「君の名は。キルヒアイス」   作:高尾のり子

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第1話

 

 

 

 

 祭りが終わった後の宮水神社の鳥居から、宮水三葉は星空に向かって叫んだ。

「最高のイケメン男子に生まれ変わりますようにィ!!!」

「……はぁぁ……」

 背後で妹の宮水四葉がタメ息をついていた。

 岐阜県飛騨地方の山奥から見上げる銀河の星々はあざやかに燦めいていた。

 

 

 

 翌朝、宮水家の二階でジークフリード・キルヒアイスは目を覚ました。規則正しい軍隊生活のおかげで時刻は6時15分ちょうどだったけれど、寝ている布団の感触や見上げて見える天井が、まったく記憶にないものだった。

「………これは……いったい…」

 落ち着いて起き上がってみるものの、かなり動揺している。左手を顎にあてて様子を見るように周囲を確認した。寝ていたのはベッドでもタンクベッドでもなくて和布団だったし、少佐として用意された艦内の士官室で眠ったはずなのに、窓から陽光が差している。

「惑星表面上にいるのか…?」

 物音を立てないように窓際へ移動すると太陽を見上げた。

 コンコン…

 軽く窓ガラスを叩くと、耐圧ガラスではない民生向けの昔ながらのガラスのようで外と気圧の差があるとは思えないし、外は草木の緑が溢れていて、雀も飛んでいる。

「……いったい、どうなって……たしか、ティアマト星系へ向かっていたはず……眠っている間に連れ去られたにしては身体も拘束されていないし…」

 そう言って手に触れて、さらに大きな違和感を覚えた。

「この手……」

 ほっそりとした三葉の手だった。

「……この顔…」

 窓ガラスに映る顔も三葉の顔で、手で触れると、感覚があった。

「これは夢? ………夢にしては現実感がありすぎている……とにかく、ラインハルト様に連絡を取る方法を考えなければ…」

 自分の肉体のことより優先すべき事項があるので再び状況把握につとめる。もう一度、窓から空を見上げた。太陽がまぶしい。

「この空の色合い……大気がある……重力も、ほぼ1G……ティアマト星系にそんな惑星は……」

 銀河系のどこに自分がいるのか、わからない。室内を見渡すと、雑然と物が置かれた女性の部屋だった。

「武器になりそうなものは……ないか……」

 銃は当然としてナイフなども見つからなかった。仕方なく三葉が図工で使用していた彫刻刀を手にしておく。そっと静かに足音を立てず、部屋を出た。

「……木で作られた家か……」

 どんなに足音を忍ばせようとしても、古い木造住宅なので階段をおりると軋む。その音を聴いて台所にいた宮水一葉が顔を出した。

「めずらしい、えらい早く起きてきたんやね。そんなら台所を手伝ってな。まず、寝間着やのうて、制服に着替えなさい」

「………」

「返事は?」

「…は、はい…」

 彫刻刀を背中に隠して返事をして、とりあえず部屋に戻った。

「はぁぁ………あの老婦人は……この少女の家族………? そもそも私は、なぜ、この身体に……」

 疑問だらけだったけれど、ともかくは言われたとおりに着替えを試みる。

「………制服は、これか……幼年学校のようなものか……」

 ハンガーにスカートがかけられ、ブラウスとブラジャーは近くに落ちていた。目を閉じて寝間着を脱ぐと、手探りでブラジャーを着け、スカートとブラウスも身につけた。

「こんなものか……あとは靴下と髪を…」

 落ちていた靴下を履き、寝癖のついた髪を整えると、階下におりた。

「し…失礼します」

「おはよう、三葉」

「お、おはようございます」

「……ん?」

 ちょっと違和感を覚えた一葉だったけれど、鍋を火にかけているので頼む。

「火を止めて、お皿をだしてちょうだいな」

「は、はい」

 ガスコンロは旧式のコックをひねるタイプだったので一目見て使い方はわかったし、手を伸ばすと身体が覚えているようで適切な力加減で火を消した。お皿も自然と手を伸ばした位置にあったものを出した。三人家族のようで、だいたいの食器類が3組あった。

「あ、お姉ちゃん、おはよう。今日は早いね」

 四葉が挨拶してくる。

「え……うん、おはよう」

 とりあえず挨拶を返した。

「お姉ちゃん、顔洗った?」

「お先にどうぞ」

「うん」

 四葉が洗面所に行き、顔を洗い終わると同じ手順で洗顔して問う。

「私の歯ブラシは、どれでした?」

「その緑のヤツだよ。そんなこと忘れたの?」

「少し寝ぼけているようです」

「……だいぶ寝ぼけてるね」

 歯を磨いて、台所に戻り、一葉を手伝って朝食の用意をした。

「今朝の三葉は、えらい役に立つね」

「いえ、それほどでも」

「………。ともかく、もう食べて学校に行ってらっしゃいな」

「はい」

「いただきます!」

 四葉が手を合わせて箸を持った。

「………。いただきます」

 三葉の手も同じような動作を真似してから、箸を持ってみた。そうして四葉と一葉が箸を使っているのを真似してみると、これも身体が覚えているようで自然と使えた。

「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした」

 食器を片付けてから二階へ戻り、通学に使っていると思われるカバンを持つと、かなり軽いので不安になる。

「とりあえず、多めに入れておくか」

 落ちていた教科書類を多めに入れて肩にかけると、華奢な肩だったので少し重く感じる。

「お姉ちゃん、まだァ?」

「はい、今すぐ!」

 階段をおりて玄関に立つと、三葉の足に合いそうな革靴があった。履いてみると、ぴったり合うので本人のものだと確信できる。玄関から外に出ると、名取早耶香と勅使河原克彦が待っていた。

「おはよう、三葉ちゃん」

「おはよう、三葉」

「おはよう」

 挨拶を返して平静を装いつつ、二人が歩いていく方向へ進んでみる。二人の会話から情報をえつつも、なるべく目立たないように歩いていると、選挙カーのマイクを使って演説していた宮水俊樹が叱ってきた。

「三葉! もっと胸を張りなさい!」

「はっ!」

 俊樹の方を向いて、左右の踵をつけて背筋を伸ばし、両手を腰の後ろで組むと胸を張って直立不動になった。

「………」

「………」

「「「………」」」

 あまりに見事な直立不動ぶりに周りにいた町民たちも通学中の生徒たちも驚いている。三葉の身体は凛とした気迫のある立ち姿をしていて隙がない、巫女服を着て舞うときとは別の神々しささえあるし、言われたとおりに胸を張ったことで若々しい胸部が強調されて美しいし、すらりとした脚も校則ギリギリまでスカート丈をつめていて自転車を立ちこぎすれば後ろから下着が見えそうなほど短くしているので眩しいほどだった。あまりの圧倒的な雰囲気に、叱った俊樹さえも予想していなかった反応ということもあって、かなり引いている。

「…わ…わかればよろしい。もう学校へ向かいなさい」

「はいッ!」

 ぴたりと90度、踵を返して学校へ向かう三葉の背中を見て町民たちが感心している。

「えらい厳しい躾けはりましたなぁ」

「今どきめずらしいええ子に育って」

「さすが町長さんの娘さんや」

「今期も宮水先生で決まりやな。教育パパさんの」

 口々に褒め称えられると、俊樹も嬉しそうに赤面して照れる。

「い…いや…それほどでも。はははは」

 勇ましささえ感じる娘の背中を見送ると、また票を集めるために演説を再開した。

 

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