「まったく、なんでわたしが天使なんかと一緒にいなきゃならないのよ……」
「それって貶してるの?褒めてるの?どっちなの?」
4限の授業が終わり昼食休憩の時間、自分達は朝に約束をしたように学食へと足を運んでいた。また、ラフィの提案によりガヴリールとヴィーネも誘い、今は5人分の座席を確保したところだ。
それにしてもサターニャはなんでこんな中途半端に捻くれているのだろうか。口に出るほどの好意を抱いているのであれば、素直になればいいのに。ラフィはともかくヴィーネとガヴリールは人柄に関しては非の打ち所がない人物だろう。それを知った上で邪険にする意味がわからない。
「ここが学食なのね。んー…まずはなにをすればいいのかしら」
「ん?そりゃ食券を買って注文するんだけど……ヴィーネはこういうとこ初めてなの?」
「うん。
「私たちも初めてですよね?ガヴちゃん」
「はい。ですので一体どんな料理が出てくるのか楽しみです」
いや、出てくる料理自体はいたって普通なのだが。それをせっかく楽しみにしている外国人に伝えるのは野暮だろう。
というか、こういう形態のレストランって外国じゃ珍しいのだろうか。こいつらの外国での文化のレベルがいまいちわからない。
「ふっ、愚かねあなたたち。わたしは昨日のうちにこの学校の形態をすべて掌握済みだわ」
「さすがです、サターニャさん!ではよろしければ先に買って私たちにお手本を見せていただけませんか?」
調子に乗ったサターニャを素早くラフィがおだてる。この二日間で学んだのだが、このパターンは大抵ろくなことにならない。
……いやでもまぁ、流石に券売機で食券を買う程度なら問題ないか。彼女も帰国子女で日本の文化に疎いと言っても、文字は読めるようだし。利便性とわかりやすさを追求したこの券売機で、何かをやらかそうとしてもやらかしようがないだろう。
「お安いごようよ!ま、あなたたちはそこで見てなさい」
そういうと券売機の前に立ったサターニャは、札を投入し、一通りメニューに目を通してからボタンを押し……
って、あいつ何を押すか迷ってないか?いや、何を食べるかで迷っているのではなく、どのボタンを押すのかで迷っているように見えるのだが……
どうしよう、ここはフォローをしてやるべきだろうか。
「あー、サターニャ?もし迷ってんなら俺が先に買っちゃっていいか?」
「あっ、ちょ、買う!買うから!…っと、はい。これでいいわね」
助け舟を出したつもりだったのだが、返って焦らせてしまったようだ。動揺しながらもボタンを押し、お釣りと券を取り出したサターニャの手に握られていたのは、3枚のうどんの食券。
……っておい。
「サターニャさんは1人で三杯もお食べになるのですね。そこまでうどんが好きだったとは知りませんでした」
「うぇっ!?こ…これは、その…あの…みんなの分も買ってあげたというか……」
「マジかよ、奢りか。ありがとなサターニャ」
「ええっ!?そんな!?」
こいつほんと面白い反応するな。自分は別にラフィのような趣味はないのだが、彼女のおかげでなんとなくサターニャとの接し方がわかった気がする。
「まあまあ、その辺で許してあげましょうよ」
「わたしはうどんで構いませんよ。ありがとうございますね、サターニャさん」
いじりにかかった自分とラフィをガヴリールとヴィーネがなだめ、全員がうどんを頼むこと提案した。
自分も特に食べたいものはなかったのでそれを了承し、出来上がりが告げられたところで5人分のうどんをそれぞれが手に持ち席に着いた。
それで、割り箸を配り終えたところでいざ食べようと思ったのだが……
「ちょ!なんで一本しか渡さないのよ!嫌がらせ?」
「サターニャお前……」
マジでこいつらの、というかサターニャの文化のレベルがわからない。見た目と名前こそ外人のそれが混じっているが、日本語には不自由がないようだし……うーん、謎だ。
あー、でも箸の文化はアジア圏だけだろうし、これが普通の反応なのかね?だとしたらあんまり邪険に扱うのはかわいそうか。
「それさ、2つに割って使うんだわ。だから割り箸って名前なの」
「へぇー……って、べ、別に知ってたけどね! 」
「……そっか。でも横に割りながら言われても説得力ないなぁ」
「サターニャ、あんたよくその形状から横に割ろうと思ったわね……」
「い、いいから早くたべなさいよ!おいしいから!」
こいつは学校の形態を掌握するよりも先にやらなければならないことがあったのではないのだろうか。事情があるので別に恥ずかしがるようなことでもないとは思うが、この先不自由だと困るし、今度外国人向けの観光ガイドでも買ってきてやろうか。
結局サターニャは、ガヴリールから新しいものを手渡された。
全員が準備できたところで一斉に食べ始める。
あー、まあ思ってたよりはずっと美味い。具がないかけうどんなのが少し寂しいが、麺のコシもありつゆも悪くない。学食で200円で食べられるうどんとしては十分なものだろう。
「んっ、おいしい!」
「おお、私も初めて食べるのですがこれはなかなか……」
「はい、サターニャさんのドヤ顔が少々癪に障ること以外は満足です」
「ちょ!別にドヤ顔なんてしてないし!いいから食べなさいよ」
みんなも満足しているようだ。それにしても、外人顔が混ざっている女の子4人がうどんをすすっている光景はなかなかにシュールさを感じられる。
というか、結局彼女たちは今までどの国で暮らしていたのだろうか。帰国子女ということは聞かされているのだが、具体的な国名については話していなかったはずだ。自分は外人の名前には詳しくないので、いまいち予想がつかない。
「ところでさ、4人って帰国する前はどこの国で暮らしてたの?」
「えっ!?それは……その……」
えっ、そんなに変なことを聞いてしまったのだろうか?ヴィーネは随分と焦った様子で答えを濁している。
少し不安になり、何か声をかけようと思ったところでガヴリールが話しかけてきた。
「わたしとラフィは両親の仕事の都合でヨーロッパを転々としていたんです。ですので、どこか1つの国にいたかと言われるとすこし答えに困ってしまうんですよね。確かヴィーネさんとサターニャさんも同じでしたよね?」
「そ…そうそう!わたし達もそんな感じ!それより、春くんはずっと静岡にいたの?」
「あー…そうだね。父さんは仕事の都合で東京にいるんだけど、俺と母さんは本家から色々言われてそっちで暮らすわけにはいかなくってさ……」
「ん?本家ってなに?」
しまった。つい口に出てしまった。
さて、どう説明したものだろうか。別に隠すようなことでもないとは思うのだが、そもそもオカルト的な職業の話を外国で暮らしてきた人たちに理解してもらえるのかがわからない。
んー、でもあんま変なこと言わなければ大丈夫かな?
「あー、俺の母さんの実家が神社でさ。本家って、まぁ母さんの兄さんがそこを継いでいるんだけど、色々あってその次の跡取りが俺なんだ」
「へぇ、神社かぁ。春くんもお祓いとかしたりするの?」
「まあね。そういう修行っていうか、練習も小さい頃から始めてたかな。うちの神社はちょっと特殊で、神様を祀る以外にも対魔師……あー、エクソシスト?みたいなことも昔からやっててさ、俺もそっちの仕事も将来継ぐことになるはずなんだよね」
「えっ!?」
「はぁ!?」
なぜだかヴィーネとサターニャが驚愕の表情を浮かべている。
ん?そんなに変なことを言った……まあ、対魔師って言葉を出してしまった以上変なことは言ったことになるのだが、それにしても今の反応はおかしくないか?そんなまさか、みたいな顔されたらどう反応すればいいのかわからないんだが。
「ははははははは春彦!?そ、それってまさか悪魔祓いとかもしたりするの!?」
「えっ?いや、どっちかというと悪霊を除霊するのが目的っていうか……。てかさ、サターニャじゃないんだから。流石に悪魔なんて存在するわけないでしょ」
「ちょっとそれどういう意味よ!?本当にどういう意味なのよ!?」
「お…落ち着けって。まぁ少なくとも俺は幽霊関係のことしか教えられてないよ。悪魔がどうたらとかは、どっちかっていうと教会の仕事なんじゃない?」
言い切ったところで周りを見渡すと、4人全員が微妙な表情を浮かべている。強いていうならラフィがなんだかいい表情をしており、ヴィーネがすこし落ち込んでいるくらいか。
なんでだ?俺そこまで人の感情を揺れ動かすようなこと言ったか?
「あー、みなさん?そろそろ時間のようですよ。わたしとヴィーネさんとサターニャさんは次は移動教室ですし、すこし早めに戻らないと」
「んー、そうですね。わたし達も戻りましょうか、春彦くん」
場の空気まで微妙な雰囲気になりかけたところで、ガヴリールとラフィが話しかけてきた。時計に目をやると休み時間は残り10分を切っており、別に気を使ったわけではないようだ。
少ししこりは残るものの、特に追求はしないことにした。
ヴィーネはサターニャとの付き合いは長いと言っていたし、そこのところで悪魔がどうたらとかが引っかかったのかもしれない。
席を立った自分たちは食器を返却し、軽く雑談しながらそれぞれの教室へと戻っていくのであった。