっているにもかかわらず、そう思えるキャロルは非常に寛容だと言えるだろう。
しかし、その寛容さも何時でもあるというわけではない。時には消え失せることもある。なにか寝言を呟いているのに気付いたキャロルは口元に耳を近づける。
「ううん、アルレウム・・・かわいいよ、世界で君が一番だよ・・・ああ、サンジェルマン、そうむくれるなって・・・」
「女の名前・・・」
少女の顔の表情が消え能面と化す。夢の中でも女の人を口説いている兄に関し、持っていた優しさが、怒りと嫉妬に塗り替えられる。お仕置きを開始するべく、腕を寝ている怠け者の耳に伸ばす。
「いででででででででで!!」
「変な夢を見ている暇があるなら、しっかり仕事して!」
「キャ、キャロル!?ご、ごめん!謝る、謝るから手を放して!!耳、耳がちぎれるうううううう!!!」
「なあ、キャロル?いいかげん機嫌をなおしてくれないか?」
「ふーんだ。お仕事を私に任せて自分はお眠りなんて、いい身分ですねお兄ちゃん」
「いや、まあ、その、なんだ。眠気には勝てなかったんだ」
「おまけに夢の中でも、女の人と遊んでいて・・・」
「え、まじ?・・・だれだ、ヘレン、ロビンソン、アデーレ、アマンダ・・・あっ、もしかして皇とか言ってた?」
「知らない!!」
そう言ってキャロルは俺の肩から頭を叩きつ飛びおり先を歩く。余計なことをいってますますキャロルを怒らせてしまった。これは、本気で夕食を抜かれる覚悟をしなければならないかも。
「ぶわぁ!」
「雪合戦しよう!もし、勝てたらさっきのことは忘れてあげる。けど、負けたら・・・私を家まで背負って行って!」
なにか考えがあるのか、不敵な笑みを浮かべたキャロルは自分の手で雪玉を握り始める。・・・こうは言ってるけど勝ったらむくれるんだよなぁ。どうやってうまく負けるかな・・・
「ふん、ふーふ、ふーん♪」
「ずいぶん嬉しそうだなお姫様?けど、錬金術使うのは反則、というか錬金術師としてどうなんだ?イザークが見たら何て言うか」
キャロルの奴、錬金術で特大雪玉とか氷入り雪玉なんてものを投げてきやがった。避けることも出来たが、負けるためにわざと当たる演技をしなければならなかった。キャロルが喜んでいるからいいけど。
「お兄ちゃんの反則的な身体にはこれでも足りないぐらいよ。・・・私の新作錬金術はどうだった?水のエレメントをただ発生するんじゃなく、分子間の運動を抑制することで凍結する作用を持たせたんだけど・・・うまくいった?」
「ああ、うまくいったよ。おかげで当たったときにゴツンゴツン音が鳴ってたけどな」
体が頑丈な俺だからよかったけど、イザークなら倒れてたな。それにしても、この年で錬金術の改造が出来るとは、イザークを越えてその先に行ける才能があるな。でも、イザークなら、さすが私の娘だ!とか胸を張るか。
足下の雪をちらりと見る。結構積もっていてキャロルには歩きづらいし寒いかもしれない、ならキャロルのためならこの罰も悪くないと背中の重さを感じながら思う。
「・・・私ね、こうして雪合戦するのは初めてなんだ。パパは錬金術で忙しいと思ってお願いするのは出来なくて、ほかに一緒にできる人もいなくて。でも、お兄ちゃんが来てからはこうして一緒に出来るようになって。掃除も料理も洗濯も。」
「俺は基本的にキャロルの補助だがな」
「それでもいいの。自分と一緒に何かをする人、手を携える人がいる、それはとてもうれしいことよ」
首に回された腕の力が強くなり、背中にキャロルの顔がうずめられる。俺は腕が震えていることに気付く。
「・・・私は怖いの。お兄ちゃんがどこかへ行ってしまうことが。パパの誘いでお兄ちゃんは私たちの家に居てくれるけど、逆にそれはお兄ちゃん自身の望みで家に居てくれるわけじゃないということ。いつか、でていっちゃうんじゃないか、朝起きた時には家に居ないんじゃないかと怯えて、朝食で顔を合わせるてほっとするの、ああ今日はいるんだなって。」
・・・確かに、俺は何時かは出て行こうと思っていた。別に、イザークとキャロルが嫌いなわけじゃない、けど俺は自分の過去を諦めきれてはいなかった。あっちへふらふら、こっちへふらふらしていたのもそれが理由の一つではある。けど、行かないでほしいとこの子は泣いている。
「なあ、キャロル。さっき俺が寝ていたところだけどさ、あそこ春になったらきれいな花がたくさん咲くと思うんだよ。そしたら、一緒に行ってみないか。イザークも一緒でさ、あそこでランチでも食べようか。」
「グスン、それって・・・」
「今これしか約束できないけどさ、黙って出ていくことはしないよ。出ていくなら、きちんとキャロルに言ってからそうするよ。これでだけは絶対に破らないよ。」
ズキンと頭が痛む。一瞬————————誰かと花畑で笑いあっている光景が浮かぶ。けれど——————それを封じ込める。今は・・・目の前の泣いている子だけを見つめる、その涙を止めたい。
「・・・わかった。今はそれで許してあげる。けど、私は諦めない。その先もずっと、家に居る気にさせてみる。」
「はは、お手柔らかにな。さて、もうすぐ家だ、イザークが返ってくる前に夕食の準備をしないとな。今日は何の予定だ?」
「————うん!今日はね、野菜のスープと、お肉の炒め物の予定なの。ほかに食べたいものがある?」
「キャロルの作るものは何でもおいしいからな。なんでもいいよ。」
「そういう何でもいいっていうのが一番困るの!・・・ふふ、ふふふふふふふふふ!」
「はははははははははははははは!ようし、家までひとっ走りだ、しっかりつかまっていろよ!」
「うん!」
家に帰った後、今日の収穫を調べてみたら俺の見つけたものはほとんどなく、大体がキャロルの手柄だったので、イザークに苦笑いされた。あと、野菜を切ってたら机まで真っ二つにしたので、キャロルにめちゃくちゃ怒られ、イザークの顔も引きつっていた。
「ふふふふふふ」
日中のことを思い出すと、ベットに入ってもまだ、笑いがこみあげてくる。お兄ちゃんが春まで居てくれると約束してくれた。そこから先はまだ分からないけれど、それでもやっぱりうれしいし、そこから先もも家に居てもらおう、どんな手を使おうか。
「・・・でも、アルレウムとサンジェルマンって誰だろう?」
その名を読んだ時のお兄ちゃんの声は、その後の名前の誰よりも愛しそうな声をしていた。いや、皇という人の時もうれしそうな声をしていたが、その二人の名前はお兄ちゃんは挙げなかった。どうしてなのかキャロルは考えるが分からない。大切な人そうなのに、何故?
「それでも負けない。絶対にお兄ちゃんを引き留めて見せる・・・」
キャロルに諦める気はない。せっかく手に入れた新しい家族だ、誰とも知らぬものに渡す気はない、奪われる方が悪いのだ。そんなことを決意しながら、キャロルは眠りに落ちた。
「第一研究室の実験がうまくいっていないわね、あとで私が見に行く。統制局長がローマ支部を壊した?近くの協会に連絡して応援に行かせなさい、できるだけ回収できる備品は回収するように。」
報告書に目を通してサンジェルマンはため息をつく。また、局長が余計なことをした、これで今月で三件目だ。ほかの仕事も溜まっているのに仕事を増やされても困る。ほかの人に仕事を回そうとも、簡単な仕事でないためできる人間は限られ、そういう人は既にほかの仕事をこなしている。
実際のところ、サンジェルマンはそれらの優秀な人間の何倍の仕事をこなしていた。仕事を抱えすぎてはいるのだが、サンジェルマンは父の捜索に多くの人員を動かしているため、それに文句を言われないためにこのようなことが習慣づいていた。
ちなみに、その仕事ぶりをみたほかに人間はドン引きし、昇進を目指す者は同じ地位につくことを断り、既に同じ地位についていたものは慌てて辞退を申し出るほどだった。そのため現在のパヴァリア光明結社はアダムのすぐ下の地位にいるものがサンジェルマンしかいないという異常な組織構造になっていた。
そんなことに思いを寄せる気は、目の前の仕事と父親のことのみを考えているサンジェルマンにはなく、次の報告書に目を通す。
「?イザーク・マールス・ディーンハイムのスカウトの失敗について?彼自身は強力な錬金術師とは言い難いが、その近くにいる男が異常な強さであり、おそらく二十代後半から三十代前半、髪は黒で徒手空拳で戦う・・・ばかばかしい、錬金術師の名が泣く。」
徒手空拳と聞いてサンジェルマンの頭に父親の顔が浮かぶがすぐに振り払う。自分の父はもっと年上の見た目をしていたはずだし、髪も金色だったはずだ。報告書にスカウトに向かう錬金術師の数を増やすように記載し持っていかせるとと、次の報告書に目を通す。
後で、サンジェルマンは後悔する。父親は錬金術を自分の次ぐらいには使えるほどの才覚があったこと、その身に埋め込まれた聖遺物によって何らかの能力を確保していたかもしれないと考えるべきだったと。
「はぁ、どこかに仕事を任せられる錬金術師はいないかしら?能力があればいい、オカマでも、ペドでも、変なポーズ取る奴でもいいから・・・。」
この独り言は一応叶うが結局仕事が増えただけで、切れたサンジェルマンが暴れて、数人が土下座で謝る事態が生まれるのだが別の話。
自分の家族をほったらかして、新しい家族を築く、これだけ聞くと最低です。けど、記憶喪失だから仕方がないよね!