初登校日のホームルームが終わり、見事なまでに高校デビューに失敗した自分はそのまま帰って親に
今はスタバでクソ長い名前のフラペチーノを飲みながら窓際の席に座り外の景色を眺めている。
あっ、あそこに幽霊がいる。あれは浮遊霊か。あっちはハゲにハゲてる幽霊が取り憑いてやがる。笑。
人間観察ならぬ幽霊観察に勤しみながら春彦は考える。グランデサイズを注文したのは失敗だったと。40円の差ならと欲張ったものの残したら意味もないし……ではなく、違う、自分の今後の行動方針である。
白羽さんは転生者であるだろうが、どうやら与えられた力は悪い方向のものではなさそうだ。というのも、霊感の強い自分が彼女から感じられるオーラは決して邪悪なものではなく、経験上聖職者やその系統の職業の方が発しているものに近い。
しかし、だからといって安心できるわけではない。まさか転生特典が霊感の強い人にしかわからないスピリチュアルオーラだけということは無いはずだ。何か他に力を持っているに違いない。
聖なる力……テンプレート的な能力ではあるが、いざ具体的にと考えてみると意外と思いつかないものだ。しかもこの世界がごく普通の現代社会であるという認識を持てばなおさら難しくなる。
やはりこの世界が安全な世界だというのは勘違いだったのだろうか?本当は謎の組織や機関が存在するのか。自分が知らないところで異能力者達が争いあっているのだろか。だとすれば白羽さんはその機関所属?新しい能力者の出現が確認されたがために自分の元に送り込まれてきたエージェント?ならば先ほど学校内で声をかけられなかったことも腑に落ちる。奴は俺が1人になったところを殺るつもりだ。夕暮れ時の帰り道、冷ややかな笑みを浮かべた白羽さんが突然声をかけてきたかと思うと完全に油断しきっている自分を能力で攻撃を仕掛けてくる。流れる血、朦朧とする意識の中で意識を手放そうとする自分に声をかけ、突然敵と戦闘を始めるのは第2の美少女。組織に対抗するレジスタンスに所属している彼女は敵を撃退したところで自分を助け……
「んな訳ねーだろ」
妄想乙。と、自分に突っ込みを入れる。春日野春彦は厨二病を患っている節はあるが、現実を見れないほど愚鈍な人間ではないのだ。そう、今のは新生活早々にぼっちが確定したことへの現実逃避である。
仮に白羽さんが不思議な力を持った転生者であったとしても、前世はおそらく普通の人間だったはずだ。それならば今の自分と同じように最低限の倫理観や道徳観は持ち合わせているであろうし、早々血なまぐさい展開にはならないだろう。
つまるところ、これからの行動方針なんてないに等しいのだ。自分はパンピー、相手もパンピーであるのならば何かイベントでも起こらない限りは普通に学生生活を送るべきだ。仮に敵襲来イベントなんかがあるとしても、予測が困難な以上対処のしようがない。白羽さんと連携を取ろうにも、そもそも自分にはクラスで浮いている状態から美少女に声をかける勇気もない。
いや、仮に勇気があったとしてもどのような言葉をかければいいのだろうか?
あなた、もしかして転生者ですか?
完全に痛い奴である。いや、今の状況もそれなりに痛い奴であるとの自覚は多少あるのだが、これは完全にアウトである。取り返しがつかない。
結局のところ害がある相手には見えないし、後は成り行きに任せるのが一番だろうと納得した春彦は残すことになったフラペチーノを分別することなくゴミ箱へ投げ捨て、席を立つのであった。
アレ?なんか視線感じる?
気のせいか。
「………」
うわぁ、いるよ幽霊。ちょっとやばい奴
喫茶店を出てからぶらぶらと街を散策していた春彦だが、その途中に運が悪いことに悪霊に遭遇してしまった。
ボサボサで長い髪を前にまで垂らした細身の女。前髪の隙間からわずかに見える顔には、本来目玉がある場所が空洞で常闇を写している。服装はまるでシーツをかぶったようであり、仮に霊感のない人間が目にすることがあれば一目で悪霊とわかるような、ザ・テンプレートの幽霊だ。たまにテレビで出てくるようなわざとらしい奴である。
さて、どうしたものか。ここは自分の通うことになる高校の近くであるし、万が一同級生などに取り憑いてしまったら面倒なことになる。
かといって魔眼を使う気にもならない。アレは発動させるのにめっちゃ相手を睨まなければならないため、使用後の眼精疲労がひどいのだ。明日からは授業開始であるため、そのような事態は御免被る。
そう考えた時点で春彦は行動を開始した。まずは幽霊に近づき、目を合わせることでヘイトをかせぎ、そのままゆっくりと歩いて人気の無い路地へと誘導する。
そう、今から行う除霊を人に見られるのはまずい。主に自分がまずいことになる。
平日の昼間、もともと人通りは少ないが注意深く周囲を見渡しながら場所に目星をつけた春彦は、人気の無いビルとビルの隙間のような所にたどり着いた。少し遅れて貞子さん(仮)もその場に現れる。
さて、用意は整った。目の前で不気味な唸り声を上げる幽霊に対峙した春彦はポキポキと拳を鳴らしながらゆっくりと近づいていくのであった。
「なんで入学先にあからさまな転生者がいるんだよ!!今までセーフだったろ!」
先ほど街中で遭遇した貞子さん(仮)に除霊パンチを食らわせながら春彦は叫ぶ。
「っつーかなんだよ‼︎なんか新しい物語が始まりますよみたいな気配出しておきながら結局何も起こらないのかよ!ふざけんな!」
そして、高校デビュー失敗の鬱憤を晴らしながら、だんだんぐったりとし始めた貞子さん(仮)に除霊キックを叩き込む。
そう、春彦が行える除霊とは、念仏や気を発して成仏させるようなアレではなく、つまるところ霊感体質を生かした肉体言語なのだ。
普通の人間が行えば一発で取り憑かれるであろう行いだが、退魔の一族、それも歴代で見ても高位に位置する力の持ち主である春彦は非常に高い霊への耐性を持っているのだ。なので幽霊に触れることも可能であれば気合いを入れることで物理ダメージを与えることもできる。
これにより、幽霊のHPを0にすることで除霊を行うのが春彦の得意技であった。
ちなみにこれを祖父の前で行った際はそれはもうこっぴどく怒られた。それは、春彦の身の安全を注意されたからでは無く、依頼主が事故で死んだ息子を天に返していただきたいという依頼だったからだ。
別に霊に痛覚があるわけでも無いのに除霊できれば関係ないだろと未だに春彦は根に持っているが、そういう問題では無い。
「ふぅ……迷える魂を天に返し終わったか……」
完全に動かなくなった悪霊を道へ投げ捨てると、キラキラと光を発しながら徐々に姿が薄まっていく。結局のところ、手段がどうであれ春彦の退魔の力は一流のものなのだ。そして自分でなければ救うことのできない、世に縛られた魂が存在するということも自覚している。それが故に彼は祖父の仕事や修行を拒むことなく受け入れているのだ。
「さて、いい感じにストレスも発散できたしそろそろ帰るか……」
パンパンと手を払い、立ち上がった春彦は通学用かばんを肩にかけ出口に向かって歩こうと前を見る。
「………」
「………」
おかしい、なぜだか目の前に白羽さんが見えるではないか。
1度目をこすってから前を改めて見る。
アレ?消えないんだけど?まさか魔眼の暴走?
現実逃避を行なっている春彦に、なぜだか美しいはずなのに恐ろしく感じられる笑みを満遍に浮かべたラフィエルはゆっくりと口を開いた。
「春日野くん?今のは一体何をなさっていたのでしょうか?」
あ、これ詰んだわ。
残念悪魔「あいつ、飲み物を残したままカップをゴミ箱に捨てるなんて、なんて悪魔的行為を……‼︎」