舞天高校へと入学して早3週間。今日も今日とて自分はラフィとサターニャとともに学校への通学路を歩いていた。
この3週間、入学当日に危惧したようなことは起こっていない。謎の組織の襲撃もなければ悪魔や悪霊が襲いかかってくるなんてこともない、平凡な日常を送っていた。
強いていうなら3日に一度はサターニャが野良犬に襲撃されることくらいか。左手に持つメロンパンをカバンに仕舞えば解決するのではないかと思うのだが、彼女はカバンの中でパンが潰れるのを嫌ってそれを拒んでいた。対処法は他にいくらでもあるのだろうが、それを伝える自分とラフィではない。ラフィは適度におだてながら適当な解決策を提案し、怯むサターニャを自分が下僕という立場から鼓舞することでめちゃくちゃやらせるのがいつものパターンだ。
可哀想だと思わなくはないが、これも主人のためだ。彼女が立派な大悪魔へと至るためには、野良犬程度に遅れを取る訳にはいかないだろう。つまりは愛ゆえに成せることなのだ。その結果面白いことが起こって楽しめるだけで。わざわざ校舎裏で犬に餌を与え、手懐けようと計画しているラフィとは違うのだ。
偶々その場を見かけた時に彼女が浮かべていた邪悪な笑みには正直引いた。
とまあ、毎朝3人で通学している自分たちであるのだが、朝は意外と会話は少ない。自分は低血圧なため朝は舌の回りが悪く、ラフィは誰かをいじる時こそ活発になるが、原来はもの静かなお嬢様タイプだ。となると、基本的にサターニャが会話の主導権を握ることになる。
それは今日も……
「そういえばあんた達、次の休みは空けておきなさい」
「ん?そりゃ構わないけど。どっか行くの?」
「ふふんっ、まぁこれを見なさいよ」
そう言って彼女がカバンから取り出したのはA4サイズの薄い冊子。その表紙には、禍々しい色合いに安っぽいフォントで『魔王厳選、日本の邪悪スポット15選』と書かれている。意味がわからない。
「あの……サターニャさん?それは一体……」
「よくぞ聞いてくれたわねラフィエル!これは私が3日前に
「通販で注文ってお前……それいくらしたんだ?」
「税込5400円」
こいつマジか。んな出来の悪い文化祭のパンフレットみたいな地図に五千円も払うとか正気の沙汰じゃないだろ。たとえ酔っ払ってても買うのを躊躇うレベルだぞ。ってかそんな意味わかんない商品置いてる通販ってなんなの?中華製の詐欺サイトでももうちょいマシなもん置いてるぞ。
唖然とする自分を横にラフィがサターニャに質問する。
「それで、サターニャさんはその地図に書かれたところに行こうと?」
「ええ!ちょうどいいことに静岡も一ヶ所載ってるし?そこを制圧できれば大悪魔への出世間違いなし。いい考えでしょ?」
「……ですねー」
とうとうラフィがいじるのを放棄しやがった。まぁそうなるよな。あそこまでノリノリで話されると、どう反応していいかわからなくなる。
さて、どうしたものだろうか。自分としては彼女達と出かけられるというのであれば、場所がどこであろうともそれなりに楽しめる自信はあるのだが。
1つ思うところがあるとすれば、目的地が心霊スポットであるのが確定していることだろうか。そういう有名な場所の十中八九は大したことのないのだが、万が一ということも考えられないわけではない。それも、サターニャの言動的に荒す気満々だろうし。
まぁ並みの霊であれば自分が対処できる……というか、ラフィがいれば近づいてすら来ないと思うのだが。
そう思えばこのイベントは彼女の正体に近づけるチャンスなのかもしれない。
ラフィと知り合ってしばらくたち、毎日顔を合わせるうちに彼女への警戒心は完全になくなった。だけれども彼女が不思議な力を持っていることは間違いないのだ。オカルトに詳しい自分が今まで出会った誰よりも強い力を、その手の話に無関係な一般人が持っているとは考えられない。そこのところの疑問は多少ある。心霊スポットに出かけるということであれば、その手の話題には触れやすいだろう。
まぁ何はともあれ、ラフィの乗り気次第なのだが。
そう思った自分は、サターニャには聞こえないような声でそっとラフィに耳打ちする。
「で、どうするよ」
「うーん……まぁ、
「ん?どういう意味?」
「あっ、いえ。こっちの話です。まぁいいんじゃないですか?わたしは皆さんと出かけられるのなら場所に希望はないので」
それに、と一呼吸置いて彼女は話を続ける。
「サターニャさんの方からこんな面白そうな話を持ってきてくれたんですよ?乗らない手はないでしょう」
「あー、まぁね?」
そう言われれば自分も結構楽しみではある。サターニャが五千円も払って買った地図なのだ。いざ着いてみたら何もなかった時の反応は見てみたい気もする。そうなれば彼女にもいい薬になるだろう。少なくとももうネットでそんなアホな買い物はしなくなるはずだ。
まぁ、あまりにもかわいそうな事になるのであれば、帰りに食事でも奢ってやればいいか。
「んじゃ次の土曜日に行くって事でいいの?」
「ええ!待ち合わせ場所と時間については後でメールするわ」
所詮インチキ通販で買えるような薄っぺらい心霊スポット集に書かれるような場所なのだが、一応後でどこに行くかの確認はとっておこう。静岡県内であれば祖父が大体のことは把握しているはずだ。あまりにも危険な場所であれば真剣に止めればサターニャ達も聞いてくれるだろう。自分がオカルトに明るいということは既に話しているし、信憑性はあると感じてくれるはずだ。
『んー……少なくともわしの耳には入っておらんのう……』
「そっか、なら大丈夫でしょ」
電話の相手は自分の母方の祖父である
あの後、サターニャから聞き出した場所は舞天から電車で30分、そこからさらにバスと徒歩で1時間といったところにある、山奥の廃校になった小学校だった。
心霊スポットとしてはベタな場所ではあるが、念のため帰宅後に祖父へと連絡し確認を取っているところだ。
『それでも遊び感覚でそういう場所に向かうのは感心せんぞ。春彦だけならまだしも友達もおるのじゃろう?』
「まあね?でも1人はすっげー力持ってるし、なんとかなるっしょ」
『何を言っているのかわからんのじゃが……』
自分でも何を言ってるかわからないが、そうとしか説明できないのだ。それの正体を掴むのも今回の目的の1つだし。
「まぁミーハー向けの心霊スポット集に書かれるような場所だから。もし悪い雰囲気感じたらすぐに引き返すって」
『そうじゃのう、春彦がおれば問題はないとは思うんじゃが、くれぐれも用心するように』
「おっけ。んじゃまた、ありがとね」
『ちょ、ちょっと待ちなさい』
「ん?まだなんかあんの?」
聞きたいことも聞けたので電話を切ろうとしたところなのだが、慌てた様子で祖父が話しかけてきた。
『素っ気なさすぎじゃろ。お爺ちゃん久しぶりに孫と話ができると思って楽しみにしてたんじゃが……』
「久しぶりって、春は割とそっちにいたじゃん。なにボケたこと言ってんだよ」
『いや、まぁそうなんじゃが……学校とかどうなんじゃ?友達ができたってことはそれなりに上手くやれておるんか?』
「うん。まぁ友達はクソ少ないし入学2日目に殺害予告食らったりしたけど元気だよ」
『元気でやってるんじゃな!?お願いだからお爺ちゃんを不安にさせるようなこと言わんでくれんかのう!?』
そんなこと言われても本当のことだし。
入学して3週間が経ったのだが、自分は結局クラスにほとんど友達を作れずにいた。いや、別に除け者にされているとかいじめられているというわけではないのだが。
移動教室の際はラフィと一緒だし、昼休みはサターニャに連れられ人気の少ない階段で昼食を食べているため、なかなか知り合いを増やす機会がないのだ。
そう、機会がないだけなのだ。体育の時間は男子だけだとか、ラフィが他に友達を作っているだとかは特に関係ない。
「まぁ大丈夫だって。中学の時の友達0人に比べれば天と地でしょ。学校は楽しんでるよ」
『そ…そうか?まぁ、それならいいんじゃが……』
「そうそう、心配すんなって。んじゃ切るね?」
『ま、まてまて。そういえば春彦?お前女の子と仲良くしてるそうじゃな?なんでも毎日家まで迎えに来てもらってるとか。この前静が嬉しそうに電話してきたぞ?なかなか隅におけんのう。お爺ちゃんそこのところとか聞きたいんじゃ「じゃね!またなんかあったら連絡するわ!」……って、ちょ、待』
話が面倒な方にこじれそうな予感を感じ、急いで電話を切った。
危ない危ない。老いぼれはその手の話に流れると長いのだ。顔も見えない状況で追求されればしばらくは解放されないだろう。こういう時は強引に切ってしまうに限る。
「はるひこー、電話切っちゃったの?わたしもお父さんと話したかったんだけど」
「またかけりゃいいじゃん。ってか母さん、爺ちゃんに変なこと吹き込むのやめてくんない?」
「なに?女の子のことについて聞かれるのが嫌で切ったの?んもう、照れちゃって!」
このこの、と肘で自分を突いてくる母さんを手で遠ざける。
ほんとこいつめんどくさいな。お前の息子、多感な年頃なんだからもっと気遣えや。
「でも、無理やり電話切っても今度会った時に余計面倒になるわよ?」
「あーーーーー……。まぁ、頑張って逃げるわ」
「無理だと思うけどね。お父さん興味津々って感じだったし」
「……いや、だからそれはそもそも母さんが変なこと言わなきゃ」
「変なことは言ってないわよ?毎日迎えにきてるのも、うちで朝ごはん食べてるのも事実じゃない。それをただ報告しただけよ」
「……もういいや」
母の勝ち誇った顔が苛立たしい。なんなんだこいつは。デリカシーというものが存在していないのだろうか。
「まあこの辺で勘弁しといてあげるわ。ご飯できたから並べるの手伝いなさい」
「ん。あと母さん、次の土曜日出かけるから」
「へぇ?誰とどこに?」
「いつもの2人と肝試し。昼は適当に食べるからいらない」
「へーーーー。春彦が、女の子2人と、お出かけかぁ」
事情はちゃんと聞かせてもらうからね、と言い残し母さんは台所へと消えていった。
なんで自分の身内はこうも面倒な絡み方しかしてこないのだろうか。友達と遊びに出かけるだけなのだからそっとしておいて欲しい。
このあとされるであろう母からの尋問のさばき方と適当な言い訳を考えながら、自分も食卓へと向かうのであった。