いってらっしゃーい、という静の軽い言葉をバックに春彦はラフィエルと共に家を出た。
ラフィエルはにこにこと顔に微笑みを浮かべており、楽しげな雰囲気を出している。一方、横に立つ春彦は今すぐここで倒れてもおかしくないような疲労しきった様子だった。
春彦は疲れていた。昨日から朝のやりとりを含めストレスしか感じていなかった。今日は授業開始日である。ただでさえ、現状クラスで浮いているのだ。このまま授業開始前に力尽きてしまうと、取り返しのつかないことになると考えていた。
しかし、自宅から学校までの徒歩15分間を耐えられる気もしていない。なにせ、今自分が最も出会いたくない人物No. 1であった人物と共に登校することになっていたから。
チラリと横を向くと美しい横顔が見える。白銀の艶やかな髪を真っ直ぐに伸ばし、十字架の髪留めをシンメトリーに身につけている。ぴょこり前に飛び出たアホ毛がまた可愛らしい。顔のパーツは絶妙なバランスで配置されており、その中でも黄金色の瞳はまるで宝石のようだ。
「もう、春日野くん?そんなに言われると流石に私も照れてしまいますよ…」
「何も言ってねーよ……」
なぜだろう。彼女は本当に頭を覗ける能力を持っているのだろうか。それともそこまで自分は考えていることが顔に出るのか?自分はそこまで残念なのか。
考えを白羽さんに戻す。彼女は、サディストな点を除けば完成された美少女だ。そんな彼女がわざわざ家にまでやってきて接点を作る理由がわからない。同じクラスなのだから顔を合わせる機会は十分にあるはずだ。
まさか本当に自分の嗜好のためだけにやってきたというのか?
いやいくら彼女がサディストとはいえ、流石にそれはないだろう。容姿は並、会話が弾んだ訳でもない自分を嗜好の対象にする理由がない。むしろ昨日あんなことがあったのだ。関わりたくないと感じる方が普通だろう。
では一体何が目的だったのだろうか。やはり自分が転生者だということがバレていたのだろうか。親にまで顔を合わせたのは逃げ道を無くすため?いつでも人質にできるんだぞという強迫の表れ?だとしたらまずいぞ。奴はやはり"機関"の人間だったのであろうか。自分をスカウトするためにやってきた彼女は、家族を盾に取り自分達に力を貸すよう説得を……
「あの……春日野くん?一体何をそんな思いつめた顔で考えているんでしょう?」
「いっ…いや、なんでもないぞ。うん、なんでもない。ただちょっとロクでもないこと考えてただけだから気にしないで」
「はぁ……ロクでもないことですか」
白羽さんはむしろそこが気になるのですが……とポツリと呟く。
いや、知らなくて構わないぞ。ただの妄想だから。しかもあなたが悪役の。
「そんなことよりさ、白羽さんはなんでわざわざ俺の家まで来たわけ?正直昨日のアレでそこまで仲良くなれたとは思ってなかったんだけど……」
「ん〜。私があなたとお友達になりたかったから、ではいけませんでしょうか?」
どうにも含みが感じられる言い回しだ。春彦は少し気を引き締めながら返答する。
「友達になりたいってのは全然構わないんだけどさ、自分と友達になりたいと思う理由がよくわからないんだ。自分で言うのもなんだけど俺って周りからしてみたら結構変わってるでしょ?」
むしろ、人気のない道端で暴れ始める人間を目撃して変わってるで済めば良いのだが。
「ふふっ。そうですね、確かに春日野くんは少々変わった一面を持っていますよね。ですが、昨日あなたとお話をしてみて悪い人ではないということはわかっています。それに、面白い人だということも」
ですから、と一呼吸置いてラフィエルは言葉を続ける。
「私が春日野くんとお友達になりたいというのは本当ですよ?理由はあなたに興味を持ったから。こうしてあなたのお家を訪ねたのももっとあなたのことを知りたいと思ったからです」
「そ、そっか……」
「はい。では改めてお願いがあるのですが、春日野くん。私とお友達になっていただけないでしょうか?」
想像していなかった、余りに真っ直ぐな言葉に思わず春彦は赤面する。
春彦の精神年齢は、前世の記憶があると言ってもそれはただの記録に近いため、実年齢とそう変わらない。前世の自分の経験と、幼いながらも異質な世界に身を置かなければならなかった背景により多少は成熟しているとはいえ、彼はまだまだ思春期真っ只中の15歳なのだ。
そんな春彦には、目の前の美しい少女から自分に向けられる悪意のかけらも感じられない、純粋な好意を疑うという選択はできなかった。
「うん……。俺でよければ。他に友達もいないし……」
「もう、春日野くん?よければは余計ですよ?私は貴方とお友達になりたいと言っているんです。それから、後ろの言葉もどうかと思います。貴方は他に友人がいないから私と友達になるのですか?」
「いや、違うぞ!?そういうつもりじゃないからな!?俺はちゃんと自分の気持ちで白羽さんと友達になりたいと思ってるから!」
慌てる晴彦の様子をくすくすと笑いながら、冗談ですとラフィエルは答える。
春彦は今までの自分を後悔していた。
白羽さんは少々サディスティックな一面を持ち合わせてはいるのだろうが、人格者だ。そんな彼女のことを自分は敵対するのではないかと勘ぐってしまっていた。
この際、彼女が転生者であるかどうかは関係ない。彼女から向けられるまっすぐな好意を信じなければ、自分は人間失格だろう。余計な考えは捨てきちんと謝罪をした上で彼女の好意を受け止め、改めて友人としての関係を築いていかなければならない。
「ごめんね……白羽さん。俺、君のことを勘違いしてた。どうしようもないサディストで人を苦しめて愉悦する人格破綻者だと思ってた……」
「春日野くん……?」
しまった。つい心の声が漏れてしまった。
まずい、せっかく友達ができかけたのに、このままではいきなり関係が破綻してしまう。
春彦は慌てて訂正する。
「い、いや、違うんだ白羽さん!?今のはつい口から出てしまったというか、」
「ということは、思ってはいたんですね?」
しまった。
「あの……本当にごめん。今はちゃんと白羽さんがいい人だってことはわかってるつもりだから……」
春彦は自分が墓穴を掘ったことに自己嫌悪しながら、ラフィエルの顔色を伺う。
ダメだ、こちらを見つめる目が冷たい。
「うーん……ダメです。許しません。友人関係はこれにて解消させていただきます」
「そんな……本当にごめんなさい……」
白羽さんに謝罪をするつもりが、結果として彼女を傷つけてしまった。
自分の馬鹿さ加減に落ち込む春彦だが、それを眺めたラフィエルはくすりと笑みをこぼしながら口を開く。
「冗談ですよ、春日野くん。別に気にしていません」
「うぅっ……ありがとう白羽さん……」
「はい。ですが、春日野くん?貴方は少々考えが簡単に漏れ出してしまう節がありますので気をつけた方がいいですよ?」
「うん……わかった。注意するよ」
余りにも優しい言葉に涙が出そうだった。彼女は一体どこまで慈悲深い人間なのだろうか。
「おば様から聞いたお話では、春日野くんは生まれてこのかた友人らしい友人を作れない、コミュニケーション能力に難のある人間のようですし。私は大目にみることにしますが、他の方々にはそうはいきませんからね?」
「白羽さん……?」
なにやら言葉に棘がある気がする。気のせいだろうか。
「獣ですら同族とのコミュニケーションを取れるよう作られているのですから、このままでは春日野くんの存在はそれ以下、家畜と同等ということになってしまいますよ。ふふっ、安心してくださいね春日野くん?これからは私が友人として責任を持って貴方のことを
「白羽さん!?」
仕返しです、とくすくすと微笑みながらラフィエル答えるが、その顔には確かな愉悦の表情が浮かんでいた。
やはり自分の彼女への評価は間違ってはいなかったのではないか?
先の未来に一抹の不安を抱きながら、しかし先ほどとは違い軽い足取りで春彦はラフィエルと共に足を進めるのであった。
次回こそ、、、次回こそ新キャラを、、、