キルヒアイスは糸守高校の修学旅行での行き先を決めるHRで、三葉の手をあげた。
「宮水さん、どうぞ」
クラス委員が指名してくれたので上品に立ち上がって発言する。
「発言の機会をいただきありがとうございます。私の意見を述べさせていただきます。やはり、すでに先生方からのご意見にもありますように、広島県と京都府への訪問をプランにさせていただく方が良いかと考えます」
北海道、東京、京都、大阪、広島、福岡、沖縄から生徒と教師の意見をまとめて決定するHRだった。三葉に目立たないで、と言われているので、ずっと自重していたけれど、生徒たちの意見が東京でディズニーランドに行った後、大阪でUSJに行って帰るというプランが多かったので、どうしても黙っていられず意見具申していた。
「その理由につきましては、まず広島には第二次世界大戦についての歴史遺産が多く、大和ミュージアムと原爆資料館は訪れる意味が深いと考えます。戦艦大和は水上戦艦として人類最大のものでしたし、また惑星…、いえ、地球上で熱核兵器が使用された例は今のところ広島と長崎のみです。この資料館は是非とも訪れるべきかと感じます。そして、京都は桓武天皇が794年に都として以来、すでに1219年も都市として繁栄しています。このこと自体、人類史上まれにみぬ奇跡です。加えて千年の時を経た木造の建造物がいまだ現存しており、これも奇跡といってよいかと感じますし、この時代に生きる者として一目見ておくことができるのは、何物にも代え難い幸運かと存じます。以上のような観点から、私は広島県と京都府への訪問を提案いたします」
ユキちゃん先生だけが拍手してくれている。
「お嬢様、うぜぇ」
「やっぱ、町長の娘だよなぁ」
「うざすぎぃ」
クラスメートが不規則発言しているので、また三葉に怒られるかもしれないと少し後悔したけれど、もう言ってしまったことなので頭をさげて着席した。ユキちゃん先生が安心した顔で教卓に立つ。
「では、東京と大阪の案と、広島と京都の案で、また職員会議を経て決定します。みなさんからの意見は単純な多数決ではなく、修学旅行の意義と目的をふまえて決まりますから、そのことも承知しておいてください」
校長と教育委員会からディズニーランドとUSJはさけるように指導されているユキちゃん先生は、生徒からの自発的な意見ということで広島と京都を職員会議に出せそうなので、軽い足取りで職員室に戻り、三葉の口が述べた意見を模範解答としてメモしておいた。
帝国軍は同時並行して、アスターテ方面へローエングラム上級大将の艦隊を、カストロプ領へシュムーデ提督の艦隊を派遣していた。そして、三葉は旗艦ブリュンヒルトの艦橋から同盟軍第四艦隊との交戦を見ていた。
「…………」
「怖いか?」
ラインハルトが訊きながら、キルヒアイスの前髪に少しだけ触った。
「いえ………ラインハルトさんの作戦は、いいと思います」
「ほお、だが、顔が不安そうだぞ」
「………。作戦は良くても、それを実行する人たちが、今回はミッターマイヤーさんもロイエンタールさんもいないし。ノルデンさんもメックリンガーさんも外されちゃったんですよ? 意地悪されすぎです。しかも、一個艦隊で行けとか、ありえないですよ」
「クスっ…ノルデンはともかく、他の三人がいないのは、いささか淋しいな。だが、他の提督たちとて死にたくはあるまい。奮戦するしかないだろう。それに指示に従わない別の艦隊がいるよりオレたちの艦隊だけの方が、ずっといい」
ラインハルトの見込み通り、すでに第四艦隊は組織的な抵抗ができなくなっている。メルカッツからの通信に対して掃討戦は無用と答え、艦隊の再編を指示したラインハルトは三葉に訊いてみる。
「次に、左右どちらの艦隊を攻撃するべきだと思う?」
「…………どちらも可能っぽいけど、やっぱり数が少ない方かな……」
「うむ、そうだろうな。だが、他に何か言いたそうな顔をしているな。言ってみろ」
「じゃあ、もう、ここで撤退するというのはダメですか?」
「ここでか? まだ、敵は二個艦隊も残っているぞ」
「2倍の敵を相手に一つ艦隊をつぶしたことですし、もう戦功としては十分じゃないですか。また昇進できますよ」
「だが、みすみす敵の二個艦隊を逃すというのか?」
「第三次ティアマト会戦のときも、ホーランドさんの艦隊だけつぶして、あとは放置したじゃないですか。いい感じに勝ってるうちに帰るのがラインハルトさんらしいかと」
「………。あのときとは状況が違う。敵の二個艦隊は分散している。これを撃つ好機なのだ」
「そうですね。そう言われるとは思ってました。目を見たら、やる気まんまんだから」
「フン」
言ってみろ、と言った手前ラインハルトは美しい鼻を鳴らしただけで三葉の意見を強くは否定しなかった。そして、次に同盟軍の第六艦隊へ向けて移動するよう指令して、また三葉が何か言いたそうにしているので、訊くだけ訊いてみる。
「何か異議でもあるのか?」
「異議っていうか……次の会敵までに時間があるなら、交代でみんなに休憩をしてもらったら、どうかなって……余計なことかもしれないけど」
「いや、いい意見だ。気づかなかった。そうさせよう」
「……」
それは気づいてあげようよ、みんながみんなラインハルトさんみたいに、やる気まんまんで参加してるわけじゃないんだから、と三葉は思ったけれど顔に出さないようにして休息の指示を出しに行った。そして7時間後、第六艦隊も破り、第二艦隊へ紡錘陣形をとって中央突破をしつつあった。
「完勝ですね」
「ああ」
「本当に、すごい」
「フ」
単純な賞賛だったけれど、快勝しつつある状況で言われると嬉しい。
「どうやら勝ったな」
ラインハルトがつぶやいたとき、第二艦隊の旗艦パトロクロスでヤン・ウェンリーも言った。
「どうやら、うまく行きそうだな」
中央突破されるのを逆手にとってラインハルト艦隊の後方に回り込みつつある。ラインハルトが指揮席から立ち上がった。
「しまった……」
「え?」
「してやられた………敵は左右に分かれて我が軍の後方に回り込むつもりだ。中央突破を逆手に取られてしまった」
「………。どうされますか?」
三葉の問いに、ラインハルトは即断する。
「全艦隊、全速前進! 大きく時計回りに迂回して逆進する敵の後背をつけ!」
その命令に一部の艦は離反したけれど、多くは従い、陣形はリング状になった。
「何たる無様な陣形だ! これでは消耗戦ではないか……」
「………」
「キルヒアイス、どう思う?」
「………。人として、思いついてはいけないことを思いついてしまいました」
「ほお、キルヒ…いや、フロイラインミツハが、か?」
「はい……あまり言いたくないんですけど、言ってみろって、言うでしょ」
「ああ、聴いてみたいな。ぜひ拝聴させてくれ」
「ラインハルトさんとキルヒアイスさんの目的が帝国軍の単純な勝利ではなくて、アンネローゼさんを取り戻すことであるなら、その障害となりそうな人を、さっき命令に反して自滅してしまったエルラッハ少将のような形で、この機会に反転突撃でもさせるか、なにか策があるフリをして孤立させて置き去りにするか、単純に殿を命じて撤退するか、そういう風に………始末……する、っていうのは、どうですか?」
「…………意外、だな……」
「自分でも意外ですよ。こんなこと思いつくなんて。自分たちが優位に立つことだけを考えてると、人間って、どこまでも卑しくなりますね……ホント……怖い。戦争なんて、さっさと、やめればいいのに」
三葉は寒気がするように腕を撫でた。そして気になっていることを問う。
「あの、私から質問していいですか?」
「ああ、どうぞ」
「私たちの中央突破を逆手にとって後方に回り込むって戦術、どうして傍受できなかったんでしょう?」
「それは、おそらく敵将の中に、すぐれた者がいて会戦前に戦術コンピューターに内容を送信しておいたからだろう。つまり、私が各個撃破をもくろむことを見越していた者が敵の中にいるということだ」
「…怖いですね……第二艦隊を最初に相手にしていたら、危ないところだったんだ……」
「………」
「あ、もう、こんな時間」
時刻を見ると、もう夜12時になりそうだった。
「すみません、手紙を書く時間もないので、戦況など、キルヒアイスさんに教えてあげてくださいね」
そう言って指揮席の背もたれを手でつかみ、力が抜けても身体のバランスを崩さないようにした三葉は目を閉じた。
キルヒアイスは目を開けてアスターテ会戦の最終局面を見た。
「これは……」
「面白い陣形だろう。どうして、こうなったと思う?」
「お意地の悪い質問ですね」
苦笑したけれどキルヒアイスは明晰に考えた。
「我々は3方向から包囲されつつありましたが、ラインハルト様の作戦通りに進み、おそらく今、戦っているのは最後の3つ目の敵艦隊でしょう」
「なぜ、そう思う?」
「他に敵艦隊が残っていれば、こんな無防備な陣形を維持されているはずがありません」
「たしかに」
「それで、ここから、どうなさいますか?」
「ふむ。やはり撤退だろうが、フロイラインミツハの発案を教えてやろう」
そう言ってラインハルトは三葉の発想をキルヒアイスに伝えた。
「………意外ですね」
「だろう」
「とはいえ、彼女に軍事的な知識を与え、戦場に身を置かせているのは私たちです。場にふさわしい思考をした、それぞれの居場所に適応してきた、といえば、そうかもしれません。それにアンネローゼ様のことを強く気にかけてくださっているのも、やはり女性だからでしょうが、私自身も女性として過ごしているために、もう向こうにいるときは自分が自分でないというか、二つめの自分といった心地になっています」
「それは見てみたいものだな。フロイラインとして過ごすキルヒアイスというのは実に興味深い」
「見せられたものではありません」
キルヒアイスが少し赤面してから思考を戦場に戻した。端末機を操作して、ここまでの会戦全体を把握し、そして提案する。
「やはりタイミングを見ての撤退でしょう。ラインハルト様」
「ああ。フロイラインミツハの策は、どちらかというとオレたちが被害者にされかけたことが多かったような策謀だな」
「はい。たしかに」
これまで何度も戦場で門閥貴族から戦死に見せかけて殺されかけた二人は嫌な思い出を振り返っている。
「オレは勝利者になるにしても卑怯者にはなりたくない。もっとも、オレの麾下の艦艇にフレーゲルでもいたのなら、その誘惑に勝てたか、どうか。このくらい、いいだろう、と反転命令でも出したかもしれないな」
「クスっ…お意地の悪いことで」
二人が談笑していると通信士官が入電を告げる。
「敵旗艦より入電!」
「読み上げろ」
「はい! ……。我々は十分に戦った。これから撤退する。反撃の備えはあるが、できれば追撃しないでほしい。自由惑星同盟軍准将ヤン・ウェンリー。以上です!」
「「………」」
ラインハルトとキルヒアイスが目を見合わせた。キルヒアイスが通信士官に問う。
「本当に敵旗艦からのものですか?」
「はい! 偽装工作の痕跡はありません!」
「…………。ラインハルト様、どう思われますか?」
「策にしては見え透いているというか、浅はかすぎるな。つまり……ただの本心だろう。こちらが、もたもたと撤退のタイミングを逃しているから痺れを切らしたな。正直すぎるヤツだ。クク…。よかろう! こちらも撤退する! 返信を送れ!」
「はっ!」
敬礼した通信士官がメモを取る用意をした。
「貴官の勇戦に敬意を表す、再戦の日まで壮健なれ。と、私の名で送れ」
ラインハルトは模範解答を返信させた。アスターテ会戦は終結し、同盟軍の戦死者は151万人を超え、帝国軍のそれは15万5000人余りとなり、やや撤退のタイミングが遅れたことで糸守町の人口を超える戦死者を出していた。
三葉はヨガマットの上でアスターテ会戦での自分の思考を振り返り、身震いしていた。
「私なんてこと考えたの……怖っ…」
「何かあったの?」
「う~ん……妹に言えるようなことじゃないよ」
「また、キャバクラでも行ったの?」
「………」
黙って三葉は濡らしたヨガマットを片付けた。